知らない世界

出版業界の実情と言うか内実なんて知りようもないのですが、少し興味を引くお話がありました。京都の小児科医様から情報を頂いたのですが、村重直子氏の書いた本が急遽出版中止になったというお話です。別に本が出版中止になっても構わないのですが、それに対する出版元である講談社の告知が興味深いものでした。

講談社の告知(魚拓)は次の通りです。

新型インフル禍の真犯人 告発! 死の官僚』回収に関するお詫びとご報告

 弊社が2010年1月7日に刊行した『新型インフル禍の真犯人 告発! 死の官僚』を、下記の理由により回収させていただきます。

 出版部としては、新型インフルエンザの実態を国民にできるだけ早く伝えるため、緊急出版することにし、そのため厚生労働省医系技官の著者・村重直子氏からお話をおうかがいしたうえで、文章を編集部でまとめることにいたしました。しかしながら、編集業務を急ぐあまりに、事実関係の確認が十分でなく、医学的に不正確で、誤った表記が多数あり、結果として、村重氏の著書としては、タイトルもふくめて本意と違うものになってしまいました。著者の村重氏と話し合い、同書を可及的速やかに回収するという結論にいたりました。また同書は村重氏の書いたものでないため、同氏に内容上の責任はありません。

 読者の方々、著者の村重氏、さらに同書に登場する方々に、多大なるご迷惑をおかけしましたことを、ここに深くお詫び申し上げます。

 村重氏は、「医療は命に関わるものです。だからこそ正しい情報を知ったうえで、国民の方ひとりひとりが考えなければならないものだと思います。わたしが書くことがみなさんの判断材料のひとつとなり、広く議論していただくきっかけになれば」とおっしゃっています。同氏は2月末までに、弊社からタイトルも新たに書き下ろしの著書を刊行する予定です。すでにお買い求めいただいた方には、同氏の新著と無償(送料などは弊社が負担させていただきます)で交換させていただきます。

 なにとぞご理解をたまわりたくお願い申し上げます。

まず出版中止になった経緯です。とにかく出版を急いだために、

  1. 事実関係の確認が十分でない
  2. 医学的に不正確
  3. 誤った表記が多数
これだけ宜しく無い点があれば、出版を中止してもやむを得ないとは思います。またこういう宜しく無い点のもたらす影響として、
    読者の方々、著者の村重氏、さらに同書に登場する方々に、多大なるご迷惑をおかけしました
ここに迷惑のかかった人々が具体的に挙げられています。
  1. 読者
  2. 著者である村重氏
  3. 本に登場する人物
読者は素直に理解できます。本に登場する人物も、宜しく無い点に立脚して批判を行なっていたのなら理解できます。もっと裏の真相はと想像を逞しくするのも出来ますが、その点は今日は置いておきます。問題の本も読んでいませんから、あまり憶測の翼を広げるのも良くないと思うからです。


さて、もっとも気になったのは著者である村重氏への迷惑です。これについては著者とされる村重氏に対する出版社側の釈明が書かれています。

  1. 厚生労働省医系技官の著者・村重直子氏からお話をおうかがいしたうえで、文章を編集部でまとめることにいたしました
  2. 村重氏の著書としては、タイトルもふくめて本意と違うものになってしまいました
  3. 同書は村重氏の書いたものでない
どうもなんですが、本の製作過程は講談社編集部が村重氏から話を聞き、話を編集部がまとめて編集部がすべて書き、タイトルも含めて著者とした村重氏のチェックも無いままに出版されたと考えてよいようです。つまり村重氏は話をしただけで、実際には文章を何も書かず、さらに出版前にチェックもしていなかったから本から生じる責任は無いとしています。

出版業界は冒頭で書いたように「知らない世界」ですから、あくまでも個人的な感想と思ってください。私の感覚ではこういう出版の経緯であるなら、これは村重氏の著書ではなく、編集部が村重氏にインタビューして作った取材本とするべきものではないでしょうか。つまり著者は講談社編集部であるという事です。

固い事を言うように聞こえるかもしれませんが、著者とは常識的に本の文章の筆者の事を指します。もちろん1冊の本が出来上がるまでに、著者と編集者の間で推敲が行なわれるのはあるにせよ、元の原稿は著者が書き、その原稿の上での著者自身の推敲であると考えます。読者の方もあくまでも本の文章は著者が書いたものと考えて普通は読みます。

もう一つ、著者は本の内容の責任者でもあります。本のもたらす功績も著者のものである代わりに、本の内容から生じる問題の責任も著者にあると考えます。そういうものが本ではないでしょうか。

私でも知っている出版業界の内幕にゴーストライターの存在があります。本を書くと言うのは大変な作業で、誰でも手軽にヒョイヒョイと書けるものではありません。とくに有名人本であれば、ゴーストライターが本人にインタビューして原稿を書くと言う手法は頻用されるとも聞きます。この場合でも実際に書いたのはゴーストライターであっても、責任は本に書かれている著者の責任になると考えます。

ゴーストライターは名前の通り「ゴースト」であり、この世に存在しない建前になっており、ばれない限り書いたのは本に書かれている著者が書いているとされます。著者もまた絶対に「これはゴーストライターが書いたものである」とは公言しないはずです。そういうカラクリでゴーストライター本が存在しているはずだと考えています。

ところが今回は出版社自ら

    この本は紛れもなくゴーストライター本であり、本に書かれている著者は、実質的に内容にはノータッチであり、従って責任は無い
こういう風に公言している事になります。本が出来る実際の経緯はそうであったにしろ、そういう事は通常は極力伏せる、もしくは決して表沙汰にしてはならない事柄かと感じたのですが、講談社の告知を読む限りでは、出版業界の常識としてこの弁明で十分通用する事と解釈せざるを得ません。世界が違えば常識もまた異なるのは世の常ですが、一つ勉強になりました。

他の業界であれば「○○偽装」とか言って問題視されそうな事ですが、出版業界では胸を張って釈明出来る理由になるのだけはわかります。もちろん本に書いてある著者が実際に本を書いていなくとも、具体的な法令に違反する(詐欺はありえるかな?)わけではありませんから、問題にならないのかもしれません。

そうそう、

同氏は2月末までに、弊社からタイトルも新たに書き下ろしの著書を刊行する予定です

これは誰が書かれるのでしょうか。村重氏が本の著者になるのは間違い無さそうですが、編集部が書いたのか、編集部が依頼したゴーストライターが書いたのか、それとも今度は本当に村重氏が書かれるのか、誰にもわからない事になります。わかるとしたら、新たな本が再び問題になった時ぐらいしかありません。

なかなかおもしろい世界です。