奈良の母体搬送の統計とこぼれ話

ムックの初めは天漢日乗様の「マスコミたらい回し」とは?(その161)奈良県南部の産科医療今も回復せず→県外搬送は県内医師の血のにじむ努力で4%台へに示されていた、

これの検証です。ちょっと読み難いですが、画像には「妊婦の県外救急搬送率の推移」となっています。これは先にお断りしておきますが、検証については挫折しています。私の手では画像にある「22%」も「4%」も残念ながら確認できませんでした。辛うじて見つかったのは、2007年8月奈良県妊婦救急搬送事案調査委員会(第2回)の概要にあった資料9  母体搬送状況の2002年から2006年までのデータです。とりあえず引用しておきます。

2002 2003 2004 2005 2006
母体搬送数 病院 64 83 94 62 78
診療所 81 80 108 83 105
助産所 8 3 5 8 11
合計 153 166 207 153 194
うち県外搬送数 55 49 77 35 49
県外搬送率 35.9% 29.5% 37.2% 22.9% 25.3%


画像にあった「22%」も「4%」も2007年以降のデータであるのは間違いありません。改善の要因としては奈良県立医大を拡充して総合周産期センターにした事だとは考えられます。この件については2008年5月16日に一度取り上げており、2008.5.26にオープン予定として、当時のAsahi.comの記事には、

 同センターは、同病院A病棟の4、5階に新設。出産前の妊婦が対象の「母体・胎児集中治療管理部門」(約2200平方メートル)は、母体・胎児集中治療管理室(MFICU)を従来の3床から6床に増やす。ICUでの治療を終えた患者が入る「後方病床」を新たに12床設置。「新生児集中治療管理部門」(約900平方メートル)は10床増やして31床にし、そのうち21床を新生児集中治療管理室(NICU)として使い、残りを後方病床にあてる。

ただし

NICUを担当する看護師が23人不足しており、当面は12床分のみの稼働にとどまる。

そのため開所時の病床的には、

病床分類 病床数 稼動数
MFICU 6 6
ICU後方病床 12 12
NICU 21 12
NICU後方病床 10 10


こんな感じであったと考えられます。これが2008年5月末のお話ですから、不足していた看護師も補充されてフル稼働にようやく至ったとしても良いでしょう。3年も経ったのですから、補充されても不思議ありません。ここで新生児科医や産科医の戦力はどうなっているのだと疑問は出るかもしれませんが、これの検証はトビキリ難しいので今日は置いときます。

あくまでも仮にですが、2006年データの母体搬送合計194件が、現在もさほど変わらないと考えて見ます。端数がややこしいので年間200件の母体搬送があるとすれば、「22%」は44件、「4%」は8件ですから、総合周産期センターの機能充実に伴って、それまで県外搬送をやむなくされていた45件のうち、35件前後を県内で対応できる様になったと見れます。

35件と言っても月平均にすれば3件程度の負担増ですから、総合周産期センターが額面通りに働けば不可能で無い数字と考えられます。



実は調べてみたら、正直なところ「だからどうした」程度の結果しか出なかったのですが、ちょっとだけ別の興味引くような数値があります。母体搬送数は出生場所による分類がされているのですが、なんとなく助産所の母体搬送数が多いような気がします。なんとなくでは良くないので、人口動態統計から確認してみます。ただし確認できたのは2005年と2006年分だけで、それ以前は掘り起こせませんでした。

2005 2006
母体搬送数 出生数 母体搬送数
/出生数
母体搬送数 出生数 母体搬送数
/出生数
病院 62 5479 1.1% 78 5669 1.4%
診療所 83 5479 1.5% 105 5599 1.8%
助産所 8 210 3.8% 11 187 5.9%
合計 153 11184 1.4% 194 11476 1.7%


出生数は病院、診療所、助産所の他に自宅(及びその他)もあり、そのため合計数が少々合っていないと御理解下さい。

出生数に対する母体搬送数の比率で概算してみましたが、やはり助産所からの母体搬送率は高そうです。ただここは注意が必要で、病院や診療所は出生数の母数が多いので無視できる数字ですが、助産所の母数は低いので少し修正が必要な部分があります。母体搬送を行ったぐらいですから、助産所では出生していないと考えるのが妥当です。

病院や診療所では「出生数 = 分娩取扱い数」は誤差として無視できますが、助産所では無視し難い数値になります。母体搬送になった件数も母数に加えないと実態を反映しないと考えます。そうなれば、

    2005年:3.7%
    2006年:5.6%
やってみたら余り変わりませんでした。

ここで他の因子を考えて見ます。助産所で分娩が危険だと判断した時にどういう対応になっているかです。現在はネットワークシステムが様々に整備されているようですが、2005年や2006年当時は十分な整備がされていなかったと思われます。つまり助産所で「危ない」と判断してから、診療所の嘱託医クラスに運び込んだ可能性です。

診療所クラスでは対応に限界がありますから、そこから玉突きで母体搬送に至ったケースも確実に含まれている可能性はあります。もちろん助産所で対応できる医療範囲と、診療所やさらには病院で対応できる範囲は桁違いですから、助産所の方が比率として高くなるのは当然といえば当然です。それでも分娩取扱い20〜25件に1件程度で母体搬送が発生するのは素直に「多いな」と感じます。

ここで奈良県以外はどうなんだの疑問は当然出てくると思いますが、そこまでは残念ながら質の良さそうなデータを発掘できませんでした。ちょっと残念です。


こぼれ話ついでなんですが、人口動態統計にちょっとおもしろい集計がありました。出産場所の統計に加えて立会い者による統計もあります。これも奈良県分だけピックアップして見ます。

出生場所 立会い者 2005 2006 2007 2008 2009
病院 医師 5400 5507 4778 4473 4556
助産 79 162 548 604 552
診療所 医師 5472 5593 5754 5748 5435
助産 7 6 11 4 4
助産所 医師 35 18 13 9 14
助産 175 169 135 124 178
自宅 医師 5 4 4 8 5
助産 7 12 11 10 10
その他 - 2 2 - 3
その他 医師 - 1 4 1 1
助産 2 1 - - -
その他 2 1 1 - -


ここで立会い者とは出産証明書を書いた人間と考えます。違っているようでしたらアドバイス下さい。病院や診療所であっても助産師が分娩に立会い、出産証明書を書いても不思議ありません。誰が書くかはその医療機関の慣習によって変わるでしょうが、「そんなものだろう」と言うところです。あえて言えば病院での助産師の立会いがかなり増えていますが、なにかシステムと言うか慣行変更でもあったのかもしれません。。

「その他」はともかくとして、「自宅分娩」で医師が立会い者である比率が案外多いのにまず驚きました。他の都道府県のデータまでチェックしていないのでなんとも言えませんが、どういうケースであれば医師が立会い者になるのだろうです。あえて考えられるのは、

  1. 助産師による自宅分娩中に医師の応援を頼み、そのまま自宅で出産した。
  2. 助産師も頼まず自宅分娩にトライしたが、最終的に医師を呼んだ。
  3. 産科医にも自宅分娩に協力するものがいる。
  4. 助産師にも頼まず自宅分娩に成功したが、出産証明書で困り医師を呼んだ(ないし医療機関に連れて行った)。
  5. 産科医療機関で分娩予定であったが、間に合わずに自宅分娩となった。
自宅分娩での医師の立会いもあれこれ考えられるのですが、個人的にもっと不思議なのは「助産所分娩」での医師の立会いです。これが結構多いのです。2005年なんて210人中35人ですから、6人に1人ぐらいは医師の立会いになっています。その後も1割程度は医師の立会いになっています。助産所での出生ですから、医師が常駐しているはずもなく、どう考えても分娩のある時点から医師が呼ばれ、最終的に分娩に立ち会ったとしか考えようがありません。

だって分娩時の裂傷が強くて産科を受診したにしても、分娩の立会い者は助産師のはずですから、やはり分娩時に医師が呼ばれて立ち会った以外のシチュエーションを考え出すのが厄介です。統計に出る資料ですから、私が考えているような事情とは別の事が起こっているのかもしれませんが、「どうなっているのだろう?」とちょっと興味を持ちました。御存知の方は情報下さい。