批評の検証

ssd様の特殊相対性理論より、必要医師数実態調査の批評です。

この調査の最大の欠点は、単なる、どれだけ医者が欲しいという欲望の調査でしかないと言うことです。
全国の喪男

「あなたはどれだけの数のヒロインに囲まれてハーレム状態になりたいですか?」

というアンケートを採ったに過ぎません。

私もそう感じるのですが、検証だけやってみたいと思います。求人比率を病院経営者のアンケートから取っただけの調査ですが、この求人比率が何らかのデータと連動している可能性は無いかの検証です。比較データのソースは平成20年「医療施設(静態・動態)調査・病院報告の概況」からですが、関連しそうなデータとして、

  • 人口10万対医師数
  • 人口10万対常勤医換算数
  • 人口10万対総病床数
  • 人口10万対一般病床数
  • 人口10万対療養病床数
  • 100床当たり常勤医数
面倒だったのですが、求人比率でソートして47都道府県のデータを示します。なお傾向を大雑把にみるためにデータのうち平均以下のものを赤でハイライトしてみました。

都道府県 求人倍率 人口10万対 100床当たり
医師数
勤務医数 医師数 総病床数 一般病床 療養病床
岩手 1.40 139.7 178.3 1419.4 825.7 219.9 9.9
青森 1.32 117.6 174.4 1356.3 810.8 204.1 8.7
富山 1.29 164.2 223.6 1635.1 826.0 484.1 10.0
島根 1.28 170.0 248.4 1622.6 932.3 329.8 10.5
大分 1.26 176.8 236.6 1737.3 1009.8 264.1 10.2
山形 1.24 131.9 195.5 1297.6 788.1 172.5 10.2
長野 1.24 138.0 196.4 1145.6 722.7 173.1 12.0
高知 1.24 216.6 271.7 2477.9 1024.2 933.4 8.7
福島 1.23 122.5 183.2 1420.0 818.7 224.8 8.6
滋賀 1.22 139.2 196.0 1065.9 682.9 202.1 13.1
徳島 1.22 190.0 277.6 1920.9 830.0 575.2 9.9
新潟 1.22 117.8 174.4 1258.5 737.5 221.0 9.4
岐阜 1.21 114.7 177.8 997.6 620.4 164.8 11.5
鹿児島 1.21 165.7 225.7 2058.1 895.3 566.5 8.1
愛知 1.20 124.6 183.4 922.8 551.3 186.5 13.5
秋田 1.20 146.8 196.8 1507.7 890.7 216.0 9.7
香川 1.19 171.5 246.3 1588.5 955.3 261.2 10.8
群馬 1.19 133.0 200.1 1263.1 738.5 255.9 10.5
鳥取 1.19 175.6 266.4 1530.1 868.6 312.4 11.5
宮崎 1.18 150.0 217.4 1766.5 843.3 363.3 8.5
三重 1.18 116.5 182.5 1126.1 619.3 245.5 10.3
沖縄 1.18 167.8 218.5 1406.0 697.9 299.6 11.9
石川 1.18 180.6 243.5 1668.1 907.8 417.0 10.8
栃木 1.17 147.4 200.5 1107.5 615.3 219.9 13.3
愛媛 1.17 158.0 234.3 1606.7 852.6 380.2 9.8
福井 1.17 166.3 216.5 1435.1 813.8 307.1 11.6
奈良 1.16 144.1 207.1 1178.3 730.1 231.1 12.2
宮城 1.15 128.1 204.6 1135.9 718.8 141.4 11.3
茨城 1.15 116.8 153.7 1114.2 652.7 200.8 10.5
広島 1.15 143.3 227.4 1457.8 754.4 372.2 9.8
和歌山 1.15 169.8 257.0 1415.4 895.7 266.9 12.0
山口 1.14 154.2 231.9 1883.3 797.0 658.5 8.2
熊本 1.13 175.5 244.0 1967.4 908.3 548.1 8.9
北海道 1.13 159.1 213.7 1826.0 978.9 452.4 8.7
兵庫 1.13 132.9 209.2 1159.3 684.3 255.3 11.5
佐賀 1.12 171.4 239.6 1800.7 758.8 523.4 9.5
長崎 1.12 175.5 264.3 1930.7 883.4 470.1 9.1
千葉 1.12 115.7 161.0 922.7 547.2 156.9 12.5
岡山 1.12 200.4 259.1 1563.7 981.1 265.1 12.8
京都 1.12 184.0 279.2 1392.1 883.1 247.4 13.2
山梨 1.11 140.6 203.7 1294.5 738.1 265.0 10.9
福岡 1.11 187.1 268.2 1734.0 851.7 441.6 10.8
静岡 1.11 113.9 176.4 1075.1 586.4 295.0 10.6
神奈川 1.10 125.7 181.3 832.2 527.5 142.6 15.1
埼玉 1.10 100.7 139.9 885.5 489.1 188.7 11.4
大阪 1.09 165.3 243.3 1243.5 741.7 267.1 13.2
東京 1.08 187.2 277.4 998.9 641.8 158.7 18.7
全国 1.14 147.2 212.9 1260.4 712.2 265.8 11.7


う〜ん・・・強いて言えば100床当たりの医師数が少ないところが求人比率が高そうな気がしますが、これに相関性が明瞭にあるかと言われるとなんともです。100床当たりの医師数がどれほど現場の実感を反映しているかは難しいのですが、単純には病床数に応じて医師数が必要になり(仕事の質の評価は別です)需要が生じると思うのですが、なんともなところです。

この調査の難点は、いくら厚労省が「地域医療の維持のため」と謳おうが、基本は病院経営者が必要と考えている医師数です。これも調査に協力した病院によって差はあるでしょうが、勤務している医師も含めて、これからの病院のあるべき姿とか、今後の医療展開を考慮して回答したとは思いにくいところがあります。

たしかに医師不足が表面化している地域はありますが、無闇矢鱈に医師を抱え込める訳ではありません。民間病院はもちろんの事、公立病院であっても自治体財政と一蓮托生状態のところが少なくありませんから、どこの病院にもある再生計画の収支改善プランぐらいに基いて出されていると想像しています。まあ想像はしていますが、あんまり計画に具体的な医師数が記載されているのは見たことはありませんが。



どうにもこの調査をテコと言うか聖典として、厚労省は医師の強制配置のための流れを作りたいようです。たぶんですが本当に必要なデータは全国をマスとしての医師不足数をアピールと言うか基礎データに出来れば十分で、都道府県以下のミクロのデータには関心が薄いと考えています。関心が薄いと言うのも表現がおかしいですから、地方官製医局は既定の物として全国ネットワーク医局への布石に感じます。

厚労省なりが色んな思惑で動くのは勝手なんですが、動いた上での目標が定まっているかが問題です。医療制度は長期で構想を練る必要があります。長期的にどういう方向に医療を向かわせるかのグランドデザインが本当は必要なはずです。たとえばかつては医療費亡国論の原理に基いてコントロールしていました。結果はともかく、目指すべき方向性は定められていたとしても良いかと思います。

医療費亡国論路線は結果として現在の医療崩壊に至ったと考えています。これは出てしまった結果ですから、過去を振り返るのも必要なことですが、同時にこの現実に対応した新たな長期路線の設定が必要になっていると考えます。

この医療崩壊の捉え方は未だに様々ですが、私はごく単純に日本型医療システムの崩壊を指すとするのが妥当と考えています。日本型医療システムとは医療の鉄則として並立するはずが無いアクセス、コスト、クオリティが曲がりなりにも並立してしまった医療体制です。これが制度疲労を起こしてと言うか、医療の鉄則に抵抗できずに瓦解しつつある状態が医療崩壊とするべきだと考えます。

何故に日本型医療システムが成立できたかの理由は様々にありますし、それが失われた理由もまたありますが、今日はもう良いでしょう。言えるのは失われたものは二度と戻らない状態に既に至っていると言う事です。漠然と崩壊の後は復活があり、従来の日本型医療システムがより強固に甦ると考えて方もおられるようですが、私は幻想と思っています。

つまり医療崩壊後に起こるのは、グローバルスタンダードのアクセスかコストのどちらかを選択した医療体制に変質すると言う事です。変質とはしましたが、グローバルスタンダードからすれば「正常化」の方が適切な表現になります。


医療の今後を長期計画で考えるのであれば、議論すべきなのはアクセス重視か、コスト重視のどちらの路線を取るかです。これもある程度具体案は出ていて、あくまでも皆保険体制保持を前提とするならコスト重視(アクセスを犠牲にする)、混合診療拡大を前提とするならアクセス重視になります。ここのアクセス重視も今のようなアクセスではなく、金さえあればアクセス・フリーのアクセス重視です。

ここもまたたぶんですが、最終的に進むのは基本はコスト重視で、金があればアクセス・フリーの道を残すような路線が有力と考えています。もうちょっと分かりやすく言えば、アメリカ型にシフトを移しながら、欧州型の味付けを色濃く残すような感じでしょうか。もちろんアメリカ型(アクセス重視)と欧州型(コスト重視)のどちらに比重が重くなるかは、なってみないと判りません。

ただ日本にとって不幸な事は、日本型医療システムを一度享受してしまった事です。アクセス重視にしろ、コスト重視にしろ、一番痛い目に会うのは患者です。当然の様に痛い目に会う医療体制への変更には反対となります。これは私が患者の立場であれば当然そう考えます。国民の大多数が反対となれば、ドラスティックな制度変更は大変難しくなります。

ごく簡単にはかつての消費税の様に、制度変更を掲げた政権が選挙で惨敗する事態が十分に予想されます。政治的には新たな医療体制への変更を掲げるその時の政権与党と、日本型医療システム護持を唱える野党の対立路線です。そして勝つのは野党サイドになり、今なら政権交代に直結します。


政治的には行きつ戻りつするでしょうが、進むべき道は決まっています。グランドデザインはそういう中間過程に振り回されずに作られるのが理想です。いつの時代であっても救急医療体制は必要ですが、たとえばこれを踏まえて考えると、

  • 三交代勤務で24時間体制の公費の救急病院
  • その他の病院
コスト重視でも、アクセス重視でも、結局アクセスは制限されますから、セーフティとしての三交代制の公費救急病院を幾つ残すのかが課題になるような気がします。新しい医療体制でのアクセスとは公費救急病院の数に依存したものになると考えています。


ここでやっと医師の必要数の話に戻れるのですが、病院が24時間救急病院とその他に色分けされれば、必要な医師数のドライな算出が可能になります。ドライではありますが、話はどれだけアクセスを制限するのかと同じ意味です。とは言うものの、当分はこんな議論は表では出来ないでしょう。日本型医療システムの崩壊が進み、新たな医療体制の構築が誰の目にも必要となっても、

  • アクセス重視派
  • コスト重視派
  • 日本型システム護持派
この3派が激しく争う状態がかなり続くと思います。アクセス派とコスト派は妥協の余地がありますが、護持派は残りを仇敵と見なすと思われます。なおかつ世論の支持は護持派にありますから、無理からに護持を続ける迷走は続くでしょうし、グランドデザインもまた検討されない様に考えています。そういう混乱の中で狭い視野での厚労省利権の拡大に走る動きも活発化するようにも思っています。



医療も一つの文化・歴史と考えていますが、危機に陥った時にこれを克服するパワーがあるのかどうかを個人的に注目しています。パワーがある時には危機を克服し、その先により安定した時代を構築できます。ところが下り坂に向かう時には、徒に内部抗争のみが激化し、衰弱を重ねる事になります。医療は否応なしに大転換期を迎えてしまいましたが、これを克服できるかどうかの切所に立たされています。

歴史と言う観点から言えば、危機を迎えたときに個々の構成員の意識の高さも重要ですが、これを束ねる有能なリーダーの出現も必要です。危機の克服は民主主義的な手法では難しく、ある程度以上の独裁的なリーダーシップが必要だからです。いわゆる乱世の英雄です。歴史が活力を持つ時には、ここと言う時に乱世の英雄が続々と出現します。

現時点では未だ出現していないように感じています。優れた警世家は出てきていますが、実務的に組織を束ね、ある方向に強力に動かしていくほどの人材は見当りません。これはまだその時期に至っていないのか、それとも遂に出ないのかはこれから経験していく事になります。とにもかくにも歴史の流れは早くなっています、ここ数年は非常に注目される時代と私は考えています。