中原先生へのささやかな支援

小児科医の中原先生が過労から鬱病を発し自殺された事件に詳しい解説はいらないと思いますが、ごく簡単に御紹介しておきます。最終的に自殺に導いた労働環境は、中原医師支援の会のHPに、

平成10年4月ころから,佼成病院では経営改善への取り組みが本格的に行われて,経費削減が意識されるようになっていたところ,平成11年1月から3月末にかけて,小児科部長を含め3名の小児科医が辞めることになったにもかかわらず,小児科医は同年5月に1名補充されたのみであった。

そのため,平成11年3月以降は大変な激務となり,故中原は,同年3月には8回,同年4月には6回(一般の小児科医平均の約1・7倍)の当直を受け持たざるを得なかった。当直の日は,通常勤務から連続して24時間以上勤務することになる場合がほとんどで,そのまま翌日の通常勤務まで担当して32時間以上の連続勤務となる場合も多かった。しかも,3月は,小児科の総患者数が前年の1735人に比して2324人に膨れ上がるなど患者数が多かったため,通常勤務も忙しかった。

この労働環境でも平気で耐えられる人間ももちろんいらっしゃいますが、耐えられない人間が出てきても「軟弱」の一言で片付けられるものではないと考えています。ただ軟弱と考える人も少なからずおられるようで、労災申請は却下されています。そのため遺族は訴訟を起し、労災については確定しています。

もう一つ遺族は労災認定に至った労働環境を許した病院側の監督責任について訴訟を起されています。理由はシンプルで、中原先生が自殺に至ったのは鬱病のためであり、さらに鬱病になったのは労働環境が苛酷であったためであり、その労働環境の改善を怠ったのは経営者の監督責任ではないかと言う事です。つまり経営者が労働環境を改善していれば自殺は防げたはずであり、それを怠ったのがすべての発端であるとすれば良いのでしょうか。

監督責任でポイントにあるのは上記の労働環境が労働者にとって「普通に耐えられる」ものか「そうでない」ものかの判断になるかと考えています。この程度の労働環境は誰でも耐えられるのが常識であり、たまたま中原医師が軟弱すぎて耐えられないのなら病院側の監督責任は問われません。逆に常軌を逸したものであれば、そういう環境を放置した監督責任は問われると言えば良いのでしょうか。


このブログを長く読まれている方には余計な解説かもしれませんが、中原医師が行なった「当直」の実質は労働基準法41条3号に基く内容でないのは言うまでもありません。労基法41条3号の医師向けの具体的通達である平成14年3月19日付け基発第0319007号「医療機関における 休日及び夜間勤務の適正化について」の内容に副うものでも、もちろんありません。

あくまでも参考ですが奈良産科医時間外訴訟で下された、

 被告は,原告らの宿日直勤務における救急外来受診患者数及び異常分娩件数は多くなく,正常分娩において医師が実際に診療を行う時間も多くないから,労働基準法41条3号の断続的勤務にあたると主張する。しかし,前記で認定した,奈良病院産婦人科における宿日直勤務の実情に照らすと,宿日直勤務において行わなければならない本来業務(通常業務)の発生率が低く,一般的に見て睡眠が十分とりえ,労働基準法37条に定める割増賃金(過重な労働に対する補償)を支払う必要がない勤務であるとは到底いえない。

強調するまでもなく当直と言う名の違法夜勤そのままであるのは間違いありません。これは勤務医はもちろんの事、元勤務医である開業医にとっても常識以前のお話です。


さて監督責任の考え方は一般論と職業特性の二つの見方があるようです。一般論的な考え方とは世に言う過労死ラインに基くものと考えればよいかもしれません。職種に関らず長時間の時間外労働は良くなく、それを放置する経営者には責任が生じるとの考え方です。職業特性とは、一般論ではその職場の使命を達成できず、外から見れば過酷であっても、その代わりの代償を得ることで相殺しているという考え方です。

中にはこの二つを故意に混ぜ合わせての主張をされる方もおられます。一番ポピュラーなのは、

    世の中にはもっと過酷な職場があり、それよりラクだから無問題
解釈として基準は日本一過酷な労働環境の職場が基準であり、その基準以下の労働環境に文句を言う奴は「甘えている」で良いかと思います。そういう風に考え主張される自由はもちろんありますから、ここではこれ以上論評しません。


私は「元」ではありますが小児科勤務医です。中原先生には及びませんがそれなりの勤務医生活も経験しています。中原先生が置かれた勤務環境に若干近い状態での勤務経験もあります。私は幸いな事に鬱病にもならずに耐えられましたが、ああいうのがスタンダードであり、耐えられないものが軟弱とする感覚には非常な違和感を覚えます。

法務業の末席様から頂いたコメントの一節に私は共感します。

労基法の目的は「労働者を人間として扱わないような労働者管理を廃絶すること」となります。

中原先生の置かれた労働環境が

    労働者を人間として扱った労働者管理である
こういう風に判例として確定されるのは、いくら職業特性を考えても医師として嬉しくありません。嬉しくないのですが監督責任を巡る訴訟は、
    東京地裁:原告主張を全面却下
    東京高裁:過労死は認めるものの病院責任は否定
現在最高裁に上告中ですが、これが棄却されると小児科勤務医は中原医師程度の労働環境に置かれても、経営者の監督責任は問われない事が確定してしまいます。もちろん小児科医だけではなく他の診療科も準じる可能性が十分あります。この程度は医師ならあたり前の労働環境であり、耐えられないものは軟弱者であるとの司法の判定です。


最高裁への上告申し立ては去年の2月に行なわれています。中原医師を支援する会では応援メッセージを募集されています。ささやかですが協力しても良いと思われる方はよろしくお願いします。もちろんあくもでも個人の判断、個人の意思で行なうものであって、異論反論がある方は参加される必要はありません。私は自分の判断で支援すべきだと考えますので、ささやかな支援エントリーを立てさせてもらっているだけです。

支援してみたいと思われる方は下記のリンク先より応援メッセージをよろしくお願いします。