被災地の保険医療

まず平成23年3月11日付厚生労働省保険局医療課発事務連絡「平成23年東北地方太平洋沖地震による被災者に係る被保険者証等の提示について」からですが、

平成23年3月11日の平成23年東北地方太平洋沖地震による被災に伴い、被保険者証等を紛失あるいは家庭に残したまま避難していることにより、保険医療機関に提示できない場合等も考えられることから、この場合においては、氏名、生年月日、被用者保険の被保険者にあっては事業所名、国民健康保険及び後期高齢者医療制度の被保険者にあっては住所を申し立てることにより、受診できる取扱いとするので、その実施及び関係者に対する周知について、遺漏なきを期されたい。

なお、公費負担医療において医療券等を指定医療機関等に提示できない場合の取扱いについては、公費負担医療担当部局等より、事務連絡が発出される予定であることを申し添える。

ここでの受診ポイントは、

    氏名、生年月日、被用者保険の被保険者にあっては事業所名、国民健康保険及び後期高齢者医療制度の被保険者にあっては住所を申し立てることにより、受診できる取扱いとする
保険証無しでもこの条件で被災者は受診できるとなっています。これまでも2回ほど引用した事務連絡ですが、このまま厚労省の震災関連ページに掲げられています。こうやって保険証無しで受診された方のかには、一尾負担金も免除の方がおられます。これは平成23年3月23日付厚生労働省保険局医療課発事務連絡「東北地方太平洋沖地震及び長野県北部の地震による被災者に係る一部負担金等の取扱いについて(その4)」としてあるのですが、

東北地方太平洋沖地震及び長野県北部の地震による災害発生に関し、一部負担金、入院時食事療養費又は入院時生活療養費に係る標準負担額及び訪問看護療養費に係る自己負担額(以下「一部負担金等」という。)の支払いが困難な者の取扱いについては、「東北地方太平洋沖地震及び長野県北部の地震による被災者に係る一部負担金等の取扱いについて」(平成23年3月15日付厚生労働省保険局医療課事務連絡)により連絡したところであるが、今般、これを下記のとおり改正するので、関係団体に周知を図るようよろしくお願いしたい。

震災に伴う一部負担金の取扱いに関してですが、私のような開業医でも関係する部分を抜粋します。

3 医療機関における確認等

(1) 1(2)の申し立てをした者については、被保険者証等により、住所が1(1)の市町村の区域であることを確認するとともに、当該者の1(2)の申し立ての内容を診療録の備考欄に簡潔に記録しておくこと。

ただし、被保険者証等が提示できない場合には、

  1. 健康保険法及び船員保険法の被保険者及び被扶養者である場合には、氏名、生年月日、被保険者の勤務する事業所名、住所及び連絡先
  2. 国民健康保険法の被保険者又は高齢者の医療の確保に関する法律の被保険者の場合には、氏名、生年月日、住所及び連絡先(国民健康保険組合の被保険者については、これらに加えて組合名)
    を診療録に記録しておくこと。なお、申し立てた事項については、後日、保険者から患者に対し内容の確認が行われることがある旨を患者に周知するようご協力いただきたい。
(2) 本事務連絡に基づき猶予した場合は、患者負担分を含めて10割を審査支払機関等へ請求すること。なお、請求の具体的な手続きについては、追って連絡する予定であること。また、保険医療機関等が猶予した一部負担金等については、各保険者において減免・猶予等いただくよう保険局より依頼する予定である。

まずですが「1(2)の申し立てをした者」とは、

(2) 東北地方太平洋沖地震又は長野県北部の地震により、次のいずれかの申し立てをした者であること。

  • 住家の全半壊、全半焼又はこれに準ずる被災をした旨
  • 主たる生計維持者が死亡し又は重篤な傷病を負った旨
  • 主たる生計維持者の行方が不明である旨
  • 主たる生計維持者が業務を廃止し、又は休止した旨
  • 主たる生計維持者が失職し、現在収入がない旨
  • 原子力災害対策特別措置法(平成11年法律第156号)第15条第3項の規定による、避難のための立退き又は屋内への退避に係る内閣総理大臣の指示の対象地域であるため避難又は退避を行っている旨

もちろんこれらの方が一部負担金の減免の対象になる事になんの異議もございません。「住所が1(1)の市町村の区域」についてはリンク先を御確認下さい。この「住所が1(1)の市町村の区域」については、おそらく保険証無しで受診できる方の地域指定と重なるとは考えていますが、「そうである」としている事務連絡等は相変わらず見つける事が、私は出来ていません。

さて一部負担金免除の対象の方でも保険証が失われた方は多数おられます。そういう場合を一部負担金免除とそうでない方で比較してみます。

保険区別 一部負担金あり 一部負担金なし
被用者保険 氏名、生年月日、事業所名 + 住所及び連絡先
国民健康保険
後期高齢者医療制度
氏名、生年月日、住所 + 連絡先(国保であれば、これらに加えて組合名)


微妙に違いますが、おそらく一部負担金無しの方の条件を一部負担金ありの方の条件に適用すると考えるのが自然です。つうか医療機関ではそう読み取ります。明示されていない被災地域の指定もそうです。さてそうやって受診された後の保険請求ですが、
    本事務連絡に基づき猶予した場合は、患者負担分を含めて10割を審査支払機関等へ請求すること。
手続きとしては、保険証の代わりに情報としてもらった、住所、氏名から保険組合・事業所に連絡し、保険組合・事業所が本人を確認審査の上に払う事になるかと考えられます。他に手続きはちょっと考えようがありません。


そうなると医療機関にとって重要なポイントは、保険証無しで受診した患者が本当にその保険組合に属しているかどうかになります。ここも誤解されないように予め断っておきますが、医療者にとっては目の前の患者に医療が必要かどうかだけが基準です。このポイントは医療機関の経営にとってのポイントです。医療機関も霞を食って生きているわけではありませんから、医療者が働いた分だけの収入が確保できなければ死活問題になります。

被災地外にいても心配されるのは、一部負担金のあるなしに関らず、保険証なしで受診した患者の保険の支払いがどうなるであろうです。これまでの医療者の経験からすると、保険組合の照会で「該当者なし」となれば、一銭も支払われない可能性は十分あると考えられます。あくまでも支払うのは保険組合であり、厚労省が事務連絡として行なっているのは、そういう便法で受診を許可するだけです。

その後の支払いに関しては何の補償も今のところは見当りません。そりゃ、住所、氏名から保険組合・事業所を患者から情報をもらうだけなら簡単と言うかもしれませんが、その後の保険請求の支払いが簡単かどうかは不明です。厚労省は簡単に受診させても、払いが渋いのは医療機関なら百も承知です。

ここのところは、厚労省への信頼問題になっている部分が多分にあります。患者側及び医療機関側の情報提供の混乱により、保険組合が「該当者なし」として支払いを拒否しても、その後の対策に十全の信頼感があれば問題になりません。しかし厚労省医療機関に積み上げてきた信頼は、「該当者なし」なら「後は保険組合と医療機関の問題」として素知らぬ顔をするだろうに大きく傾きやすくなります。


どうせ出す特例なら、地域限定、期間限定で医療費を国が一時全面負担するぐらいの制度が欲しかったところです。国が負担した上で、システムが復旧してきてから、保険組合と国で支払い交渉をやってもらうです。今回の特例は、被災患者には有用であるとは思いますが、被災医療機関にとっては負担が重いものに見えてしまいます。

現在の特例も震災直後の超急性期、それに続く急性期ぐらいならとりあえずの暫定措置としてやむを得なかったとも思いますが、温度差はあるとは言えステージは亜急性期から慢性期に移行しつつあります。時宜に応じた対応を期待したいところです・・・と虚しい願望だけを最後に付け加えておきます。