現研修医制度による医師の偏在悪化の自由研究

何度かやったテーマなんですが、自由研究としてまたやります。ソースは厚労省の医師・歯科医師・薬剤師調査からです。それと最初にお断りしておきますが、今日の医師数は医療施設に従事している医師数です。


人口10万人対医師数の見方・考え方

人口10万人対は医師数の指標に良く用いられるものです。医師・歯科医師・薬剤師調査にも頻用されています。この数値は単年度の相対比較に対しては使いやすい数値です。たとえば全国平均が200人とし、ある県が180人なら、全国平均に20人足りないとか、90%しか満たしていないの表現はマスコミだけはなく行政系の文書や報告書でも良く使われます。

一方で経年変化を追うには少々不便な面があります。これは人口10万人対の医師数が絶対値であるのに対して、全国平均との比較は相対値であるからです。ごく簡単には全国平均値は一貫して増えているからです。先ほどの例で言うとある年の全国平均が200人で、ある県が180人であったとして、数年後にある県が200人になっても増えたかどうかの判断は「わからない」です。

絶対値としては180人から200人に増えてるのですが、この200人を評価するのは全国平均であるからです。全国平均が何人になっているかで増えてるか、減っているかの評価が変わるです。ですから経年変化で比較するには人口10万人対の医師数の都道府県あたりの人数と全国平均の関係を、何らかの指標に転換する必要があります。

そこで今日は年度毎の都道府県の人口10万人対の医師数を、全国平均に対する比率として表す事にします。ある年に180人であり、全国平均が200人なら90.0%です。数年後に200人なり、この時に全国平均が220なら90.9%になり、評価としては「増えた」です。こういう見方で話を進めさせて頂きます。


現研修医制度と旧研修医制度

現研修医制度は2004年度から始まっています。もう「新」と言うには8年も経過していますから「現」とさせて頂きます。現研修医制度は巷間

    医師の偏在を助長させた
こう言われています。この言葉は現研修医制度が始まって2〜3年後には使われ始め今に至るです。そこで旧研修医制度時代と新研修医制度時代でどれだけ都道府県毎の人口10万人対医師数が変化したかを調べてみます。影響年数をそろえるために、2004年を境にして、
    旧研修医時代・・・1996〜2002年
    現研修医時代・・・2004〜2010年
医師・歯科医師・薬剤師調査が2年毎の関係で、こういう風に調査対象期間をさせて頂きます。


都道府県データ

47都道府県ものは表にまとめるにしても長大な物にならざるを得ないのがいつもネックなのですが、今日の調査の目的は現研修医制度による偏在の助長です。そこでまず旧研修医時代(2002年データ)に全国平均以下であったところがどうなったかです。表に示します。

都道府県 旧研修時代 現研修時代
増減(%) 2002年比率 増減(%) 2010年比率
滋賀 2.7 92.3 -2.8 91.6
新潟 0.6 84.5 -2.1 80.9
福島 -0.1 87.0 -1.7 83.4
群馬 4.7 97.4 -1.4 94.2
三重 -0.0 88.7 -1.2 86.8
岩手 -2.3 84.8 -0.7 82.8
栃木 3.0 95.0 -0.7 93.7
静岡 1.3 84.2 -0.4 83.5
奈良 5.2 95.9 -0.3 97.6
兵庫 -1.0 98.4 0.1 98.3
愛知 -0.3 88.3 0.5 87.5
埼玉 2.2 62.2 0.7 65.1
茨城 -0.1 69.8 1.4 72.1
青森 -0.5 84.2 1.7 83.3
千葉 1.7 72.5 2.4 75.0
神奈川 -2.0 82.8 2.5 85.8
宮城 0.2 93.7 2.5 96.1
山形 2.3 91.6 2.6 94.2
秋田 2.2 91.1 2.6 93.1
福井 1.3 98.9 2.6 103.4
山梨 2.3 95.7 2.8 95.8
長野 3.7 90.1 3.2 93.6
岐阜 2.3 82.6 4.2 86.3
沖縄 2.1 91.7 6.3 104.0

2002年時点で全国平均以下は24県で、そのうち9県が現研修医制度時代になっても減少を続けています。もう少し分析を加えると
旧研修時代 現研修時代 都道府県 集計
プラス さらにプラス 千葉、宮城、山形、秋田、福井、山梨、岐阜、沖縄 13
マイナス プラス 兵庫、愛知、茨城、青森、神奈川
マイナス マイナス幅減少 岩手 1
マイナス さらにマイナス 福島、三重 8
プラス マイナス 滋賀、新潟、群馬、栃木、静岡、奈良
プラス プラス幅減少 埼玉、長野 2

ここに上げた県は全国平均以下のグループであり目標は単純に「全国平均に追いつけ追い越せ」になります。でもって現研修医制度の影響の評価としては、結果としてなんらかのプラスになったかです。チト評価が微妙ですがマイナス幅が減少したところも、現研修医制度の影響としてはプラス評価と解釈します。逆にプラス幅が減少しているところはマイナス評価と解釈します。 同様に旧研修医時代に全国平均以上のグループを分析してみます。
都道府県 旧研修時代 現研修時代
増減(%) 2002年比率 増減(%) 2010年比率
鳥取 1.7 127.3 -7.1 121.4
山口 -0.2 110.0 -5.1 106.4
高知 2.1 132.0 -4.9 125.2
広島 -0.2 113.9 -4.2 107.7
富山 4.1 107.5 -4.2 102.1
島根 2.6 117.8 -3.9 114.5
石川 -0.5 120.3 -3.8 115.0
愛媛 1.1 113.4 -3.7 107.7
宮崎 5.5 103.0 -2.3 100.6
香川 -0.1 118.9 -1.9 115.8
大阪 -1.3 114.8 -1.7 113.3
北海道 2.5 101.1 -1.6 99.7
徳島 0.5 132.1 -1.3 129.2
東京 -5.7 129.6 -1.1 130.3
大分 8.5 115.7 -1.0 111.9
福岡 -1.3 126.5 -0.8 125.2
鹿児島 -0.9 106.4 0.2 106.1
長崎 -1.2 119.9 0.4 123.4
熊本 -1.0 120.2 0.5 117.6
和歌山 4.6 117.7 0.5 118.4
岡山 1.7 123.0 0.9 123.4
京都 -1.0 131.7 2.2 130.7
佐賀 3.7 109.3 4.2 111.9

これを分類すると
旧研修時代 現研修時代 都道府県 集計
プラス さらにプラス 佐賀 5
マイナス プラス 鹿児島、長崎、熊本、京都
マイナス マイナス幅減少 東京、福岡 2
マイナス さらにマイナス 山口、広島、石川、香川、大阪 13
プラス マイナス 鳥取、高知、富山、島根、愛媛、宮崎、北海道、徳島
プラス プラス幅減少 岡山、和歌山 2

旧研修時代(2004年時点)の全国平均以下と以下でまとめておくと、
現研修時代の影響 旧研修時代(2004年時点)
全国平均以下 全国平均以上
強くプラス 13 5
弱くプラス 1 2
強くマイナス 8 13
弱くマイナス 2 2

全国平均を基準にするという事は、どこも全国平均で一律になると言うのが目標になります。そのために望ましいのは平均以上が減少し、平均以下が増加するです。それ以外に一律に向かう事はありません。そういう観点からすると、おおよそですが旧研修時代に全国平均以下であった都道府県でプラス効果のあったところが比較的多く、逆に全国平均以上のところにマイナス効果のところが「多そうだ」ぐらいの感想は出てきます。 ただまあ微妙なところで、是正されたと言う観点よりも、研修制度の大幅変更によっていわゆる「勝ち組」「負け組」のグループ変更があっただけとした方が良さそうに思います。また「勝ち組」も一部の都道府県の独り勝ちみたいな様相は乏しく、一種の組替え効果に留まりそうな気がします。
大都市部データ
都道府県データはかなりマクロな見方になります。都市部と言っても「大都市を抱える都道府県 = 大都市部」みたいなところおはありますが、必ずしもそうとは言い切れないところがあります。私の住んでいるのぢぎく県も、神戸と言う大都市はありますが、同時に但馬や丹波や淡路といった地域を抱えているです。とはいえ都道府県の細かいところまでのデータ分析は容易ではありません。 そこでなんですが1996年からデータがそろっている指定都市。特別区18と中核市6を見てみます。まず指定都市・特別区ですが、
都市名 旧研修時代 現研修時代
増減(%) 2002年比率 増減(%) 2010年比率
新潟市 -10.6 152.5 -35.1 115.5
浜松市 0.2 129.4 -17.9 108.8
大阪市 -7.4 147.8 -6.6 142.1
岡山市 4.2 174.4 -3.8 165.4
千葉市 -2.7 114.2 -3.3 111.3
川崎市 -15.0 89.2 -2.4 88.1
広島市 -0.0 132.7 -2.2 123.8
北九州市 4.8 146.2 -1.8 141.3
福岡市 -5.2 157.3 -1.5 154.9
仙台市 -4.9 140.4 -1.3 139.3
東京都区部 -10.0 151.0 -0.9 152.1
名古屋市 -2.7 127.8 -0.9 122.6
札幌市 -0.1 134.9 -0.6 135.7
堺市 2.6 90.6 2.2 93.8
神戸市 -4.5 124.7 2.8 126.9
静岡市 -6.2 106.3 2.8 96.5
京都市 -3.7 175.9 3.0 173.2
横浜市 0.8 84.4 6.3 89.7

意外に思われるかも知れませんが、指定都市・特別区では旧研修時代も現研修時代も基本的に医師数は減少傾向です。ここも分類をしてみると、
旧研修時代 現研修時代 都市名 集計
プラス さらにプラス 横浜 4
マイナス プラス 神戸、静岡、京都
マイナス マイナス幅減少 大阪、川崎、福岡、仙台、東京都区部、名古屋 6
マイナス さらにマイナス 新潟、広島、千葉、札幌 7
プラス マイナス 浜松、岡山、北九州
プラス プラス幅減少 1

これはどう評価すべきかなんですが、現研修医時代になって減少率は緩やかになったぐらいは言っても良さそうです。しかし「集中」とか「増加」とか「偏在が進む」まで言えるかとすればかなり無理があるデータです。あえて言えば、現研修医時代になって大都市部から地方への再配分機能がやや落ちたぐらいでしょうか。 次は中核市です。6つしかないのですが、
都市名 旧研修時代 現研修時代
増減(%) 2002年比率 増減(%) 2010年比率
富山市 -1.5 169.4 -33.3 135.5
姫路市 -0.6 96.4 -16.3 80.6
鹿児島市 0.6 165.2 -11.3 160.3
金沢市 0.8 164.2 -5.2 157.8
熊本市 -2.1 180.2 0.9 172.8
岐阜市 -3.2 151.7 7.9 161.5

6つじゃデータにならないで、現研修時代のデータが計算できる29都市で見てみると、
増加都市 減少都市
旭川市 0.2 富山市 -33.3
秋田市 0.6 高松市 -18.1
川越市 0.7 姫路市 -16.3
熊本市 0.9 いわき市 -12.0
横須賀市 1.2 鹿児島市 -11.3
奈良市 1.4 長崎市 -10.4
豊橋市 1.7 高知市 -8.2
郡山市 1.8 岡崎市 -7.4
大分市 2.4 福山市 -6.6
松山市 2.9 宇都宮市 -6.5
岐阜市 7.9 倉敷市 -5.6
長野市 8.8 金沢市 -5.2
宮崎市 27.5 高槻市 -2.9
* * 船橋市 -2.5
* * 豊田市 -2.3
* * 和歌山市 -0.6

中核市も増えているとは言い難いと私は感じます。ましてや大量の偏在現象が生じていると言うのはさらに難しいと見ます。
まとめ
まずなんですが人口10万人当たりの医師数は増えています。調査対象にした1998年から2010年にしても183.0人から219.0人になっています。医師数のパイは基本的に膨らんでいます。偏在とは増加分の分配及び現役医師の地域外への移動で起こります。それ以外は事実上はありません。あっても誤差の範囲です。 でもって都道府県レベルで推移をみましたが、強いて言えば現研修医制度前に全国平均以下であったところは増えているところが多い感触はあります。ただそれほど明瞭な傾向とは言い切れず、むしろ研修制度の変更による「勝ち組」と「負け組」の組替えが起こった程度とするのが妥当と考えます。 では都市部への集中ですが、中核都市クラスではとりあえず否定的です。では指定都市・特別区ではどうかですが、ここも増えているとは言い難く、せいぜい旧研修医時代から続いている減少傾向が緩やかになったぐらいが適当な表現と見ます。 それでも現場の医師でさえ不足感はあるのは聞いています。ここも不足感がないところは、そもそも声を上げないバイアスもあるので何とも難しいですが、現研修医制度時代になってから不足感が強まっている地域があるのは否定しきれないところです。その理由として、こういう仮説は一つ立てられます。
  1. 都道府県レベルの「勝ち組」と「負け組」の組替えは起こっている
  2. このうち「負け組」に転じたところは、従来の戦線の維持が困難になった
とくに旧研修時代から全国平均以下のところは、もともとが余裕のない戦力で前線維持をやっていたので、さらなる戦力減に見舞われると一遍に苦しくなったです。ただ統計データで集計した都道府県と実感が合うかはなんとも言えないところです。


次の仮説は戦力の質の変化です。頭数は増えても個々の戦力が落ちれば実質的には戦力減になります。これについてよく言われるのは、

  1. 総体的に現研修医制度の方が専門科の技術習得が遅い
  2. 現場を見てから専門科を選ぶため、志望診療科の偏在が起こっている
これに加えるならば女性医師の比率の増加です。女性医師個人の能力は男性医師と変わりはありませんが、女性特有のハンデはどうしてもあり戦力として均等とは言えません。たしかアメリカでさえ、対男性医師の係数を0.7にしていたはずです。同じ頭数であれば女性医師の方が能力ではなく戦力として落ちざるを得ないです。


もう一つの仮説は需要と供給のバランスです。需要が同じで医師の供給が増えれば仕事の負担は減るはずです。ここで供給以上に需要が増えれば見た目の数と違う意味の不足が生じます。需要は患者の数だけではありません。医療の高度化に伴う仕事量の増加もあります。また医療に伴う書類仕事系の増加もボディブローの様に応えます。それらの需要が供給を明らかに上回っているです。


仮説はともかく今日の分析で言えるのは、人口10万人対の医師数だけで研修医制度による「偏在」の説明は難しいです。この先の分析はくたびれたのと、実際にやるには猛烈な手間ひまがかかりすぎるので、この分野を専門とされる方で興味を持たれた方がおられれば宜しくお願いします。


オマケ

現在全国に60の指定都市・特別区中核市がありますが、その中の人口10万人対医師数の上位20と下位20を表にして見ます。

上位20都市 下位20都市
都市名 10万人対医師数 都市名 10万人対医師数
久留米市 554.6 船橋市 124.3
前橋市 401.7 岡崎市 132.9
長崎市 396.6 豊田市 141.9
盛岡市 382.4 いわき市 160.4
和歌山市 379.4 さいたま市 160.7
京都市 379.2 東大阪市 172.9
熊本市 378.5 姫路市 176.6
岡山市 362.3 横須賀市 185.7
旭川市 355.5 豊橋市 187.7
岐阜市 353.6 宇都宮市 187.8
鹿児島市 351.1 川崎市 192.9
金沢市 345.6 横浜市 196.4
秋田市 339.9 青森市 197.3
福岡市 339.3 福山市 200.3
倉敷市 335.8 堺市 205.4
高槻市 333.8 柏市 208.4
東京都区部 333.2 奈良市 210.6
大津市 329.4 静岡市 211.4
宮崎市 327.5 長野市 218.6
高知市 320.9 川越市 223.8
全国平均 219.0

こうやって見ると、東京都区部より多いところって結構あるんですねぇ。以上オマケでした。