たとえ条件付きでも「自宅出産が安全である」とは認められない(?)

 モトネタは、

 このレベルから反論が必要なのは毎度の事ながら面倒くさいのですが、徒然に頑張って見ます。このtigetterの冒頭に掲げられているのが

自宅出産の周産期死亡率は病院での出産となんら違いがない上に、病院での出産よりも、自宅出産の方が重度の裂傷や産後出血の確率も、胎児を蘇生しなくてはならない確率も低い(つまり自宅出産の方が母体への負担が少ない)という研究データがあります。

Outcomes of planned home birth with registered midwife versus planned hospital birth with midwife or physician (2009)
http://www.cmaj.ca/content/181/6-7/377.abstract

Outcomes of planned home births with certified professional midwives: large prospective study in North America (2005)
http://www.bmj.com/content/330/7505/1416

 これに基づいて自宅分娩も「安全である」の主張と解します。


分娩の「安全」の国際比較

 ソースは厚労省統計の第1−24表 諸外国の周産期死亡率(出生千対),年次別です。ここには14ヶ国の1970年からの周産期死亡率の推移がまとめられています。ちなみに周産期死亡率とは、妊娠28週以降の死産数と早期新生児死亡数(出生後1週間以内の死亡数)の率です。データは人口1000人対でまとめられています。

国名 1970 1980 1990 1995 2000 2005 2010
日本 21.7 11.7 5.7 4.7 3.8 3.3 2.9
スペイン 21.1 14.6 7.6 6.0 5.2 4.1 3.6
イタリア 31.7 17.4 10.4 8.9 6.8 5.1 4.5
ニュージーランド 19.8 11.8 7.2 5.7 5.8 5.6 4.9
スウェーデン 16.5 8.7 6.5 5.3 5.3 4.9 5.2
オランダ 18.8 11.1 9.7 8.9 7.9 7.4 5.4
ドイツ 26.7 11.6 6.0 6.9 6.2 5.9 5.5
オーストラリア 21.5 13.5 8.5 6.9 6.0 5.9 5.9
カナダ 22.0 10.9 7.7 7.0 6.2 6.3 6.1
アメリカ合衆国 27.8 14.2 9.3 7.6 7.1 6.8 6.8
ハンガリー 34.5 23.1 14.3 9.0 10.1 7.9 7.7
デンマーク 18.0 9.0 8.3 7.5 6.8 6.6 8.0
イギリス 23.8 13.4 8.2 7.5 8.2 8.5 8.5
フランス 20.7 13.0 8.3 6.6 6.6 10.5 13.5

 これをグラフにしてみます。

 1970年には14か国中で中位程度の日本でしたが、1990年にはトップに立ち、以後はトップを守り続けています。最新データの比較をちょっとやっておきますが、
国名 妊娠満28週以降死産率 早期新生児死亡率 周産期死亡率 周産期死亡率対日本比 データ参照年
日本 2.0 0.8 2.9 1.0 2010
スペイン 2.2 1.4 3.6 1.2 2009
イタリア 2.8 1.7 4.5 1.6 2007
ニュージーランド 2.8 2.1 4.9 1.7 2009
スウェーデン 4.0 1.2 5.2 1.8 2009
オランダ 3.3 2.1 5.4 1.9 2008
ドイツ 3.5 2.1 5.5 1.9 2007
オーストラリア 2.9 2.9 5.9 2.0 2005
カナダ 3.0 3.1 6.1 2.1 2006
アメリカ合衆国 3.1 3.7 6.8 2.3 2003
ハンガリー 5.4 2.3 7.7 2.7 2009
デンマーク 5.3 2.6 8.0 2.8 2006
イギリス 5.7 2.8 8.5 2.9 2003
フランス 11.8 1.7 13.5 4.7 2009

 2位のスペインが日本の2割増、3位のイタリアで6割増、8位のオーストラリア以降になると2倍以上です。実質的に日本は世界一安全な出産を行っているとしても過言ではないかと存じます。

病院・診療所以外の日本の出産統計

 これは前にまとめたグラフを提示します。

 日本が周産期死亡率のデータが厚労省データで14か国中の中位に位置していた1970年代、1980年代には病院・診療所以外の助産所・自宅分娩はグラフで「見える」ほどの数がありましたが、実質世界一になった1990年代以降は見えないぐらい減少しています。現状は1万2000人ぐらいです。つまり全体の1%程度と言う事です。周産期死亡率の低下と助産所・自宅分娩の低下の因果関係はあえて置いておきます。

 それとこれは自宅分娩とは基本的に関係ないかもしれませんが、助産所分娩での医師立会い率と言うのもあります。2009年分だけ前にまとめたので出しておきますが、


助産所出生数 立会い者 医師立会い率
医師 助産師
9597 1343 8254 14.0%

 助産所分娩で医師が立ち会うと言う事は、分娩時になんらかのトラブルが発生し「呼び出された」を意味すると考えて宜しいかと存じます。そうでなければ医師が立ち会う理由は考えられません。これが14.0%である事を公式データは示しています。

安全レベルの相違

 togetterでは、

自宅出産は、病院での出産に比べて母体に負担が少なく、新生児への蘇生処置をする必要になるような事態に陥る確率も少ない、という事実を、いくつかの医学論文のデータに基づいて示すことです。

当初、私は日本もその「高度に医療が発達している経済的先進国」の一員だと思って、カナダやアメリカのデータを引き合いにしましたが、様々な方の反応を見るにつれ、それが誤りだということに気がつきました。

 ここでのポイントは「まとめ者」の安全感覚と考えます。

    私は日本もその「高度に医療が発達している経済的先進国」の一員だと思って、カナダやアメリカのデータを引き合いにしました

 周産期死亡率のデータは日本に対しカナダで2.1倍、アメリカで2.3倍です。2倍以上の周産期死亡率がある国と比較する事の意味はどうかです。単純な設問ですが、

    日本の周産期死亡率が現在の2倍に悪化するのは許容するか?

 これに対する回答が欲しいところです。私はあんまり許容したくないないところです。私だけではなくこれから子供を生もうと考えている人間もあんまり歓迎しないと思っています。そうなると回答は「許容しない」とする方が多数派かと存じます。そうなると「自宅出産の安全」のレベルは跳ね上がります。つまり設問はこう変わります。

    自宅出産をドンドン行なえば、現在の実質世界一の周産期死亡率はさらに改善するか?

 「やってみなければわからない」と言われれば医学の不確実性から100%の回答は難しいかもしれませんが、医師や医療関係者は「認められない」とするのが妥当かと存じます。医師や医療関係者が「条件付」であえて認めるとするならば、少なくとも現在の周産期死亡率が2倍以上にに悪化しても「問題なく安全である」と手放しで喜んで認められる事が最低限必要です。

 

 自宅分娩の方がより安全であると、日本の2倍以上の周産期死亡率があるアメリカやカナダの論文を示されても「だからどうした」以上の反応を行なうのは非常に難しいとさせて頂いても宜しいかと存じます。


飛び込み分娩は歓迎しない

 togetterには続きがあります。

経済的に発展していることが、そのまま「考え方や意識や常識も先進国並みだ」ということではないんですね。

日本という「経済的には発展した国」で、自宅出産がどれほど無理な話で、それらを希望する妊婦さんが、どれほど理不尽な非難にさらされるだろうということは「自然分娩か無痛分娩か」のまとめに対して飛んできた反発や、このまとめに対する反発を通して、まざまざと想像できました。

自然分娩や自宅出産を望む女性を「自分勝手」な母親と定義する人がいる事には、心底驚きました。

いざという時のバックアップとなってくれるはずの医師の自宅出産に対する理解や応援の気持ちが限りなくゼロに近いのではないか、とも思います。(「勝手に自宅で出産しようとしておいて、後で迷惑かけるな」という主意の、医師と称する方々の発言を何度か見かけました)

 自宅出産を行なう者に対して医師が冷淡である事をえらくお怒りのようです。医師は今日もザッとやってみましたが、病院や診療所以外の出産の危険性はそれなりの根拠を持って示せます。基準は現在の日本の分娩の安全度です。これより危険な手法を積極的に推進する医師は少数派です。せっかくより安全な手法があるのですから、そちらを勧めるのは医療者として当然の事かと存じます。事は生死に関るからです。

 それにエエ加減一般常識になって欲しいのですが、病院や診療所での分娩能力は危機的状況に陥って久しいものがあります。それもかなり構造的なものがあり、打開・改善の目途は殆んど経っていないのが実情です。年数が経過するほど当分は悪化するだろうです。そういう現状で、

    いざという時のバックアップとなってくれるはずの医師の自宅出産に対する理解や応援の気持ちが限りなくゼロに近いのではないか

 少し前に野良妊婦による飛び込み分娩問題が話題になりました。これとて別に改善したわけでなく、今でも重い負担として産科医に圧し掛かっています。自宅分娩による「いざという時のバックアップ」も実質は野良妊婦の飛び込み分娩と負担はなんら変わりありません。

 

 どうも誤解がありそうな気がするのですが、妊娠初期から病院や診療所で定期検診を受けた上での分娩と、土壇場の飛び込み分娩が、最後は医療機関で分娩するから「安全は同じ」と考えてはおられないでしょうか。医師や医療関係者は同じだと「まったく」考えていません。妊娠分娩とはあくまでもトータルな管理であると言う事です。

 最前線で産科医療を必死で支えている産科医療関係者は、より安全な妊娠・出産を求める妊婦及び産婦の対応で目一杯です。目一杯どころかかなり無理して支えています。そこに自宅分娩トライからの飛び込み分娩がアクシデントとして発生するのは正直なところ大迷惑だと言う事です。スケジュール目一杯で分娩をこなしている上に、飛込みによるアクシデントは到底歓迎できないです。

 それでも医師としてこれを受けざるをえないので対応はしていますが、当然の方向性として飛び込み分娩の要因になりそうな事の解消に務めます。務める中に自宅分娩への警告も当たり前ですが含まれます。間違っても大歓迎なんて方は非常に少数派だと言う事です。すべては安全な分娩のためです。


メリットとデメリット

 なんでもそうですが安全な手法が確立しているものに、他の手法を持ち込もうとするならば、従来の手法を明らかに上回るメリットを提示する事がまず求められます。もう一つ重要な事はデメリットはどうであるかの提示です。デメリットなしでメリットのみであれば積極的に導入を検討すべきでしょう。しかしメリットしか存在しない新たな手法なんて、世の中そうそうは存在しません。

 完成度が高い手法ほど、残されたわずかなデメリットを潰そうとすれば、新たなデメリットが噴出する事が一般的です。手法は様々のパーツからなっていますが、それぞれが独立しているわけでなく複雑な相互関係があります。1ヶ所を無理やり是正すれば、他のパーツに確実に影響を及ぼしトータルではかえってデメリットが増えるなんて事は珍しくも何もありません。

 しばしば新手法の提案者はメリットを大きくアピールする一方で、デメリットを無視する、ないしは極端に軽視する手法を用います。そりゃ、自分の主張を通したければデメリット部分は出来るだけ伏せようとするのが人情であり、戦術になります。


 自宅分娩にもメタンル上のメリットがあると言う主張にも根拠があるのは認めます。誰もがとまでは言いませんが、それでメリットが得られる人も存在するのは否定できません。ではそれに対するデメリットはどうかです。ここで従来の手法と同等のリスクどころか、もっと優れていると主張すれば効果的でしょうが、そうは到底考えられないとするのが医師及び医療関係者です。ましてやリスクは、いざとなれば病院や診療所に丸投げすればすべて解決みたいな主張は聞くのに余りにも辛いです。

 とりあえずタダの町医者の小児科医である私程度でもこれぐらいの反論を思いつきます。これを朝飯前に粉砕するぐらいでないと医師や医療関係者は聞く耳を持たないと存じます。


参考グラフ

 あ〜る様より、

周産期死亡率のグラフの縦軸を対数にすると日本がペースを落とすことなく最近でも確実に死亡率を下げていることが明瞭になります。

 なるほど対数グラフにする手がありました。さっそく作ってみます。

 最近の推移はこっちの方がわかり安そうです。