救急車現場到着が12秒悪化したのも病院が悪い?

9/8付共同通信(47NEWS版)より、

救急車現場到着に7・7分 過去最悪、総務省消防庁調べ

 救急車が通報を受けてから現場に到着するまでにかかった時間の2008年の全国平均は、前年より0・7分遅い7・7分で、データがある1984年以降のワースト記録を更新したことが8日、総務省消防庁の調べ(速報)で分かった。医療機関による救急搬送患者の受け入れ拒否問題が影響したとみられる。

 通報から患者を医療機関に収容するまでの時間も、1・7分遅くなり過去最悪の35・1分。98年の26・7分から10年間で8・4分も延びており、救命救急現場の深刻な実態が浮き彫りになった。

 消防庁は「搬送先が決まらないと、救急隊が待機場所である消防署へ戻るのが遅くなり、結果的に次の出動や現場到着が遅れる悪循環が起きている」と指摘。来月施行の改正消防法は、救急と医療の関係者が事前に搬送のルールを取り決めることなどを定めており、搬送時間の短縮を目指す。

この記事が参考と言うか、引き写したのは消防庁が9/8に発表した報道資料の平成20年救急・救助の概要(速報)です。共同通信が見出しにまで強調している

    救急車現場到着に7・7分 過去最悪
これは完全な誤報とは言えませんが、作為を感じざるを得ないものです。この見出しに関連する記事内容として、
    前年より0・7分遅い7・7分で、データがある1984年以降のワースト記録を更新
消防庁の報道資料で確認すると「過去最悪」であるのはウソではありませんが、過去最悪のタイムが「7.7分」であるのは明らかな誤報です。たしかに報道資料には、

現場到着までの時間は全国平均で7.7 分※(前年7.0 分)となっています。

おそらく共同通信記者はこの記載を丸呑み引用したと考えられますが、「※」がついています。「※」にはどう書いてあるかといえば、

平成20年分の救急出場事案から現場到着時間等を計測する際の開始時刻について、救急隊への出場指令時刻から119番通報入電時刻に変更する等の調整を行っている本部があるため、見かけ上の時間が延びており、この影響を除くと現場到着時間は7.2分、病院収容時間は34.5分となります。

つまり

    平成19年度までの統計:救急隊への出場指令時刻
    平成20年のからの統計:119番通報入電時刻
具体的には入電時刻から消防署に救急要請電話があって、そこで容態や場所を聞く時間が含まれます。報道資料はそれによる修正時間も記載しており、
    この影響を除くと現場到着時間は7.2分
昨年より悪化したのは「0.2分」つまり12秒です。過去最悪であるのはウソではありませんが、見出しや記事にまでにまで踊っている「7.7分」は誤解を招く記述であると感じます。少なくとも「前年より0・7分遅い」は完全に誤報であるのは間違いありません。前年より遅いのは「0.2分」です。もっとも報道資料も誤解を招くようには工夫されており、現場到着時間及び病院収容時間の推移のグラフには何の脚注も無く、
こういう表現が行なわれています。ちなみに病院までの到着時間は平成19年度以前の計算法に基づくと34.5分です。データ上、昨年度が急激に悪化したことを印象付けようとしたのではないかの批判も出かねないものと思います。

そもそもなんですが、

救急車が通報を受けてから現場に到着するまでにかかった時間の2008年の全国平均は、前年より0・7分遅い7・7分で、データがある1984年以降のワースト記録を更新したことが8日、総務省消防庁の調べ(速報)で分かった。医療機関による救急搬送患者の受け入れ拒否問題が影響したとみられる。

救急隊が現場に到着するまでの時間に医療機関は関与していません・・・・と言いたいところなんですが、消防庁は関係あるとコメントしています。これは報道資料ではなく、記者会見で説明した内容と考えますが、

消防庁は「搬送先が決まらないと、救急隊が待機場所である消防署へ戻るのが遅くなり、結果的に次の出動や現場到着が遅れる悪循環が起きている」と指摘。

「搬送先が決まらない」とは「受け入れ拒否」と翻訳できますから、その影響で救急隊が消防署に戻る時間が遅くなって救急現場への到着時間が遅くなったとしています。ここでなんですが、平成20年度からの新基準は119番の入電時刻からです。昨年より0.7分すなわち42秒の延長がこれに含まれるのですが、電話応対に費やした時間は30秒になると考えられます。

常識的に考えて30秒未満の短時間でこれまで対応していたとは思いにくいですから、12秒の延長の影響はそれでも無いとは考えたいのですが、ひょっとすると対応時間の平均時間はもっと短いのかもしれません。それでも5秒や10秒で対応できるとは思えませんし、報道資料では丁寧に従来の「救急隊への出場指令時刻」からのタイムも挙げていますから、やはり医療機関は関与は低そうに思います。

ただ考えようで、「救急隊への出場指令」をしても救急隊が帰着していなかったケースも影響しての12秒と考える事は不可能ではありません。とにかく消防庁

    救急隊が待機場所である消防署へ戻るのが遅くなり
これは「受け入れ拒否」のためであると記事は書いているかと考えられます。そのための対策として、

来月施行の改正消防法は、救急と医療の関係者が事前に搬送のルールを取り決めることなどを定めており、搬送時間の短縮を目指す。

こういう文脈になるかと読めます。ただよく読むと消防庁のコメントには妙なニュアンスがあります。共同通信記者が記事にするときに脳内変換した可能性も大ですが、救急隊の到着時間の延長の釈明に努めすぎ、さらにこれを医療機関の「受け入れ拒否」に転嫁するためか、

    救急隊が消防署に帰着する時間が遅くなっているから、現場の到着時間が「12秒」遅くなった。遅くなったのは「受け入れ拒否」のため。
こういう論法になってしまっています。確かに病院に収容するまでの時間は医療機関側も大いに関与する部分ですし、問題はあると思いますし、消防法改正による例のシステムは机上であれば有効の可能性もあります。実情についての話は今日は控えます。もちろん病院への収容時間が早くなれば、帰着時間も早くはなりますが、消防法改正が救世主であると真剣に考えているのなら苦笑します。

消防庁が打ち出した新たな概念である「消防隊の帰着時間」が問題であるなら、もっと即効性があり、有効な方法があります。救急隊が帰着するまでの経路は、

  1. 消防署から救急現場に行く時間
  2. 救急現場から医療機関に行く時間
  3. 医療機関から消防署に帰る時間
この3つに分かれます。「帰着するまでの時間」と言う概念で見るのであれば、どれも同じ時間です。今回「現場に到着した時間」が「帰着時間」の影響が大であるというのなら、「医療機関から消防署に帰る時間」を短縮すれば如何と思います。御存知の通り、1.及び2.の時間は救急隊は緊急自動車として走行します。ところが3.になると一般自動車と同様になります。

この病院から消防署に帰る時も緊急自動車として走行すれば「帰着時間」はかなり短縮されるかと思います。どれほどになるかを正確に試算する資料がありませんが、病院までの到着時間の延長分である、「1.1分」すなわち66秒ぐらいは平均で短縮は可能かと考えます。とくに長距離搬送の帰りには大幅な時間短縮が期待できると思います。

救急問題は社会的問題になっており、救急隊の「効率的運用」のためなら道交法の改正はさして難事とは思えません。「帰着時間」が遅くなるために現場への到着時間が遅れるという見解を出したのなら、帰着時間を早める対策をすぐにも打ち出すべきと考えます。そうすれば12秒はかなり短縮できるはずです。少なくともそうだと消防庁は説明しています。



ところでですが、総搬送件数はどうやら減少傾向があるようです。

グラフ上でも平成17年度から19年度までをプラトーとして、平成20年度は平成16年度並に減少しています。一方で救急隊数は漸増しています。

平成21年4月現在、救急隊数は4,920隊

どう増えているか追いかけるのが難しいのですが、この総務省資料によると

救急隊は平成18年4月1日現在で前年比28隊増の4,779隊

断片的なデータからですが、

    平成17年4月時点:4751隊
    平成18年4月時点:4779隊
    平成20年4月時点:4920隊
平成17年4月時点より現在は169隊、3.6%増加しています。平成17年度の救急出場件数は平成18年度消防白書によると527万3936件ですから、
    平成17年度:527万7936件
    平成20年度:509万5615件
平成17年度は件数にして18万2321件、3.5%減少しています。救急隊数が増え、搬送件数が減っても搬送成績が悪化しているというのは消防庁にすればあまり嬉しくない結果と推測します。医療側からすれば、この程度の搬送件数の減少より救急応需能力がさらに衰えているだけで終わる話ですが、消防庁としてはそういう説明で済まされない事情がきっとあるのだと思っています。