まともな記事です

3/13付Asahi.comより、

救命医宿直7割「違法」 近畿28施設、時間外扱いせず

 近畿2府4県の救命救急センター28施設の7割超が、常勤医師の泊まり勤務について労働基準法の趣旨に反した運用を続けていることが、朝日新聞の調査でわかった。同法で定められた時間外労働を超える勤務を課している施設も半数以上あった。医師不足などから、不当な長時間労働を強いられる救急医の姿が浮かび上がった。

 厚生労働省によると、労基法上、残業などの時間外労働は原則として月45時間までしか認められない。ただし、夜間や休日に勤務しても、電話番などほとんど労働する必要がない場合は、「宿日直勤務」として例外扱いとなり、時間外労働とはみなされない。

 救命救急センターの場合、通常の泊まり勤務は午後5時ごろから翌朝8時ごろまでの15時間前後。いつ急患が搬送されてくるかわからず、集中治療室にいる入院患者の処置もあって、仮眠さえ満足に取れない場合もある。同省監督課は「実態を考えると宿直勤務とはみなされず、仮眠時間も含めて時間外労働とみるのが妥当」としている。

 調査には、長浜赤十字病院滋賀県長浜市)と南和歌山医療センター(和歌山県田辺市)を除く26施設が応じた。このうち19施設が泊まり勤務を労基法上の宿直勤務として扱っており、7時間分だけ時間外労働したとみなしていた関西医科大付属滝井病院(大阪府守口市)を含め、計20施設が労基法の趣旨を逸脱した勤務を強いていた。

 一方で、大阪大付属病院(同府吹田市)など6施設は数チームによる交代制などを取っており、宿直勤務はなかった。

 泊まり勤務の回数では、最も多い医師が月45時間を超える4回以上泊まっている施設が16あった。最多は大阪府立泉州救命救急センター(同府泉佐野市)の月10回(3日に1度)。大阪市総合医療センターと滝井病院の2施設が8回で続き、7回が2施設、6回が6施設あった。

 泊まり明けの翌日勤務については、11施設が「通常勤務」と回答。ほかに10施設が「半日勤務」「翌日が休みでも勤務することがある」とした。理由としては、「数年前と比べて医師数が減り、交代要員がいない」(奈良県立医科大付属病院)、「受け持ち患者が重症で帰宅できないことが多い」(京都第一赤十字病院)などが目立った。

 労基法に違反すると、地元の労働基準監督署が繰り返し改善指導し、従わない場合は同法違反容疑で書類送検することもある。

医師にとって日常と言うか常識以前のことが「やっと」記事になりました。記事内容自体は驚きでも何でも無いのですが、とりあえずまとめておきます。

調査は近畿の2府4件の28施設の救命救急センターで行なわれ、そのうち26施設で回答を得たとなっています。なかなか地道な調査で評価できるんじゃないでしょうか。調査に応じなかった2施設まで書いてあり、

長浜赤十字病院滋賀県長浜市)と南和歌山医療センター(和歌山県田辺市

このうち長浜赤十字病院の救命救急センターのHPを見てみると、

診療にあたるスタッフとしては、内科系・外科系・小児科・精神科の医師が各1名おり

交代勤務で24時間体制を組むには7人以上のスタッフが必要です(今日は計算式は略)。内科系・外科系は人数が多いので判別が難しいので、担当医が限られる小児科、精神科で見てみると、

  • 小児科:常勤8名、非常勤1名
  • 精神科:常勤5名、非常勤2名
常勤医数は小児科は辛うじて交代勤務の条件を満たしますが、精神科は不足しています。当直バイトで埋めるという方策もありますが、交代勤務の場合「勤務」ですから、勤務バイトはありえないでしょうから、非常勤でないと拙い様な気がします。非常勤と言ってもフルで働かないと交代勤務は満たさないので、精神科は交代勤務は成立しないと考えます。小児科も救命救急センターを引き受けた上に地域周産期母子医療センターまで業務としていますから、足りないと考えても良さそうです。それとHPを眺める限り救命救急科はありません。

南和歌山医療センターははっきりしません。わかるのは病床数は14床(ICU4床、HCU10床)であるのと救急救命科の所属医師が2名である事だけです。どうなっているのでしょうか。

回答の無かった2施設はこんな感じですが、残り26施設のうち

  • 19施設が泊まり勤務を労基法上の宿直勤務として扱う
  • 1施設が7時間分だけ時間外労働したとみなす
宿直勤務についても記事は非常に良く勉強しており、

夜間や休日に勤務しても、電話番などほとんど労働する必要がない場合は、「宿日直勤務」として例外扱いとなり、時間外労働とはみなされない。

ついでに言うと宿日直勤務ではお手当は通常勤務の1/3以下になります。これについては別の朝日新聞の3/13付記事から一部引用しますが、

 兵庫医科大病院(兵庫県西宮市)の人事担当者に今年1月、西宮労働基準監督署から1枚の指導書が手渡された。

 医師の過酷な職場環境が労働基準法に触れる可能性があると指摘し、改善報告書の提出を求めるものだった。救命救急センターの当直医は、夕刻から翌朝まで働きづめで患者の対応に追われるが、同病院ではこれまで当直業務について、ほとんど働く必要がない「宿日直勤務」とみなし、1回2万円の宿直料しか払っていなかった。 同労基署は「明らかに違法状態」と指摘するが、病院側の受け止め方は異なる。当直時間分の時間外勤務手当などをすべて支払うと、病院全体の人件費が数億円単位で増え、経営を圧迫しかねない。担当者は「労基署の指導は、どこまでを労働時間と認めるか労使で協議しなさい、という意味」と話す。

 朝日新聞の調査で、兵庫医大のように時間外手当などの代わりに「宿直料(当直料)」などとして定額支給していたのは14施設。最も低いのは近畿大付属病院(大阪府大阪狭山市)の1万円で、次いで奈良県奈良病院奈良市)など3施設の2万円だった。ほかに5施設が患者を処置した時間だけ時間外手当として1万2千〜2万円の宿直料に加算していた。 都道府県立病院の勤務医の平均月給(諸手当除く)は、兵庫県で約48万円(平均年齢43歳)、奈良県で約43万円(同41歳)で、時給換算で2500円前後だ。時間外加算分も考慮して計算すると、1回の泊まり勤務で少なくとも4万円になるが、大半がこの水準を下回っているとみられる。

医師なら常識ですが実態はこんなものです。

ここで驚いたのは

大阪大付属病院(同府吹田市)など6施設は数チームによる交代制などを取っており、宿直勤務はなかった

これが額面通りなのかカラクリがあるのかを判断する情報が無いのですが、御存知の方がおられれば情報下さい。仮に額面通りとすれば調査施設の20%以上が交代勤務となり実感としては「予想以上に優秀」です。

泊まり明けの翌日勤務も調べられています。今回の調査はなかなか念が入っています。

  • 11施設が「通常勤務」
  • 10施設が「半日勤務」「翌日が休みでも勤務することがある」
二つを足すと21施設になります。よく調べてあるのですが素直な疑問が生じます。28施設中26施設の調査結果のはずです。そのうち6施設が交代勤務制であり、交代勤務制でない施設が20施設ですから1施設あまります。そうなると交代勤務制6施設のうち1施設が「翌日勤務」である可能性が出てきます。単なる集計ミスなのか、数字の解釈が異なるのかやや疑問の残る点です。

泊まり勤務の回数まで調べられてます。4回以上泊まっているのが16施設で

  • 1施設:10回
  • 2施設:8回
  • 2施設:7回
  • 6施設:6回
  • 5施設:4〜5回
ちなみに泊まり勤務と言うのはこの場合違法当直に当ると考えられ、1回につき16時間であり10回すれば160時間になります。10回もしなければならないような人手不足の病院では当然のように翌日勤務となり、通常勤務の上限が週40時間ですから月にすれば160時間。実際の1ヶ月は30〜31日なのでもう少し長くなるのですが合計で320時間。ここで1ヶ月が30日として総時間数は「24×30=720(時間)」ですから、およそ半分を病院で勤務している事になります。これに正規の残業時間がプラスされますから労働環境は想像がつくと思います。

もちろんこんな労働環境には問題がありますから、

労基法に違反すると、地元の労働基準監督署が繰り返し改善指導し、従わない場合は同法違反容疑で書類送検することもある。

記事としてはほぼ完璧に近い出来栄えかと思います。私だって褒める時は褒めます。


記事は調査した事実を冷静に伝えればそれで使命として必要にして十分なので、この記事が伝えた事実について論評したいと思います。こういう違法労働があれば当然「是正」されなければなりません。是正するためには最低限二つの条件が必要です。

  1. 交代勤務ができる様にスタッフを増やす
  2. スタッフを増やしても耐えられる経営体力
この二つが整わないと是正できません。ところがどちらも厳しいを通り越して実現不可能に近い条件となっています。救命救急センターですから、理想的には救命医が交代勤務で従事することと考えます。その肝心の救命医数ですが、日本救急医学会名簿によると、
  • 指導医(2008年1月1日現在 456名)
  • 救急科専門医(2008年1月1日現在 2,701名)
  • 認定医(2008年1月1日現在 144名)
これが仮に実戦力としても3301名です。

24時間365日体制としてすべての時間帯に3名以上の救急医を配置しようとすれば1施設で21名以上の救急医が必要です。全国に救命救命センターは205施設ありますから「21×205=4305(名)」必要となり1000名ほど足りません。逆に3301名を205施設に公平分配したら1施設当り16名となります。16名では24時間に2名強の配置が精一杯になります。救命救急センターに何名の医師が配置されれば十分機能するかはわからないのですが、「いかなる時でも救急搬送を断るな」が来春の地域医療計画の三次救急への通達ですから3名であっても足りるかどうか不安を覚えます。

経営体力については一部を除いて救命救急センターは赤字です。救急医を増員した分だけ赤字が積み重なるのは必至ですから、交代勤務制を実現すれば救命部だけではなく病院全体が破綻します。今だって病院本体が巨額の累積赤字に呻吟しているところが多いですからね。

「名ばかりの救急病院を淘汰せよ」の勇ましい声と「搬送は拒否無く1回でを実現せよ」の声は頻々と聞こえますが、まともに救命救急センターの是正・改善をやれば現在の205施設からいくつ生き残れるでしょうか。半分、1/3、1/4・・・集約化は反面集中を招きますし、10人体制のところが40人体制になっても応需能力が必ずしも4倍になるわけではありませんし病院収益も同様です。

記事の指摘は正しいですし、医師の勤務体制の適正化・合法化は当ブログでも何度も数え切れないぐらい書いてきましたが、本当に是正する具体策は少し考えただけで暗澹たる心持ちになります。それとこれは救命救急センターだけの調査ですが、それ以外の二次救急輪番病院でも実態は同じかそれ以下です。本当に今まで成立してきたのが奇跡のようにしか思えません。