新研修医制度は本当に医師偏在を助長しているか

たとえば7/3付朝日記事ですが、

地方の医師不足に拍車をかけたのは、小泉政権下の04年に始まった「新医師臨床研修制度」だ。

参議院選挙の微妙な時期に小泉元首相の名前をわざわざ持ち出すかは置いといて、最近のマスコミが得意そうに頻用する、地方の医師不足の諸悪の根源は新研修医制度であるという論法です。朝日の記事の理解でも、

この制度で、医学部を卒業して医師免許を取った医師が、研修先を自由に選べるようになった。ほとんどが母校の病院で研修を受けていたのが、都会の病院へ「流出」。

研修先を自由に選べる様になったから出身大学の地元に残らず、大都市部の病院に「流出」して研修を行い、結果として地方の医師が不足したとしています。まあこれは朝日記事をマスコミ代表として冷笑するより、日医も平成20・21年度勤務医委員会答申(その1)医師の不足,偏在の是正を図るための方策─勤務医の労働環境(過重労働)を改善するために─

二〇〇四年に導入された新医師臨床研修制度は,医師不足をより顕在化させ,研修先として都市部の病院を選ぶ新人医師が増え,地方の大学病院などの人手不足が深刻になった.

こうしているのですから、ある程度は仕方がないかもしれません。では常識の様に語られている「新研修医制度 = 地方研修医不足」がどうなのかを検証してみます。ソース元は厚労省公式データで、

この2つを合わせると、新研修医制度前の平成15年度から平成21年度までの都道府県別の研修医採用実績が確認できます。ただし年度毎に医師免許取得者数が異なります。

年度 H.15 H.16 H.17 H.18 H.19 H.20 H.21
研修医数 8166 7372 7526 7717 7560 7735 7644


研修医総数が異なれば同じ人数でも評価が変わりますから、平成15年度の数を基準に修正します。新研修医制度説では、
    それ以前は問題が無かった
これが大前提ですから、平成15年度と同じ数の研修医を確保していれば医師は足りるはずです。そこで比較する方法として、
  1. 平成15年度の研修医の6倍の数
  2. 平成16年度から平成21年度までの6年間の実際の研修医の数(平成15年度基準で修正後)の合計
  3. 二つの集計から平成15年基準に対する増減率を算出する
これで平成15年度のままの状態(旧研修医制度で研修医が配分された状態)の研修医数と、実際の研修医数の比較が可能と考えます。でもっての計算・集計結果なんですが、

増加 順位 減少
都道府県 増加率(%) 都道府県 減少率(%)
埼玉 85.9 1 京都 -28.1
岩手 85.7 2 鳥取 -26.3
島根 70.9 3 徳島 -26.1
沖縄 58.1 4 山口 -25.9
静岡 57.3 5 奈良 -22.7
神奈川 48.2 6 群馬 -21.4
茨城 38.7 7 広島 -18.8
宮城 29.2 8 東京 -16.6
秋田 19.3 9 長崎 -16.6
香川 16.1 10 石川 -13.8
愛知 15.0 11 宮崎 -13.5
北海道 11.5 12 福岡 -12.2
山形 11.3 13 岐阜 -12.1
長野 9.9 14 山梨 -11.4
愛媛 9.6 15 鹿児島 -9.6
千葉 9.3 16 高知 -9.5
青森 6.3 17 大阪 -7.1
岡山 5.6 18 福井 -6.8
福島 5.1 19 熊本 -5.1
栃木 4.1 20 佐賀 -5.0
新潟 2.2 21 大分 -3.8
兵庫 0.0 22 富山 -3.6
23 三重 -2.0
24 和歌山 -1.3
25 滋賀 0.0


結果はご覧の通りですが、増加が22都道府県、減少が25都道府県です。増加都道府県の上位5つは50%を越える増加率を示しているのに対し、減少都道府県上位5つは20%を越える減少を示しています。あえて言えば20%以上の増加率を示すところは研修医獲得の勝ち組と言っても良いかと思われます。さて大都市が本当に勝ち組かも検証してみましょう。

大都市は厚労省統計に出てくる16大都市にしますが、都市ごとの集計は無いので、都市が所属する都道府県での比較になります。

都市 所属都道府県 増減率(%)
さいたま 埼玉県 85.9
静岡 静岡県 57.3
横浜 神奈川県 48.2
川崎
仙台 宮城県 29.2
名古屋 愛知県 15.0
札幌 北海道 11.5
千葉 千葉県 9.3
神戸 兵庫県 0.0
大阪 大阪府 -7.1
北九州 福岡県 -12.2
福岡
東京都区部 東京都 -16.6
広島 広島県 -18.8
京都 京都府 -28.1


東京、大阪、福岡と言えば各地方を代表する大都市ですが、研修医獲得に於ては負け組になっているのがわかります。これだけでは言い切りにくいところがありますが、大都市に必ずしも研修医が大量流入しているわけでないのは確認できるかと考えます。さてここまでデータをまとめたら、全国マップで俯瞰したいところです。さっそく作ってみると、
マップは見ての通りで、非常に大雑把な見方ですが、東日本は増加しているところが多く、西日本は減少しているところが多い傾向が窺えます。日本の人口10万人当たりの医師数はかなりの西高東低があるのは説明の必要もないでしょうから、研修医の分配状況だけから言うと、新研修医制度は「偏在是正」に大いに貢献している事になります。



新研修医制度と医療崩壊の関連をここで書き始めると長くなるので控えますが、巷間言われる様に地方の研修医が必ずしも減っているわけではないのが判ってもらえると思います。また大都市の研修医が必ずしも増えていないのも確認できると思います。いつまでも新研修医制度主犯説を盲信するだけで思考停止し、思考停止状態で「地方に研修医を送る強制策」ばかりを唱えられるのにはウンザリしています。

新研修制度の弊害を論じるのなら、研修医の配分論争ではなく、配分された研修医が医師数の充実に何故に役に立っていないのかに思考を進めるべきです。そこを見ないと、それこそ木を見て森を見ずの状態になります。研修医が本当に少なくなって医師不足が深刻な都道府県なら、積極的に応募をかけるのも一つの手法でしょうが、研修医が増えても「足りない、足りない」と横並びで募集に乗り出すのはどうかと言う事です。

我も我もと研修医獲得競争に乗り出したところで、有限の研修医の獲得合戦ですから、どこかが勝てば、どこかが負けます。まあ、それでも少ないより、多い方が良いと言う意見もあるでしょうが、当面の課題は研修医を獲得して終わりではなく、研修医に如何にして定着してもらうかです。いや、研修医だけではなく、もっと重要な中堅クラスの医師にどうやって定着してもらうかです。

研修医を呼び寄せる対策自体は完全に否定はしませんが、医師不足の一つの本質は、中堅クラスの逃散です。戦力の要たる中堅医師が元気であってこそ、研修医も集まり、そこからの定着率も自然に向上すると言うのは誰でも判りそうな事です。中堅クラスが疲労困憊の職場なんて、そうそう人気が集まるはずも無いという事です。魅力あるところは宣伝しなくても研修医は探し出して希望が殺到するのが現実です。

そういう一歩先を考えずに研修医の数合わせ論争に熱中される「有識者」とかされる方々は、思いもつかない進軍ラッパ派の方と、考えたくもない現実逃避派の方の集団なんでしょうかねぇ。