法律の素人ですので心許ない部分があるのをご理解の上でお読み下さい。まず名誉毀損訴訟(民事)の枠組みは、前提として原告の社会的評価が低下するというのが必要条件だそうです。では社会的評価の低下があればすべて名誉毀損に該当するかといえばそうでなく、十分条件として成立阻却要件(刑法第230条の2第1項)があります。必要十分条件を満たして初めて名誉毀損が認められる仕組みです。
簡単にまとめると、
- 必要条件
- 社会的評価の低下
- 十分条件(成立阻却要件)
- 公共性:公共の利害に関する事実に係ること
- 公益性:その目的が公益を図ることにある
- 真実性:事実の真否を判断し、真実であることの証明がある
- 公共性:公共の利害に関する事実に係ること
東大教授が海堂尊氏らを提訴 ブログで名誉棄損と
医療現場の内幕を描いた「チーム・バチスタの栄光」などで知られる人気作家で医師、海堂尊氏のインターネット上の文章が名誉棄損に当たるとして、日本病理学会副理事長の深山正久東大教授が、海堂氏に損害賠償と謝罪広告を求める訴訟を東京地裁に起こしていたことが9日、分かった。
解剖前の遺体をCT撮影して死因特定に役立てる「死亡時画像診断」(Ai)の有効性が争点の一つ。海堂氏は推進する立場で、作品の主要なテーマとしている。今後、同氏は出廷する予定。
深山教授は文章をホームページに掲載した出版社2社も訴えており、請求額は計1430万円。
訴状などによると、深山教授は死亡時画像診断と解剖結果を比較する研究計画書を厚生労働省に提出。昨年度に交付金を受けて遺体を調査した結果「死亡時画像は解剖前の情報として有用だが、解剖に代わるものではない」と結論づけた。
これに対し、海堂氏は「他人の業績を横取りする行為」と自身のブログに書き込み「Ai研究はダメにされてしまいます」「厚労省のAiつぶし」と批判した。
深山教授は「海堂氏から取材を一切受けておらず、内容は虚偽。(ブログは)閲覧数が非常に多く、多大な迷惑を被った」として名誉を傷つけられたと主張している。
ここから必要条件である社会的評価の低下に該当しそうな個所は、
- 「他人の業績を横取りする行為」
- 「Ai研究はダメにされてしまいます」
- 「厚労省のAiつぶし」
ただし名誉毀損訴訟では「他人の業績を横取りする行為」と書いただけでは成立しません。「他人の業績を横取りする行為」が十分条件を満たしていれば成立しません。十分条件は上記したように公共性、公益性、真実性になります。ここでまず公共性、公益性ですが、どういう条件なら成立するかになります。
法律実務は縁が遠いので、紫色先生の名誉毀損訴訟の例を参考にして見たいと思います。紫色先生の名誉毀損訴訟では出版された本の内容が紫色先生の名誉を毀損したと言うものです。その時の本の公共性、公益性の事実認定ですが、
(1)事実の公共性及び公益性
⇒「記事に記載された事実は公共の利害に関する事実であって、被告らは専ら公益を図る目的で本件書籍を発行した」
これで認められるそうです。これから考えるとAiに関する記述は「公共の利害に関する事実に係ること」に該当すると考えられますし、これをWebで広く公開することは「公益を図ることにある 」と考えて良さそうです。おそらく公共性や公益性に反するものとは、純粋に誹謗中傷目的で書かれた記述である時に該当するんじゃないかと考えていますが、n=1なので自信はありません。
名誉毀損訴訟では必要条件と十分条件が幾つかありますが、結局のところ真実性の条件を満たす事が最大の争点になるとされます。他の条件は通常は満たされている事が多いとされているからです。ここで真実性とは掛け値無しの真実である必要はないとされます。どういう事かといえば、
真実性については必ずしも真実である必要は無く、ある事実を真実と誤認するに相当の理由が認められる場合(確実な証拠や根拠に基づいた場合など)であれば、真実性の欠如を理由としてその責任を問われる事は無い(最大判昭和44年6月25日刑集23巻7号975頁)。
つまり記述した時点で真実であると考えられる根拠があれば十分であるとし、その根拠は後で真実でないとわかっても、根拠を信じた時点で真実と信じる状況があれば真実性は成立すると考えれば良いかと思います。
さてと、後は海側の問題になった文章ですが、全文引用するにはチト長いのです。これは日経メディカルオンラインにも掲載されているのですが、原文は僻地の産科医様のAiをめぐる生臭い話で御確認下さい。
どんな内容かを出来るだけ簡単に紹介したいのですが、山側はAi研究に対し反対の立場であった事を前提として書かれています。まず一つ目の事実ですが、
話は約1年前にさかのぼります。日本学術会議の一分科会の打ち合わせで、とある先生が、Aiを社会制度に組み込むため、日本医学会総会でアピールをできないか模索し、打ち合わせを行おうとしていました。そこに訪れたのが今回の主役でもある、日本病理学会理事長の長村義之先生と東大病理学教室の深山正久教授のお二人。彼らは「Aiなどという得体の知れない概念を死亡時医学検索のベースに置くなどもってのほか、解剖が基本であり、これを揺るがすことはできない」という主張を繰り返し、Aiを社会制度の基礎に導入しようとしたその試みの芽を摘み取りました。
これは「とある先生」とされているように伝聞情報です。次に
その直後、日本病理学会理事会は、厚生労働省に対する全面的な賛同を示し、「解剖代わりに『Ai』を用いるのは時期尚早」とホームページに勉強不足のパブリックコメントを堂々と掲載していました(今も掲載されています)。
この日本病理学会理事会のパブリックコメントは理事会の承認の下書かれたはずですが、このパブリックコメントを
この文章をそっくりそのまま第3回「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」で参考人として招致された深山教授がプレゼンされました。
「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」には議事録が残されているはずですから、山側はAiに対して積極的な立場でなかったと信じる根拠の一つになると考えます。このエピソードは「約1年前の話」とされていますから、海側は今でも山側はAiに対し否定的な見解を持っていると考えても不思議はないといえます。
その後、国会質疑でもAiについて取り上げられ、厚労省はAiを本格的取り上げる姿勢に転じたとしています。お世辞にもAiに関して詳しいとは言えないのですが、たしかそんな事があったとは記憶しています。今日はAiそのものについて論じる目的では無いので先に進みます。
この厚労省がAiに取り組むと姿勢転換をしたときに、山側は
厚生労働省が公募した「解剖を補助する画像診断研究」なるものに、東大の深山教授が応募したのです。このことは先日行われた公開講演会「医療関連死を考える―解剖に基づく新たな死因究明制度」(主催:日本学術会議・基礎医学委員会・病態医科学分科会)の中で長村理事長が公表された事実です。
海側の見解として、Ai反対派の山側がノコノコとAi研究にシャシャリ出てくるのはおかしいのではないかの意見を展開する事になります。
深山教授が主任研究官としてAiの研究を申請した、という行為は、アカデミズムの世界では、決して行ってはならない恥ずべき行為だと私は思います。他人の業績を横取りするような行為ですから。
ここで共同記事も掲載されていた「他人の業績を横取りする行為」が出てきます。海側の「他人の業績を横取りする行為」に至るまでの論点を整理してみると、
海側の論理展開として、Ai反対派の山側を主任研究官とする事は、これでAiが導入されれば功績はAi反対派の山側のものになるとしています。またAiが導入されなければ、厚労省がAi導入反対を画策し、Ai反対派の山側主導による「Ai研究はダメにされてしまいます」「厚労省のAiつぶし」になると考えます。あくまでも私は法律の素人ですから、Ai反対派の山側がAi導入のための公式研究班を主導するとなれば、海側程度の批判は許される範囲の様な気がします。とくに海側はAi導入派の急先鋒と言う立場もありますから、強い懸念として意見を表明しているだけとも感じます。
さてさてと、今日の本題は名誉毀損訴訟ですから、海側の根拠である「山側はAi反対派である」の真実性になるかと考えます。参考人としてのプレゼンは約1年前の事ですから、その時点では山側はAi反対派と信じる証拠はあったとしてよいかと思います。問題はその後に山側がAi賛成派に転じたかどうかは検証しておく必要はあります。
研究者が意見を変えるのは間違った行為ではありません。新たな知見が加わって反対から賛成に意見を転じても、必ずしも非難される行為でとは言えません。科学の研究とはそういう面が多大にあるからです。意見なんていつでも変えられますが、名誉毀損訴訟においては客観的に意見が変わった証拠が求められると考えます。
少なくとも1年前は客観的にAi反対派として信じるに足る証拠があるわけですから、その後に賛成意見に転じた証拠が必要と言うわけです。山側が1年間の間にAi賛成派に変わっていれば、海側の批判は真実性の根拠を失うと見ます。そこへの海側の根拠ですが、
これまで、東大ではAi研究は全く行われてきませんでした。
ちょっと寂しいところがあります。ただし問題になった記事ではこれだけですが、後日に山側はこの記述の補足説明を行なっています。訂正でなく補足ですから、名誉毀損訴訟では証拠として認められるものと考えます。2008.04.21【海堂ニュース! 14】学会上層部と官僚の癒着による学術業績剽窃事件として書かれています。その中に、
ちょうど同時期、私は日本放射線学会のサテライト企画で講演を行う機会がありましたので、放射線学会理事長で、東大放射線医学教室、大友教授に話をうかがったところ、深山教授から研究協力があったことを教えてくれました。そして「東大病院では、死体を画像診断するコンセンサスが得られていないから、この研究で病理学の解剖室の隣にCTを購入し、設置するらしいです」と教えてくれたのです。これで主任研究官を志願した深山教授は、現在エーアイセンターを展開している千葉大よりも相当立ち後れていることが明瞭になりました。
ここに東大放射線医学教室大友教授の言葉が引用されています。
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「東大病院では、死体を画像診断するコンセンサスが得られていないから、この研究で病理学の解剖室の隣にCTを購入し、設置するらしいです」
さらにその後の展開で、CT購入も難しくなった東大・東海大では、レンタルでCT検診車を設置して、期日限定でこうしたことを行おうとしています。
こういう事実関係は客観的に判明しますから、これも証拠になりうる可能性があります。Ai研究のための基礎条件を欠いた施設ではAi研究は文献研究レベルに留まらざるを得なくなるのは当然です。
主任研究官である深山教授はエーアイ研究に関する実績はゼロだということ。
実績とは単純に研究発表と考えて良く、これもこれまでにどんな研究発表を山側が行ったかを検証するのは容易です。海側が把握している事実として、
- 山側の所属する病院では実際のAi研究を行なうCTすらない。
- 山側はAiに対する研究発表を1件も行なっていない
ここまでは山側がAi反対派であるにも関らず、Ai導入のための研究班長になることを非難したのが名誉毀損に当るとと考えての、海側の主張を検証しましたが、もうちょっと単純にAiに賛成であろうが、反対であろうが、山側が研究班長になった事を非難したのが名誉毀損に当るという考え方も成立します。
これであれば話はもっと簡単になります。厚労省の公式研究班は重要な役職であり、大袈裟に言えば日本の医療の動向を左右します。そこの研究班長になった人物の能力、実績、人格、識見に不安があれば、これに懸念を示す事はそれこそ「言論の自由」でしょう。山側はAi反対派であるというだけでなく、Ai研究の実績が無く、さらにAi研究を行なえるだけの施設さえ持っていないのが客観的に立証されるからです。
さらに他にAi研究がまったく行なわれていないのなら、実績がゼロでも仕方が無いとの考え方もありますが、他に実績を積んだ施設や研究者が確実に存在するのですから、より相応しい人物に研究班を主導させるべきだの主張はあって然るべしとも考えます。厚労省の公式研究班は一種の公職であり、公職につく者への批評批判は許されるというより、必要なときには行なわなければならないものでもあります。海側の批判はおおよそ根拠に基づいたものであり、根拠の無い誹謗中傷を行っているようには感じませんでした。
もっとも共同記事によれば山側は
内容は虚偽
こうしていますから、海側のこれらの主張は虚偽である可能性ももちろんある訳です。虚偽であればかなり壮大な作り話のような気もしますが、訴訟まで起こされているのですから、虚偽である根拠もお持ちのはずです。それらは訴訟の中で明らかにされると考えます。共同通信はどうやら山側に談話も取っているようですから、どの点が虚偽であるかも掲載してくれれば嬉しかったところです。
私が考察した程度の事は山側の弁護士も分析しているはずです。それでも訴訟を起したという事は、海側の決定的な虚偽の記述の証拠を握っているのか、記事がトンチンカンで、論点がまったく違うかが、まず考えられます。他の可能性としては、弁護士から見る法律的解釈と、素人の感想に差があるのかもしれません。
それと名誉毀損部分の山側の主張の情報ソースが殆んど無いために、ソースが豊富な海側に偏った論証になった事は遺憾とします。山側にとくに他意を含むわけではありませんが、現時点の情報量がこれだけしかなかったのです。ただ手許に情報が無かったと言う弁明は山側には通じないかもしれません。共同記事には、
海堂氏から取材を一切受けておらず
こう仰ってられるという事は、この件について取材を申し込めば誰でもいつでも山側はご説明いただけるのでしょうか。それよりも「できれば」ですが、東大の病理学教室なり、御自身でも結構ですからWebで意見を表明されていただければ、非常に都合が良いかと存じます。マスコミ報道により周知された訴訟ですから、いちいち取材を受けられるより有用かと思っています。
最後に外野感覚で悪いとは思うのですが、この訴訟は海側からの詳しい情報提供が期待できそうなので、そういう意味では楽しみな一面があります。訴訟は公開ですから、訴訟の場での発言は何であれ公開できます。もちろん海側だけではなく山側からも情報発信していただければ、第三者として評価が非常にやりやすくなります。
もっとも情報発信されなくとも、傍聴して公開される方も出てくる可能性は十分ありますから、それも期待しておきましょう。
注釈:文中「山側」とは「日本病理学会副理事長・東大教授深山正久氏側」であり、「海側」としたのは「海堂尊氏側」です。