救命救急センター搬送事案 最終章

あんまり反応が良くないシリーズですし、タブロイド紙の文書発見とか、新型インフルエンザ対策の総括とか、他に書きたい話題もあるのですがもう1回だけやります。だって書いちゃったし、この都道府県別の集計モノは壮大に手間がかかるのでお蔵入りさせるのは悔しいし・・・

そういう訳で懲りもせずにシリーズ3回目です。これまで2回は不発でしたが、泣きの一回のリベンジを試みます。まずなんですが前提は救命救急センター搬送事案です。とにかく救急隊が救命救急センターに搬送した数は、平成21年3月19日付消防庁「平成20年中の救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査の結果」でわかります。消防庁データでは病院間転送を巧みに除外していましたが、救命救急センターのお仕事としては病院間転送でも変わらないのでその総数で見ます。

次に隣接都道府県の出入が平成21年6月29日付「第1回 傷病者の搬送及び受入れの実施基準等に関する検討会 次第」でわかります。結構影響の大きい都道府県もありますから、これも計算に入れると、都道府県内の救命救急センターの救急車受け入れ件数が出てきます。

都道府県内で受け入れた救命救急搬送事案はとにかく救命救急センターには運ばれているのは間違いないはずです。救命救急センター都道府県ごとの数は日本救急医学会全国救命救急センター一覧からわかります。実際には施設間の較差はあるはずですが、そこまで調べきれないので均等に搬送されると仮定します。この前提の上で表を作成すると、

都道府県 総搬送数 県内搬送数 救命救急
センター数
センターあたり
搬送数
秋田 7354 5 0 7349 1 7349.0
熊本 12958 0 0 12958 2 6479.0
茨城 22735 1289 524 21970 4 5492.5
沖縄 15764 0 0 15764 3 5254.7
京都 15325 37 9 25297 3 5099.0
千葉 38985 289 629 39325 9 4369.4
愛知 54032 49 26 54009 13 4154.5
新潟 19799 6 0 19793 5 3958.6
石川 7913 165 6 7754 2 3877.0
富山 7646 6 13 7653 2 3826.5
長崎 3738 0 12 3750 1 3750.0
福岡 28726 9 1128 29845 8 3730.0
静岡 25439 23 22 25438 7 3634.0
岐阜 21791 19 26 21798 6 3633.0
福井 6822 0 168 6988 2 3494.0
徳島 10319 0 14 10333 3 3444.0
宮城 16158 12 8 16154 5 3230.0
鹿児島 3072 0 0 3072 1 3072.0
兵庫 18500 255 3 18248 6 3041.0
岡山 9056 50 21 9027 3 3009.0
三重 8970 3 1 8968 3 2989.3
長野 19816 0 3 19819 7 2831.3
青森 5060 0 1 5061 2 2530.0
滋賀 9690 7 1 9684 4 2421.0
宮崎 4526 0 0 4526 2 2263.0
香川 4501 2 0 4499 2 2249.0
島根 6090 99 3 5994 3 1998.0
岩手 5701 2 4 5703 3 1901.0
神奈川 27094 526 40 26608 14 1900.6
和歌山 5350 12 17 5355 3 1785.0
北海道 15980 0 0 15980 9 1775.0
福島 6264 7 36 6293 4 1573.0
佐賀 5683 1140 9 4552 3 1517.3
山形 2752 0 9 2761 2 1380.5
東京 26686 14 777 27449 23 1193.4
高知 2331 16 0 2315 2 1157.5
群馬 2055 80 9 1984 2 992.0
栃木 4235 13 714 4936 5 987.2
山梨 985 50 0 935 1 935.0
埼玉 6270 216 30 6084 7 869.1
大阪 11079 16 246 11209 13 862.2
愛媛 2552 0 4 2556 3 852.0
大分 3282 0 0 3282 4 820.5
広島 4073 38 53 4088 5 817.6
山口 2528 0 30 2558 4 639.5
奈良 1585 23 17 1579 3 526.3
鳥取 460 0 231 691 2 345.5
全国 541734 4478 4742 541998 221 2441.4


これは目安に使えるんじゃないでしょうか。一番多いのは秋田県ですが、ここは救命救急センターが秋田赤十字病院のみですから、そこしか運ばれないはずです。7349件が秋田の救命救急搬送事案の総数ですから、これがすべて秋田赤十字病院に搬送されているはずです。そうでなければ救命救急センター搬送事案と呼ばれないはずです。

当たり前の事ですが、秋田県救命救急センターあたりの搬送事案数が日本一であると同時に、秋田赤十字病院が日本一の搬送受入数である事になります。他に考えようがないと思います。年間7349件ですから1日平均にして約20件、だいたい1時間に1件のペースで救急隊が患者を運び込んでいる勘定になります。

救命救急センターには勤務した経験は無いのですが、重症・軽症が混在するとはいえ、救急車1日20件はどんなものなんでしょうか。かなりの修羅場が連日展開されているようにも想像します。



秋田はとりあえず良いとして、問題は一番少ない鳥取県です。統計上は345.5件ですが、これなら1日1件弱になります。地域間格差で片付けても良いのですが、鳥取は救急では少しばかり有名な県です。2009.2.26付読売新聞の記事を引用します。

鳥大救命救急センター 専属医4人全員退職へ

人手不足理由

 鳥取大病院(米子市)は4日、救命救急センター長の八木啓一・救急災害科教授(54)らセンターの専属医師4人全員が、人手不足などによる激務の「心身の疲労」などを理由に、3月末で退職することを明らかにした。病院側は、他科の応援医師の増員などの対策を講じ、治療態勢に支障はないとしているが、山陰の「命のとりで」となる同センターの課題が浮き彫りになった格好だ。

 他の退職者は、准教授と同科の医師2人。病院は、後任の教授と講師級の医師を学外から招くめどがついたとし、残る2人は他科の応援でまかなう方針。

 豊島良太院長と八木教授は同日午後、院内で記者会見。豊島院長は、八木教授の退職理由を「救急専門医を育てようと頑張ってきたが、様々な問題で(辞める)部下を引き留められず、心が折れた」と説明した。

 八木教授は、職場の実情に言及。研修医が研修先を自由に選べるようになった2004年の臨床研修制度で病院に残る研修医が減り、教授が当直をするほどの慢性的な人手不足に陥っているほか▽電子カルテの導入でパソコン操作を手伝う人員も必要▽センターは手術室やコンピューター断層撮影法(CT)室などから遠く、患者を一元管理できる構造ではない――などを挙げ「救急専門医を志す医師に夢を与える職場環境ではない」と述べた。

 豊島院長は「八木教授らの事は理解しており、引き留めることはできない。センターの施設充実は関係自治体の協力も得て何とかしたい」と話した。

 センターは04年10月に開設され、24時間態勢で山陰両県の救急患者を受け入れ。07年度は事故や病気で重篤な約900人を含め約1万3000人を治療。専属医4人と他科応援3人、研修医4人が勤務している。

教授以下が一斉辞職した騒動については前に取り上げたので置いておくとして、

    07年度は事故や病気で重篤な約900人を含め約1万3000人を治療。
この記事からわかるのは2007年に「重篤」は約900件であった事がわかります。重篤と言うぐらいですからほとんどすべてが救急隊による搬送であると考えられますが、これが2009年の消防庁データでは691件になっていることがまずわかります。900件と691件は年度毎の変動として解釈しても、センター受診の総数が
    約1万3000人
そうなると残りの約1万2000人は救命救急センターにどうやって受診したのでしょうか。救急隊による搬送ではなさそうですから、自家用車もしくは公共交通機関、もしくは徒歩等で救命救急センターを受診した可能性が高くなります。つうか、鳥取大ではどうやら、救命救急センターもやっている時間外急病センター(北米ER型)ぐらいの位置付けで運用されていると考えても良さそうです。

それはそれで、それこそ地域の事情ですから良いとはしても、そういう幅広い事情があるのなら、今回の集計もまた役に立たない事になります。仮に秋田赤十字病院鳥取大と似たような比率の患者構成をもっていたとしたら、年間9.5万人程度の受診があることになります。一日平均で260人の受診になり、1時間当たり約10人になります。誰が考えても、そんな事はありえないになります。



ここで秋田のデータを検証してみます。秋田赤十字病院救命救急センターは幸いな事に平成18年度版ですがデータを公表してくれています。データの前にセンターの性格ですが、

1次から3次救急まで幅広く救急患者を受け入れています。

額面通りに素直に受け取ると北米型ERらしいようです。規模は

集中治療室は高度5床、一般24床、熱傷治療専用1床

これが救命救急センターとしてはどの程度の規模か私には実感し難いのですが、これぐらいの規模であることも確認できます。まず外来数なんですが、

区分 外来 入院 総計
男性 8074 1486 9560
女性 8452 1600 10052
総計 16526 3086 19612


鳥取大が1万3000人でしたが、もうちょっと多い2万人規模である事がわかります。これはもう一度念を押しておきますが2006年データですが、3年でそんなに変わっていないと考えます。外来総数はこんなものとして、問題は救急車搬送件数です。

区分 外来 入院 総計
秋田市 1440 1218 2658
秋田市 136 266 402
総計 1576 1484 3060


「???」消防庁データに較べて半分ぐらいしかありません。もちろん3060件でも1日平均にするれば8件以上になりますから秋田赤十字が頑張っているのは間違いありませんが、平成20年データの7349件に較べると非常に少ないのは間違いありません。3年のうちに倍増したのでしょうか、それとも病院集計と消防庁集計になんらかの違いがあるのでしょうか。

これも平成18年度のデータではありますが、「表の他に救急車等で搬送された患者数」として、

    県内・県外医療機関の救急車により搬送された救急患者数は、8名。
    ヘリコプターにより搬送された救急患者数は、12名。

病院間搬送が8件とヘリ搬送が12件となっています。ヘリ搬送は消防庁データにないのですが、病院間搬送は1104件となっています。3年間でそんなに増えたのでしょうか、謎は深まるばかりです。悩んでいたらヒントはありました。秋田赤十字のHPには、

当院は秋田県内唯一の厚生労働省に認可された救命救急センター

こうなっていますし、日本救急医学会の一覧でも秋田赤十字しか救命救急センターはないのですが、消防庁のデータでは秋田の救命救急センターは5ヶ所となっています。ちなみに日本救急医学会のリストにある救命救急センター数は2009年11月1日現在で221施設となっていますが、消防庁救命救急センターとしている施設数は264ヶ所あります。

日本救急医学会の認定施設と消防庁の認定施設の相違を一覧にして見ます。

都道府県 救急医学会 消防庁 増減
北海道 9 11 2
青森 2 3 1
岩手 3 3 0
宮城 5 4 -1
秋田 1 5 4
山形 2 3 1
福島 4 4 0
茨城 4 7 3
栃木 5 5 0
群馬 2 3 1
埼玉 7 7 0
千葉 9 19 10
東京 23 26 3
神奈川 14 12 -2
新潟 5 4 -1
富山 2 4 2
石川 2 4 2
福井 2 3 1
山梨 1 2 1
長野 7 7 0
岐阜 6 6 0
静岡 7 6 -1
愛知 13 15 2
三重 3 3 0
滋賀 4 5 1
京都 3 5 2
大阪 13 15 2
兵庫 6 8 2
奈良 3 3 0
和歌山 3 3 0
鳥取 2 2 0
島根 3 4 1
岡山 3 3 0
広島 5 8 3
山口 4 4 0
徳島 3 4 1
香川 2 2 0
愛媛 3 4 1
高知 2 3 1
福岡 8 8 0
佐賀 3 2 -1
長崎 1 2 1
熊本 2 2 0
大分 4 3 -1
宮崎 2 3 1
鹿児島 1 1 0
沖縄 3 4 1
全国 221 264 43


微妙に救急医学会のデータと消防庁データが異なるのがわかってもらえるかと思います。秋田が1ヶ所から5ヶ所に増えたのも驚きましたが、千葉が9ヶ所から19ヶ所に増えているのはもっと驚きました。逆に減っているところは、
    宮城、神奈川、新潟、静岡、佐賀、大分
最低限、救急医学会のセンターはカウントされているかと思ったのですが、そうではないようです。消防庁が独自に認定するのは構わないにしろ、施設のリストぐらいは公表しても良いと思います。少なくとも救急医学会の施設は補助金支給のための機能評価はA評価だったはず(大した意味は無いにしろ)だからです。何が一体どうなっているのか、さっぱりわからなくなってしまいました。

3回も執念深くやりましたが、空振り三振、スリーアウト・チェンジと言う事で、お後が宜しいようです。