新型インフルエンザみたいなドタバタ劇

6/21付Asahi.comより、

新型インフル患者、東京―京都間新幹線で帰宅 都が指示

 東京都内で19日に新型インフルエンザ陽性と判明した奈良県在住の男性が都の指示を受け、「自宅療養」のため、新幹線の普通車指定席で東京から京都まで戻っていたことがわかった。都から連絡を受けた県は「周囲に感染する恐れがある」とあわてて夜に幹部が車で京都駅まで迎えに行く騒ぎに。こうしたケースを想定した国の指針はなく、自治体間で“温度差”が際立つ対応になった。

 県によると、男性は同県桜井市在住の20代の大学院生。11日からハワイに滞在し、16日に帰国。17日から東京に行き、18日に熱感を覚えた。19日朝に病院で受診した際は38.1度あり、遺伝子検査を受け、午後3〜4時ごろに陽性の診断を受けた。

 男性は「1週間程度の入院か、自宅待機か」と尋ねられ、「帰宅する」と回答。マスクをして午後5時ごろ、同行の家族1人とともに新幹線の普通車指定席に乗り、京都に向かった。その後、東京都港区の保健所から連絡を受けた県はあわてて男性の携帯電話に連絡。車掌に頼んで2メートル以内に人がいないグリーン車両などに移るよう要請したが、やりとりしているうちに新幹線は京都に到着した。

 男性は電車で奈良に戻る予定だったが、県は「妊婦や子どもが乗っているかもしれないから」と駅で待つように説得。男性は、迎えに来た車で同県橿原市の病院に運ばれ、午後11時に入院。容体は落ち着いているという。

 都感染症対策課によると、都では6月10日ごろから、患者に「入院か自宅待機か」を選択させており、帰宅を選んだ場合、電車、バスなどの公共交通機関を利用しているという。「マスクをし、周囲に人が少ない席で帰宅したと聞いている。都外で感染し、公共交通機関で都内に帰ってくる例もいくつかある」

 一方、自ら迎えに行った奈良県の武末文男・健康安全局長は「陽性の診断直後に、他に多くの乗客がいる公共交通機関で患者を帰らせる措置は、感染症への対応としてもどうか。せめて2、3日でも、症状が落ち着くまで治療をまずしてほしかった」と話した。(吉岡一)

話は日付の問題が絡むのでそこを抜き出すと、

    6/16:ハワイから帰国
    6/18:熱感を覚える
    6/19:東京の病院を受診。PCRにて新型インフルエンザの診断を受ける。
感染場所はハワイと推定され、6/17付在ホノルル日本総領事館より、

 17日、ハワイ州衛生局より、ハワイ州において新たに100名の新型インフルエンザ(豚由来A型インフルエンザ(H1N1))の感染が確認された旨発表がありました。これにより、ハワイ州での感染確認数は298名となりました(内訳は、オアフ島:288名、ハワイ島:4名、マウイ島:3名、カウアイ島:3名)。なお、ハワイ州における感染者数については、同衛生局のウェブサイトでも確認できます。(URL:http://hawaii.gov/health/about/H1N1.html))。

こんな感じです。6/19と言うのが微妙な日なんですが、6/19付Asahi.comに、

 今秋にも予想される新型の豚インフルエンザ流行の「第2波」に備え、厚生労働省は19日、医療対策や検疫態勢を見直す運用指針の改定を正式に発表した。全国的、大規模な流行を見越して、原則として患者を入院させず、重症者向けに病床を確保することを都道府県に求めている。

厚労省新型インフルエンザ対策の転換を都道府県に求めた日ですが、この日に即座に東京都も奈良県もこの方針に変わったかと言えば大いに疑問です。神戸は6/16に既に転換していますが、東京も奈良も厚労省の発表を受けても早くても翌日以降になると考えるのが妥当ですし、6/19は金曜日ですから週末に対策会議を行なって今日辺りから動いたとしても不思議ありません。つまり体制的にはそれ以前のものであった事になります。

この患者は東京で新型診断を受け

「1週間程度の入院か、自宅待機か」と尋ねられ、「帰宅する」と回答。

東京の当時の新型に対する体制は普通のガイドライン第二段階です。つまり患者が発見されれば感染症病床に隔離入院です。感染者の扱いは発見場所に依存するので、奈良の患者であっても東京で隔離入院させるのが原則になります。問題は入院の命令形態です。当ブログでもマスコミでも措置入院と言う言葉を使いましたが、実は正しくありません。

第二段階に基づく正式の手続きは、まず新型疑いの段階で、

受診医療機関は、新型インフルエンザ検査が検査機関において約半日以上かかることから、あらかじめ患者に対し、感染症指定医療機関への任意入院(新型インフルエンザの検査結果が出るまでは、任意の扱いとなる)を勧奨する。その場合、病院の他の病室等へ新型インフルエンザウイルスが流出しないような構造設備を持つ病床を使用する

検査結果が出るまで

あくまでも「勧奨」ですから任意入院しない選択も患者にあります。ガイドラインには患者が任意入院の勧奨を受け入れない場合についても明記してあり、

感染症指定医療機関等は、検査の結果が判明するまで、患者に当該医療機関もしくは自宅での待機を指導する。その際には患者にマスクの着用、人混みを避ける等適切な感染対策について指導する。

任意入院の勧奨に同意しなかった場合の患者の選択は「当該医療機関もしくは自宅での待機」ですが、これも「指導」ですから必ずしも従う必要は無いことになります。そのうえでPCRで診断が確定した後でも、

保健所はその結果を患者に連絡し、感染症法第19条に基づき、原則感染症指定医療機関への入院を患者に勧告し、移送する。感染症指定医療機関が満床の場合は、協力医療機関への入院を勧告する

この感染症法の第19条ですが、

第十九条

 都道府県知事は、一類感染症のまん延を防止するため必要があると認めるときは、当該感染症の患者に対し特定感染症指定医療機関若しくは第一種感染症指定医療機関に入院し、又はその保護者に対し当該患者を入院させるべきことを勧告することができる。ただし、緊急その他やむを得ない理由があるときは、特定感染症指定医療機関若しくは第一種感染症指定医療機関以外の病院若しくは診療所であって当該都道府県知事が適当と認めるものに入院し、又は当該患者を入院させるべきことを勧告することができる。

  1. 都道府県知事は、前項の規定による勧告をする場合には、当該勧告に係る患者又はその保護者に対し適切な説明を行い、その理解を得るよう努めなければならない。
  2. 都道府県知事は、第一項の規定による勧告を受けた者が当該勧告に従わないときは、当該勧告に係る患者を特定感染症指定医療機関又は第一種感染症指定医療機関(同項ただし書の規定による勧告に従わないときは、特定感染症指定医療機関若しくは第一種感染症指定医療機関以外の病院又は診療所であって当該都道府県知事が適当と認めるもの)に入院させることができる。
  3. 第一項及び前項の規定に係る入院の期間は、七十二時間を超えてはならない。
  4. 都道府県知事は、緊急その他やむを得ない理由があるときは、第一項又は第三項の規定により入院している患者を、当該患者が入院している病院又は診療所以外の病院又は診療所であって当該都道府県知事が適当と認めるものに入院させることができる。
  5. 第一項又は第三項の規定に係る入院の期間と前項の規定に係る入院の期間とを合算した期間は、七十二時間を超えてはならない。
  6. 都道府県知事は、第一項の規定による勧告又は第三項の規定による入院の措置をしたときは、遅滞なく、当該患者が入院している病院又は診療所の所在地を管轄する保健所について置かれた第二十四条第一項に規定する協議会に報告しなければならない。

よく読むと微妙な表現で、都道府県知事は「勧告することができる」となっていますが、勧告に従わない場合の対策が二段しかありません。

二段目の勧告にも従わなかったらどうなるかがよくわかりません。そうそう無いことですが、記事の事件はこの勧告に従わない事を患者は表明したことになります。もう一度記事を引用しますが、
    「1週間程度の入院か、自宅待機か」と尋ねられ、「帰宅する」と回答。
「1週間程度の入院」は感染症法19条による勧告であり、「自宅待機」は勧告に従わない場合の患者の選択と言うかおそらく「指導」とか「勧奨」になるかと解釈できます。そうなれば感染症法19条の勧告に従わなくともとくに罰則はない事も推測されます。

さらにさらにここから感染症法やガイドラインに想定していない事が展開されます。自宅待機と言っても奈良の人間が東京に出てきているのですから、東京から奈良まで帰宅する必要があります。男性は自宅待機のために

マスクをして午後5時ごろ、同行の家族1人とともに新幹線の普通車指定席に乗り、京都に向かった。その後、東京都港区の保健所から連絡を受けた県はあわてて男性の携帯電話に連絡。車掌に頼んで2メートル以内に人がいないグリーン車両などに移るよう要請したが、やりとりしているうちに新幹線は京都に到着した。

マスクはする良識はキチンと持っていたようですが、東京から奈良に帰宅するにあたり新幹線を利用したようです。奈良県もこの報告を聞いて慌てたようですが、グリーン車云々は誰の負担の要請だったかは記事からは不明です。もっとも午後5時ごろに新幹線に乗車してからどの程度の時間で東京から奈良に連絡が届いたのかもよく分からないところです。

京都駅まで奈良県職員が出向いたようですが、奈良県職員の説得と言うか勧告は東京よりも効果的であったようで、

男性は電車で奈良に戻る予定だったが、県は「妊婦や子どもが乗っているかもしれないから」と駅で待つように説得。男性は、迎えに来た車で同県橿原市の病院に運ばれ、午後11時に入院。容体は落ち着いているという。

奈良では男性は県の説得に応じて入院勧告を受け入れたようです。


さ〜て、問題は感染症法やガイドラインの運用においての法律解釈になるのかもしれません。感染対策のピットフォールみたいな事柄ですが、感染症対策を法律解釈で考える愚かさを噛みしめています。この事件は男性が東京で発見され奈良に帰宅したから問題になったわけであり、東京で発見されて神戸に帰宅したのなら、兵庫県職員も神戸市職員も微動だにしなかった気がします。大阪で発見されて神戸に帰宅していたらニュースにさえならなかったのではないでしょうか。

狭い日本で地域指定を異常に細かく行なった矛盾が現れたドタバタ劇の様に思っています。