広島と東京

5/13付中国新聞より、

救急搬送先、決定迅速に 広島県が「たらい回し」改善へ協議会 '10/5/13

 ▽年内にリスト・ルール作成

 重症患者の救急搬送で病院から受け入れを断られ、「たらい回し」になるケースが後を絶たないため、広島県は12日、救急医療の関係者で改善策を立案する「県メディカルコントロール協議会」を発足させた。年内に搬送先を速やかに決定するためのルールを作る。

 県庁での初会合には、県や消防機関、県医師会の担当者、学識経験者たち10人が出席。(1)県内七つの2次保健医療圏ごとに、症状や緊急度に応じた搬送先の病院リストを作成(2)患者の受け入れ拒否が相次いだ場合の搬送先選定をルール化(3)救急隊が患者の症状を判断するための県内の統一基準策定―を進める方針を確認した。

 福山、大竹市など県境に近い地域を想定し、出席者からは「県の垣根を越えた連携を盛り込む必要がある」との意見が出た。また、会長に広島大病院高度救命救急センターの谷川攻一センター長を選んだ。

 昨年10月施行の改正消防法は、病院のリスト化や患者搬送、受け入れのルール作りを都道府県に義務付けた。県消防保安課によると、県内の昨年の重症患者の救急搬送で、病院に受け入れを3回以上断られたケースは202件で、全体の2・1%を占めた。

 拒否の理由は、設備やスタッフ不足による「処置困難」が29・8%で最多。「手術中・患者対応中」が23・9%、「ベッド満床」が17・5%と続いている。(永山啓一)

同じような記事には同じような解説になるでメンドクサイのですが、記事の基本は消防法改正に伴う搬送ルールなるものの作成を義務を広島県が果たそうとしている事を伝えている記事です。少しでも目先を変えて解説するように工夫してみます。さて記事には重症患者の「たらい回し」データが掲載されていますが、データの元は消防庁なんですが、広島県の重症救急の推移をちょっと検証してみます。元にしたデータは、

今回は重症以上傷病者搬送事案(重症救急)のデータについてですから、それに絞ってデータをまとめていきますが、まず搬送件数の推移です。
    平成19年:8303件
    平成20年:9780件
    平成21年:9792件
平成19年から平成20年で1477件、平成20年から平成21年で12件増加しています。さて記事で問題にしている
    病院に受け入れを3回以上断られたケース
これが何故に「3回」であるかは前から謎で、どういう根拠なのかはまったく不明ですが、とにかく3回以上は「たらい回し」として強い非難が与えられます。あえて3回の根拠らしきものは消防庁の集計にあると考えています。平成19年から変わらぬ集計スタイルなので平成22年のものから引用すると、全国集計で示されるデータとして、
ちょっとだけ見方に注意が必要なのですが、ここで示される「回数」とは照会先が見つかった回数です。つまり「3回」とは2回断られて3回目に照会先が見つかった事を指します。ですから「2〜3回」とは1回ないし2回の照会で搬送先が見つかったケースを示し、4回以上が「3回以上断られたケース」に該当することになります。消防庁がそういう風に集計し評価しているからの根拠らしいと私は考えています。

どこかの事業仕分け人なら、「どうして照会3回がOKで、4回が『たらい回し』なの!」ってぐらいの質問も出てきそうですが、はたしてどんな根拠なのでしょうか。それはさておき、広島の照会4回以上の推移を示します。

総搬送件数 照会3回まで 照会4回以上
回数 比率
平成19年 8303 8193 110 1.3%
平成20年 9780 9557 223 2.3%
平成21年 9792 9590 202 2.1%


中国新聞が「後を絶たないと」酷評した「たらい回し」件数ですが、平成20年から平成21年にかけて減少しているのがわかるかと思います。さらに平成19年と較べると件数こそ110件から202件に増えてはいますが、一方で総搬送件数は8303件から9792件に増えています。1477件も搬送件数が増えて「たらい回し」件数が92件しか増えなかったとの見方もできそうなのですが如何なものでしょうか。

搬送件数が増えたからといって、受け入れ医療機関の戦力が同じように増えたわけはありません。広島県の医療事情には詳しくないのですが、むしろ弱体化している可能性の方が強いと考えています。広島県の救急戦力が強化されたのお話は耳にした事が無いからです。中国新聞

    後を絶たない
こういともアッサリ切り捨てられていますが、
  1. 救急応需戦力は変わらない(弱体化している可能性も十分にあり)
  2. 2年間で搬送件数が1477件(18.0%)増加
  3. 「たらい回し」(照会回数4回以上)が92件増加(202件)した
それでも改善を目指すのは悪い事ではありませんが、果たしてそれだけの余力が広島にあるかどうかです。広島の救急医療が余力があるにも関らず「後を絶たない」ぐらい「たらい回し」を頻発させているのなら、これを効率化させることで成績を改善できる余地が生じます。比較対象は日本で最も医師の数が多く、医療も充実しているとされる恒例の東京にします。

都道府県 人口 総搬送件数 照会4回以上
件数 1万人当たり

件数
件数 1万人当たり

件数
発生率
広島 287.5万人 9792 34.1 202 0.7 2.1%
東京 1265.9万人 45167 35.7 2931 2.3 6.5%


人口当たりの重症救急の発生率はほぼ同じです。一方で広島で「後を絶たない」と酷評される照会4回以上の「たらい回し」発生率は、東京は広島の約3倍程度になっています。言い換えるほどのものではありませんが、広島の救急医療は東京の約1/3に「たらい回し」件数を抑制している事になります。人口当たりの医師数は東京が日本一ですし、医療機関の数、質も東京の方が優れていると一般的には考えられています。

また記事で

    病院に受け入れを3回以上断られたケースは202件で、全体の2・1%を占めた
さぞ悪そうに書かれている「2.1%」ですが、東京の2.1%はおおよそ照会7回以上の比率にほぼ同じです。広島で照会7回以上の総件数は22件であり、発生率は0.2%で約1/10になります。ちなみに広島の最多照会数は15回(1件)ですが、東京の15回以上は95件あり、発生率は0.2%になります。この辺もまとめてみると、

都道府県 照会4回以上 照会7回以上 照会15回以上
件数 発生率 件数 発生率 件数 発生率
広島 202件 2.1% 22件 0.2% 1件 0.01%
東京 2931件 6.5% 874件 1.9% 95件 0.2%


見ればそのままなんですが、
  • 広島の照会数4回以上の発生率は東京の7回以上にほぼ等しい
  • 広島の照会数7回以上は発生率は東京の15回以上にほぼ等しい
  • 広島の最大照会数は15回であり、それも1件しかない
東京に劣ると考えられる広島の救急戦力で、東京を遥かに凌駕する成績を残しているのが確認されます。となると導かれる結論は
    「たらい回し」回数をこれ以上抑制する余力は無い
こうなる事になります。たとえ広島に東京と同等の救急戦力があったとしても結論は変わりません。



広島と東京の「たらい回し」事情の比較ははっきり言って詭弁です。詭弁ではあるのですが、考えようによっては面白いところがあります。何をもって「市民感覚」とするのか正確な定義を知りませんが、市民感覚の一つの側面にマスコミが騒ぐと言うのがあります。マスコミが「市民感覚だ!」と言って書き立てれば、それが市民感覚になる感じです。

東京の「たらい回し」事情は全国最悪ですが、東京の「たらい回し」はさほど話題になりません。全然取り上げられないわけではありませんが、全国の主要マスコミの本社のお膝元であるにも関らず静かなものです。今日取り上げた広島と較べてもマスコミの注目度はさほど変わらないかと感じます。ここに「たらい回し」問題を消滅させるヒントがありそうな気がします。

おそらくですが東京が広島並に「たらい回し」成績が改善されてもさほど話題にならない気がします。むしろ「たらい回し」の発生頻度が減る分だけ、たまに起これば大騒ぎされ「ゼロにせよ」の市民感覚が盛り上がる可能性さえあります。ここは逆に考えて広島が東京並みになればどうでしょう。人間もマスコミも頻度が高くなったほうが感覚が鈍くなるものです。

東京ぐらいの状態になればパニックになるというより、むしろ「当たり前」感覚が広がり、誰もさして問題にしなくなる可能性の方が高いと考えられます。マスコミも数が余りに増えればニュースバリューが低下し「市民感覚」として取り上げる意欲が薄れるになるんじゃないかと思っています。ちょうど東京がそんな状態になっています。

ここでわざわざ東京以外の「たらい回し」事情を悪化させる事も無いので、東京人が「たらい回し」に持っている感覚だけを全国に広めれば問題の解決になるんじゃないかと考えられます。ただしここで不思議なのは東京人も東京以外の「たらい回し」には憤激する「らしい」と言う点です。ここの解釈が難しいところです。

やはり東京人も「たらい回し」には憤激するとは考えられます。東京人が東京の「たらい回し」には関心が薄く、東京以外の「たらい回し」に何故反応するかを考えないといけません。難しいのですが、誰でもそうですが他と比較する時は自分の感覚を中心に据えます。東京人も「たらい回し」は東京の感覚で問題を感じていると思われます。

東京でも「たらい回し」問題が報道され問題視される時はありますが、あれは東京レベルの感覚が評価の基準であり、東京レベルの状態で「なおかつ」報道されるので、余程程度の悪い「たらい回し」と判断されている可能性を考えています。つまり東京人の「たらい回し」問題感覚は、東京レベルの「たらい回し」事情でも、なおかつ問題になるものであると言う感覚です。

物事は相対化されて考えられる事が多いのですが、東京人が東京の「たらい回し」感覚で問題視するレベルで、東京以外の「たらい回し」を論じられると東京以外では「たらい回し」は撲滅するになってしまいます。一方で東京人感覚で東京の「たらい回し」問題が広島レベルに改善されようものなら、これは偉大な成果になります。

中央と地方の感覚ギャップなのですが、そうなると「たらい回し」問題を消滅させるには、地方の感覚も東京並みのレベルに変更させる必要がやはりある事になります。地方でも東京並みの「たらい回し」が日常化すれば、地方人も感覚が東京人並みに改善され、東京程度の「たらい回し」はさしての問題と感じず話題にもされなくなると言うわけです。

話題にされなければ問題にも感じられず、市民感覚でも「あれぐらいは当たり前」になれば「たらい回し」問題は速やかに矮小化されると考えられます。こんな事を考えている地方人を見る東京人のボヤキが聞こえてきそうです。

    だから田舎者は困る
悔しいですが東京はやはり日本の首都であり中心ですから、地方より遥かに先進的である事が改めて思い知らされました。