病院勤務医統計の分析

実はまったく違うテーマで医師数統計をいじくっていたのですが、全然違う方向に話が展開したので、その辺の論旨の揺れは御容赦下さい。もともとのテーマは女性医師の増加です。ある知人医師と話をしていて女性医師の増加の影響はどの程度であろうが話題になりました。話題にはなったものの、私も漠然と女性医師は増えているだろうぐらいしか知識がなく、データとして確認しておこうと言う事になったわけです。

データの基本は厚労省統計の年齢別のソースですが、これより古いものを追加して構成しています。まず女性医師の近年の増加が一番反映しやすいのは29歳以下の医師です。これからのデータはすべて病院勤務医のデータですから留意しておいて欲しいのですが、

年度 総数 男性医師 女性医師 女性医師
の比率
1994 25803 19482 6321 24.5%
1996 26906 19753 7156 26.6%
1998 26487 18992 7495 28.3%
2000 25285 17488 7797 30.8%
2002 25846 17339 8507 32.9%
2004 25605 16576 9029 35.3%
2006 25695 16506 9189 35.8%
2008 25738 16441 9297 36.1%


実に凄い勢いで、10〜15年後ぐらいに50%まで増えてもさほど不思議無さそうで、逆転もあるかもしれません。ついでですから、この年代の一つ上の30〜39歳のデータも示しておけば、

年度 総数 男性医師 女性医師 女性医師
の比率
1994 59720 52555 7165 12.0%
1996 59200 51346 7854 13.3%
1998 59184 50192 8992 15.2%
2000 57741 48024 9717 16.8%
2002 57066 46317 10749 18.8%
2004 56979 45205 11774 20.7%
2006 57652 44546 13105 22.7%
2008 58038 43446 14592 25.1%


当たり前と言えば当たり前ですが、29歳以下の10年遅れ程度で女性医師の進出が目覚しくなっています。後のデータ処理の関係で1998年から2008年のデータで比較しますが、実数としての女性医師の増加は私の古い感覚を完全に打ち砕くものでした。

総数 男性医師 女性医師
1998 153100 131342 21758
2008 174266 140987 33369
増加数 21466 9555 11611


実数では女性医師の増加数の方が多くなっています。女性医師は増えたと言っても29歳以下で1/3程度に過ぎませんから、こうなるためには高齢の男性医師が病院勤務医から抜ける率と言うか、実数が多い事を合わせて示していると考えます。医師の男女比は年齢が上るほど男性医師の比率が高くなるからです。それにしても実数の増加数で女性医師の方が多くなっているのは、ちょっと驚きました。


経年データもこれだけそろうと面白い比較が出来ます。何を比較したいかですが、例えば1998年の30〜39歳の医師数は、ほぼ2008年の40〜49歳の医師数と同条件で比較できると言う事です。同世代の10年後の病院勤務医数の変化がわかるという寸法です。ちょっと表現がわかりにくいかもしれませんから、注釈表を先につけておきます。

1998 10年後としての2008
30〜39歳 40〜49歳
40〜49歳 50〜59歳
50〜59歳 60〜69歳
60〜69歳 70歳以上


これを念頭において表を作ると、

年齢 分類 1998 10年後と
しての2008
10年前からの
残存率
10年前からの
減少数
30〜39歳 総数 59184 45290 76.5% 13858
男性 50192 39229 78.2% 10963
女性 8992 6091 67.7% 2901
40〜49歳 総数 38292 27688 72.3% 10604
男性 35024 25392 72.5% 9632
女性 3268 2296 70.3% 972
50〜59歳 総数 15417 10938 70.9% 4479
男性 14304 10236 71.2% 4068
女性 1113 702 63.1% 411
60〜69歳 総数 8516 6574 77.2% 1942
男性 8007 6153 76.8% 1854
女性 509 421 82.7% 88
総数 総数 121409 90490 74.5% 30919
男性 107527 81010 75.3% 26517
女性 13882 9480 68.3% 4402


29歳以下の「10年後としての2008」はデータ処理が煩雑なので表からは外していますが、大雑把ですが概算だけはしています。概算結果はほぼ100%近く「30〜39歳」に移行していると推測されます。病院勤務医は30歳以降に脱落していると見て良いかと思いますし、これは現場の実感に副うものです。全体の傾向としては30歳代、40歳代、50歳代、60歳代とも、ほぼ似たような比率で脱落は起こっているのがわかります。至極単純には10年したら、同期の約1/4ほどが病院からいなくなると考えても良さそうです。

もう少し細かくみると、やはり40歳代から及び50歳代からの10年間の脱落率は高くなっており、3割程度になります。ここは勤務医から開業医への転出が多いと考えるのが妥当です。ただ30歳代から10年間の脱落率が案外高いのもわかります。30歳代の10年後は40歳代ですが、いわゆるバリバリの中堅層前半の脱落率が思っていたより多そうに思います。

30歳代と言っても前半と後半では中堅層の意味合いが異なりますが、10年後には約1/4が抜け落ちます。率としては他の年代より高くないとは言え、母数がもっとも多い世代なので実数としてはもっとも多くなっています。

これは40歳代前半の開業傾向と言うか、開業するなら若いうちの流れは年とともに加速しているからと言われています。理由は単純で、昔のように開業医が儲からなくなったからです。開業資金の返済も、かつては3〜4年で余裕で返済が普通なんて話も聞いた事がありますが、今ならまるまる10年かかる(もしくはそれ以上)が多数派になってきているように考えられます。倒産も増えてきていますからね。

これは40歳代で開業しても、開業資金の返済が終るのが50歳代になり、そこから老後の資金の蓄えにかかる事になります。50歳代の開業ではこれが10年後ろにシフトしますから、寿命との競争が厳しくなってきます。さらに返済に時間がかかると言うのは、同時に蓄えるのも時間がかかるというのと同じ意味ですから、開業を指向するならなるべく早くにつながります。

もっともですが、それ以前のデータとの比較がありませんから、本当に開業年齢が下がり、中堅層の脱落率が高くなっているかどうかは不明です。昔は昔で、ポストが無くてやむなく開業パターンも少なくなかったとも聞いた事がありますから、時間があれば古いデータの掘り起こしを「いつか」「そのうち」「データが見つかれば」してみたいと思います。


もう一つですが、女性医師の脱落率は全体に高くなっています。30歳代女性医師の場合はごく素直に出産育児の影響を考えますが、50歳代女性医師も多いのが目に付きます。数値を10年後脱落率にして示すと、

年齢 10年脱落率
女性医師 男性医師
30〜39歳 32.3% 21.8%
40〜49歳 29.7% 27.5%
50〜59歳 36.9% 28.8%
60〜69歳 17.3% 23.2%


男性医師だって50歳代の10年脱落率はもっとも大きいのですが、女性医師ほどには変動は大きくありません。むりやり推測すると40歳代女性医師の脱落率が前後の世代より低いのは、30歳代で一旦脱落した女性医師の復帰現象もあるんじゃないかぐらいは言えます。では50歳代になって再び脱落率が高くなる理由となると「???」です。現場感覚のアドバイスがあれば助かります。

もう一つだけ妙に感心したのは50歳代医師もそうなんですが、60歳代医師の脱落率です。とりあえず公立病院では60歳ぐらいが定年のところが多いと思うのですが、60歳代でも病院勤務医であれば、70歳代(それ以上も含む)になっても残存率は高くなっています。なんとなく「医師には定年がない」の言葉が頭をよぎります。70歳代医師と言っても実数では6500人ぐらいですから、どこなと就職先はあるとは言えますが、個人的には引退したい歳ではあります。


そうそうこの傾向が10年前と同じと言う根拠もありませんが、10年後も同じと言う事も、もちろん判りません。とくに10年後は現在の新研修医制度(基本的に変わらなければ)の医師が30歳代を占めてしまいますから、様相はかなり変わる可能性があります。正直なところ意識は新研修医制度後と以前はかなり違うであろう事は指摘の多いところですから、大きな変化を呼ぶ可能性はあります。

あくまでも試算ですが、新研修医制度以前の医師は10年後には現在の約15万人弱から約11万人程度に減少すると予測できます。一方で新研修医制度後の医師は10万人程度に増えているとも考えられます。そうなった時にどういう時代が来るのか、そういう面だけは楽しみです。