研修医獲得数と医師増加数

退屈しのぎの検証レベルですが、前に新研修医制度は本当に医師偏在を助長しているかをやった時に

  • そもそもね、6年前の医学部合格者の出身地別人数を示して、「鮭は川に戻ったかどうか、」、とか考察したほうがいいかと思いますね
  • 対比するなら都会vs地方ではなくて、元々大学研修医がその地域でどれくらいの割合を占めていたかが問題になるのでは
こういう意見がありました。良い意見だとは思いますが、返答は「そんなもん、調べられるか!」です。でも気になる意見でしたので、似て非なるものでデータを考えてみます。ここで今日の前提なんですが、前回と同様に、
    新研修医制度で研修医が大都市部の病院に流出して偏在を加速させている
これに基いての検証です。この点を勘違い為されない様にくれぐれもお願いします。この仮説に基づけば、新研修医制度前には偏在は生じていなかったことになります。おっと、これは言い過ぎで、新研修医制度以降に偏在が助長されたが証明される必要があります。ここは指標に人口10万人当たりの医師数を用います。異論もあるでしょうが経年データとなるとこれぐらいしか使い様がありません。

統計処理としてはごく単純に標準偏差を用います。比較するのは新研修医制度の2年前の平成14年と新研修医制度5年目の平成20年です。

年度 平成14年 平成20年
47都道府県の標準偏差 34.7 35.6


確かに0.9ポイントほど数値が大きくはなっていますが、これは47都道府県全体としては変わっていないと言っても良いと考えます。標準偏差は全体のバラツキを見ただけですから、新研修医制度による研修医数の変動が各都道府県の医師数にどれほどの影響を与えたかを見てみます。全体の標準偏差は変わらなくとも、都道府県毎の影響は別だからです。

ここで指標としたのは人口10万人対の医師数と研修医数の増加率です。研修医数の増加率の計算の前提は

  1. 新研修医制度前の平成15年をまず基準とする。
  2. 研修医数の変動があるので、平成15年基準で補正する
  3. 平成15年時の各都道府県の研修医数が6年続いた時と、実際の研修医数の増減率を比較する
これで新研修医制度による研修医数の勝ち組、負け組がわかることになります。これは前にやったのですが、研修医が増加すれば医師数もまた連動して増えるはずです。ただし比較年度が微妙にずれているのと、絶対数の問題による比率の違いが出ますから、あくまでも参考値です。参考値に過ぎないのですが、今日の主題はあくまでも研修医の偏在による医師数の偏在助長の検証ですから、それなりに参考になります。

10万人対医師数全国平均増加率 8.7%
平均以上 平均以下
都道府県 医師数増加率 研修医増加率 都道府県 医師数増加率 研修医増加率
沖縄 21.7 58.1 兵庫 8.6 0.0
埼玉 14.9 85.9 滋賀 8.4 0.0
千葉 13.5 9.3 鹿児島 8.4 -9.6
茨城 12.5 38.7 長崎 8.4 -16.6
佐賀 12.0 -5.0 福岡 8.3 -12.2
福井 11.8 -6.8 大阪 8.3 -7.1
神奈川 11.8 48.2 京都 8.3 -28.1
和歌山 11.5 -1.3 北海道 7.9 11.5
宮城 11.5 29.2 宮崎 7.8 -13.5
長野 11.3 9.9 栃木 7.8 4.1
奈良 10.3 -22.7 島根 7.7 70.9
秋田 10.3 19.3 山口 7.7 -25.9
岐阜 10.0 -12.1 岡山 7.6 5.6
東京 9.3 -16.6 福島 7.5 5.1
山梨 8.7 -11.4 徳島 7.3 -26.1
岩手 7.3 85.7
静岡 7.0 57.3
鳥取 6.9 -26.3
富山 6.3 -3.6
愛知 6.1 15.0
青森 5.8 6.3
香川 5.8 16.1
愛媛 5.5 9.6
新潟 5.4 2.2
三重 5.1 -2.0
高知 5.1 -9.5
群馬 4.9 -21.4
大分 4.5 -3.8
熊本 3.9 -5.1
石川 3.4 -13.8
広島 1.9 -18.8


とりあえずのところ全国平均以上に医師数が増えているのが16都道府県です。ではそれらの都道府県が研修医獲得の勝ち組かと言えば、9都道府県が勝ち組で、7都道府県は負け組になります。よく話題になる奈良も医師数増加では勝ち組ですが、一方で研修医獲得では惨敗組に入っています。一方で平均以下の医師数増加の負け組グループの下位は研修医獲得でも負け組の傾向が見れない事もありませんが、全国2位の研修医獲得勝ち組である岩手は医師数増加では負け組に入っています。静岡や島根も似たような傾向にあります。

なんとも言えない所はありますが、研修医獲得の勝ち組が必ずしも医師数増加の勝ち組になっていないと判断しても良さそうです。それと医師数増加都道府県は良くみると首都圏に多い事がわかります。16しかない勝ち組のうちで、埼玉、千葉、茨城、神奈川、東京、ついでに山梨も入っています。

もうちょっとだけ詳しく見てみると、平成14年時点で医師数は23の都道府県が平均以上になっています。ここで医師数増加率平均以上16都道府県が「もともと」は平均以上であったか、そうでなかったかを表にすると。

都道府県 H.14医師数 H.20医師数
医師数 順位 医師数 順位
沖縄 179.5 32 218.5 22
埼玉 121.8 47 139.9 47
千葉 141.9 45 161.0 45
茨城 136.6 46 153.7 46
佐賀 214.0 19 239.6 15
福井 193.6 24 216.5 24
神奈川 162.2 43 181.3 39
和歌山 230.5 13 257.0 9
宮城 183.5 30 204.6 28
長野 176.5 35 196.4 33
奈良 187.7 27 207.1 27
秋田 178.4 34 196.8 32
岐阜 161.7 44 177.8 41
東京 253.7 4 277.4 3
山梨 187.4 28 203.7 29
全国 195.8 212.9


平成14年時点で平均以上増加16都道府県のうち13都道府県が「もともと」は平均以下になっています。またこの増加により2県が平均以上になっています。これは素直に見て、新研修医制度による是正効果と見れない事はありません。とくに医師数下位御三家である千葉、茨城、埼玉にピンポイントの様に効果があったのはなかなかのものとも評価できます。

本当は勤務医数でやるべきだったのですが、後の祭りになったので後日のお楽しみにして、研修医も医師数も増加している県でも「医師不足」は唱えられています。なぜには今日は解説は控えます。今日はそちらより研修医獲得数が医師数増加に必ずしもつながっていない理由の方を考えたいと思います。原因は色々あるでしょうが、至極単純には前期研修終了後の異動があるとして良いと思います。

前期研修地に選んだからといって、後期研修からさらに常勤医なりに定着するかと言えば、そうでもないと言う事でしょう。この辺は開業で抜ける要因もあるので断言は出来ないのですが、

研修医獲得 医師数増加 解釈
勝ち組 勝ち組 獲得した前期研修医が順調に定着
負け組 勝ち組 前期研修医は少なくとも、それ以降に流入している
勝ち組 負け組 獲得した研修医数以上に医師が流出
負け組 負け組 研修医の獲得も負け、流出も多い


わざとらしい色分けですが、これに従ってマップを作ってみます。
誤解無い様に注釈を加えておきますが、医師数増加の負け組と言っても程度は様々で、ほぼ平均に近いところから、非常に低いところまで分布しています。マップ化するときには、単純化して全国平均より高いか低いかだけで分類していますから、くれぐれもご注意下さい。ここで勤務医の皆様の実感と、どれぐらい差があるかは開業医として興味はありますので、宜しければ御意見下さい。