踏み倒し問題

国民健康保険法42条の2に

 保険医療機関等は、前項の一部負担金(第43条第1項の規定により一部負担金の割合か減ぜられたときは、同条第2項に規定する保険医療機関等にあつては、当該減ぜられた割合による一部負担金とし、第44条第1項第1号の指定が採られたときは、当該減額された一部負担金とする。)の支払を受けるべきものとし、保険医療機関等が善良な管理者と同一の注意をもつてその支払を受けることに努めたにもかかわらず、なお被保険者が当該一部負担金の全部又は一部を支払わないときは、保険者は、当該保険医療機関等の請求に基づき、この法律の規定による徴収金の例によりこれを処分することができる。

これは一部負担金を、病院が善管注意義務を果たしても患者が支払わなかったら、

    この法律の規定による徴収金の例によりこれを処分することができる
徴収金の例とは65条にあたると考えられますが、

偽りその他不正の行為によつて保険給付を受けた者があるときは、保険者は、その者からその給付の価額の全部又は一部を徴収することができる。

これを「徴収金の例」として読みかえれば、

    患者が一部負担金を不正の行為により支払わなければ、保険者は、その者からその給付の価額の全部又は一部を徴収することができる。
この辺りの規定が、一部負担金を踏み倒す患者の未収金回収を保険組合がするべきであるの根拠となっています。しかし現実はやや曖昧な規定であるため、保険組合は独自の解釈で自らの仕事でないと主張し、未収金回収は病院に丸投げされ、回収出来ない病院は泣き寝入りを余儀なくされています。社会保険でも規定はほぼ同様です。

国民健康保険法はそういう意味で不思議な法律で、医療機関の不正については細々とした罰則を規定していますが、一部負担金の踏み倒しについてはほとんど規定がありません。これはこの法律が成立した時に一部負担金を踏み倒す患者など存在しないと考えていたと思われます。法律制定当時に思いもよらなかった事態とも考えられます。

法律の隅から隅まで読んだわけではありませんが、42条には

 第36条第3項の規定により保険医療機関等について療養の給付を受ける者は、その給付を受ける際、次の各号の区分に従い、当該給付につき第45条第2項又は第3項の規定により算定した額に当該各号に掲げる割合を乗じて得た額を、一部負担金として、当該保険医療機関等に支払わなければならない。

たしかに「支払わなければならない」とはしていますが、支払わない場合は「徴収金の例」による処分であり、処分とは保険組合が「その者からその給付の価額の全部又は一部を徴収することができる」だけです。さらに処分については実質空文化して運用されています。そうなると一部負担金の踏み倒しについては、患者にとって罰則はなく、病院がひたすら泣き寝入りを余儀なくされる構造となります。

ちなみにですが、医療機関が故意に一部負担金を減免したときには、最悪保険医療機関指定取り消しの重い罰則が課せられますし、開業するときの保険指導でも繰り返し、繰り返し脅かされます。医療機関は一部負担金の徴収を重い罰則付で義務づけられる一方で、患者は踏み倒しても実質的に罰則がない世界があるということです。

こういう事は健康保険が成立した時には思いもよらない事だったのでしょうが、現実は広く行なわれています。珍しくまともな10/11付の毎日新聞から引用しますが、

未収金:うわさ拡大し5770万円に 浜松の病院

 浜松市中区の総合病院「県西部浜松医療センター」(脇慎治院長、606床)で06年度、患者からの未収金が5770万円に上り、同年度末の累積債権が9189万円にもなっている。市内では「公的な病院だから医療費を払わなくても受診できる」とのうわさが広まっており、それが一因という。市から運営を委託されている市医療公社は「一部の不払い者のせいで医療サービスに影響が出かねず、ゆゆしき事態だ。市の債権回収対策課と連携することも検討しており、悪質なケースには強い態度で臨む」としている。

 病院は市が設置しており、市健康医療部の担当者によると、数年前から「あの病院はお金を払わなくても平気」「昼より夜に行った方がいい」などといううわさが流れ始めた。特に06年から激しくなったといい、会計処理のできない夜間や救急での診療に対する支払いを督促しても「どうせ税金で何とかなるだろう」などと拒否され、中には出産で入院中にこっそり抜け出して行方不明になる人もいるという。

 未収金は、04年度3200万円、05年度3850万円と増え続け、06年度5770万円に。07年度も減る気配はないという。

 明らかになっている06年度の累計は、決算時点で時効になっていない04〜06年度分の患者593人分で、1人当たり約15万5000円。外国人とみられる患者も72人おり、医療費が高額になりやすい産婦人科の未収が目立つという。

 同病院の年間収入規模は06年度は124億円で、直ちに経営に支障が出るわけではないが、市医療公社は「このまま増えれば、必要な資材が買えないだけでなく、職員の給与にも響きかねない。回収も強化するが、受診者のモラルにも訴えたい」としている。医師法は、医師は訪れた患者の診察を原則断れないと定めており「持ち合わせがない」と言う患者がいた場合はクレジットカードがあるかを聞いてカード払いの導入も検討している。【竹地広憲】

 ▽厚生労働省医療機関の未収金問題に関する検討会」委員、山崎学・日本精神科病院協会副会長の話 給食費や保育料と同様に、医療費も確信的に払わない人が多い。こうしたうわさはすぐに広まりやすいと思う。個々の病院だけでは解決しないので、金を払わない人にも診療する義務のある現在の制度を含め、法律などの見直しを国に訴えたい。

あちこちで既に取り上げられていますが、

    数年前から「あの病院はお金を払わなくても平気」「昼より夜に行った方がいい」などといううわさが流れ始めた。特に06年から激しくなったといい、会計処理のできない夜間や救急での診療に対する支払いを督促しても「どうせ税金で何とかなるだろう」などと拒否され、中には出産で入院中にこっそり抜け出して行方不明になる人もいるという。
正直なところ世も末という感想を抱いてしまいますが、識者としてコメントしている山崎学・日本精神科病院協会副会長の話も至極真っ当です。
    個々の病院だけでは解決しないので、金を払わない人にも診療する義務のある現在の制度を含め、法律などの見直しを国に訴えたい。
伊関さんのところによれば、

全病院の6割以上が加入する「四病院団体協議会」(加盟5570病院、四病協)が加入病院を対象に02〜04年度の状況を調べたところ、累積の未収金は約853億円に達したという。

6割強の調査で853億円ですから、全体で1000億円以上と考えてよいと思います。3年間の調査で1000億円ですから、年間に300億円以上となり、さらに踏み倒し傾向は年々強くなっていますから、年間400〜500億円ないしそれ以上になっているとも考えられます。ここまでの被害が出ている行為は誰が考えても犯罪です。

医療機関が未収金の回収に力を入れられないのは、累計額は巨額でも個々にすれば小額である点です。弁護士を雇って法律的対応を取りたくても、弁護士費用で足がでると考えたら良いと思います。その点が個々の病院の対応の限界になっていると考えられます。そうなれば法律の整備を至急行なうことが対策として最も効果的と考えられます。

そんな罰則を規定すれば本当に困っている病人に冷たいの声もあるかと思いますが、第44条にこうあります。

 保険者は、特別の理由がある被保険者で、保険医療機関等に第42条又は前条の規定による一部負担金を支払うことが困難であると認められるものに対し、次の各号の措置を採ることができる。

  1. 一部負担金を減額すること。
  2. 一部負担金の支払を免除すること。
  3. 保険医療機関等に対する支払に代えて、一部負担金を直接に徴収することとし、その徴収を猶予すること。

本当に払えない人についての減免措置も保険組合は行う事が出来ます。ただし現在の一部負担金踏み倒し患者はこの減免措置に該当する者がどれだけの割合かは疑問が残るところです。