西室泰三氏

ステトスコープ・チェロ・電鍵のnuttycellist氏(つづりが間違っていたらゴメンなさい)は医師ブロガーとして著名な方であり、きちんとした正論を常に主張されています。時に当ブログにもコメントを寄せて頂くこともあり、私もよく訪問させて頂いています。小児科の開業医と言う点でも共通項があり、勝手に親近感も抱かせてもらっているのですが、改めて行動力に驚かされました。

西室泰三氏からの手紙と言うエントリーなんですが、

東芝の子会社である、東芝メディカルシステムズ社のサイトから、批判のメールを差し上げた。それに対する、返答である。

封書でお返事を頂いたみたいで、そうなると実名での行動という事になり、コソコソと身許隠しを行なっている私からすると尊敬する行動力です。何が言いたいかですが、決してネタを創作する人物とは縁遠い方と言うことです。nuttycellist氏が出したメイル内容の要約は

  • 社会保障予算の削減によって、医療は崩壊しつつある。財務省の諮問会議に過ぎない財政制度等審議会が、医療内容にまで発言することは許されない。
  • 社会保障予算は、国民すべてにかかわるもので、それを蔑ろにすることは、国民すべての社会保障を蔑ろにすることだ。
  • 日本経済は、内需をおろそかにし、外需頼みの構造になり、米国発の不況の波をもろにかぶっている。内需を拡充するためには、国民のセーフティネットである医療・社会保障を充実する必要がある。今回の提言は、それと逆行するものだ。

じつによく言ってくれたの内容と思います。これに対する西室氏の返答の骨子は、

  • 財政制度等審議会の座長として、委員の意見を取りまとめただけであり、この提言が、西室氏の個人的な見解ではない。
  • 西室氏は、東芝の相談役であり、東芝東芝メディカルシステムズ社の意思決定には関わっていない(これは、東芝製品の不買も匂わせたクレームがあったための、言い訳のようだ)。
  • 意見は、今後の同審議会での議論の参考にさせてもらう。

原文の全部を読みたいとの気持ちはあるのですが、そこまでは贅沢として、公開された返答にちょっと絡んでみたいと思います。どうにも詭弁の様に思われてならないからです。順番に行きたいのですが、

    財政制度等審議会の座長として、委員の意見を取りまとめただけであり、この提言が、西室氏の個人的な見解ではない。
ここで西室氏は財政審議会の座長ではあるが、財政審議会の提言は西室氏個人の見解とは異なるとのレトリックを行なわれています。つまり西室氏は財政審議会の提言には賛成していないと表明されているわけです。なかなか面白い主張ですが、座長の在り方が衆議院なり参議院の議長のようであれば成立する主張です。国会の議長は原則として中立の立場で国会審議を取り仕切ります。そのため議長としての意見は基本的に出しませんし、政党会派からも任期中は離脱をしています。

財政審議会の座長が国会の議長と同じような役割であるなら、西室氏は財政審議会において全く自らの意見の主張は行わず、ひたすら議事進行役だけを行なった事になり、西室氏の個人的見解は財政審議会の提言に全く反映されていないのレトリックは成立するかもしれません。

しかし一方で西室氏は財政審議会のメンバーでもあります。メンバーの中で互選なり推薦で座長には選ばれていますが、メンバーである事にはなんら変わりはありません。また座長は単なる司会進行役ではなく代表でもあります。提言がまとめられ議決されたのであれば、座長といえどもこの提言に財政審議会のメンバーとして賛成した事になり、財政審議会を代表して財務省なりに提言を提出しています。

そんな西室氏の「この提言が、西室氏の個人的な見解ではない」は単に個人的な感想に過ぎず、財政審議会の座長として公式に提言を否定したのとは当然意味が異なるかと考えます。国会の議長が

    あの国会決議は私の個人的見解と異なるから、議決されても否定する
こういう風に私的な個人の立場として考えるのは自由ですが、議長としての立場として公式に発言すれば大変な事になります。つまり返答にある「個人的な見解ではない」は単なる独り言以上の意味は存在しない事になります。本当にそういう意見を公式に主張したいのなら、集まってくるマスコミには事欠かないでしょうから、記者会見を開いて座長の立場である事を明言して否定されることです。とても出来るとは思えません。これは見事なまでの玉虫色の返答です。たしかに2005年6月に西室氏は東芝の取締役会長から相談役に転じられています。この相談役と言う地位がどんなものかが実に玉虫色です。代表権が無いので「東芝東芝メディカルシステムズ社の意思決定には関わっていない」とは公式の見解ですが、実質がどうであるかは人によって異なるかと考えます。

相談役といえば思い出すのが松下幸之助氏です。松下氏も80歳の時に相談役に退いていますが、その後の松下氏が松下グループへの意志決定権がゼロになったと考えている人は稀かと思います。もちろん松下氏は立志伝中の伝説の人物ですが、一般に相談役を与えられるような人物はその会社のかなりの大物であると判断されます。

定年だから退職なんて待遇が与えられないので相談役なる地位が設けられます。相談役も時に責任を取って左遷的な扱いでなる事もあるかもしれませんが、西室氏の経歴はwikipediaからですが、

1961年 - 慶應義塾大学経済学部卒業。同年、東京芝浦電気株式会社(現・株式会社東芝)入社
1984年4月 - 電子部品国際事業部長
1986年8月 - 半導体営業統括部長
1990年4月 - 海外事業推進部長
1992年6月 - 取締役東芝アメリカ社副会長
1994年6月 - 常務取締役
1995年6月 - 専務取締役
1996年6月 - 代表取締役 取締役社長
2000年6月 - 代表取締役 取締役会長
2003年6月 - 取締役会長
2005年6月 - 相談役
2005年6月 - 株式会社東京証券取引所取締役会長

東芝代表取締役から相談役になると同時に東証の取締役会長に就任しています。これは東芝代表取締役から子会社の東証に左遷されたわけではなく、東芝での赫々たる財界人としての功績と、東芝相談役と言う金看板で就任されたと考えるのが妥当です。つまり西室氏の東芝相談役は重要な相談役としての地位であり、今でも東芝の大幹部として今でも重い発言権を有すると考えるのが妥当です。

それと「そもそも」なんですが、東芝に反感を抱く原因は西室氏が東芝の意志決定権に関与しているかどうかは関係ありません。西室氏が東芝社員であるだけでそう考えるだけです。財政審議会のメンバーになるというのはそれだけで地位も名誉もあると言う事で、その地位と名誉は東芝の金看板に支えられていると言うことです。現役の相談役であれば十分であり、たとえ退職しても元東芝の重役と言うだけで必要にして十分になります。

    意見は、今後の同審議会での議論の参考にさせてもらう
この発言は「座長として、委員の意見を取りまとめただけ」の主張に完璧に反します。座長が議事進行役で実質として発言しておらず、提言が「個人的見解ではない」状態であるのなら、どうやって財政審議会に意見を反映させると言うのでしょうか。この発言は座長も意見を出すと同じ意味になり、それであるなら財政審議会の座長として「委員の意見を取りまとめただけ」ではなく、自らも意見を出した上で提言をまとめた事になります。

ここで西室氏が座長ではなく普通のメンバーになった時の発言であるとも考える事はできます。ただ現実としてどうなんでしょうか。私の少ない知見では座長になるというのも一種の地位で、決して座長はテーマ毎に軽々と回し持ちしているような地位とは思えないフシがあります。つまり座長を辞める時は財政審議会も辞めるに近い感じがしています。その辺は例外もあり、感覚はそれこそ財政審議会にでも実際に参加してみないとわからないところです。


もちろん今日の絡みはnuttycellist氏が返答をまとめ公開した骨子についてのみの反論であり、全体を読めばまたニュアンスも変わるかもしれません。しかし骨子を読む限り、かなりユニークな説明をする人物の印象を抱いてしまいました。私の誤解であることを切に祈りたいところです。