白紙契約の教訓

通常と言うか、常識と言うか、当たり前の話ですが、契約を結ぶに当たっては「契約書」が必要です。契約を結ぶ前に契約書の内容を吟味し、不審点とか意味が分かりにくいところについては質問し、納得してから契約を結びます。説明は契約を結ばせようとする者の義務になっているとしても間違っていないでしょう。

また契約を結ぶに当たっても熟慮する時間が必要とされます。迷った時には考慮するのに十分な時間を与えなければならないはずです。熟慮時間を与えずに、強引に説得して結んだ契約で被害が出た時には損害賠償の対象に優になると記憶しています。契約までの手続きもまた契約の有効性に大きな影響を与えるものであったはずです。

新型ワクチン接種の受託契約に関しては、

  1. そもそも契約時に契約書なるものが存在しない
  2. 契約内容についての丁寧かつ納得できる説明はほぼ皆無
  3. 考慮時間はうちで1日、ひどいところでは2時間と言うところもある(10/6に指示が出て、10/9に契約完了のスケジュールであった)
こういう素晴らしい契約を医療機関は国と結んでいるわけです。こんな契約にどんな有効性があるか非常な疑問を抱いています。つうか、国と結ぶ契約とは新型ワクチン接種に限らず、いつもこんなものなのでしょうか。医師のインフォームド・コンセントを巡る医療訴訟を幾つも読んだ者としては、甚だ趣が深いとしか言い様がありません。

10/20付ロハス・メディカル「新型インフル 議論そのものを公開 足立政務官ヒヤリング」におもしろい厚労省発言があります。

亀井(血液対策課長)

「ワクチンの流通を担当している立場からお尋ねしたい。パイロットスタディをやるというお話だが、どれ位の規模でやるつもりなのか。現在のワクチンは普通の医薬品の流通とは全く異なり、予約制で積み上げで割り当てしており、そこに卸が入っている特殊な形。違う形での何らかの試みが入ってくると現場が大変だ。ご示唆をいただきたい。パイロットスタディできる仕組みをご示唆いただきたい」

この発言の背景は、接種回数を巡る論議の結論として、小規模治験を行なうが出たことに対する発言です。注目したいのは

    予約制で積み上げで割り当て
亀井血液対策課長は「予約」なる言葉を明言しております。私は新型ワクチンに関して「予約」も「発注」も一度も行ったことがありません。私だけでなく日本中の医療機関のうちで、「予約」とか「発注」を行なった事がある医療機関があるかどうかも疑問です。たぶん1ヵ所たりともないと思われます。ところが亀井血液対策課長は予約があるとしています。

あえて予約に類似したものを考えると、接種想定者の「調査」はありました。「お宅の医療機関は何人ぐらい接種する見込みか」みたいな調査です。この調査が契約では「予約」にあたるのでしょうか。百歩譲って医療従事者の数は予約に近いとは考えられます。とくに零細診療所では職員数の把握も意思確認も短時間で出来るので「調査人数 ≒ 予約」と見なすのは不可能ではないとは言えます。

しかし大規模医療機関になると職員とは言え、その接種意向を確認するには少なくとも数日は必要です。しかし調査は多くのところで即日ないし2日程度の期間しか与えられていません。調査としては「たぶん接種を希望するだろう」の概算に留まらざるを得なくなります。

それでも医療機関はまだしもです。続いて行なわれた妊婦、基礎疾患を有する者、幼児、小学校低学年とかになると、どれだけの人数が希望するかなんて極めて大雑把な数しか報告できません。あくもでも予想であって、予想以上に希望者が多いかもしれませんし、逆に少ないかもしれません。小児科では、幼児や小学校低学年はしばしば複数の医療機関に受診している事が珍しくもありません。

またある程度かかりつけであっても、接種までの日数が必要となれば、より早く接種できる医療機関にアッサリ流れていきます。そんな状況の中でこれも数日のうちに調査の報告を求められています。

なんと言っても契約書も無い状況下での調査ですから、報告した人数がどう扱われるかの情報も皆無です。様々な解釈がありましたが、個人的には都道府県の割り当て、さらには都道府県から市町村への割り当ての参考資料にするんじゃないかと思っていました。


ところが亀井血液対策課長のお言葉ではどうやら参考資料ではなく、医療機関からのワクチンの予約と位置付けているようです。なるほどあの調査が予約であれば、予約に基づいた押し売りは理屈として成立しそうな気がしないでもありません。契約書にはさらに、ワクチンメーカーの指定はもとより、ワクチンの規格についても一切の指定を許さず、さらに返品不可となっています。

あの調査が本当に予約に該当するものなのかの法的解釈は、条文を読んで検討する気力はありませんが、受領拒否の解釈で御助言頂いた時に、非常に国側の運用に大きな裁量権を認められるものとなっていました。きっと様々に解釈を積み上げれば

    調査は予約であり、報告人数のワクチンを買い取る義務が医療機関に生じる
これが成立するかもしれませんし、これに反論するには最高裁まで延々と争う必要が生じても不思議とは思えません。


つくづく思うのは白紙契約は良くないという、あまりにも平凡かつ常識以前の教訓を改めて噛みしめています。本当に医師は社会常識に欠けていると言う指摘が、いかに正しいかを思い知らされたのが今回です。どんな契約であっても、さらに相手が国であっても契約内容不明の契約は、いくら契約を急がれても、契約書がキチンと提示され、契約内容の細部まで納得できるまで確認してから契約を行なわなければならないと言う事です。

たとえそれで契約を結ぶ機会を逸しようとも、社会人の常識として正体不明の契約を決して結んではならないという事です。遅まきながら手痛い教訓として骨の髄で日々味わっています。