バラ色のマニュフェスト

5/14付CBニュースより、

原案では、1000人体制の「県境なき医師団」を国が創設し、医師不足地域に派遣する仕組みを提案。また、チーム医療を推進し医師の負担軽減や地域医療の再生につなげる方向も掲げた。

これは野党に下った自民党が反攻を目指して打ち上げた夏の参議院選挙へのマニュフェストの一部だそうです。発想的には医師が不足しているのなら、そこに新たに創設する「県境なき医師団」から、迅速かつ的確に医師を派遣して解消させようと言う構想のようです。まあ、マニュフェストには何を書こうが自由だそうですし、マニュフェストで約束した事項を実現させるかどうかも自由とは言えます。

またマニュフェストの中でも「実現すべきもの」と「書いておくだけのもの」は識者なら一目瞭然だそうで、たとえば民主党のマニュフェストに書いてあった医療費をOECD諸国の平均に引き上げるなんて事は、実現順位のかなり低いものであったのは実感しています。とくに政権に縁が遠い、もしくは連立を組んでも主導権を握れない政党のマニュフェストには本当にバラ色の世界が書かれていると聞いたことがあります。

さて自民は野党になったと言っても依然として現実的に政権を狙える位置にいる政党です。ほんの1年足らず前まで長期に渡って政権を担当していた政党でもあります。そういう政党のマニュフェストですから、通常はまだ地に付いたものであろうと言いたいところですが、これはなかなかのものだと思われます。


やや近いものを自民政権時代に作られていました。当ブログでも何度か取り上げた地域医療支援中央会議です。政権が交代してどうなったかと思っていたのですが、これがよくわかりません。厚労省審議会、研究会等で確認すると、

Date 会議
2006.12.21 平成18年度第1回
2007.4.10 平成19年度第1回
2007.6.11 平成19年度第2回
2007.10.29 平成19年度第3回


確か名目ですが平成18年で27億円、平成19年で40億円ぐらいの予算が投じられていたと思うのですが、会議は全部で4回だけだったみたいです。最後の平成19年第3回会議の議事録を確認しても、これで終了したとは読み難いのですが、どうも自然消滅したと考えた方が良さそうです。

ただし2007年10月29日の平成19年度第3回会議で自然消滅したかと言われるとそうでもないようで、地域医療支援中央会議の緊急臨時的医師派遣は確認できるところでは第3回まで行なわれ、その第3回緊急臨時的医師派遣の実施についてを読むと、

平成20年 6月27日 平成20年度第1回地域医療支援中央会議幹事会の開催

(第3回緊急臨時的医師派遣の実施を決定)

中央会議ではなく幹事会が2008年6月27日までは行なわれていたのは確認できます。平成19年には中央会議と幹事会が同時に行なわれていたようですが、平成20年には幹事会のみになったようです。ではそれ以降も幹事会が開催されたのか、また第4回以降の緊急医師派遣が行なわれたかと言うと、あくまでも私の検索する限りでは記録になさそうです。実質的には第3回緊急臨時的医師派遣で地域医療支援中央会議は活動を停止したと考えられます。

地域医療支援中央会議の役割は医師が不足している医療機関に医師を派遣するのがお仕事だったはずです。つまり今回の自民のマニュフェストにある「県境なき医師団」による医師派遣みたいな役割です。計3回の緊急医師派遣の実績がどうであったかを確認してみます。

【第1回派遣】:平成19年6月26日決定
No. 都道府県名 病院名 派遣の実績
1 北海道 北海道社会事業協会岩内病院 派遣元:全国社会保険協会連合会
診療科:内科医等 1名 (ローテート方式)
派遣期間:7月29日〜3月31日(約8か月)
派遣協力病院実数:17ヶ所
派遣医師実数:32名
派遣日数:246日
2 岩手県 岩手県立大船渡病院 派遣元:国立病院機構
診療科:循環器科医1名 (ローテート方式)
派遣期間:8月5日〜10月27日(約3か月)
派遣協力病院実数:10ヶ所
派遣医師実数:11名
派遣日数:74日
3 岩手県宮古病院 派遣元:日本赤十字社
診療科:循環器科医1名 (ローテート方式)
派遣期間:7月3日〜12月25日(約6か月)
概ね週1回


派遣元:恩賜財団済生会
診療科:循環器科医1名 (ローテート方式)
派遣期間:8月17日〜11月30日(約3か月半)
派遣協力病院数:1ヶ所
派遣医師実数:5名
派遣日数:20日




派遣協力病院数:1ヶ所
派遣医師実数:8名
派遣日数:40日
4 栃木県 大田原赤十字病院 派遣元:日本赤十字社
診療科:内科医1名 (ローテート方式)
派遣期間:7月1日〜12月31日(約6か月)
派遣協力病院実数:1ヶ所
派遣医師実数:4名
派遣日数:184日
5 和歌山県 新宮市立医療センター 派遣元:応募医師
診療科:産婦人科医1名
派遣期間:9月1日〜2月29日(約6か月)
派遣医師実数:1名
派遣日数:182日
6 大分県 竹田医師会病院 派遣元:日本医科大学
診療科:救急医(内科)1名 
派遣期間:8月1日〜1月31日(約6か月)
派遣協力病院実数:1ヶ所
派遣医師実数:1名
派遣日数:184日
【第2回派遣】:平成19年10月29日決定
7 北海道 留萌市立病院 派遣元:全国自治体病院協議会
診療科:循環器科医1名 (ローテート方式)
派遣期間:11月15日〜3月31日(約4か月半)
       週2回
派遣協力病院実数:1ヶ所
派遣医師実数:4名
派遣日数:31日
【第3回派遣】:平成20年6月27日決定
8 青森県 鯵ヶ沢町立中央病院 派遣元:日本赤十字社
診療科:内科医1名
派遣期間:7月から6か月程度
詳細不明


ごく簡単に解釈すると8ヵ所の病院に9人(述べ数ではありません)の医師を緊急派遣していた事が確認できます。ここで面白いのは、こういう立派な組織と制度がありながら、これ以外にも医師の緊急派遣で話題になったところがあります。2つほど覚えているのですが、
  1. 沖縄北部病院への産科医派遣問題
  2. 当時の舛添厚労大臣が取り組んだ7ヶ所の産科医派遣
これらには地域医療支援中央会議はまったく関与していなかったのが確認できます。ひょっとしたら要請されなかった(地域医療支援中央会議の緊急派遣条件はかなり高かったので該当しなかった可能性もあります)のかもしれませんが、少なくとも地域医療支援会議の実績として派遣されていないとして良いかと思われます。


長々と地域医療支援会議の成果を御紹介したのは、当時の自民党政権が必死になってかき集めた医師は20人足らずであったと言う事です。マニュフェストでいとも簡単に

    1000人体制
こう謳いあげておられますが、この財源ならぬ医師源をどこに求めらるつもりなのだろうかと言う事です。1000人は途轍もない数で、地域医療支援中央会議が派遣した医師数を延べ数にしても、

合計  派遣元団体:6  派遣協力病院:32  派遣医師数:66

66人にしかなりません。1000人の医師が実数でなく延べ数であっても、この15倍は必要なります。延べ数でも大変な数ですが、もしこれを実数で構想されているのなら大変な事になります。いきなり1000人も現場から引き抜かれたら、それだけで医療崩壊が急速に進行します。つうか1000人も簡単に集める事が出来る医師不足であれば、正直なところ医師不足状態はこれほど深刻化しないとも言えます。

マニュフェストですからバラ色の夢を書きなぐっても構わないと言えばそれまでですが、医師集めが自分の政権時代にどれだけ大変であったかを誰か教訓として伝える人間は残っていなかったのでしょうか。舛添氏は離党しているとは言えです。

もっとも教訓を活かした上で1000人集められる具体策があるというのなら、話は別です。ただどう考えても凡人の発想では難しく、誰か天才的な発想の転換でも行なわないと不可能としか思えません。まさか医師の集める方策については「腹案がある」とか言い出さないでしょうね。民主党政権になってからの「腹案がある」とは「今、考え中」とか「途方に暮れている」ぐらいの政治用語に変質しているからです。


まあ、そんなに真剣に心配しなくとも医療に関する公約なりマニュフェストは空手形であるのは「決まりごと」ですから、これもきっと書いてあるだけのものであり、書くだけなら景気良くと解釈するのが妥当と考えられます。