新型インフルエンザワクチン接種の事務負担

2009年9月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会からなんですが、書かれているのは厚生労働省大臣政策室政策官村重直子氏です。いろいろ書かれているのですが、現実問題として気になったのは新型ワクチン接種の具体的な事務手続きです。これは現役官僚が書かれているので、「ほぼそうなる」と判断して良さそうです。必要部分を引用します。

厚労省との委託契約によって、医療機関の事務作業の負担が増えます。簡単に想定されるだけでも、次のようなことが考えられます。1)接種対象となる「医療従事者」と「基礎疾患を有する者」の人数把握・報告、2)医師会を通じた厚労省との委託契約、3)卸売業者からのワクチン購入、4)一人ひとりが厚労省の定めた接種対象者(妊婦等)であることを、保険証や他の医師の証明書等によって確認、5)一人ひとりがどのロット(国内産・外国産等)のワクチン接種を何回受けたかの記録保管・証明、6)厚労省への副作用報告(薬事法に基づく報告と、今後新たに制定される報告の2通り)、7)接種した人数を都道府県へ報告、8)ワクチン在庫本数を都道府県へ報告、9)ワクチン必要量を都道府県へ報告。
医療機関ではワクチンがいつどれだけ供給されるかわららず、かつ何人の人がワクチン接種に来るかもわかりません。従ってワクチン供給量が限られている現状ではワクチン在庫不足に悩まされることになります。ワクチン接種の事前予約や、ワクチンを受けたい人に状況を説明するという負担までが医療機関にふりかかるのです。

さらに必要な部分をピックアップすると、「簡単に想定されるだけでも」の前置きの上で、

  • 接種対象となる「医療従事者」と「基礎疾患を有する者」の人数把握・報告
  • 医師会を通じた厚労省との委託契約
  • 卸売業者からのワクチン購入
  • 一人ひとりが厚労省の定めた接種対象者(妊婦等)であることを、保険証や他の医師の証明書等によって確認
  • 一人ひとりがどのロット(国内産・外国産等)のワクチン接種を何回受けたかの記録保管・証明
  • 厚労省への副作用報告(薬事法に基づく報告と、今後新たに制定される報告の2通り)
  • 接種した人数を都道府県へ報告
  • ワクチン在庫本数を都道府県へ報告
  • ワクチン必要量を都道府県へ報告
ずらっと並べるだけではわかりにくいので、順不同で考えていきます。まず、

医師会を通じた厚労省との委託契約

これは委託契約書に署名捺印するだけでしょうから、事務作業としてたいした事はありません。

厚労省への副作用報告(薬事法に基づく報告と、今後新たに制定される報告の2通り)

これは現実としては、よほどの数にならないと負担になりませんし、よほどの数になるようならワクチン接種自体が中止になると考えます。もっとも非常に細かい副作用報告まで求められると負担になります。

卸売業者からのワクチン購入

これも通常業務ですから、そんなに負担にはならないようには思います。さて残りなんですが、システム設計が事後承諾式か、事前承諾式かで事務作業の負担は変わります。考えられそうなシステムを書いてみると、


事後承諾式
  1. 接種希望者を受付ける(受付段階で最低限のスクリーニング)
  2. ワクチンを問屋から必要量を医療機関の裁量で購入
  3. 予約日にもう一度適合者をスクリーニングして接種
  4. 接種関連書類を担当機関(保健所等)に送付
関連書類に記載必要な事項として考えれるのは、優先理由があると思います。優先順位もほぼ情報通りになるとして、幼児は保険証から年齢は確認できます。妊婦は母子手帳から一応確認できます。問題は「基礎疾患を有する者」です。これが具体的にはどんなものが情報にあるかといえば、

慢性呼吸器疾患・慢性心疾患・代謝性疾患(糖尿病等)・腎機能障害・免疫機能不全(ステロイド全身投与等)等を有しており

かかりつけ医が具体的にある方はよいのですが、そうでない患者もいますから、この辺の記載に「詳細」を要されたら手間ひまかかります。証明する証拠の記載は容易で無い時もあるからです。それでも事後承諾式ならかなり事務負担は軽めとはいえます。

ただ事後承諾式の問題点は、裁量でワクチンを買える点から、過剰に購入する医療機関も存在するかもしれない点です。どうしても不心得者の出現を完全に防ぐ事ができません。そこのリスクを高く見るか、低く見るかになります。1600万人もの大量接種ですから、ある程度のリスクがあっても少しでも簡便な方が良いとは思うのですが、リスクを高くとれば事前承諾方式が出てきます。


事前承諾式
  1. まず接種希望者は優先接種者かどうかを医療機関に確認に赴く
  2. 医師はその他から優先接種者かどうかを確認する
  3. 接種予約日を決定し予約証を希望者に交付し、予防接種申請書を作成する
  4. これを接種予定日の人数分だけそろえ、必要ワクチン数を算出した上で担当機関に送付する
  5. 担当機関は申請を審査の上で承認し、数量を記したワクチン購入許可書を発行する
  6. 医療機関は許可書を用いてワクチンを購入する
  7. 予約日に接種を行えば、接種記録を医療機関保管分と担当機関送付分の二通を作成し、担当機関に送付する
  8. ここでキャンセルなどが発生すれば返品を行い、その旨も担当機関に報告する
書いていて嫌になるのですが、ここまですればリスクが低くはなります。その代わり事務手続きの煩雑さは目が回りそうになります。そのうえ、接種希望者の確認の料金が発生しなければ、経営にも大きな影響が出るだけでなく、他の患者の診察を圧迫します。さらにその上で、申し込みに来た接種希望者への院内感染対策を厳重に求められたら、診療所クラスでは対応不可能になります。病院でも大変かと思います。

医療機関も煩雑ですが、担当機関の事務作業もまた大きなものになります。負担が大きくなりすぎると、医療機関からの申請への対応が遅れ、接種自体にも混乱が起こることも予想されます。申請を行なってもなかなか許可が下りないみたいな事態です。事務量が増えても担当者は増えないですからね。


ただ事前承諾方式にしても事後承諾方式にしても、

  • 一人ひとりが厚労省の定めた接種対象者(妊婦等)であることを、保険証や他の医師の証明書等によって確認
  • 一人ひとりがどのロット(国内産・外国産等)のワクチン接種を何回受けたかの記録保管・証明
これは医療機関担当になると思いますが、
  • 接種対象となる「医療従事者」と「基礎疾患を有する者」の人数把握・報告
  • 接種した人数を都道府県へ報告
  • ワクチン在庫本数を都道府県へ報告
  • ワクチン必要量を都道府県へ報告
これは担当機関の事務になりそうな気がします。ところが現役厚労官僚である村重氏は、

医療機関の事務作業の負担が増えます。

あくまでも医療機関の事務負担としています。これは厚労省的に発想すればそうなるんだろうと考えられます。



おそらく事後承諾式にもう少し手を加えたものになると予想していますが、それでも担当機関の事務軽減のために医療機関の事務量を増やしすぎないような制度設計を希望します。もっとも現段階では診療所クラスが新型接種の指定医療機関になるかどうかさえ不明です。新型対策ではいろんな事が起こりますから、最初事前承諾方式でスタートして「実情に合わせて」事後承諾方式に突如転換するぐらいの混乱は予想しておいても良いかもしれません。