沖縄の救急記事のデータ解析

題材は1/26付琉球新報です。メインの解析部分は

 県内の救急医療は患者の搬送受け入れが困難となる「たらい回し」がないことで全国的に知られている。県防災危機管理課によると、09年に救急搬送された5万4535件のうち、1回目の要請で受け入れられなかった例は27件(0・05%)あったが、2回目の要請ではすべての搬送患者が受け入れられていた。

他の部分については中間管理職様なり、ssd様なり、うろうろドクター様なりを御参照下さい。あんまり付け加える事がないのでパスします。さっそくなんですが、沖縄の「たらい回し」件数の記事のデータのソースはどこかになります。まず救急搬送件数が

    5万4535件
えらく端数までキッチリ掲載されています。実はこれが結構な難題で、これだけでエントリーが終ってしまいました。ここで一つの鍵は記事は2011年1月の話題であるのに、比較するデータを2009年データに求めている点です。つまりは2010年データがまだ出ていないと考えるのが妥当です。

消防庁データは例年3月中旬頃に前年データが発表されるので、ごく単純に平成21年中の救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査の結果からと考えたのですが、どうにも数値が一致しません。この消防庁データは2007年からありますから表にしておくと、

年度 総搬送人員
2007 53998
2008 54184
2009 55652
記事 54535


記事のデータは2008年と2009年の間ぐらいと言うか、むしろ2008年データに近いと考えられます。こんな集計は消防庁以外には不可能と思うのですが、どこから掘り出したデータなんだろうと素直に思います。次のポイントは、
  • 1回目の要請で受け入れられなかった例は27件(0・05%)あった
  • 2回目の要請ではすべての搬送患者が受け入れられていた。

消防庁データでは救急を4区分して集計しています。2009年データと、念のため2008年データも併せて検証してみます。

区分 搬送件数 照会回数 照会3回以上
1 2 3 4 5
2008 重症救急 6150 6023 114 12 1 * 13
周産期救急 188 185 3 * * * 0
小児救急 4704 4608 87 9 * * 9
センター救急 13731 13310 374 43 3 1 47
2009 重症救急 5758 5652 97 5 3 1 9
周産期救急 252 243 8 1 * * 1
小児救急 4544 4438 100 5 1 * 6
センター救急 14057 13592 402 58 3 2 63


「2回目の要請ではすべての搬送患者が受け入れられていた」とは照会回数が2回の事を指します。つまり3回以上の照会回数が無かった事になるのですが、消防庁データではしっかりと記録されています。4区分のデータは一部重複もあるので、合計回数が3回以上の照会回数に必ずしもなりませんが、センター救急だけでも2008年で47件、2009年で63件を記録しています。

また記事では「1回目の要請で受け入れられなかった例は27件」ともしていますが、これも一桁違うんじゃないかと思うほど消防庁データと相違します。もう一つ、1回目の照会で受け入れられなかった率が「0.05%」となっていますが、これも計算してみると、

区分 搬送件数 照会回数による比率
1回 2回以上 3回以上
2008 重症救急 6150 97.9% 2.1% 0.2%
周産期救急 188 98.4% 1.6% 0.0%
小児救急 4704 98.0% 2.0% 0.2%
センター救急 13731 96.9% 2.9% 0.3%
2009 重症救急 5758 98.2% 1.8% 0.2%
周産期救急 252 96.4% 3.6% 0.4%
小児救急 4544 97.7% 2.3% 0.1%
センター救急 14057 96.7% 3.3% 0.4%


1回目の照会で受け入れられなかったものが「0.05%」でないのが確認できます。データ上で「0.05%」に近いものをあえて言えば、照会回数が3回以上必要だったものですが、これでも桁が一つ違います。



さて琉球新報のデータ部分のソースはどこから出てきたのでしょうか。私が分析した結果では総搬送件数こそ消防庁データに近いものの、「たらい回し」件数については合致するところはどこにもありません。そうなると沖縄県独自の集計ないし、琉球新報の独自調査によるものぐらいしか考えにくくなります。そうであるなら、消防庁データと沖縄独自データのどちらが正しいかが問題となります。

官公庁データについては、しばしば操作は行なわれます。それでも原則としてデータの個々の基礎数値自体はまず正しいと判断して良いと考えています。操作するとは、あくまでも望むデータになるように計算設定を操作するだけの領域に通常は留まるとされます。それ以上やると捏造になります。「たらい回し」データはどちらかと言うと基礎数値に近いと感じますから、操作の余地は少なそうに考えます。

もう一つの可能性として集計上の誤差です。比較的大きな集計ですから、別立ての二つの調査が行われれば、必ずしもデータが一致しません。そこまで考えると・・・・・

    そうか、わかったぞ!
琉球新報が引用した「たらい回し」データは、「たらい回し」の判定基準が消防庁データと異なっていると考えれば理解可能です。データ収集の定義が変われば、出てくるデータも変わって当然です。もちろんどっちが正しいかの比較は意味が乏しくなります。

ここの「意味は乏しい」は定義が不明なので単純比較できないぐらいの意味合いと御理解下さい。それでも「どうやら」ですが、沖縄独自データは消防庁データに較べて、照会回数2回以上のデータの出方が、1/10程度になっていそうぐらいは誰でも直感的に感じます。ただ実はもっと差がありそうな気がしています。消防庁データをもう一度出しておきます。

消防庁集計分 未集計分
総搬送件数 55652 重症救急 5758 30331 25321
周産期救急 252
小児救急 4544
センター救急 14057
病院間転送 5720


消防庁の4区分に重複が無いとしても約45%が「たらい回し」データとして未集計です。重複分を考えると約半数が未集計として良いかと考えられます。これに対して沖縄独自データの方は、

 琉球新報は25日、本島中南部の11消防本部、主要救急病院11院に患者受け入れ拒否の状況などについて調査。受け入れ要請拒否件数は那覇市消防本部が最も多く93件。島尻消防・清掃組合消防本部が45件など本島南部地区で深刻。中部地区は少なかった。

これだけでは実はなんとも言えないのですが、感触として全数調査の可能性が残されます。そうなれば、沖縄独自データは消防庁データに対し、照会回数2回以上のデータの差は1/20程度になっている事もあり得ないとは言えません。ここで見出しなんですが、

救急受け入れ拒否急増 今月すでに245件

あくまでも仮定が正しいとしてですが、消防庁方式のデータ集計ならこれが5000件ぐらいになっている可能性が出てきます。そこまで考えると沖縄の救急の危機は実に深刻だと思われます。誤解無い様に念を押しておきますが、沖縄のこれまでの「たらい回し」データが良くないの批評で無いことは明言しておきます。

ただなんですがこの仮定も少々無理があって、1月に5000件も「たらい回し」があれば、記事が掲載された1/26までに5000件以上の救急搬送があった事になります。5000件の搬送自体は年間5万5000件ぐらいありますからあっても良いのですが、記事が掲載されるまでの搬送件数の総数は幾らなんだろうの疑問が出てきます。1月に搬送が多かった事だけは記事から推測できますが、たとえ1/26までに1万件としてもその半数が「たらい回し」になります。

これまで何回かこの手の「たらい回し」関連記事を取り上げた事がありますが、独自データに基づいた記事は初めての様な気がします。それだけ琉球新報が調査能力に秀でているとの評価も可能ですが、一方で他の都道府県の実情と較べて「どうだ?」の比較が難しくなっています。まあ、その辺はローカル紙ですから支障は無いと言えば、それまでなんですが、どう評価するかは難しいところです。

難しいと言うのは、どうやら1月の沖縄の救急事情が逼迫している事は記事全体から察せられますが、これがどれだけ逼迫しているかの比較データに難がありそうな気がします。琉球新報が持ち出した比較データは、

  • 2009年の沖縄独自集計(分析したが消防庁のデータではない)
  • 2011年1月の琉球新報の独自調査(記事にそうしたと明記されている)
ここの琉球新報の調査に答えた消防本部が消防庁方式で回答したか、沖縄方式で回答したか良くわからないからです。なんとなく消防庁方式で回答した可能性も十分にありそうに思え、そうであればデータの比較は困難と思います。真相はどうなっているのでしょうね。