ヒマ潰しの埋め草

ネタモトがタブロイド紙ですから、その程度のお話です。9/16付東京朝刊より、

臨床研修:10年度の研修医採用、都市部集中続く 6都府県で47.8%

 厚生労働省は15日、10年度の新人医師の臨床研修について、都道府県別の採用実績を発表した。総採用者数7506人のうち、東京1305人▽大阪578人▽神奈川562人−−など都市部の6都府県で47・8%を占めた。連携して多彩な研修プログラムを用意した富山、石川、福井の北陸3県が09年度より18〜24人増えるなど地方でも採用を伸ばした県があったが、多くは伸び悩み、研修医の都市部集中が続いている。

 厚労省は11年度の募集定員も発表。総定員は1万900人で10年度より201人増えた。受け入れ施設数は、研修病院の指定基準が厳しくなったことが影響し、10年度より21カ所少ない1038カ所となった。【佐々木洋】

以下に2010年度の研修医の採用実績がズラズラと並んでいます。肩の力を抜いてのお話にしますが、

    多くは伸び悩み
正直なところ記者の知能を疑いました。全部が伸びるなんて事は絶対にありえません。当たり前ですが研修医争奪戦のモトの研修医の総数は一定です。一定人数の争奪戦をやれば増えるか、変わらないか、減るかの3択しかありません。それでもこの記者のように単純に前年度と実数だけで比較すれば、
    増加:17
    減少:26
    ±0:4
「多くは伸び悩み」と表現して何が悪いと言われるかもしれません。ここでこの記者には難しすぎる算数の問題があります。研修医の総数は年度によって変わります。2009年度は7644人でしたが、2010年度は7506人に減少しています。実数で比較するにしても、研修医の総数が変動している分は補正する必要があります。この程度は数学ではなくて算数なんですが、補正をかけると、
    増加:22
    減少:25
これをどう解釈したら「多くは伸び悩み」と表現できるかが極めて不思議です。だいたいどうやったら「殆んどのところは著増」なんてマジックが出来るか聞いてみたいものです。
    都市部の6都府県で47・8%を占めた
具体的に6都道府県を検算してみたら、記事にある東京、神奈川、大阪のほかに愛知、京都、福岡を加えると3585人になり47.8%になります。この6都道府県の人口を積算してみると日本の人口の35.3%になります。人口比からすれば多いですが、多いだけの理由はあります。その理由を書き出すと長くなるので今日は控えますが、この記者のカビの生えた発想は間違い無く、
    新研修医制度による研修医の都市部の都道府県への偏在
これがあると断定しても良いのですが、本当にそうかの簡単な検証をやってみます。記事が指弾する6都道府県ですが、都市部と大雑把に分類していますが、内実はかなり違います。2008年度データの10万人あたり医師数を示します。

都道府県 人口10万人
あたり医師数
京都 279.2
東京 277.4
福岡 268.2
大阪 243.3
愛知 183.4
神奈川 181.2
全国 212.9


一目瞭然ですが、京都、東京、福岡、大阪は医師数が全国平均を上回る都市部であり、一方で愛知、神奈川は平均以下となっています。平均を目指すだけがすべてではありませんが、偏在是正の観点から言えば、愛知や神奈川が多くの研修医を獲得して県内の医師数増加に努めるのは何の問題もないと考えられます。都市部を抱えるだけに地方よりは研修医獲得に有利なだけの話です。

愛知、神奈川を人口や所在する都市のイメージで都市部と分類するのは構いませんが、都市部であっても神奈川や愛知は医師数が少ない県です。少なければ増やそうとするのは当然の努力です。それを至極単純なドグマである「都市部への研修医の集中は悪」として、大雑把にくるめてしまう分析力・知識力の粗雑さに呆れます。この記者は、

    都市部であれば、医師不足県でも研修医が集めるのは問題である
愛知と神奈川の住民から石を投げられない様に御忠告させて頂きます。そうなるとあえて「統計上で問題」になるのは東京、京都、大阪、福岡の4都道府県になるはずです。この4都道府県の研修医獲得を確認してみます。

年度 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010
研修医総数 8166 7372 7526 7717 7560 7735 7644 7506
4都道府県
研修医数
3353 2591 2653 2695 2602 2659 2636 2530
比率(%) 41.1 35.1 35.3 34.9 34.4 34.4 34.5 33.7


ちなみに2003年度は旧研修医制度の最後の年です。旧研修医制度時代には4都道府県で実に41.1%の研修医を集めていました。これが新研修医制度に変わってから大きく減少し、新研修医制度初年度の2004年度には35.1%に減少し、2010年度はこれまで最低の33.7%に減っています。年度により研修医総数の変動があるので本来はこんな雑な比較は宜しくないのですが、このタブロイド紙記者風に表現すれば「数にして823人、率にして24.5%も減少」になります。


前にもやりましたが、統計上は新研修医制度になってからとくに都市部の都道府県に研修医が集中が加速している訳ではありません。むしろこれまで医師不足県とされた東北も含む東日本の研修医の方が増えています。真の問題は都道府県ごとの研修医数は全体として偏在是正に向っているにも関らず、地方の医師不足感は何故に助長されているかにあります。

この程度のことは少し厚労省データを調べれば「誰でも」判る公表データです。いつまでも、いつまでも「新研修医制度による都市部の都道府県への研修医の偏在」とさえ唱えれば「医療危機の記事でござい」はウンザリです。こういう陳腐な見解で喜ぶのはタブロイド紙だけに留めてもらい、都道府県に勤務した研修医がその後にどうなっているか、なぜ医師不足感が助長されるのかの問題に踏み込んでもらいたいものです。

この調子では、たとえ都市部の都道府県の研修医がゼロになっても「地方の医師が足りないから、もっと寄越せ」の記事を書きなぐられそうです。今日は埋め草なんでこの程度の話で必要にして十分でしょう。


礼についてのお願い

今日のエントリーと何の関係も無いのですが、最近コメ欄が少し荒れ気味です。当ブログのコメ欄はこれまでの経緯により談論風発の気風が形成されており、様々な意見が出ます。時にと言うか、常習的にエントリーと関係の無い話題で盛り上がる事もあります。ブログ主としては苦笑するしかないのですが、それもまた面白いと言う事で楽しんでいます。

ただ議論は一定のマナーを守って欲しいと願っています。自らが信じるところを主張されるのは構わないのですが、表現はあくまでも紳士淑女のマナーの則って頂きたいと言う事です。古い読者なら御存知と思いますが、ネットも人が運用するところで「礼」が必要と私は考えています。礼の基本は周囲を不快にさせない事が基本と考えています。

意見を主張される時も、その意見に反論される時も、そのコメントは議論相手に発せられるだけでなく、そのコメントを読むすべての人間に発せられていると言う事です。同じ表現をするにしても、真摯に反論するのであれば議論の質は高まります。ところが汚い表現を行えば、人間は感情の動物ですから、醜い罵りあいになります。

醜い罵りあいは、それを読むものには耐え難いものになります。私だって不快になります。議論は論理で争うものであって、感情の逆撫であいではありません。そういう基本的な礼を逸脱するケースが少々目に余ると感じています。

ここは匿名ブログですし、コメンテーターのほぼ全員もまた匿名コメンテーターです。匿名で情報を発信するときに一番重要なのは情報の内容と品格です。匿名であるが故に、発信者には信用の裏付けがありません。信用を得るには発信した情報そのもので評価してもらうしかないのです。そのためには内容を充実させる事と、その内容を読んでもらう品格も必要と考えています。

表現方法はTPOにより大きく差があり、時に俗っぽい表現を使うのもありでしょうし、砕けた表現で親しみやすさを狙うのも手法としては十分成立します。それでも最低限の礼は必要です。この礼を守れない方は不快です。ネット世界は広大ですから、どうしても罵りあいをされたい方は、そういう世界もありますし、自分でブログなりを立ち上げて、思う存分主張するのもまた自由です。

あんまり遠まわしな表現ばかりで、お茶だけ濁してもアレなんで、卵の名無し様の問題に触れておきます。卵の名無し様のコメントは時に秀逸なものが少なくなく、その点は評価しており、現時点でアク禁みたいな処置は考えておりません。過去にアク禁処分としたコメンテーターとは質が違うからです。とはいえ、全面的に許容できるかと言えば、正直なところ礼から逸脱されている部分が目に付きます。

ブログ主としては「気をつけて欲しい」の忠告を贈らせて頂きます。これで必要にして十分なものと信じています。とにかくこのブログは私のブログであり、ブログ主のルールとしてコメンテーターに礼を求めます。是非よろしくお願いします。