難しい問題です

10/2付付NHKニュースより、

原発事故相“医師確保を支援”

細野原発事故担当大臣は、福島県庁で佐藤知事と会談し、解除された『緊急時避難準備区域』の地域で医療スタッフが不足していることから『医療従事者確保支援センター』を新たに設けて、医師や看護師の確保を国として支援する考えを伝えました。

この中で、福島県の佐藤知事は、先月30日、『緊急時避難準備区域』が解除されたことに関連して「この地域は、医療体制が崩壊しており、医師や看護師などの医療スタッフが極めて不足し、深刻な状況にある。また、住民のなりわいの確保も重要だ」と述べ、政府に対し、医療体制の建て直しや雇用の確保について支援を要請しました。

これに対し、細野原発事故担当大臣は「インフラの問題はもちろん医療問題については、小宮山厚生労働大臣とも相談し、これらの地域に『医療従事者確保支援センター』を設置することにした。どこの病院で何が必要かを調べて支援することで、具体的な成果を出していきたい」と述べ、医師や看護師の確保を国として支援する考えを伝えました。

また、細野大臣は、雇用問題に関連して「地域で生活していただくために工業団地でできるだけ早く事業開始できるよう国として取り組みたい」と述べ、一部が警戒区域にまたがる楢葉町の工業団地についても、例外的に工場の操業が再開できるよう調整を進めていることを伝えました。

素直に難問だと思います。少しだけ考察してみます。


もともと少ない

記事には、

    「この地域は、医療体制が崩壊しており、医師や看護師などの医療スタッフが極めて不足し、深刻な状況にある。また、住民のなりわいの確保も重要だ」
ここに書いてある医療体制の崩壊は、おそらく震災後の状況であると判断されますが、震災前はどうであったかです。平成22年3月付県立大野病院と双葉厚生病院の統合に係る基本計画の資料にこの地域の医師数があります。
原発事故の被害地域は記事では「この地域」となっていますが、具体的には相馬と双葉を含む相双地区として良いかと考えられます。現地の実感として若干ずれる部分もあるかもしれませんが、これ以上細かい資料が見つからないので、資料の数字を使いますが、人口10万人あたりで医師数は116.9人です。全国平均が220人ぐらいですから、元から半分程度しかいなかった事になります。

なぜにこの地区に医師の数が少ないかは様々な理由はあるのでしょうが、平たく言えば震災の有無に関らず不人気地区であるのは数値が物語っています。もちろん福島県全体も医師数は183.2人ですから、これも少ない方ですが、少ない福島県の中でも南会津地区に次いで人気の無い地区であるのは客観的な評価にならざるを得ません。そのために震災前から医師を集める方策は種々行なわれていますが、残念ながら成果がなかなか上っていないのも事実です。

人口当たりの医師数が全国平均の半分程度であるところに震災と原発の影響が重なってさらに医師数が減れば、もともと崩壊状態であったところが崩壊に至っていると言うところでしょうか。震災や原発問題がなくとも医師が集まり難い地域に、足りないからと言って急に集める事が出来るのかはかなり難問と思います。


放射能論議の影響

放射能問題について規制値等の是非の話題は避けさせて頂きます。今日ポイントにしたいのは、震災以来激しく行われている論議その物の影響です。論議は大別して

  • 安心派・・・安全派の主張は信じられず安心できない
  • 安全派・・・安心派の主張は過剰であり、余計な不安を撒き散らしている
だいたいこの二派の論者が激しく火花を散らしています。これは国が暫定基準値を示そうが、公式の調査報告を行おうが変わらず火花を散らしています。こういう状態が半年以上も続いていますから、聞いている方は放射能問題は感情の二重基準が出来上がっているように感じています。

ここが微妙なところで、議論自体は安心派の方が激しいのですが、安心派のままでは福島の復興支援が成り立ち難いと言うのがあります。福島を復興させたいという素朴な感情は誰しもあるとは思います。そのためには安全派の主張をある程度受け入れての放射能問題への許容の必要が出てきます。絶対のゼロリスクを望めば福島の全産業は壊滅します。

一方であれだけ放射能問題で「危険、危険」を主張されれば、漠然であっても放射能から極力避けたいの安心派的な本音感情も自然に形成されます。象徴的なのは京都の五山送り火事件とか、日進市の花火騒動があります。ここにも二つの感情が渦巻いたと思っています。

  • 安心派的感情・・・少しでもリスクのあるものを自分のところに持ち込んで欲しくない
  • 安全派的感情・・・あの程度の放射能で忌避すれば福島は立ち行かなくなるじゃないか
建前論として安全派感情があり、本音として安心派感情が複雑に渦巻く状態とすれば良いでしょうか。明確な答えが出ない激烈な論争を聞き、そこに福島復興問題が絡めば、両者を並立させるためにそういう感情になるのは避け難いとも見えます。

断っておきますが、これは感情問題です。理性で感情をコントロールする事は時に可能ですが、放射能論議では放射能に対する知識が全般的に乏しい上に、安全派でさえ低線量の長期被曝の影響について明瞭な論拠を示しきれないところがあります。むしろ安心派の「これだけ不安だ」データの方に感情が傾き安いのは、安全派でさえ感じてられると思われます。

比較的放射能に対して知識があるとされる医師でさえ例外とは言えません。医師の放射能に対する知識もかなり濃度差があります。医療用放射線の管理に熟知している放射線科の医師はさすがの知識を持っていますが、そうでない医師となると本当にバラバラです。私もさして知識が深いとは口が裂けても言えません。せいぜい年間の許容被曝量なるものがあり、それを越えるのは良く無い程度の知識の医師も少ないとは言えません。そういう医師もまた安心派的感情と安全派的感情が内部に渦巻く事になります。


2つの感情が渦巻けばどうなるかですが、これを角を立てずに収めようとします。福島問題に手を出せば、二重基準が衝突しますから、そもそも手を出すのはやめようです。手さえ出さなければ、感情の両立に悩まずに済むわけです。言い方は悪いですが、臭いものには蓋的対応とすれば言いすぎでしょうか。触れなければ、悩まずに済むみたいな感じです。

もちろんですが、全員が臭いものには蓋状態のわけではありません。冒頭記事の医師集めで言えば、福島が原発問題抜きの震災被害だけであるなら支援しようと思う者のうち、原発問題で臭いものには蓋的感情になっているものが確実に抜け落ちると言うわけです。臭いものに蓋状態の人間だけではなく、安心派感情が強い者も、それ以前に抜け落ちます。

そうなると医師を呼んでも来る可能性があるものは、

  1. 現在の仕事を犠牲にしても福島支援を是非したい
  2. 放射能問題に対して安全派で感情的にも納得している
  3. もし家族がいても、家族も同様である
この3条件を満たす者だけになります。どれかが欠けると参加は二の足、三の足になります。もう少し言えば、震災の被害地域は福島だけではありません。積極的に被災地支援を行いたいと考えた時に、臭いものには蓋的感情が出てくれば、福島以外で医療に従事する選択もあると言う事です。宮城でもそうですし、岩手ならなおさらで医師は充足に程遠い状態です。

感情の衝突を避けるために福島以外の他の被災地で医療を行なっても、なんら問題はありません。問題が無いどころか、現地では大手を広げて歓迎してくれるかと思います。被災地で医師不足に困っているのは福島だけではないからです。


対策は?

すこぶる付の難問ですが、原因はある程度出ていますから分析だけは出来ます。一つは震災前でもなぜに不人気地域であるかの客観的な分析です。主観ではなく客観的な分析はまず求められると思います。ただこれは中期から長期の対策であり、短期には役に立ち難いところがあります。それでも医療には長期展望が必要ですから、やっておく必要はあります。

放射能問題に関しては・・・これはどうにも打つ手が思い当たりません。本音部分の安心派感情が安全派感情に置き換わっていかない限り、どうしようも無いと言うのが実感です。しかし今でさえ、たとえ国が出した情報であっても、火花が飛び散る放射能論議が起こる状態が続いていますし、そういう論議は臭いものには蓋的感情を助長しますからお手上げと思っています。これは時間が必要そうに思います。

そうなると臭いものには蓋的感情がある事を前提として、これを超越させるモチベーションが必要になります。生々しいお話ですが、欲望によって感情を捻じ曲げさせる誘導策です。ただそこまで考えているのか、そこまで本気で医師を集めようとしているのかは不明です。いくら医療従事者確保支援センターを作ったからと言って、どうするかは運用者の判断次第です。

作った事自体で言い訳を目的にしている時も多々ありますし、逆に作ったからには面子にかけて結果を出すと言うときもあります。どちらになるかは現時点では不明です。医師への精神論だけ唱えて責任回避みたいな可能性もありえそうぐらいに予想しておきます。


それでもの対策は?

かなり古証文ではあるのですが、5/8付共同通信(47NEWS版)より、

被災3県の全仮設住宅群に診療所 厚労省

 厚生労働省は8日、東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手、宮城、福島の3県に建設する仮設住宅群すべてに原則、仮設の診療所を整備する方針を固めた。診療に当たる医師や看護師らも被災地だけでは足りないことから、日本医師会などに中・長期の派遣を要請。常時、千人程度の応援を送り込む。

さ〜て、この話がどうなったのかはトンと耳にしませんが、

    常時、千人程度の応援を送り込む
これが可能と考えたから報道発表したと考えるのが妥当です。今回の相双地区の人口がどれ程かですが、戸籍上はともかく実数がよく把握で来ていないのが実情と思われます。これは茨城県作業療法士会のページの南相馬現状レポートからですが、

 南相馬市の人口は、震災前は約7万1000人。
一時は1万人台まで減りましたが、今は約4万人まで戻っています。
院長の金澤幸夫氏は、「緊急時避難準備区域が解除されれば、正面玄関も開ける予定。徐々に小中学生も戻ってきています」と状況が好転しつつあると語りますが、今の課題は地域の医療。

 福島第一原発がある双葉郡から、北の相馬市までの「相双地区」全体の人口は約18万5000人。
今は、8万、9万人くらいまで減っているそうです

ここの数字がどれほど信用が置けるかわかりませんが、相双地区の人口はもともと18万5000人であったのは事実して良いでしょう。その時の人口10万人当たりの医師数が116.9人ですから、医師の実数は216人程度だった事になります。今も残っている医師はかなりいるはずですから、100人程度を送り込めば震災前の水準に余裕で並ぶと思います。

この厚労省の計画では仮設診療所の運用費用も国が丸抱えのはずですから、これを当面転用すれば、当座はしのげそうな気がします。しのいでいるうちに時間を稼ぎ、医療再建を目指すのは机上では可能です。

もっとも元もとの計画も実際問題として常時千人の医師をどうやって調達するのだの疑問はありましたし、こういう予算の用途は御存知の通りビックリするほど杓子定規ですから、思いつきの範疇は越えませんねぇ。