総合診療医ドクターG

例の如く例の様に見た事がありません。木曜午後10時からの放映のようですが、たいていはもう寝ています。ビデオに録ってまで見る趣味は皆無なので、Dr.Pooh様の

からちょっと感想を書いてみます。モトネタはDr.Pooh様のエントリーだけではなく、どこにあるのか見つけられないのですが、実況ツイッターみたいなものも読んだのでそれも併せてのものです。

どういうスタイルの診察かですが、

番組の眼目としては,一見して診断をつけがたい症例に対して病歴だけでどこまで診断に迫ることができるか,というあたりかと思います。

ここで素朴に疑問に思うのは、一見して診断を付け難いとしても、基礎的な検査は必ず行います。もう少し言えば、あえてのターゲットを考えて検査は行うと言う事です。もちろんハズレである事も多いのですが、ハズレであるのも重要なデータで、それにより一つ除外診断が行われると言う事です。また検査は想定した疾患のために行われますが、検査は多面的な要素があり、ハズレでも検査を進めることにより、次のステップへのヒントが得られる事が多々あります。

でもってドクターGはどんな感じで診察を進めているかと言えば、

検査どころか診察もしないまま最終診断を絞り込む状況というのは一般的ではありません

う〜ん、問診により得られた材料から、当面の診断と言うか、検査目標を考える段階を極端に膨らましたドラマぐらいに考えればよいのでしょうか。ここでなんですがDr.Pooh様は「検査どころか診察もしないまま」としていますが、ちょっと謙遜と言うか最終診断の言葉の定義を重く取られたのだと思います。実際の外来では問診段階でかなり診断は絞り込んでいます。

感じとしては本命◎◎、対抗○○、穴は△△、大穴で××みたいな状況です。ただしこれは最終診断ではなく、鑑別診断と言います。この同じような症状から幾つの病気を想定できるかは大事な要素で、研修医クラスで一つか二つしか挙げられなかったら、指導医からの叱咤が飛んできます。

ただ鑑別診断に挙げた病気を同列の比重でみるわけではありません。症状の濃淡、発生頻度、その時の流行、さらには病気の重症度を考慮に入れて、順位付けを行います。だから本命とか、対抗みたいな表現になると御理解下さい。通常は問診中にこの作業は終了し、自分が考えた鑑別診断を診察とか、検査で確認していくわけです。

当然ですが問診段階で考えた鑑別診断がハズレの事は普通にあります。診察や検査により得られた知見から、絶えず診断を修正しながら最終診断に至る訳です。そういう過程を経る事により、アッと驚くと言うか、問診段階では鑑別診断にも入れてなかった最終診断に至る事もありえるわけです。鑑別診断に入れていないは言いすぎですが、それはまさか出ないだろうと言う最終診断になる事はしばしばありえます。

ドラマですから、問診段階で最終診断に至る演出をしているのでしょうが、実際の臨床では最終診断ではなく、あくまでも最有力の鑑別診断候補に留まるわけです。それと上述したように、問診段階であまり狭い鑑別診断に絞り込んでしまうのは、一般的には好ましくないとされています。つうか、そこまで型に嵌った典型的な症状が並ぶ事は稀として良いでしょう。


本編を見ていないので、あんまり大きな事は言えませんが、問診だけで最終診断を考える作業は、臨床のペーパー試験のようなものです。国家試験なんかにはありふれた形式で、問題文に散りばめてあるキーワードを上手く集めれば回答が得られると言うものです。こういうスタイルは何に似ているかと言うと、推理小説と言うより、古典的な探偵小説みたいなものだと感じます。

古典的な探偵小説の金字塔はシャーロック・ホームズです。ホームズは小説の中で、些細な手がかりから真相に迫る大胆な推理を行い、さらにこれを的中させます。友人のワトソン博士がチンプンカンプンなのに、ホームズは拾い集めた手がかりの断片から事件全体の構図を読み取る離れ業を見せます。

ただ醒めて言えば、当たり前ですがホームズの推理はすべてコナン・ドイルが作ったプロットで動いています。万人には意味が無いと思われる手がかりが、後ですべて結びつくようにストーリーは構成されており、ホームズは当然の事ながら、凡人役のワトソン博士が見落としそうな手がかりが、最初から重要な証拠とわかって動いている事になります。

ホームズは名作ではありますが、ホームズが推理のタネに使う手がかりは、実に都合よく出来ているのは否定できません。ホームズの時代であるから許されたプロットで、現在であのレベルのプロットでは駄作どころか、出版社段階で鼻で哂われます。

それと探偵小説では、目に見える直の証拠で早とちりする警部(要は警察の人間)とかが描かれ、ホームズの嘲笑の対象になったりしますが、言ったら悪いですが警部の推理で通常は99.99%正解です。ホームズが活躍するのは残りの0.1%に満たない難事件なんです。通常の捜査では判明しないからこそ、ホームズの活躍の余地が生まれ、小説にもなるというわけです。


実際の臨床現場ではホームズスタイルはある意味危険です。小説やドラマでは絶対に外れませんが、実戦ではそうはうまく話は運びません。またホームズ程の推理力、洞察力を持つのは一種の才能です。誰でも訓練すれば達するレベルではなく、限られた人間に許された特殊な才能であると言う事です。そんな才能をもつ医師が年間に何千人も誕生するわけがないと言う事です。

検査と言うと「無駄」とか「過剰」の表現が枕詞のようについて回る事がありますが、問診・診察に加えて検査を行う事により、ホームズが問診だけで達する最終診断に凡人医師でも達する事に出来るようになっているのが現代医療であり、現代の医療システムと考えています。誰でもトレーニングで一定水準に達すれば、ほぼ同等の医療を提供できる事が何より重要と考えています。




ここまでは批判と言うより単なる感想です。ドラマと現実を重ね合わせて乖離がある事を大上段から訴えるのも珍妙だからです。もう少し軽くするつもりだったのですが、少々重くなった事をお詫びしておきます。ここでDr.Pooh様の言葉を

あまり批判めいたことばかりでは何なので,最終的に何らかの診断に至るまで仮説を立てては検証することを繰り返す,という過程を分かりやすく見せている点はいいと思います。医師の説明を聞いて「さっきと説明が違うのはおかしい」とか「なんでハッキリしたことを言ってくれないんだ」なんて不平を訴えるひとが少しでも減る…といいなあ。

そういう面が強調されているのなら、エンターテイメントとしては良いのかもしれません。


さて個人的に心配するのは番組紹介にある

これってどういう病気なの? 謎の症状に悩む患者の病名を探り当てる、新感覚の医療エンターテインメント。総合診療医とは、問診によって病名を探る医療界注目のエキスパート。その“ドクターG”が実際に解決へ導いた症例を再現ドラマで出題。全国から選ばれた若手の医師たちが病名当てに挑戦する。今回は「肩が痛い」と訴える20歳の女子大生。青春まっただ中の健康な女性を、思いがけない病魔が襲う。その病名とは?

2ポイントほどです。一つは上でも触れましたが、

    問診によって病名を探る医療界注目のエキスパート
まるで問診だけで診断を当てるのが総合診療医だと誤解されないかです。問診の精度をいかに上げるかは医師として働く上で終生の課題ですが、あくまでもステップの一つであって、これに偏重し過ぎるのは如何なものかと言うところです。

もう一つの懸念は、総合診療医とはそれほどの技量を持つ医師であると思い込まれる事です。総合医と総合診療医がどう違うかの定義論まで出てきそうですが、患者サイドからすれば同じように見られます。厚労省も総合診療医養成に旗を振っていますから、これからは純粋培養の総合診療医が誕生してくると思います。テレビの影響は今でも大きいですから、「あれぐらい出来て当然」と思われるのは結構重荷に思います。

もっとも現在の総合医養成路線が、そういう方向性で行われており、その趣旨を汲み取った番組構成であるなら、もう何も言いません。総合診療医を目指される方に「頑張って」のエールだけ贈らせて頂きます。確か卒業して5年ほどで専門医の資格が取れるんでしたっけ。期待に応えられる技量が、たった5年で身につくとの事ですから、余程優秀なカリキュラムであるとさせて頂きます。

私はもう歳がトシですから、町医者として小児科をメインやりながらの「なんちゃって総合診療医」で満足しています。難病奇病の診断が出来なくとも、診ている患者が難病奇病らしいがわかれば、後はお任せします。私のポジションはそこに過ぎません。