福島の小ネタから「たらい回し」データまで考えてみる

聖地県立大野病院と双葉厚生病院との統合の話を書こうと思い、現実に下書きも出来上がっているのですが、どうにも面白く無いので、そっちはペンディングにしておきます。その代わりに、この話を書いたときに参考にした平成22年3月付県立大野病院と双葉厚生病院の統合に係る基本計画から小ネタを拾い上げて話を広げてみます。

統合計画はとにかく「救急、救急」と列挙してあったのですが、その「救急」の話の中に双葉地域の医療圏の救急事情がいかに良くないかの資料がテンコモリありました。統合計画は双葉地域医療の充実強化に向けた推進会議なるもので「検討」されているのですが、まず推進会議の資料です。ちなみに資料は平成21年7月28日の第2回会議ものもです。

もちろんこの資料は双葉地域の救急事情がいかに良くないかを示す資料であり、双葉地域を色分けして強調しています。注目したのは搬送時の照会回数で。これも太字で「7回」となっています。福島の救急搬送データは何度かまとめた事があるので、福島の中では多いとはおもったのですが、お隣のいわき地域を見ると驚きの67回になっており、とどめに県全体は74回となっています。

これであれば双葉地域よりいわき地域の改善の方が重要じゃないかと思うのですが、福島の救急事情は照会回数ではそこまで悪くなかったはずです。統合計画は推進会議の資料も添付してあるのですが、確認してみると、

どうも統合計画の添付資料にするにあたり改訂があったようで、推進会議では平成20年度データであったのが、統合計画では平成21年度データに差し替えられています。そのためなのか、

元資料 双葉地域 いわき地域 県全体
推進会議(H.20データ) 7回 67回 74回
統合計画(H.21データ) 5回 9回 14回


なんか物凄い改善なんですが、検証してみるとどうも正しいようです。消防庁の「たらい回し」データは「重症」「周産期」「小児」「救命救急センター」の4分類になっていますが、通常良く使われるのは重症救急です。ところが「どうも」ここで使われた統計は4分類の合計のようです。消防庁データから私が数えた限りでは、

重症 周産期 小児 救命救急
センター
合計
平成20年 15 1 4 55 75
平成21年 5 1 3 3 12


私の数え方が悪いのか若干の違いが生じていますが、とにかく救命救急センター事案の照会回数11回以上が激減しています。これが福島名物「問答無用システム」の威力でしょうか。確か「問答無用システム」はさらに「罰則ルール」のパワーアップが検討されていますから、平成22年は根絶するかもしれません。もっとも救命救急センター事案の件数が、平成20年は5043件、平成21年は3155件と言うのも大きかったかもしれません。


実はここまでの話は前振りで、消防庁恒例の「たらい回し」データの平成21年度データが出ている事に気がつきました。ここまで福島に因んだので、福島のデータを検討してみましょう。ソースにしたのは、

ここで用語の説明ですが、照会回数4回とは4回目に照会先が見つかったと言う意味で、マスコミの表現では「3回拒否」に該当します。それと照会回数の程度は、これも根拠は全く不明なんですが、照会回数が4回以上になると問題だそうです。なぜに3回が問題でなく、4回から「たらい回し」批判のバッシングが起こるかは私でも存じません。

ちなみに消防庁の区切りでは4回の次が6回以上、その次は11回以上になっています。どうもそうなっているようなので、私もそれに準じて比較表を作ってみます。対象はマスコミもよく取り上げる重症以上傷病者(重症救急)にします。

照会回数 総件数 1-3 4-5 6-10 11以上
平成19年 6288 6046 154 81 7
96.2% 2.4% 1.3% 0.1%
平成20年 8123 7862 169 78 15
96.8% 2.1% 1.0% 0.2%
平成21年 7832 7591 152 84 5
96.9% 1.9% 1.1% 0.1%
東京 45167 35170 1697 945 289
93.5% 3.8% 2.1% 0.6%
全国 411021 397857 8880 3607 677
96.8% 2.2% 0.9% 0.2%


全国データは比較対照のために出しているのですが、福島はほぼ全国平均並みの成績を残しています。ここで東京の成績をわざわざ出しているのは、御承知の通り東京の成績は非常に良くない上に、全体の平均に容易に影響を与えるほど数も多いというのがあります。ですから東京以外の実態を正しく把握するためには、東京の成績を除去したほうが実感として近くなると考えます。

照会回数 総件数 1-3 4-5 6-10 11以上
福島 7832 7591 152 84 5
96.9% 1.9% 1.1% 0.1%
東京以外
の全国
365854 362687 7183 2662 388
99.1% 2.0% 0.7% 0.1%


東京以外の全国データと較べると福島は若干良くないかも知れません。と言ってもデータ上は許容される範囲としても良いと思うのですが、福島ではそうでもないように思われます。これは統合計画の中にある「小児医療等の現状」ですが、

  • 相双地域の乳児死亡率、周産期死産率は全国平均、県平均と比べて高い。
  • 新生児死亡率、死産率も同様の傾向にある。

どれだけ高いのかと思えば、

この差でもこの評価ですから、問題視されても不思議ありません。まあ、わざわざ東京以外の全国平均なんてデータを私が引っ張り出したら、例の救急協議会みたいな対策会議に油を注ぐかもしれませんが、「ま、いっか♪」ぐらいにしておきます。



さてと。東京の「たらい回し」回数が増える理由、地方で「たらい回し」回数が少ない理由は既に分析されています。簡単には東京には「たらいも回し手」が非常に多く、地方ではたらいを回したくても、回す相手がそもそもいないです。そもそも東京以外の「たらい回し」問題(照会4回以上)発生率は1%に満たないわけで、ここで起こった「たらい回し」問題は本当の意味でどこにも行き場がなかったケースが多いと推測されます。

消防法を改正してまで行なった「たらい回し」対策である、搬送先医療機関を特定しておくも、東京の様にたらいの回し手が多いところでは効果的とは考えられます。しかし回し手の少ない地方では、決めるも何も「これだけしかない」のが実情ですし、いくら決めても「ダメなものはダメ」と言うわけです。やるならば福島のような「問答無用システム」を作るぐらいしか手がありません。

それこそ東京の「たらい回し」回数はバスケットボールの様にカウントがすぐに上りやすい性質がありますが、地方では野球の様にスリーアウト・チェンジです。チェンジで終るわけにはいかないので、2周目、3周目になったり、他所の球場まで遠征する事態になるのが大きな違いです。それでも、3年のデータが蓄積され、その間に消防法の改正も行なわれたので、全国データでどうなっているかを検証してみます。

H.19 H.20 H.21
東京 搬送総数 42735 42515 45167
照会3回まで 37966 38516 35170
比率 88.8% 90.6% 93.5%
全国 搬送総数 368226 409190 411021
照会3回まで 353839 394458 397857
比率 96.1% 96.4% 96.8%
東京以外

の全国
搬送総数 325491 366675 365854
照会3回まで 315873 355942 362687
比率 97.0% 97.1% 99.1%


こうやって表にすると良くわかるのですが、私が「悪い、悪い」と酷評している東京だって、平成19年度に較べると5%近くも改善しています。東京以外の全国平均なんて97.0%から99.1%ですから極限の改善と言えなくもありません。もっとも地方の場合は、たらいの回し手がさらに減って、3回以上は回し様がなくなっている実情のところももあるかもしれません。

別にマスコミに何も期待してませんが、こういうデータは報道しませんねぇ。報道されるのはその都道府県の絶対数や、たった1回でもあった搬送困難例を報じ、「まだ根絶されていないのは許されない」が多い様に思っています。医療に限らず最近の報道の風潮は「ゼロリスク主義」で、なんでもかんでもリスクはゼロにする事が当然至極の正義であると頑張られておいでです。

「たらい回し」も全体に回数だけは改善されれば、論調がどう変わるかは1/8付タブロイド紙が象徴的です。

最初の照会で受け入れ先が決まったのは84・7%にとどまり、17回拒否されたケースもあった。

3回まででクリアの基準は甘く、すべて1回の照会で受け入れるべしに論調を転じています。まあゴチゴチの正論は多数派に無条件に支持されますから、それも致し方ないとは思いますが、現状と成績が少々乖離していますから、どこかで大破綻を起すんじゃないかと、そちらの方を心配しておきます。