とあるシンポジウム その2

その1」だけで必要にして十分と思いましたが、続きを書くと言った手前、「その2」を書いてみます。個人的に焦点は、週刊朝日が主張した

 さっき田原さんから度胸がなくなったと怒られたが正直いって度胸ないです。萎縮してます。何人か指摘しているが2つの大きな脅威にさらされている。さまざまな規制と訴訟。もう1つは本を買ってもらえないので制作費がなくなっている。

 勝てばいいんだ、負ける方が悪いんだ。と佐野さん田原さんから言われたが、私も裁判いくつかあるが負けたものは1つもない。ただ、週刊誌の仕事を25年やったが世の中はずいぶん変わった。人間関係のあり方が様変わりしている。

 昔は問題のある記事があったら電話だったり、直接殴り込み来たりしていた。そうしたら直談判して、新たな関係性を築いてお互いに落とし前を付ける話し合いをした。貸し1、借り1みたいな取引ができたが、今はそれができない。内容証明送って警告文送るならまだしもいきなり訴訟される。

 こちらの主張もまったく聞かず、向こうがいきなり訴訟するようになった。名誉毀損訴訟は増えたが、明らかに名誉の回復を目的としていない。朝青龍は金の問題じゃない、名誉の問題だといったが、彼らはこちらに黙らせるために高額訴訟をしている。

 最近たちが悪いのは名誉毀損訴訟をビジネスにしている弁護士事務所がある。書かれた側に対して名誉毀損訴訟しましょう、と営業をかけている人たちがいる。こっちが困るのはこちらが勝っても、こちらがお金をもらえるわけじゃない。勝ったら金取って、こちらはコストばかりかかる。

 取材源の秘匿を考えたら、こちらに立証責任があるとするのは限界がある。日本の名誉毀損損害賠償については、懲罰的な意味合いを持つ訴訟ならば、挙証責任は訴える側にあるべきではないか。逸失利益に関しては有名人であればあるほど高い金を要求するが、政治家ならいくらでも反論できる。

 安倍さんから訴えられたとき、彼は首相時代に毎日記者会見で我々の記事に対して反論をしていた。反論の機会は十分にある。最終的にはこちらが和解金を払わない形で和解した。

 今日、若い人がいっぱい来てるけど、週刊誌がつまらないから買わないんだよね?(会場笑)。でも、信頼性のある情報は金を出して買って欲しい。

 ネットが驚異という話があるが若い人に新聞社のウェブサイトはユーザーフレンドリーじゃない。過去記事検索できないと言われた。タダで全部見せるように言われた。しかし、記事制作にはコストがかかる。ウェブは見本を見せているようなもの。それを言った若者はNHKに就職した(会場笑)。

 ネットの情報サイトの二次転載、1クリックの料金が死ぬほど安い。情報デフレの中我々が苦しんでいることも理解してもらいたい。

個人的な注目部分を赤字にしましたが、これがシンポジウムの主流と為した意見かどうかです。赤字の部分をキーワードにしてまとめると、

  1. 名誉毀損訴訟
  2. 高額賠償
  3. 取材源の秘匿
  4. 挙証責任の変更
これらがこのシンポジウムでどう扱われたかです。このシンポジウムを報じたメディアは少ないようで、全部は探しきれませんが分かる範囲で紹介するとJ-CASTは、

「週刊誌の将来」考えるイベント 詳報したのはネットだった

こういう皮肉を交えた見出しをつけています。そのJ-CASTでキーワードに触れた部分は、

編集長たちの多くは、名誉毀損訴訟の賠償金の高額化と部数減少で週刊誌が萎縮していると指摘したが、なかには、ネットのせいで週刊誌の売上が落ちているという発言もあった。

おそらくJ-CAST記者はシンポに参加したと考えますが、そこで感じたのはこの程度であったと考えてよいでしょう。もう一つ5/15付け共同通信(47NEWS版)ではどうかと言うと、

週刊朝日山口一臣編集長は「さまざまな規制や高額訴訟に加え、雑誌が売れないという脅威にさらされ、正直萎縮している」と述べた

共同通信記者も写真があるぐらいですから、シンポに参加していたと思われますが、週刊朝日の主張の位置付けはこの程度であり、多くの意見の中の一つであり、さらに主要な意見とは必ずしも感じていないと思われます。J-CAST共同通信もライブで聞いてそういう感触を持ったと考えるのが妥当です。では昨日紹介した議事録の中でどれぐらい触れられたかも検証してみます。なお「訴訟問題への一部言及」はキーワードは触れていないがそれ以外で訴訟について言及したものです。

発言者 名誉毀損訴訟 高額賠償 取材源の秘匿 挙証責任 訴訟問題への

一部言及
田原総一朗 * * *
佐野眞一 * * * * *
元木昌彦 * * * * *
田島泰彦 * *
週刊現代 * * *
週刊朝日 *
アサヒ芸能 * * * *
フラッシュ * * *
週刊文春 * * * *
週刊ポスト * * * *
週刊プレイボーイ * * * *
週刊金曜日 * * * *
週刊大衆 * * * * *
SPA! * * * * *


ここでまず田原氏のキーワードへの触れ方は
    メディアが訴えられるなんて当たり前だ。何恐れてるんだバカ
他も確認してもらえれば嬉しいですが、かなり一貫しており、訴訟により萎縮するなんてジャーナリストとしては論外であるとの主張です。田原氏個人の在り方は置いといて、週刊朝日の主張を否定するものとして良いと判断します。

一方で田島氏は政府の陰謀論まで含めた名誉毀損訴訟問題提起派ですし、週刊現代も短い主張ですが週刊朝日に歩調をあわせています。フラッシュはあくまでも印象ですが、週刊現代週刊朝日の論調に合わせた気配もありますが、同路線と見ることは可能です。週刊ポストは高額賠償に触れてはいますが、

 何であれで賠償金が4000万円なのかというのはおかしい話。あれは結局裁判官が世の中を知らなさすぎる。僕が裁判官だったら賠償は4000円でいい(会場笑)。そもそもあれは居酒屋のトークレベル。今は厳しい時代でヌードも僕の時代にやめた。次に何が売れるか考えなきゃいけない。

週刊朝日の主張とはやや異なる主張ではないかと感じます。残りのキーワード以外で訴訟問題に言及したアサヒ芸能、週刊文春週刊プレイボーイ週刊金曜日ですが、これも順番に検証してみると、

■アサヒ芸能

    我々は芸能人の下半身スキャンダルを中心に構成しているので、記事の公共性公益性で裁判戦うってことは非常に難しい(会場笑)。いつも顧問弁護士からおまえらの記事は公共性の欠片もないと怒られた(会場笑)。裁判でも勝った記憶があるのは1件だけ。
週刊文春
    差し止め事件に関しては、文春に敵対するところも含め、いろいろな立場の人から差し止めはおかしいという意見をもらった。あれ以降差し止めの請求は来ていない。業界が一致して戦えばある程度対抗できる。出版差し止めについては一つの区切りがついたと思っている。

     週刊新潮も差し止め請求をされた。文春は田中真紀子、新潮は長嶋一茂からされた。田中角栄長嶋茂雄は、さんざんいろいろ書いたが、「記者さんたちも仕事だから」と言って彼らは絶対にそういう提訴をすることはしなかった。その子供たちから訴えられるというのは時代の変化かなと思う。
週刊プレイボーイ
     壇上の人がかなりの確率で刑事被告人経験がある。私はまだない。一回くらいそういう機会があっても良かったなと思った(会場笑)。元々雑誌月刊プレイボーイから来た。

     週プレは金食い虫。今の部数は22万部で非常に苦しい状況。うちの雑誌はグラビアやヌードが売りだが、ただそれでもたまに硬派な記事を書くというのが特徴。訴訟的な話はほとんど内容証明送られてくるレベルで止まってる。

    内容証明でも事実関係を争うところとは違うところで警告が来た。顧問弁護士に相談したら「これは向こうは脅しだけで本気ではやるつもりはない」と言われた。ただ、こっちも経験がなくてびびってしまって、慎重な対応をせざるをえなかった。
週刊金曜日
     毎日新聞で社会部で記者、サンデー毎日の編集長もやってた。毎日時代にもいくつか訴訟を武富士から起こされた。どう読んでも訴訟起こされるようなものじゃないのに事実無根といわれた。どう考えても勝てる訴訟だったが、結局それで時間を取られた。

    武富士との和解の話もあって、そのときは1000万円とか2000万円とかもらえるはずだったが、結局勝訴する形にこだわった。金もらえなかったのは残念だけどそうしないとどんどんあいつら訴訟してくる。

結局のところ出席者は15人ですが、週刊朝日の意見に同調したのは、

この4名としても良いかと考えます。田原氏ほど勇敢でなくとも、名誉毀損訴訟はこういう商売をやっていると、どうしても付きまとうリスクとして認識しているとしてよいと考えます。もちろん高額賠償は誰だって嫌ですから、歓迎する人間はいませんが、法律と言うか訴訟の枠組みを変えてまで対処しなければならいの週刊朝日の主張は、あまり同意を得られなかったと受け取れそうです。

なぜ同調しなかったかの理由は難しいのですが、上述したジャーナリストの矜持もあったでしょうし、ちょうど週刊新潮赤報隊真犯人誤報事件があったばかりですから、この時期に持ち出すのは「宜しくない」の判断があってもおかしくありません。また集まっているのは海千山千のツワモノですから、田島教授−週刊現代週刊朝日と続いた名誉毀損訴訟問題に引きずられるは「おもしろくない」と考えたのかもしれません。同業であってもライバルですし、立ち位置も違いますから様々な思惑はあったとは考えています。

もっとも週刊朝日は執念深く、2009年6月12日号の広告(魚拓)を確認すると、

脅かされる「知る権利」第3弾

高額請求で狙い撃ち!

続発する「口封じ」裁判の「訴え得」

どんな内容かは読んでいませんが、ベースはこのシンポの主張であろう事は推測できます。


雑誌の衰退に対するシャープな意見もピックアップしたいのですが、それは我慢して、こういうシンポでも利用しようと言う人間はいるようです。いかにもやりそうと言われればそれまでなんですが、6/1付けタブロイド紙(魚拓)なんですが、この記事の大見出しは、

週刊誌報道:名誉棄損で雑誌へ高額賠償命令 原告に立証責任求める声

さらにリード部分として、

メディアに対する名誉棄損訴訟で、報道の真実性の証明責任を報道側に課す日本の裁判の仕組みに対し「バランスを欠く」として、見直しを求める声が識者らから上がっている。背景には、今年に入り、週刊誌報道に対して高額賠償を命じる判決が相次いだことがある。【臺宏士】

こう続いた後に、

■「現状、萎縮招く」

 元週刊現代編集長らが呼びかけたシンポジウム「闘論!週刊誌がこのままなくなってしまっていいのか」が先月15日、上智大学(東京都千代田区)で開かれた。

 「最近はいきなり訴状が来る。名誉棄損と言っても、回復を目的とせず黙らせるために訴えてくる。取材源を秘匿しなければならないからハンディがあるが、出版社側が勝ってもおカネはくれない。こんな不公平なことはない。カネを取ろうとしている側が立証するのは当然だ」。山口一臣週刊朝日編集長はそう訴えた。

 シンポには山口さんのほか、「週刊現代」「フラッシュ」など経験者を含む10誌の編集長がパネリストとして出席。苦境に立つ週刊誌への関心の高さもあって約400人が耳を傾けた。

この記事全体については取り上げようと思いながら食欲がなかなか湧かないのですが、非常に巧妙な取り上げ方をしています。まず書かれた事実に基本的に嘘はありません。週刊朝日はそういう主張をしていますし、週刊現代もフラッシュも同調しています。その点については私も検証して確認しています。問題と感じるのは、このシンポが名誉毀損訴訟に対する雑誌メディアの総決起集会であったかのように思ってしまうことです。具体的に「そうだ」と指摘できる点はどこにもありませんし、虚偽の記述ではないのはもちろんですから、そう受け取るのは私の考えすぎ、曲解と反論されればそれ以上は何も言えません。

それでもなんですが、私はそう感じてしまったから、このシンポがどれぐらいトンデモなんだろうと考え、シンポの検証作業に着手する羽目になってしまいました。幸いな事にシンポの内容はWebに記録され、かなり詳細にシンポの模様を知ることが出来ました。これもまたさらに幸いな事にシンポの内容は予想以上におもしろくて、ほんの確認のつもりが2日間にわたる長文エントリーに仕上がってしまいました。

平凡な結論ですが、マスコミ記事を読むためには大変な努力を要する事がよくわかりました。名誉毀損訴訟に関する問題点はこのエントリーを調べるさらについでの情報収集で興味深い点が幾つかありましたが、「その3」まで書くかどうかは「いつの日か」にしておきます。基本的に得意分野とは言えませんので、これ以上の深入りするためには余りにも情報不足、知見不足と言う事なので悪しからず。