データ元は平成21年3月19日付消防庁報道発表資料「平成20年中の救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査の結果」です。ここには救急搬送の照会回数、現場滞在時間が幾つもの角度から集計されているのですが、世間で話題になる「たらい回し」のデータ元にもよく引用される資料です。今日はそのうち、重症以上傷病者搬送事案の照会回数を少しまとめてみます。
基礎の基礎みたいなお話ですが、たとえば照会回数5回とあるのは、5回目の照会で搬送先が見つかった事になり、マスコミ用語の「拒否」で数えると4回になります。重症救急ですから照会1回で搬送先が見つかるのは理想ではありますが、そうそう理想通りに現実は運用されるわけではありません。何回までの照会なら合格点かの定義は存じないのですが、消防庁資料では、
平成19年、平成20年中の救急搬送における照会回数4回以上の事案、現場滞在時間30分以上の事案の占める割合は概ね同一水準で推移しており、平成19年に引き続き相当数の選定困難事案が存在する状況にあります。
消防庁的には照会4回以上を「選定困難事案」としているようですから、照会3回までをとりあえず合格点として話を進めます。まず理想である照会1回はどうなっているかです。
上位 | 下位 | ||
都道府県 | 達成率 | 都道府県 | 達成率 |
沖縄 | 97.9% | 奈良 | 66.3% |
秋田 | 97.7% | 大阪 | 69.6% |
島根 | 96.5% | 東京 | 71.8% |
福井 | 96.5% | 埼玉 | 72.8% |
山形 | 94.8% | 千葉 | 76.9% |
愛知 | 93.7% | 茨城 | 77.2% |
岐阜 | 93.6% | 兵庫 | 77.4% |
青森 | 93.2% | 宮城 | 77.6% |
岩手 | 92.5% | 栃木 | 78.5% |
北海道 | 92.3% | 群馬 | 80.3% |
全国平均84.3% |
これは照会1回のデータですが、一般的に大都市圏は照会先の医療機関が多く照会回数が多くなる傾向があり、地方は照会すべき医療機関がそもそも限定されるので照会回数が少なくなるとされています。「たらい回し」もたらいの回し手が存在しないと、たらいすら回り様がないと言う理由です。そういう観点からすると、理解できそうな都道府県が並んでいます。
ただなんですが、その観点を逆に見ると、大都市圏であっても照会回数が少ないところはある意味「優秀」であり、地方で照会回数が増えているところは「危機的」と取ることも可能です。もっとも隣接都道府県の関係もありますから一概には言えないところはあります。照会回数1回のリストだけなら様々な事を考える余地があるのですが、消防庁的には合格点である照会回数3回になると様相がかなり変わります。
上位 | 下位 | ||
都道府県 | 達成率 | 都道府県 | 達成率 |
沖縄 | 100.0% | 奈良 | 87.5% |
福井 | 100.0% | 東京 | 90.8% |
秋田 | 99.9% | 埼玉 | 91.3% |
富山 | 99.8% | 大阪 | 91.8% |
山形 | 99.8% | 千葉 | 93.8% |
島根 | 99.7% | 兵庫 | 93.8% |
青森 | 99.7% | 宮城 | 94.2% |
愛知 | 99.5% | 茨城 | 94.9% |
岐阜 | 99.5% | 栃木 | 95.0% |
長野 | 99.5% | 神奈川 | 95.9% |
全国平均96.4% |
照会1回に較べると飛躍的に成績が良くなっている事がわかります。全国平均が96.4%になっていますが、ワースト11位が群馬県で96.5%なんです。つまり平均以下の都道府県はここに並べたワースト10のみになります。
さてと評価になるのですが、どういう評価を定義すれば良いのでしょうか。照会3回までは消防庁の定義ですが、達成率の数字の評価はどう定義するかです。明確な定義などないのですが、俗に言う「99%大丈夫」基準ならどの程度から考えてみます。参考までにですが、
ここまで書けばお分かりのように、下位10都道府県の中でも東京、大阪、神奈川、埼玉と人口も多く、搬送回数も多い都道府県が全体の平均の足を大きく引っ張っているのがわかるかと思います。そういう意味で、大都市圏に分類されるはずの愛知や福岡の成績の良い理由を調べるのは意義はあるかもしれません。ちなみに福岡は99.3%で全国13位になります。今回はマップを書こうとの目的があるのですが、少々困っています。マップを描くには程度による分類と言うか、階級分けが必要なんですが、97%は常識的に優秀な成績です。平均の96.4%も悪くありません。95%が悪いかと言われればなんとも言えません。なんと言っても「○○%」なら合格とか、「○○%」以下は問題と言う明確な基準がありません。
それでも書きたいので恣意的に設定します。成績はご覧の通り狭い範囲に分布していますから、とりあえず99%以上は「優秀」とします。97〜99%は「合格点」とし、95〜97%は「もう少し頑張りましょう」、90〜95%は「努力」、90%未満は「注意」にしたいと思います。凡例の説明になりますが、
* | 99%以上 | 優秀 |
* | 97〜99% | 合格点 |
* | 95〜97% | もう少し頑張りましょう |
* | 90〜95% | 努力 |
* | 90%未満 | 注意 |
かなり辛い基準と個人的には思うのですが、マップにしてみると、
たらい回し問題が騒がれてかなり長くなっています。消防庁がこういうデータを収集し発表しているのもその一つだと考えられますし、救急問題に対し各種の施策が行なわれているのも、たらい回し問題の影響は少なからずあるはずです。ここで少し問題なのは、マップを作るときに困ったように、データは提示され、データに対する対策会議は行われていますが、どこに目標を置こうとしているのかが不明な事です。
ある問題があって、それに対するデータ収集を行なう事は問題解決の基本です。どういう結果になっているかの現状認識と、改善点の分析の基礎になるからです。しかし結果だけ分析して「問題が確認されたから改善せよ」の結論では良くないと考えます。問題が結果で確認されたなら、問題が起こる原因の調査が必要です。問題は必ずしも単独で起こるわけではなく、通常は
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原因 → 結果
「需要 > 供給」状態で、結果だけ見て選択困難事案の根絶を考えるのは無理があると思っています。もう少し分かりやすく言えば、「結果が悪いから現場サイドで改善せよ」の方針では無理があると言う事です。もうちょっと言えば供給能力の小手先の改善策のみを追及しても、根本の「需要 > 供給」関係が厳然としてある限り改善には限度があります。
現場レベルの改善策を行なう一方で、根本レベルの冷静な評価を行なう必要があるはずなんです。現在の供給能力で賄える需要はどの程度であるかの把握です。消防庁データを見るにも、各都道府県の供給能力に対する需要の評価がベースにならなければならないと考えます。
都道府県により供給能力は異なります。また需要も異なります。他の県ができたから、自分の県でも可能かと言えばそうではないはずです。それぞれの都道府県の需要と供給能力により、目指すべき目標は変わってくるはずです。一番良くないのは「○○県は選定困難事案がゼロだから、当県もゼロにできるはずだ」から思考を出発させる事ではないかと考えます。
「当県もゼロにできるはずだ」の前提には○○県と当県の需要供給関係が全く同じと言う条件が必要です。同じであれば、「当県もゼロにできるはずだ」の見解の下に改善を進めるのは道理ですが、前提条件が異なれば無理難題の精神論に過ぎなくなります。現場レベルの努力や工夫は問題解決の戦術に過ぎません。戦術の巧拙は局面の改善には役立ちますが、大局には影響しないのが鉄則です。大局を決定するのは戦略であり、現在のたらい回し問題に対する姿勢は戦術重視・戦略軽視に終始しているように見えて仕方ありません。
まあ、現実をもう少し冷ややかに見れば戦略を行なう予算はないとも考えられ、また真面目に戦略から取り組めば話がこれまでの医療政策全般の疎漏さにも波及するとも考えられます。そのため、ひたすら現場での戦術の巧拙に関心を向けさせているとも見れます。どこかで聞いたようなお話ですが、歴史は繰り返しますからねぇ。