栃木の救急

11/26付タブロイド紙「ニュースワイドとちぎ:救急搬送たらい回し防止 県協議会が始動 /栃木」より、

 県消防防災課によると、08年に救急車が通報を受けてから病院などに搬送するまでに要した時間は平均36分8秒で、98年の26分6秒に比べ、10分2秒伸びた。その原因の一つに、医療機関への照会回数が増えていることが挙げられる。重症以上の患者の搬送事案6361件のうち、照会4回以上は320件、現場で30分以上待たされたのは287件で、最大12回断られた例もあった。

この部分を検証してみます。まずですが、

    救急車が通報を受けてから病院などに搬送するまでに要した時間は平均36分8秒で、98年の26分6秒に比べ、10分2秒伸びた
ここについては、そういう新たな統計資料が作成されたようです。今朝の段階でそういう資料が公表された事がわかったのですが、確認する時間が無いので後日に分析する予定とさせて頂きます。ちなみに平成20年版消防白書によれば、病院収容までの時間の変化の全国平均は、
  • 98年:26.7分
  • 08年:33.4分
98年時点は全国平均並だったのが、2008年度は全国平均より3分ばかり遅くなっています。
    重症以上の患者の搬送事案6361件のうち、照会4回以上は320件、現場で30分以上待たされたのは287件で、最大12回断られた例もあった。
これは平成21年3月19日付「平成20年中の救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査の結果」で確認するのが良いかと思います。対象にしたのは「重症以上の患者」ですが、この資料でも6361件ですから間違いありません。08年度の照会回数を抜き出して見ます。

全搬送件数 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13
6361 4996 746 299 145 75 49 18 13 10 4 2 2 2


4回以上の照会回数は確かに320件ですが、見方を変えて東京のデータと比較して見ます。

照会回数 比率
栃木 東京
1回 78.5% 72.0%
2回まで 90.3% 85.0%
3回まで 95.0% 90.6%
4回以上 5.0% 9.4%


首都東京よりかなり照会回数が少ない事がわかります。ではでは東京の照会回数はどうなっているかですが、

全搬送件数 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
42515 30513 5553 2450 1359 806 461 360 222 185 139
11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 20以上
102 86 55 42 38 33 24 15 10 6 56


あくまでも参考までの数字です。これもちなみにですが21回以上の照会回数は全国で77回、このうち56回が東京で発生しています。最大照会回数は50回となっていますが、これが東京かどうかは不明です。東京は照会できる病院が多いと言う事情がありますからね。

もうひとつ現場待機時間ですが、これも首都東京と比較してみます。

現場滞在時間 栃木 東京
件数 比率 件数 比率
15分未満 3814 60.0% 12981 30.5%
15〜30分 2260 35.5% 25555 60.1%
30〜45分 226 4.5% 2781 9.4%
45〜60分 46 758
60〜90分 13 340
90〜120分 0 58
120〜150分 0 14
150分以上 2 11


栃木は全国平均より良くないのは確かですが、首都東京よりはかなりマシであるのはデータ上明らかだと思います。それでも改善を目指して悪いわけではありませんが、この協議会に出席した自治医科大付属病院の鈴川正之救命救急センター長の提案は、少し話題を呼んだ内容です。

「打撲でも『内科の先生が当直だから』と断られるのが栃木県の現状だ。専門外を免罪符にしないように、ある程度の強制力が必要ではないか」

鈴川センター長が指摘したのは、実態として全国の殆んどの救急医療機関が該当する「なんちゃって救急」に対し、強制力を行使してでも診療を行う提案と読めます(マスコミバイアスについての説明は省略)。そんな鈴川センター長に贈っておきたいものがあります。奈良心タンポナーデ事件の高裁判決文の一節です。

救急医療機関は,「救急医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること」などが要件とされ,その要件を満たす医療機関を救急病院等として,都道府県知事が認定することになっており(救急病院等を定める省令1条1項),また,その医師は,「救急蘇生法,呼吸循環管理,意識障害の鑑別,救急手術要否の判断,緊急検査データの評価,救急医療品の使用等についての相当の知識及び経験を有すること」が求められている(昭和62年1月14日厚生省通知)のであるから,担当医の具体的な専門科目によって注意義務の内容,程度が異なると解するのは相当ではなく,本件においては2次救急医療機関の医師として,救急医療に求められる医療水準の注意義務を負うと解すべきである。

これだけの注意義務が救急医療機関の救急担当医に課せられる可能性が、高裁確定判決として厳然として存在します。司法からの「救急医療に求められる医療水準の注意義務」の上に、栃木の救急対策として強制力を加えられると、どうなるかです。まあ、悪くなっても東京並ぐらいでしょうから、たいした事はないかもしれません。

救急問題の原因は消防白書を単純に読むで統計上の分析を表面的に行ったことがありますが、栃木はそれに当てはまらないのでしょうか。よくわからないところです。システムの脆弱性の根幹には決して目を向けず、救急問題を救急隊が病院に押し込む時間の短縮のみに全力を傾注する姿勢が、どういう結果をもたらすかを冷ややかに注目したいと思います。