さすが福島

福島の救急といえば、2007.11.21付朝日新聞より、

 この問題を受けて「市救急医療病院群輪番制運営協議会」が19日に開かれ、再発防止策として「救急隊員の医療判断を最優先とする」ことを決めた。要請を受けた当番病院がまず患者を診察し、重篤な患者については県立医大病院に搬送することになる。

 協議会会長の有我由紀夫・大原綜合病院院長は「今回1番の大きな問題は『患者を診なかったこと』。満床などと言うのは言い訳にすぎない」と語気を強めた。

てな事を大真面目に討議し、マスコミに誇らしげに発表し、実際に断行している素晴らしい県です。全国の医師がこれを聞いて仰天したのですが、この問答無用システムを持ってしても、まだ福島県は満足されていないようです。ソースがソースですから眉に唾をタップリつけないといけませんが、1/8付タブロイド紙(Yahoo !)より、

救急搬送:ルール策定へ 県が受入協議会の初会合 /福島

 救急搬送患者のたらい回しを防ごうと県は7日、「県傷病者搬送受入協議会」を設置し、初会合を開いた。10月までに、搬送先の医療機関選定のルールや、病気・けがの種類に応じた受け入れ機関のリスト、救急隊が患者の状態を把握するためのマニュアルなどを策定する。

 県のまとめでは、08年の重症患者の救急搬送で、最初の照会で受け入れ先が決まったのは84・7%にとどまり、17回拒否されたケースもあった。断った理由は「処置困難」が32・1%で最も多く、専門外20・7%、手術中・患者対応中16・5%と続いた。

 昨年10月施行の改正消防法は、都道府県ごとの搬送ルール策定を求めている。県の協議会は医師会や病院協会、消防長会などの代表18人で構成。併せて▽県北▽県中・県南▽会津▽相双・いわきに地域検討会を設置し、地域別のルールも定める。

 初会合では、「受け入れの可否が当直医師の熱意次第になっている」「罰則も含めたルールを検討すべきだ」「近隣県との連携が必要」などの意見が出た。田勢長一郎会長(県立医大救命救急センター部長)は「広く意見を聞き、できるだけ早く実効性の高いルール作りを進めたい」と話した。【関雄輔】

福島「問答無用システム」を作った連中が集まって出した意見ですから、予想通りといえばそれまでですが、まず問題視したのは、

  1. 最初の照会で受け入れ先が決まったのは84・7%にとどまり
  2. 17回拒否されたケースもあった
記事を書いているのがタブロイド記者ですから「無茶苦茶悪い」の印象付けをしっかり行なっていますが、そんなに酷いのか、また悪化しているのかの検証を軽く行なってみなす。まず84.7%がどこから出てきたかです。平成21年3月19日付消防庁報道発表資料「平成20年中の救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査の結果」の重症以上傷病者搬送の状況の医療機関に受入れの照会を行った回数ごとの件数を見てみると、
  • 総搬送件数8213件
  • 照会回数1回のもの6879件
  • 総搬送件数に対する照会回数1回の割合84.7%
このデータから導かれた数字で間違いありません。消防庁のデータは平成19年度のものもあり、前年度との比較が可能です。記事に副って重症救急で見てみます。

平成19年度 平成20年度 増減
総搬送件数 6288 8123 +1835(29.2%増)
照会1回件数 5343 6879 +1536(28.7%増)
1回の占める割合(%) 85.0% 84.7% −0.3%


読めばそれまでなんですが、重症救急は平成19年度より1835件(29.2%)も増加しているにも関らず、照会1回の比率は変わっていません。3割も仕事量が増えて前年度の成績を成績を維持しているのは、通常は褒められこすれ、貶される事ではないと感じます。福島の救急事情は存じませんが、平成19年度より平成20年度の方が救急戦力が3割以上増えたというのでしょうか。昨今の救急事情からすると増えることはまずありえないと私は考えます。

ついでですから「拒否」回数も比較してみます。「17回拒否」と言うのは照会回数にして18回ですから、そういう風に読んで欲しいのですが、

照会回数 H.19福島 比率(%) H.20福島 比率(%) H.20全国 比率(%) H.20東京 比率(%)
総数 6288 8123 409190 42515
1 5343 85.0% 6879 84.7% 344778 84.3% 30513 71.8%
2 533 11.2% 702 12.1% 36436 12.1% 5553 18.8%
3 170 281 13244 2450
4 103 2.4% 118 2.1% 6214 2.3% 1359 5.1%
5 51 51 3380 806
6 36 1.3% 28 0.9% 1704 1.0% 461 3.2%
7 19 23 1097 360
8 12 12 651 222
9 13 4 460 185
10 1 10 323 139
11 2 0.1% 1 0.2% 213 0.2% 102 1.1%
12 2 2 174 86
13 0 4 111 55
14 0 3 91 42
15 1 3 72 38
16 1 1 59 33
17 0 1 48 24
18 0 1 25 15
19 0 0 17 10
20 1 0 16 6
21〜 0 0 77 56


見ればお分かりのように、照会回数も平成19年度とほぼ横這いであり、東京は参考までに付け加えましたが、全国平均と較べても遜色ありません。この横這いは搬送件数が3割も増えた上でのものであり、「よく頑張っている」と言うより「死に物狂いで支えている」とした方がより適切と考えられます。照会回数も平成19年度の最大が20回ですから、平成20年度は18回に改善したと書けない事もありません。


それでも「問答無用システム」を作られた方は多いにご不満のようです。データを見れば、常識人なら救急医療資源の増強を考えるかと思います。ところが発想が根本的に違うようです。搬送件数が3割増えて現状維持では物足りないとお考えのようです。つまり戦力の増強・補強より、現状戦力でのさらなる成果の向上をお考えのようです。彼らの思考のポイントは、

  1. 受け入れの可否が当直医師の熱意次第になっている
  2. 罰則も含めたルールを検討すべきだ
  3. 近隣県との連携が必要
このうち「近隣県との連携が必要」は至極まっとうな意見ですが、近隣県にそれだけの余力があるかどうかを検討した上での御発言かどうかは不明です。連携すると言う事は福島からも搬送できますが、福島にも搬送されると言う事ですから、救急事情的にどうなんでしょうか。知る限りでは南の栃木も結構大変そうです。もっとも栃木の発想も福島と似てましたから話は合うかもしれません。

残りの2つは、これが大真面目に討議されている事自体が大笑いです。福島県で交代勤務体制で救急患者を受け入れている医療機関が果たしてあるんでしょうか。福島で無くともそういう体制の医療機関は非常に珍しいのが実情です。それも討議でわざわざ「当直医師」と持ち出すセンスが銀河系の果てまで遅れている感覚です。

まず間違い無く「問答無用システム」検討メンバーが頭に思い浮かべている「当直」は、労基法違反の当直と言う名の違法夜勤であるとしてよいと考えられます。労基法上の当直医師でも救急患者を診察する事は可能ですが、その場合には診察時間には時間外手当を支給しなければならないだけでなく、ある一定時間(かなり厳しい)を超えるようであれば労基法41条3号に基く当直許可は取り消され、交代勤務制を導入しなければならない通達が厳然とあると言う事です。

現状ではこの通達は極めて軽く扱われ、また現場の切羽詰った事情やこれまでの慣行から、医師もある程度「当直と言う名の違法勤務」をボランティアで行なっています。そもそもが違法勤務状態である救急であるのに、さらに救急受け入れのために罰則を設けようとは腹がよじれそうです。

「問答無用システム」検討メンバーの情報収集力は10年前から止まっているようです。確かにお弟子様の時代であれば、医師は労基法に無知であり、そういう妄言でも承ったかもしれませんが、時代は確実に進んでいます。違法勤務状態に罰則救急まで課せられたら、お気軽に労基署に御相談に行かれる医師は出てきます。さらに言えば福島の医師で無くとも、他の都道府県の医師でもそれは可能であり、ボランティアで行なっている医師さえいます。

現状の当直による救急体制は、あくまでも勤務する医師が違法に目を瞑ってくれているだけの正真正銘のボランティアです。ボランティアに過ぎませんから「受け入れの可否が当直医師の熱意次第」で当たり前です。さらにボランティアに参加するかしないかは医師の自由です。それ以上を望むのであれば、少なくとも交代勤務制を速やかに導入しないと「罰則」などヘソが茶を沸かします。


福島も他の日本と同じく平成22年を迎えていると思うのですが、時差ならぬ年差でもあるんでしょうか。ひょっとすると福島暦では10年単位のうるう年があるのかもしれません。栃木も似たような状態ですから、福島と言うよりあの地域全体と考えるべきなんでしょう。なんつうても思考の出発点が

    救急搬送が3割増えても、何が何でも現有戦力のみで照会はすべて1回を目指す
現政権のマニュフェストも同じような趣旨を書いてましたから、本当はたいした事ではないのかもしれません。福島の医師の皆様、近いうちに嬉しいお年玉が貰えそうです。