裁判員への記者会見

うろうろドクター様も「ばかな記者がいる」と言われ、逆ギレするマスコミとしてエントリーを書かれていますが、1/7付河北新報より、

仙台地裁 裁判員会見で不適切な説明 職員、予断与える

 仙台地裁で昨年開かれた裁判員裁判の判決宣告後、記者会見の注意事項を裁判員に説明する場で、地裁が会見の運用を阻害しかねない説明をしていたことが6日、関係者への取材で分かった。仙台地裁は「裁判員がそう(否定的に)感じてしまったのなら、今後は気を付けたい」と話している。

 関係者によると、裁判員らは判決の言い渡しを終え、地裁総務課長から記者会見に関する説明を受けた。その際、総務課長は「会見でばかな質問をする記者がいる」、もしくは「ばかな記者がいる」といった趣旨の発言をしたという。

確かに「ばかな記者」と言われれば不快感を持たれて当然です。誰だって自分が言う時(「恥を知れ」とか)は気にならないものですが、言われると気になるものですから私も自戒したいと思います。とくに裁判所は言葉の一つ一つを名誉毀損であるとか、信用毀損として判定する機関ですから、やはり御注意されるべきだと思います。

言った言わないの問答もあるようですが、

河北新報社の取材に、総務課長は「『質問が下手な記者』とは言ったかもしれないが、ばかという言葉は誓って使っていない。

そういう印象を植え付けたというだけで注意責任義務は生じるかもしれませんから、やはり注意が必要だと思います。


それはそうと気になったのは、総務課長氏が裁判員が記者会見に臨むに当たって本当に注意したかったことです。記事を引用しますが、

総務課長は評議の秘密についても「記者は秘密を聞こうとする。

これは実際にあるように噂で聞いた事があります。裁判員には秘密の守秘義務を死ぬまで負わされています。どんな守秘義務かといえば、困り事よろず相談処の[裁判員制度] 裁判員守秘義務http://www.hou-nattoku.com/citizen-judge/cj018.php)から引用させて頂きますが、

 裁判員は、評議の秘密や職務上知りえた秘密について、他の人に漏らしてはならないとされています。また、その事件の裁判員または裁判官以外の人に、事件において認定すべきと考える事実もしくは量定すべきであると考える刑を述べたり、裁判所による事実の認定または刑の量定の当否を述べることも許されないとされています。これらに違反したときは、6か月以下の懲役または50万円以下の罰金を科されることになります。

 たとえば、被害者などの事件関係者のプライバシーに関する事項や、自分以外の裁判員の氏名、評議でどのように票が割れたか、といった内容はすべて守秘義務の対象となります。

  また、審理中に「いま自分が担当している事件だけど、被告人が有罪であるとの印象を裁判員全員が持っている」とか、「自分が担当した事件だけど、他の人たちは傷害致死だと認定したが、私は今でも殺人だと思う」といったことを他人に話すことはできないということです。

どの辺までが守秘義務にあたるかの議論もあるようですが、何と言っても

    6か月以下の懲役または50万円以下の罰金
立派な前科になりますから、用心に越したことはありません。記者会見は知人にウッカリ漏らすのとは広がる程度が天と地ほど違います。裁判員は法律のプロではありません。それでも誘導尋問につい発言しても罰せられるのは答えた裁判員であり、聞き出した記者の責任はゼロの関係になります。私なら怖くて記者会見の出席などできません。

それぐらい落とし穴満載の記者会見ですから、総務課長氏が強い表現で説明されたのは心情として理解します。記者会見での発言で、裁判員守秘義務に当たるか、当たらないかの裁判に発展してしまえば大変な事になるからです。

記者なりジャーナリストの大半は、裁判員が法律の素人であり、マスコミ慣れしていない人間である事に十分配慮しての質問をされているはずです。自分の質問に答えたことで裁判員守秘義務違反を生じさせたくないと十分に注意しているはずです。それぐらいの良識はあると私は確信しています。

しかし数がいれば不心得な記者やジャーナリストがいないとは限りません。ニュースバリューとしては、守秘義務違反に該当することや、該当しないまでもギリギリのラインの裁判員のコメントが欲しいはずです。ギリギリはまだ許せるのですが、故意に守秘義務違反領域に踏み込んで、答えてくれたら「もうけもの」と考える不良分子がいないとは誰も言えないと思います。

この手の守秘義務は聞き出そうとするものには一切の責任はありません。それこそ執拗な追跡取材が行なわれ、根負けしてポロッと話してしまっても罪を負わされるのは裁判員であり、決して執拗に取材した記者の責任にはなりません。そういう行為を取り締まる法律の制定は、実際問題として難しいのかもしれませんが、だからこそのものが求められそうな気がします。

記者側の見解はかなりお気楽で、

 最高裁の「裁判員制度の運用等に関する有識者懇談会」委員で、ジャーナリストの桝井成夫氏は「事実だとすれば、適切とは思えない。評議の中身など会見で話すときの問題点は説明すべきだが、神経質になり過ぎている。裁判員がオープンに話せるようにすべきだ」と指摘している

これは質問を浴びせる側の記者の倫理、信用の問題が大きいと考えます。裁判員が安心して答えられる内容の質問のみを行なうのであれば良いですし、もし裁判員守秘義務に該当しそうな話しかけたら、これを記者自身が寄って高って制止するぐらいの良識が欲しいと思います。安心して質問に答えられる環境を構築してこそ、神経質にもならず、オープンに話せる様な気がします。

誘導尋問で罠にかけたり、裁判員の失言を期待するような質問は「避けなけねばならない」「出てきたら記者同士で制止する」ぐらいのモラルを確立し、裁判員の記者会見では安心して話せる信用を確保する事が重要だと思います。今でも大半の記者は良識に副って質問しているでしょうが、一部の不良分子が存在する、もしくは存在すると疑われていると信頼関係はなかなか築きにくいかもしれません。

不良分子の排斥は容易ではないとは思います。しかし繰り返しになりますが、質問する側には何の責任も義務もありません。一方で答える側には

    6か月以下の懲役または50万円以下の罰金
これは重いと私は思いますから、安心かつ安全な記者会見を提供する努力は取材する側に強く求められると考えます。それぐらい質問する側とされる側の立ち位置が異なっていると見るべき問題です。ですから、「ばかな記者」発言もそういう侮蔑的な表現を問題にするだけでなく、「ばかな記者」がいると思われている事自体を自省する姿勢もあった方が良いと感じます。もし記者会見の裁判員の発言が守秘義務違反に発展したら、おそらく記者会見自体が行われなくなる可能性も十分あります。

それにしても思うのですが、裁判員の受け答え一つで厳しい守秘義務違反を問われる世界ですから、どうしても記者会見をしたいのなら事前に質問をリストアップし、その質問が守秘義務違反にならないかを事前にまずチェックすべきではないでしょうか。いや、回答も書面で行ない、それもまた裁判所がチェックすべきじゃないかと思います。

先ほど不良分子の排斥は容易でないとしましたが、不良分子の温床はフリーの形式で質問を許すから排斥しきれないのであって、事前審査制にすればかなり排斥できますし、事前審査の責任は裁判所が負うことになります。せめて記者会見時ぐらいは裁判員を守ってあげる配慮はすべきではないかと私は思います。