目指せ、総務大臣賞

平成22年度自治体立優良病院総務大臣表彰てなものがあるそうで、表彰の条件は単純化すると、

累積欠損金がなく、過去5カ年以上黒字決算の病院である。

そんな自治体立病院が全国に幾つあるかと言えば平成22年度で4つです。これも平成22年度が異常に少なかったかと言えばそうでもないようで、

年度 17 18 19 20 21
病院数 3 4 4 5 1


ちなみに表彰対象の公立病院数は650自治体に928病院ありますから0.5%の割合になります。そりゃ、表彰もされるかと思います。非常に稀少だと言う事です。これもちなみにですが、この表彰制度は1986年に始まり、今年で25年目ですが表彰された病院数は、

115病院

調べてみると歴代の総務大臣賞リストがありました。あくまでも斜め読みした程度ですが、目に付いた病院は、

う〜ん、栄枯盛衰、有為転変、この世の無常を感じさせます。でもって平成22年度表彰病院は、

岩手県釜石病院大垣市民病院、総合病院坂出市立病院、鹿児島市立病院

この中で御馴染みの病院が一つあります。何回か取り上げた坂出です。坂出もかつては赤字に苦しむどこにでもある市民病院だったのですが、ここにカリスマ院長が降臨し経営を建て直し表彰病院にまで仕立てられておられます。その手法は興味もおありでしょうから、もう一度おさらいしておきます。

色々やったのでしょうが、表向きは救急をバンバン受け入れ病床稼働率をあげ、経営を建て直したと病院HPにあります。ここで仕事が増えると本来は人件費も増え、とくに時間外受診が増えると重く圧し掛かります。この人件費をなんとかしないとペイはしないはずです。どういう手法であったかと言うと、2009.8.1付四国新聞にあるように、

1人当たりの平均残業時間は医師や事務員が月15時間程度

これは非常にわかりやすい古典的手法です。月の残業時間の上限を15時間として残りをサービス残業にする方式です。一応注釈しておきますが、カリスマ院長が君臨された時代では坂出が例外ではなく、どこの公立病院もそんなものでした。今でもさして変わらないところは山ほどあります。勤務実態については2009.5.8付の読売記事より、

    大型連休中の一室で勤務医の50歳代の男性外科医が手帳を開いた。
    1月は平日すべてで手術の日程が入り、宿直5回、その明けにも執刀した。
    「36時間勤務は当然。365日、出勤した年もあった。支えているのはボランティア精神か、使命感か……」。

まあそういう事です。宿直5回については当然の様に当直手当で対応しているとしても差し支えないかと存じます。これも今でも大部分の病院がそうです。この月15時間の残業手当についてもさらに知恵を絞られたようで、2009.10.1付四国新聞に、

 香川県坂出市立病院が、1日付で「診療科部長」を新設、市課長級の「診療科医長」10人を一斉に昇任させる。医長ポストでは外部からベテラン医師を確保しにくいなどが理由で、財政難から難色を示す市に「昇給を抑え、『部長』の肩書だけでも」と病院側が求めて実現。“実より名”をとった格好だ。

 病院庶務課によると、現在の常勤医は22人で、過去10年で最少。毎年入れ替わり、人材確保に奔走しているのが実情。

記事では肩書きだけで昇給を抑えたとありますが、これは肩書きへの昇給を抑制しただけでなく、名ばかり管理職として時間外手当も節減したと解釈するのが妥当かと思われます。この甲斐あって22人の常勤医のうち14人が部長以上と言う病院が誕生し

    厚生労働省の担当者は「都市部への医師偏在解消に、自治体が知恵を絞る中、一つの策として参考になるのでは」としている。
こんな最大級の賛辞まで頂いているようです。よく褒められる病院です。こういう手法を徹底して行なえば、自治体立優良病院総務大臣表彰を目出度く受けられる一つの例と考えても良さそうです。

読まれた方の中には酷い労務管理と感じられた人もおられるかもしれませんが、病院ではこの程度のものはさして珍しくありません。どこの病院でも似たり寄ったりのもので、坂出が例外的に酷いわけではありません。同程度かもっと酷い労務管理の病院もありますが、それだけでは黒字にならない現実があります。

坂出が黒字になったのは、こういう経費削減を徹底して行なっただけではなく、カリスマ院長が求心力を発揮し、職員に「この状態が普通」と感じさせ、モチベーションを失わせなかった点は挙げられます。これも同じ手法が今でも通用するかは未知数としておきます。現在はカリスマ院長の後継者が院長を勤められていますが、36協定が無かった事で新聞沙汰になるあたりで綻びを感じています。

もう一つはコメント情報なのですが、坂出が置かれた地理的環境が恵まれていたともされます。診療報酬体系はある程度以上の重症を治療すれば赤字になる様に設定されています。病院経営の観点からですが、効率的に収益を上げやすい患者層てなものがあります。ある層より重症の患者を治療すればするほど赤字の要因が増える構図です。

その点で坂出は近隣に重症患者を引き受ける病院が存在し、病院経営の観点では重荷になる患者を回避できる位置関係にあるそうです。これも別に坂出が悪い事をしているわけではなく、たまたまそういうポジションで経営できる環境に恵まれていたのを十分に活用したと言う事です。坂出が総務大臣賞を受けられた要因として、

  1. 病院の経費節減の古典的手法を徹底して行なった
  2. カリスマ院長が求心力を発揮し、経費節減体制下でも職員の士気を保ち、従来以上の労働量を捻出した
  3. 恵まれた地理的条件を活かし、効率の良い収益構造を確立した
カリスマ院長は功績を評価されて講演会でお忙しいようですが、たぶん講演会で強調するポイントは2.が中心で、1.については当たり障りのない美談部分の紹介に留まると推測されます。それを鵜呑みにして経営改善に乗り出される経営者もおられるでしょうが、まずカリスマでない人物がカリスマ経営の真似事をしても上手くはいきません。最悪職員の離散を招きます。

カリスマ経営の真似事にある程度成功しても、地理的条件は努力では作れません。総務大臣賞への道程は高くて険しいと言う事です。



さてなんですが、総務大臣賞のためには二つの条件が必要です。もう一度提示しておくと、

  1. 単年度決算が黒字である
  2. 累積欠損金がない
必要条件が黒字決算が続く事であり、十分条件が累積欠損金が無い事になります。とにもかくにも黒字経営を実現しないと累積欠損金は解消しませんから、第一の目標は単年度の黒字決算を実現しなければなりません。黒字決算が続けばやがて累積欠損金は解消され、総務大臣賞への道が広がってくる事になります。

実はなんですが総務大臣賞の本当の規定は

自治体立優良病院総務大臣表彰は、自治体立の病院で、地域医療の確保に重要な役割を果たしており、かつ、経営の健全性が確保されている病院を表彰する

本来の趣旨からすれば総務大臣賞の表彰条件は「地域医療の確保に重要な役割」が必要条件であり、「経営の健全性」が十分条件である事がわかります。ところが経営の健全性を満たせる病院が稀少なために事実上、経営が健全な自治体病院を表彰するようになっています。これも総務大臣賞のためではないのですが、経営の健全な病院を増やす政策を総務省は行なっています。5/26付共同通信(47ニュース版)より、

 総務省は26日、公立病院を設置する656の地方自治体(一部事務組合や広域連合含む)のうち99%に当たる650自治体が、2009年度末までに病院の経営改善に向けた「改革プラン」を策定したと発表した。前年度末より7ポイント上昇。残る6自治体も10年度末までに策定を終える予定。

 公立病院は医師不足などを背景に全体の約7割が赤字に陥っており、総務省は原則として08年度末までにプランを策定するよう要請していた。策定がほぼ終わったことで、同省は改革の進ちょく状況に関する調査、分析を本格化する考え。

 策定されたプランでは、650自治体の928病院のうち596病院(64%)が、職員給与の削減や業者との契約見直しなどで、11年度までに経常収支が黒字になる見通し。

 医療圏内の各病院の共倒れ防止や経営効率化を狙い、中核的な基幹病院に医師などを集中させる「再編・ネットワーク化」に参加する病院数は328(35%)。

アレレレ、この記事を素直に読むと「7割が赤字」となっていますから、「3割は黒字」である事になります。そういう状態で、

    928病院のうち596病院(64%)が、職員給与の削減や業者との契約見直しなどで、11年度までに経常収支が黒字になる見通し
総務省の御指導により「3割が黒字」が「6割が黒字」になるとしています。6割を黒字にするのはともかく、現在でも3割も黒字かと言われれば違和感があります。あくまでも参考資料ですが中央社会保険医療協議会 調査実施小委員会(第23回) 議事次第日本病院団体協議会提出資料なるものがあり、そこには、

開設主体 平成17年度赤字率 平成18年度赤字率 年間赤字増加
国立 66.14 69.29 3.15
公立 89.28 92.73 3.45
公的 45.89 58.90 13.01
医療法人 19.68 25.33 5.65
個人 14.93 21.21 6.28
その他 42.19 47.67 5.48


平成18年度の調査結果ではありますが、公立病院の9割以上が赤字となっています。これは平成18年度から平成21年度の3年間に黒字の公立病院が急速に増えたことを意味しているのでしょうか。私も医療問題をそこそこウォッチしていますが、どう思い起こしても、この3年間で公立病院の経営が急速に改善したとは思えません。むしろ悪化している感触が濃厚です。

あえて要因を考えると、経営不振の自治体病院が公設民営化であるとかなんとかで、自治体立病院と統計分類上、分離された可能性は考えられます。もう一つは統計資料の問題です。日本病院団体協議会提出資料はサンプル調査で404病院しか調べていません。平成18年当時と公立病院の数は若干変わっているかもしれませんが、404病院の赤字率が92.73%であって、経営改善計画で総務省が全部提出させたら7割しか赤字が無かったのかもしれません。

それにしても素晴らしい計画で、11年度とは2011年度の事ですから、来年度の末には黒字の公立病院の方が多くなる見通しのようです。全体の64%が黒字とは医療法人の経営成績と遜色ないものですから、本当に驚かされます。そういう黒字経営が安定すれば、総務大臣賞はどうなるのでしょうか。本来十分条件であった「経営の健全」を満たす病院が多数になり、「地域医療の確保に重要な役割」の度合いで競われるか、大量の総務大臣賞病院が誕生するかもしれません。


ただし一つだけ懸念があります。十和田市立中央病院の事を調べていた時に総務省に提出した公立病院改革プランの概要を読む機会がありました。十和田市立中央病院の計画では、

医業収益も病床利用率も突然ジャンプアップする計画になっています。このジャンプアップ効果により、

年度 純損益 債務 債務比率
実績 H.18 4億6300万円 9億8300万円 18.8%
H.19 4億2200万円 13億8300万円 26.4%
H.20 14億7700万円 8億100万円 15.9%
目標 H.21 5億4100万円 7億5100万円 11.6%
H.22 2億1500万円 1300万円 0.2%
H.23 3億2300万円 2億2100万円 3.3%
H.24 2億9700万円 3億1100万円 4.6%
H.25 1億6900万円 5億6700万円 8.4%
H.26 8700万円 8億8100万円 13.1%
H.27 1億300万円 11億1600万円 16.6%


経営が黒字化するのはもちろんですが、累積欠損金にあたると考えられる債務は見る見る解消するとなっています。何か魔法のような計画ですが、十和田の件の時にToshikun様から頂いたコメントが意味深です。

地元のいろんな公立病院の改革プランを見て回りましたが、見事に文章が一緒。きっとひな形があってそれに自分の所の数字を入れ込むだけの作業をしているんでしょう。しかし同じプランで全国の病院の改革を行おうとしているわけですが、この十和田がダメだとすると全国のすべてがきっとダメなんでしょうねえ・・・

(わが地元では大田市立病院とかも似たようなプランで医師や看護師の増員の元、数年後には黒字化する予定でしたが、見事に外科、整形外科がいなくなり、救急も閉めることが決定し・・・。でもこの改革プランが修正されたというニュースはとんと聞きません)

やはり総務大臣賞を獲得する道程は高くて険しいようです。