新型インフルエンザワクチン契約・最後のエピソード

2009年の話になりますが、新型インフルエンザワクチンの接種のために医療機関は契約せよとのお達しがありました。どんな雰囲気だったのかを当時作ったコントで紹介しておきます。

第5部:委託契約編
    厚労省:「委託医療機関の選定と国との契約を行ないなさい」
    医師会:「契約書の正式内容は?」
    厚労省:「正式の契約書はないが、正式の契約書になる予定の『案』があるから代用せよ」
    医師会:「説明は『案』でも可能だが、契約は『案』では無理なのでは?」
    厚労省:「届出を出してもらい、それで暫定的に承認とし、正式契約は委任状を出してもらい後日書類処理する」
    医師会:「えらい条件ですが、いつまでですか?」
    厚労省:「10/9までに完了だ」
    医師会:「ヒェ〜、今日は10/6ですから『案』の説明も間に合わないのですが?」
    厚労省:「10/9は政治主導で決定である」
第6部:医師会混乱編
    医師会幹部A:「こんなんで委託契約を結べとは無茶でんな」
    医師会幹部B:「会員から問合せの山が来るやろし、来ても何にも答えられへんし」
    医師会幹部A:「でもお国の命令だし・・・問合せの期間が短くなるように、今日Fax、明日返答にしよう」
    医師会幹部B:「問合せにはひたすら『詳細は後日説明』で押しきらなしょうがおまへん」
第7部:医師会員ドタバタ混乱編
    職員:「医師会からFaxです」
    医師:「どれどれ、新型接種の契約届出をせよみたいやな。こっちが届出書でこっちが委任状か、他は?」
    職員:「それだけです」
    医師:「つう事は白紙委任状を明日までに提出せよと言う事かいな。そんなアホな!]
その日は患者からのインフルエンザの問い合わせと同じぐらい、医師会員同士の「一体、どうなっているんだ!」「お宅はどうする?」の電話が飛び交ったそうな。

覚えてられている方も多数おられると思いますが、Faxが突然舞い込んで翌日とか、早いところではその日のうちに返答せよという物凄さでした。もちろん、

  1. そもそも契約時に契約書なるものが存在しない
  2. 契約内容についての丁寧かつ納得できる説明はほぼ皆無
  3. 考慮時間はうちで1日、ひどいところでは2時間と言うところもある(10/6に指示が出て、10/9に契約完了のスケジュールであった)
  4. 契約期間は空欄
こんな状態でドタバタと契約を結ばされたわけです。一方で契約書の拘束力は猛烈で、
  1. ワクチン販売は押し売り状態の返品不可
  2. 鉄の優先順位の強要
ワクチン販売に関してはかの有名なパーティボトルの大量販売で、悲鳴をあげた医療機関がかなりありました。返品不可については契約書には明記されていませんでしたが、「そうである」と高らかに宣言して既成事実としていました。そう言えば最終的に返品を認めるの話も出ていましたが、どうなったんですかね。

また鉄の優先順位は、余ったものを接種しただけで社会的制裁だけではなく、契約破棄の処分を下されたところもあったと記憶しています。鉄の優先順位は、たとえ余っても「廃棄せよ」との指導を受けた話さえ残っています。

この契約は去年の段階で予防接種法の改正に伴い、一方的に解約させられ、再契約させられました。これもまた2009年に近いようなドタバタ契約でしたが、これもやっと終了のようです。

予防接種委託医療機関各位

神戸市保健所長

新型インフルエンザ(A/H1N1)ワクチン接種に関する委託契約の終了について

 時下、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 平素は、予防接種事業に格別のご協力をいただき、厚くお礼申し上げます。
 さて、新型インフルエンザ(A/H1N1)の発生に伴うワクチン接種事業については、「新型インフルエンザ(A/H1N1)ワクチン接種に関する事業実施要綱」(平成22年9月28日厚生労働省発健0928第6号通知)に基き、新型インフルエンザ(A/H1N1)ワクチンの接種を希望する医療機関厚生労働大臣との間で契約を締結し実施してきたところですが、厚生労働事務次官から平成23年3月31日をもって、契約を終了する旨の通知がありました。契約終期は本市の実施要綱等でも明記しているところですが、貴会員の受託医療期間に対する周知をお願いします。

 以下略

これは3/31付読売新聞から引用しておきますが、

 細川厚生労働相は31日、2009年発生の新型インフルエンザについて、感染症法の「新型」の類型から外し、4月から従来の季節性インフルエンザと同様の扱いにすると公表した。

 名称は「新型インフルエンザ(H1N1)」から「インフルエンザ(H1N1)2009」に変更される。

 感染症法では、新型インフルエンザについて、国民の多くが免疫を獲得するなどした場合、厚労相の公表をもって「新型」の類型から外す、としている。09年4月に確認された今回の新型インフルエンザは、2シーズン目の流行がほぼ終息し、流行の規模や期間などが従来の季節性インフルエンザと同じ傾向だった。

至極単純には新型インフルエンザから、これまでの季節性インフルエンザに定義を変えたので、厚労省との契約による接種手続きが不要になったとの事です。それにしても名称はなんとかならんかと思いますが、とりあえず新型から「インフルエンザ(H1N1)2009」になったようです。もうちょっと短くならないものですかねえ。通称であっても構いませんから短くならないと実用上不便です。

それでも今回の契約終了はまだマシかもしれません。契約が無効になったから契約を終了するの立派な理由があります。契約を結んだ時に較べると、解約はこれで関係がとにもかくにも無くなる訳ですから、ちょっとだけスッキリした気分です。


事が済んでの感想ですが、世の中には物凄い契約がある事を学んだのは社会勉強になりました。それもブラック企業相手の契約ならまだしも、相手が厚労省であり厚生労働大臣であるところが強烈です。なぜにこんな展開の契約になったかを推測すると、やはり契約相手が厚労省だったからと考える他はないようです。

新型ワクチン接種について契約と言う形態を取らざるを得なかったのは、法的な問題になります。細かい事はともかく、厚労省サイドにすれば契約形態にしないと接種が出来ない事情があったと考えてよいでしょう。しかし厚労官僚の認識の中に、社会通念としてある契約の概念は皆無に近かったと考えています。

むしろ契約を結ばされた医療機関側が「契約」と言う言葉に妙な誤解をしたと考えるべきかもしれません。どういう事かと言えば、厚労省側は名目上は契約としていますが、扱いは通常の通達行政と全く同じであると見れるからです。契約でなく通達と見れば、一連の契約騒動はわかりやすくなります。

  1. ワクチン接種機関の登録を行う通達
  2. 登録後に接種に関する細則を通達
  3. 細則の解釈、または都合の悪い部分は通達により適宜改変
通達行政ならよくある手順です。契約と言いながら、通達行政と実質同じ手法を厚労省は実践したと考えられます。厚労省側にすれば、契約内容と言っても、通達と一緒で、いつでもどうにでも出来るものとして扱ったとすれば話の筋が通ります。

言ってみれば、新型ワクチン接種に関して厚労省は契約風通達行政を行ったと考えられます。私も含めて、社会通念にある契約を念頭に置いたので解釈に混乱を来たしただけと言っても良いかもしれません。

それでも厚労省側としては、この契約風通達行政の運用を新型インフルエンザ対策として輝かしい成果として記録する様に考えています。解釈や運用に混乱を来たしたのは医療機関側であって、厚労省としては実質として通達行政を堅持出来たからです。きっと今後も、この輝かしい先例を踏襲しての二番煎じ、三番煎じを行われると予想します。

まあ、通達行政に付き合うのも大変ですが、契約風通達行政も当分付き合いたく無いですねぇ・・・。