初期研修医のマッチ数の算数的遊び

新研修医制度の施行により研修医が大都市部に偏在し、地域医療崩壊の原因になったと言われて久しいものがあります。平成21年度データからどれぐらい都道府県により偏りがあるかを検証して見ます。都道府県の適正研修医数はやはり人口比によるものとします。もちろん地理的条件も重要なんですが、これは適切な指標が現在無いので、純粋に人口比で考えます。

本当は現在の医師不足なんかも要素にいれる必要があるのですが、計算が非常に煩雑になるというより「できない」ので単純な人口比で考えます。なんつうても算数ですからその辺は御容赦下さい。人口比による適切な研修医の分配計算は、平成21年度のマッチ者が7875人ですから、

    都道府県適正研修医数 = 7875(人)× 都道府県人口/日本の人口
ここでなんですが、どうしたって都道府県による偏りは生じます。ある程度の許容基準を作っても良いかと思います。どの程度の許容基準なら良いかの適切な指標もまた無いので、今日は適正数の上下10%以内ならOKとしてみます。つまり適正数が100人であれば、110〜90人までなら適正とみなす算数です。計算結果として適正数の110%以上なら過剰となり、適正数の90%以下なら不足していると見ることになります。

今日の算数の前提は、

  1. 純人口比の都道府県別適正数を算出する
  2. 適正数の110%以上を過剰とする
  3. 適正数の90%以下を不足とする
  4. 適正数の90〜110%は過不足なしと見なす
とりあえず都道府県の一覧表を長いですが示します。(データ元は都道府県別マッチ結果より)


都道府県 実マッチ数 人口比
110%以上
人口比
90%以下
過剰数 不足数
北海道 276 381.5 312.2 * 36.2
青森 62 97.4 79.7 * 17.7
岩手 74 93.9 76.8 * 2.8
宮城 109 160.0 130.9 * 21.9
秋田 65 77.6 63.5 * *
山形 82 82.5 67.5 * *
福島 72 141.8 116.0 * 44.0
茨城 104 201.7 165.0 * 61.0
栃木 117 136.7 11.8 * *
群馬 77 137.2 112.3 * 35.3
埼玉 183 478.3 391.3 * 208.3
千葉 289 410.1 336.0 * 47.0
東京 1351 852.4 697.4 498.6 *
神奈川 596 596.0 487.6 * *
新潟 92 164.8 134.9 * 42.9
富山 61 75.4 61.7 * 0.7
石川 112 79.6 65.1 32.4 *
福井 73 55.7 45.6 17.3 *
山梨 49 60.0 49.1 * 0.1
長野 125 148.9 121.8 * *
岐阜 102 142.9 116.9 * 14.9
静岡 158 257.1 210.4 * 52.4
愛知 515 491.9 402.4 23.1 *
三重 86 126.6 103.6 * 17.6
滋賀 67 93.6 76.6 * 9.6
京都 251 179.5 146.9 71.5 *
大阪 601 597.8 489.1 3.2 *
兵庫 323 379.0 310.1 * *
奈良 80 96.4 78.8 * *
和歌山 75 70.2 57.5 4.8 *
鳥取 25 41.2 33.7 * 8.7
島根 31 50.3 41.2 * 10.2
岡山 152 132.7 108.6 19.3 *
広島 151 195.1 159.6 * 8.6
山口 82 101.2 82.8 * *
徳島 55 54.9 44.9 0.1 *
香川 60 68.6 56.1 * *
愛媛 57 99.5 81.4 * 24.4
高知 46 54.0 11.2 * *
福岡 446 342.3 280.1 103.7 *
佐賀 49 58.7 48.0 * *
長崎 85 100.3 82.0 * *
熊本 96 124.9 102.2 * 6.2
大分 62 82.0 67.1 * 5.1
宮崎 38 78.2 64.0 * 26.0
鹿児島 83 117.6 96.3 * 13.3
沖縄 130 92.3 75.5 37.7 *
合計 7875 811.6 715.5
過剰数の合計が811.6人、不足数の合計が715.5人になっています。そうなると日本全国では、研修医の約1割を移動させれば人口比による偏在は解消する事になります。1割の調整なら案外現実的です。では容易かと言えば、そうではなさそうな気がします。見ればわかるように過剰都道府県も不足都道府県も極端に偏在しています。とりあえず平成21年時点の過剰と不足の上位5位までを抜き出してみます。

過剰 不足
都道府県 人数 都道府県 人数
東京 498.6 埼玉 208.3
福岡 103.7 茨城 61.0
京都 71.5 静岡 52.4
沖縄 37.7 千葉 47.4
石川 32.4 福島 44.0


現在でも過剰な研修医の約6割が東京です。福岡や京都もそこそこ多いですが、圧倒的に未だに偏在しているのは東京であり、単純には東京の研修医を埼玉や茨城や千葉に300人程度移動させれば、数値上は都道府県単位の偏在を大幅に是正できます。そこで出てくる疑問は、それで問題は解決するかです。


そこで都市部、都市部と目の仇にされている6都道府県(東京、神奈川、愛知、京都、大阪、福岡)の研修医数の推移を厚労省資料で見てみます。ここには新研修医制度施行前の平成15年の研修医採用実績が記録されています。以後平成16年平成17年平成18年平成19年平成20年のマッチ者の記録もあります。「マッチ者 = 研修医数」ではありませんが、比較参考の資料にはなると思います。

目の仇にされている6都道府県のマッチ者数は、平成21年度の研修医マッチングの結果についてでも、

こういう具合に引き合いに出されています。そこで、今日の算数手法で都市部6都道府県の推移を計算して見ます。新研修医制度は平成16年からですから、平成15年は旧研修医時代の記録ですからご注意下さい。

都道府県 旧制度 新制度
H.15 H.16 H.17 H.18 H.19 H.20 H.21
東京 823.1 408.6 470.3 508.9 501.9 534.5 498.6
神奈川 -101.7 -76.7 0.0 0.0 0.0 6.3 0.0
愛知 0.0 0.0 9.1 4.5 0.0 19.2 23.1
京都 224.8 84.5 113.3 116.5 105.0 88.8 71.5
大阪 69.1 35.2 63.1 20.5 34.4 7.5 3.2
福岡 191.0 165.7 156.9 160.1 104.9 118.4 103.7


なかなかおもしろい動きですが、神奈川は新研修医制度の恩恵を受けて増えています。愛知は横這いから微増、大阪・京都・福岡は減少傾向にあるのがわかります。東京も初年度にドカンと減った後はわずかながら盛り返しています。統計上は新研修医制度によって都市部とされる6都道府県から研修医は確実に減少しています。6都道府県合計の推移は、

都道府県 旧制度 新制度
H.15 H.16 H.17 H.18 H.19 H.20 H.21
6都道府県 1020.0 590.5 800.6 791.0 731.8 774.7 700.1


合計すれば今でも過剰にはなりますし、微妙な増減はありますが、新研修医制度施行前より確実に減っているのは確認できます。統計結果として、どう見ても新研修医制度によって都市部の6都道府県に研修医が増えた事実はなく、むしろ2〜3割程度減少しています。都市部6都道府県で減少した分は、都市部以外の地方に移ったと考える他はありません。

都道府県単位で見ると大都市部の研修医数の偏在は、新研修医制度によって間違い無く改善されています。改善されたにも関らず医師不足感は顕在化しているのは事実です。改善されたのに「研修医偏在による医師不足」が喧伝されている不思議さがあります。もちろんそれにはさらなる理由があるのですが、長くなるので今日は置いておきます。

研修医の偏在が改善されたのに医師不足が進んでいるのに関らず、医師不足の主犯の1人は今でも「研修医の偏在」であるとして、さらなる是正策が繰り広げられる状況があります。あくまでもマクロの算数ですが、力点を入れるところがずれている感じがしてなりません。言ったら悪いですが、本当に手をつけなければならない問題を隠蔽・回避するために、手をつけやすい研修医数の偏在理論でお茶を濁していると感じます。