長妻答弁を考える

11/6付ロハス・メディカル「10ミリバイアルはメーカーの事情 長妻厚労相」から11/6の参議院予算委員会の長妻大臣の答弁の一部を再掲します。

「舛添大臣にお答えする。ワクチンの確保は非常に喫緊の課題。一つでも多くのワクチンを確保したいとの思いもあった。国産のワクチンを製造する会社は4社、国内にある。ところがそのうち1社については、1ミリリットルの容器で新型のワクチンを作るとすると季節性インフルエンザワクチンの製造を中止しなければいけないという話もあって、我々としては量を確保するためにギリギリの判断をさせていただいた。それらの使い方、中身については国民の皆さんにも医療関係者にも十分説明しているのでご理解いただきたい」

この答弁の内容をもう一度じっくり吟味してみます。まずまず、

    国産のワクチンを製造する会社は4社、国内にある。
4社とは化血研、北里、微研、デンカの4社で、化血研は公益法人、北里は学校法人、微研は財団法人、デンカは私企業です。次の個所が微妙かつ難解なのですが、
    ところがそのうち1社については
話は10mlバイアル製剤を巡るものですから、4社のうち1社が何らかの問題を抱えている事を示唆します。逆に言えば他の3社は問題ないと考えて良さそうです。その1社が抱えている問題とは、
    1ミリリットルの容器で新型のワクチンを作るとすると季節性インフルエンザワクチンの製造を中止しなければいけない
ここの解釈をどう考えるかです。新型ワクチンの種類は、
    1mlバイアル
    10mlバイアル
    5mlシリンジ
この3種類です。4社ともワクチン専業メーカーですから、様々なワクチンをつくってはいますが、その当時に大量生産を要求されていたのは季節性と新型のワクチンかと考えられます。長妻答弁は10mlバイアル製造の決断を下した理由ですから、1mlバイアルだけ作ると問題の1社は季節性ワクチンが製造できないとしています。

ワクチンの製造過程は非常に大雑把ですが、

    ワクチン原液の培養 → ワクチン瓶詰め
この工程になり、瓶詰めラインは専用ラインになると考えられます。インフルエンザワクチンで考えると、
  • 季節性ワクチンライン
  • 新型ワクチンライン
これがあるわけです。ラインが単数か複数かは工場を見たことがありませんからわかりませんが、新型ワクチンを1mlで作ると季節性が生産できなくなり、10mlなら季節性も生産できるという理由になっています。よく読めば判じ物のような理由ですがちょっと整理してみます。

シミュレーション 新型生産 季節性生産
A 1mlのみ生産 製造中止
B 1mlと10mlの並行生産 どちらかなら
生産可能
C 10mlに専念して生産


シミュレーションAは長妻答弁で明言されています。そうなれば問題の1社は、10ml専念か1mlと10mlの並行生産なら季節性ワクチンの製造は可能とした事になります。この辺はラインの生産能力の差もあるとは思うのですが、まず並行生産の時を考えてみます。並行生産なら最低限3つのラインが存在する事になります。つまり、
    季節性ライン
    新型1mlライン
    新型10mlライン
この状態で新型を1mlのみ作ると、

並立可能 並立不可能
・季節性ライン
・新型1mlライン
・新型10mlライン
・季節性ライン
・新型1mlライン2本


この話が成立するには、季節性ラインの生産能力が新型ライン2本を合わせたより遥かに生産能力が高い必要があります。新型用の1mlライン2本では生産能力が非常に乏しく、季節性ラインを新型に転用せざるを得ず、そうなれば季節性の製造が事実上中止になるとすれば理解できます。10mlバイアルは1mlバイアルの純粋に生産効率10倍かどうかは言い切れませんが、本数が少なくて済むので生産可能とした考え方です。

もう一つの10ml専念説ですが、こちらはもっと単純で、2本のラインの生産では新型用の生産能力が非常に乏しくて、生産能力の高い季節用ラインを新型に転用したら、これも季節性が実質作れなくなる状態と考えればよさそうです。さてとなんですが、10ml専念にしろ、並行生産にしろ上記のような条件では、問題の1社は、

    新型の1mlバイアルの生産能力は非常に乏しい
これは言えるかと思います。10ml専念ならゼロですし、並行生産しても、弱体ラインの1本で生産するわけですから、さほどの数は生産できないと考えるのが妥当です。


ここまで推理を重ねておいて、問題の1社がどこかを考えて見たいのですが、手がかりは薄弱なものしかありません。

これらにはメーカー毎のワクチンの種類別の出荷数も明記されています。これがなかなか興味深いもので、

メーカー バイアル 第1回出荷 第2回出荷 第3回出荷 合計
化血研 1ml 0本 0本 0本 0本
10ml 2万5000本 5万628本 10万2950本 17万8608本
北里 1ml 9万3782本 0本 0本 9万3782本
10ml 0本 0本 0本 0本
デンカ 1ml 27万1218本 8万2561本 27万本 62万3779本
10ml 0本 0本 0本 0本
微研 1ml 0本 1万3700本 56万本 57万3700本
10ml 0本 0本 0本 0本
※法務業の末席様の情報により修正しています。


化血研のみが10mlバイアルを出荷し、なおかつ化血研は1mlバイアルを1本も出荷していません。他の3社は1mlバイアルのみを出荷しています。素直に読んで非常に偏りがあると感じるのは私だけでしょうか。もちろん第4回出荷以降に変わるかもしれませんが、第3回出荷までの時点ではどのメーカーも並行生産している形跡はありません。

ここでワクチンの種類によって分担生産しているんじゃないかの意見はあるかもしれません。効率性においては分担制の方が優れているのですが、ワクチン生産には大きなリスクがあります。どんなリスクかと言えば、最終検定でごっそり検査落ちする事が何年に1回ぐらいのペースで起こります。分担制にすると、検査落ちしたメーカーの種類のバイアルが無くなってしまいます。その被害を小さくするために4社とも並行生産にしてリスク回避を図ると言うのは成立します。


ここでキナ臭い話を紹介しておきます。このキナ臭い話の前提は、

Date 事柄
9/15 ・この時点で舛添大臣(当時)はメーカーが云々の説明を聞いていない
・舛添大臣(当時)は10mlバイアルの認可を与えていない
9/16 長妻大臣就任
9/20 この時点までに季節性ワクチンの出荷は始まっていると考えられる
10/1 ・季節性ワクチン接種開始
・新政権での政府の対策会議の第1回が開催される
10/9 新型ワクチン第1回出荷(10mlバイアルは2万2498本)
10/20 新型ワクチン第2回出荷(10mlバイアルは5万628本)


こういう経過が事実して起こっている背景での話です。木村盛世ブログ「政権移行期にまぎれた医系技官の悪行」にこんな一節があります。

 9月24、25日に、非公開ですが長妻大臣・足立政務官が、井上弁護士・森澤先生を呼んで話し合いしました。足立先生が長妻説得を試みたのですが、結局、長妻は足立先生の案ではなく、役人方針を飲んでしまいました。この、長妻が飲んでしまった役人方針の中に、10mlバイアルも含まれていたということでしょう。

 25日には、尾身氏も呼ばれました(森澤先生の上司。医系技官による口封じ)。役人ずらり同席です。

 このときに森澤先生は10mlバイアル製造すると聞き、ものすごいショックを受けて帰ってこられました。電話でお話しした時、「打ち合わせが終わった後にもう一度尾身さんから、10mlバイアルはもう製造が始まっているから変えられないと釘を刺された」とおっしゃっていたと記憶しています。

ここに出てくる森澤先生の10/5付 MRIC 臨時 vol 276 「新型インフルエンザワクチンに思うこと」があります。そこには、

残念至極であり、誤聞であることを願うばかりであるが、やはり新型インフルエンザワクチンが(少なくとも一部は)10-mL バイアルで供給される方針となったらしい。製剤の生産効率を優先したということであり、苦渋の選択であったとは思われるものの、返す返すも残念でならない。

もう一つ11/6付ロハス・メディカル「「10mlバイアル認めたのは前政権」−舛添前厚労相質問に、足立政務官」に、

厚生労働省の方針を受けて、ワクチン製造企業から今年度の生産の見込みが提示されたのが9月18日、でございます。

これらの話にどこまで信憑性を置くかは自己責任ですが、仮に信じるとおもしろい構図が浮き出てきます。日付になりますが、

  1. 9/16に長妻大臣就任
  2. 9/18に10mlバイアルを含めた生産量見通しが出る
  3. 9/25に長妻大臣が10mlバイアル生産を承認決定
  4. 10/1に新政権での第1回政府のインフルエンザ対策会議開催
  5. 10/9にワクチン初出荷(10mlバイアルを出荷したのは化血研のみ、第2回・第3回出荷も同じ)
まず10/1に対策会議で承認されてから10mlバイアルの製造を始めたのでは10/9の初出荷に間に合わないのは確実です。では9/25の長妻大臣決定から間に合うかと言われれば、これでも無理だと考えられます。日程的に考えると長妻大臣決定の以前から10mlバイアルの生産は行なわれていたと考えるのが妥当です。仮に9/25からでも技術的に間に合うとしても、10mlバイアルを出荷したのが化血研のみと言うのは不自然です。

長妻大臣承認前の生産は非合法の密造になります。ワクチンメーカーは4社ですが、正式承認前に非合法の密造をどこかから漏れれば責任問題が生じます。医系技官も4社ともに10ml製造を密命するのはリスクの高い行為になります。医系技官が工作可能なメーカーはただ1社で事実として10mlバイアルを出荷した化血研と考えるのが妥当です。化血研はなんと言っても、

ここまで考えると長妻答弁に微妙な陰影が生じます。問題の1社が化血研であると仮定すれば、話の真意が変わります。化血研に命じられた業務は、他の3社が10mlバイアル生産体制を整備するまで、一手で10mlバイアルを製造するであったと推測します。それだけの生産量を1mlバイアルと並行生産するのは不可能で、並行生産するには季節性ラインを止める必要があったと考えます。

長妻大臣が医系技官から受けた説明を憶測すると

  1. 安全な国産ワクチンの量を増やせる
  2. 導入しないとワクチン数が不足し強い批判を招く
「増やせる」メリットは長妻大臣の政治的業績のアピールになりますし、「不足」は就任早々の国民的不満を招きます。どちらも魅力的な提案ですから、多忙の最中に飛びついてもおかしくありません。さらにこれに加えて、医系技官の補足説明の中に、
    1mlバイアルに固執すると、化血研は季節性ワクチンの生産を中止せざるを得ず、さらなる混乱を招く事になります
新型だけでも懸念材料がいっぱいなのに、季節性まで問題が飛び火するのは避けたいと判断してもおかしくありません。もちろん「今から間に合うか」みたいな質問は大臣から出たとは思いますが、既に準備万端の医系技官サイドは「日程的には厳しいですが、我々が全力を尽くしますから至急ご判断を」ぐらいであったと想像します。

おそらく「季節性への影響」は長妻大臣にとって決断時の大きな判断材料であったと思われ、参議院予算委員会質疑で飛び出したんじゃないかと考えています。

10mlバイアル製造は国産メーカー保護の対策であると見なしてほぼ良いと私は考えています。10mlバイアルを導入し、1回接種を幅広く導入する事により、海外産ワクチンをほぼ不要にすることが机上で可能になるからです。表向きの理由は新型流行の早期拡大に対するものではありますが、決定に当たった関係者の誰一人、誰がどこで接種するのかの問題を検討した形跡がありません。

数合わせさえすれば、後は医療機関に丸投げと私は感じます。丸投げされた医療機関はドデカイ10mlバイアルの使用に困惑しています。成人相手でも1バイアルで18回分で大変ですが、現実は小児科診療所にさえ平然と10mlバイアルは押し売りされています。実際に押し売りされたSeisan様は万策尽きて、通常の診療時間を潰して新型接種をされています。

そりゃ小学生で30回、幼児で45回以上分ですし、他の患者との接触を避けるとなればそれぐらいしか手段がありません。通常の予防接種時間は既に季節性の予約でビッシリ埋まっているからです。これから国産ワクチンの回数分にして約半分を占める10mlバイアルの問題は、新たな展開を見せそうな気がします。誰かが使わないと消費されませんし、誰もが敬遠するからです。

近いうちに新たな通達なり、事務連絡に脅かされる日も近いと予想しています。