松前病院ムック

すげぇ経営改善だ!
ここから引用します。

年度 2006 2007 2008 2009 2010 2011
経常損益 実績 -1億4137.5万円 -1億1870.5万円 -9134.9万円 4223.8万円 7475.9万円 5632.0万円
計画 -6234.2万円 -4756.2万円 -32844.6万円 -938.7万円
純損益 実績 -1億4332.5万円 -7350.8万円 1013.7万円 8997.8万円 1億2073.1万円 1億257.8万円
計画 -1601.3万円 5008.6万円 6379.8万円 8825.5万円
不良債務 実績 4億3791.9万円 4億6583.4万円 0円 0円 0円 0円
計画 8849.4万円 5578.5万円 1101.0万円 △5633.9万円

松前町立松前病院改革プランは2008年9月30日策定となっています。例の総務省指示に基づくものなのですが、これほど計画通りの目標が達成できたもともと「赤字病院」は相当珍しい気がします。会計評価は色々難しいのですが、私の感想として計画以上のものを達成していると見ました。並みの手腕で出来る代物ではありません。 それと院長(もう前院長の方が良いかもしれませんが院長と今日はさせて頂きます)の就任は2005年11月からのようで、2008年に改革プランが出来てから頑張ったのではなく、プランが出来る前から頑張っていたと見て良さそうです。あくまでも想像ですが2005年11月に院長に就任されてもすぐに何が出来るものでは無いと見ます。 おそらく2005年度中は病院の現状把握と、これに対する経営改善計画の立案。それと経営改善計画を実行するための職員の協力の取り付けを行われたと考えます。いくら良いプランを作っても職員の協力が無いと院長1人ではどうしようもないからです。具体的に動き始めたのは2006年度になってからでしょうが、院内の細々した改善はともかく、町を相手に何らかのアクションを取ろうと思えば、2007年度予算に反映させるまで待つしかありません。 上の表では2005年度以前の経営実績が不明ですが、2006年度実績は院長が就任するまでの松前病院の状況にほぼ近いと見ても良いかと存じます。成果が現れだしたのは2007年度からで良いと思いますが、余りの物凄さに腰が抜けそうです。ただ、ただなんですが物凄過ぎると言うのが偽らざる感想です。
医業収益の改善が理由ではなさそう
病院の本業は医療ですが、これは単純に医業収益と医業費用の差で見る事はできます。この辺を表にしてみると、
年度 経常収益 医業収益 医業費用 医業損益 医業外収益
2006 116692.7 110540.4 127332.5 -16792.1 6152.3
2007 116047.2 110227.6 124608.0 -14380.4 5819.6
2008 102683.7 95742.0 109122.2 -13380.2 6941.7
2009 116038.2 95834.5 109330.6 -13496.1 20203.7
2010 128426.1 105499.2 118406.1 -12906.9 22926.9
2011 127260.1 103152.4 119236.9 -16084.5 24107.7

面倒なので以後の表の単位はすべて「万円」です。医業損益自体は院長就任後も殆んど改善していません。院長の責任にする気はサラサラありませんが、本業である医療の赤字構造は基本的に変わっていないとして良さそうです。まったく改善していないは言い過ぎだと思いますが、赤字解消には程遠いぐらいは言っても良いと考えます。ここで医業外収益とした医業収益以外の経常収益を見ると、2009年度を境にして桁が文字通り違っている事が確認できます。
一般会計からの繰入金
何が増えたかも実は公表されています。町の一般会計からの繰入金です。
年度 収益的収支 資本的収支 繰入金合計
2006 7019.0 1839.6 8858.6
2007 11557.0 2391.4 13948.4
2008 27510.4 2155.9 29666.3
2009 26856.4 2863.4 29719.8
2010 28382.2 1568.2 29950.4
2011 29031.5 806.6 29838.1

「な〜んだ」と言う感想をもたれた方もいるとは思いますが、ここにカギがあったと考えて良さそうです。繰入金は例外的な公立病院を除いてすべて行われているとして良いと存じます。でもって繰入金も上限ルールがあります。幾らでも繰入られるのなら、裕福な自治体なら公立病院の赤字は存在しなくなります。いわゆる赤字公立病院とは、上限の繰入金を行った上でなお赤字が出るところぐらいの理解で良いかと存じます。 院長就任時の松前病院は赤字経営ですが、赤字経営であるにも関らず松前町の繰入金はかなり少なかったと考えて良さそうです。この事を就任前から知っていたか、就任後に知ったかはわかりませんが、上限まで繰入金を増やせば松前病院は黒字化する事に気がついたぐらいでしょうか。繰入金額は公表されていますから、なんとなく就任前から知っていた気がしますし、黒字化出来れば院長のやりたい医療が展開できるので就任されたのかもしれません。 当然ですが町とのバトルがあったと推測されますが、結果は表に示す通りで病院側は繰入金の増額を獲得し、病院経営を劇的に改善させる事が出来たぐらいと見ます。
不良債務と公立病院特例債
まず病院の不良債務とはなんぞやになります。公営企業会計に詳しいわけでないので大雑把に説明しますが、繰入金が行われても決算が赤字になる病院は多数あります。赤字のまま放置すると病院に本当にカネがなくなります。それこそ職員給与も。光熱費も、医療材料の購入もできなくなります。一般企業なら資金ショートから不渡りが出て倒産と言うところです。そこで繰入金ルール以上の補助を病院に行ないます。これが不良債務として勘定されるぐらいです。ここも会計上の処理で累積欠損金と不良債務に分けられるみたいですが、町から見れば塩漬けの債権みたいなものです。 例の総務省の公立病院経営改善計画の時に不良債務解消の対策が行われています。公立病院特例債です。言うてもこれまた詳しくないのですが、公立病院特例債の創設についてを参考にすると、2008年限りで条件を満たせば起債が許可されます。松前町も総務省資料に3億5800万円の特例債を発行予定となっています。「特例」と言うぐらいですから特典もあり、

公立病院特例債の利払額については、特別交付税措置の対象とする。

どういう事かですが、債権ですから決められた期間の間利息分を債権者に支払い、期限が来たら原本を返済する形式になります。この毎年の利息払いを特別交付税でカバーしてくれるぐらいの理解で良いかと思います。ここまでは書いてあるのですが、こういう特例債は原本の償還も交付税措置が行なわれるはずです。ここについてソースが見つからなかったのですが、ある情報では7割ぐらいはカバーされるともありました。

仮にこれに基づいて考えると松前町が特例債で手にした3億5800万円のうち2億5000万円ぐらいは手元に残る事になります。町にすれば塩漬けで回収しようがなかった不良債務(4億6000万円)が半分でも返れば嬉しいでしょうし、病院側は債務から解放され(特例債は町の債務になる)会計上の改善成果となります。


院長評価の裏表

どうも院長が行った経営改善の手法は、

  1. 普通の公立病院なら受けるはずの一般会計から繰入金等を松前病院に流入させた
  2. 不良債務を公立病院特例債で町の一般会計に付け替えた
これで偉大なのは単年度収支を黒字にしている事です。つうのも同様の状態で赤字のところが多いのが公立病院ですから、黒字経営を実現したのが素晴らしいと十分に評価できます。病院経営が黒字なると言うのは、次の手を打つ裁量の幅が広がる事になります。何か新しい企画を行うにしても、カネが無いと企画のための初期投資さえ出来ないからです。おそらく経営状態改善をテコに院長の目指す医療の下地を養っていたと見ています。

これは病院から見た評価ですが、町側からはまったく違って見えた可能性は十分にあります。すべて裏返しで、

  1. 繰入金負担が増える
  2. 手にした特例債も繰入金に飛んでいく
特例債で2億5000万円ほど町に手に入りそうとはしましたが、繰入金額の増大は特例債の1年分にも及びません。詳しくは調べていませんが、松前町財政も裕福とは言えないはずで、病院事業への出費が増えた分だけ町財政は苦しくなったと言えないこともありません。この評価の裏表が今回の騒動のモトじゃなかろうかです。ちなみに松前町の一般会計平成24年度で42億4700万円となっています。

42億円の3億円ならそんなに大きくなさそうにも見えますが、小さな自治体で裁量で自由に使える金額は「3割自治」の言葉があるようにもっと小さくなります。「3割自治」とすれば12億円ほどですから、繰入金が8000万円から3億円になれば非常に苦しくなると見て良いかもしれません。


事務長

Toshikun's Diary様から引用させて頂きます。2013年9月19日付北海道新聞記事となっていますが、

3月末で定年退職となった当時の同病院事務局長の再雇用について、その手腕を評価し好待遇の維持を求める木村院長と、規定に沿って給与減額を主張する町の交渉が事実上決裂。

その後、木村院長が自らの裁量で人事発令し、あくまで前事務局長の待遇を保障しようとしたことに議会も反発、事態収拾の道筋は見えない。

松前病院の経営改善は院長と事務長の二人三脚で行われていたようです。言い換えれば懐刀、ブレーンとしても良いと考えられます。これだけの功労者であり、また手腕がありますから院長は定年後も雇いたいの意向を示したようです。記事で示す「好待遇の維持」はどんな水準で揉めたかですが、

  1. 町は定年者を再雇用する際、給与を月額上限20万円と定め、現在は15万円で運用している
  2. 木村院長は、前事務局長が病院経営の中枢を担う重責にあり「他の施設管理などの業務とは異なる」として月額40万円を主張
  3. 木村院長は病院管理者の裁量で、前事務局長を非常勤嘱託員として採用する4月1日付人事を発令した。この人事で、前事務局長は「管理者補佐」として月額40万円の給与を得ることになった
  4. この人事に町は猛反発し、撤回を要請
  5. 院長側は「非常勤嘱託員を含む病院の人事は、病院事業管理者が自由に決めることができる」(全国病院事業管理者協議会)との見解から、これを拒否
  6. 最終的に4月下旬、道保健福祉部が仲裁に入り、前事務局長を臨時職員として再雇用、給与は月額20万円とすることで表面上は決着をみた。
  7. 3月定例会で病院事務局から「これまでの経緯やバランスもあり、給与は上限20万円が妥当」との答弁を引き出した議会は、その後の木村院長の対応を厳しく批判
  8. 同病院非常勤嘱託員に関する条例案から、前事務局長の現在の肩書である「経営アドバイザー」を削除する修正動議を可決

記事だけでは定年後の再雇用条件が月給20万円か、40万円で対立したとも読めますし、表面上はそうなんでしょうが「それにしても」の対立の激しさです。つうか町側の反応が尋常でない印象を受けます。どうも騒動のモトは20万円とか、40万円の問題ではなさそうな気がします。事務長は昨年度末で定年になったのですが、昨年度の予算は事務長が作成に関与している事になりますが、これに対し、

町立松前病院の前事務局長が担当した2012年度町病院事業会計決算は、監査委員から11項目もの付帯意見が付いたあげく、委員8人の採決でも7対1という大差で異例の決算不認定になった。

 「これが院長の言う『余人をもって替え難い人物』の仕事なのか」。

丁寧な審議は良いのですが、この会計決算が本当にそこまで杜撰な代物だったのかの疑問が出てきます。これについては私には判りませんが、道新にはこうもあります。

問題の発端は12年春にさかのぼる。病院黒字化の中心的役割を担った前事務局長が1年後に定年を迎えるのに当たり、木村院長はその経営手腕を「余人をもって替え難い」と評価。再雇用に向け町と交渉に入った。

当たり前ですが再雇用問題は今年度になって突然湧いてきたわけでなく、定年の1年前から院長から町に打診されていたわけです。上記した20万40万円騒動がそれになります。そりゃそんだけ揉めた事務長関与の決算書が議会でどう扱われるかは誰だって想像が付きます。


そういうことみたい

町から見れば院長も事務長も同じ穴のムジナと言ったところでしょうか。院長の経営改革方針ですが、かなりの部分で企画立案したのは事務長かと推測されます。総務省の公立病院経営改善方針にも乗っかられて、このコンビが提案する案を呑まざるを得ない状態が続いたと見て良さそうです。これにより松前病院の経営が劇的に改善したのは認めても、町財政が苦しくなったのは怨念として蓄積されたぐらいと考えます。

どんな怨念かと言えば、町財政が苦しくなれば、町からの事業支出は縮小せざるを得ません。事業支出は町に還流しますから、この還流部分が小さくなれば、それをアテにしている者に取っては事業や生活を直撃します。さらに言えば、こういう町議会ではそういう事業支出からの還流をアテにしている議員が少なからずおり、いわゆる町の有力者もまた然りです。町長だって例外とは言えません。

そういう時に事務長が定年を迎えます。町側からすれば疫病神が漸く去ってくれるぐらいの感想でしょうか。ところが院長は再雇用を要請します。町側からすれば「冗談じゃない」ぐらいになっても不思議とは言えないと思います。それが噴出したのが20万円40万円騒動であったとしても良さそうな気がします。可能な限りの嫌がらせ、イチャモン付を行って追い出そうぐらいになったと見えます。


これはもう不毛ですねぇ。ぶっちゃけた話、公立病院を維持しようと思えば、これぐらいの町の負担が必要な構造になってしまっています。その事の改善は別次元の議論ですが、とにかく現状はそうなっています。松前町は院長就任以前は、本来病院維持のために必要なカネを他に回していたぐらいと言っても良さそうです。そこに乗り込んで来た院長と事務長がタッグを組んで、本来病院に必要な資金を町から病院に流したぐらいです。

別に予算のパイが膨らんだ訳ではありませんから、病院に予算が流出した分だけ松前町は苦しくなってしまうです。立場が変われば病院だけ栄えて町が枯れるぐらいに見てしまう人も出て来ても不思議ありません。そんな感情の暴発の終着駅ぐらいでしょうか。


外野の感想

ここで本来考えなくてはいけないのは、それでも病院が必要なのかどうかの検討とそれに対する前提認識と思います。残念ながら両立は現状として難しく、二者択一にならざるを得ないぐらいになるからです。二者択一と言うより町としての必要優先順位とした方がより適切かもしれません。松前町も住んだ事は愚か、行った事もありませんから土地勘はゼロですが、どうしても病院が必要なら維持すべきしょうし、近隣医療機関との連携で間に合うのなら町財政優先も選択枝です。

ただ松前町の場合は結論を町が出してしまったようです。院長と事務長のコンビはとにもかくにも病院会計を立て直し、元気な病院にするのに成功しつつありました。その裏返しに対して町は過激に反応し、院長は辞任し、ついでのその他医師も立ち去ろうとしています。この後、町がこの病院をどうするかは判りませんが、町優先の財政に戻せば元の赤字運用のうだつの上らない病院さえも維持は困難と見ます。つまり病院は町の必要度として切り捨てたです。

まあ、そこまで意識していないと思いますが結果としてはそうなります。外野から見ればもったいないお話で、これから嫌でも訪れる病院淘汰整理時代に生き残れる可能性があっただろうにぐらいです。なんとなくそれも見据えての院長の運営方針だったようにも感じますが、すべては終わった事です。ちょうど研修医獲得狂想曲が鳴り響く直前に独自の研修医制度を叩き潰した舞鶴市民と相似していると私は感じてなりません。もっとも結果として良かったか悪かったかの本当のところは判りません。「人間万事塞翁が馬」状態になる様にせめて祈っておきます。