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【日曜経済講座】改革路線崩れる自民政権公約なるものを、財政制度等審議会 財政制度分科会臨時委員であらせられる(株)産業経済新聞社論説委員岩崎慶市氏が書かれております。そこの医療に関する部分だけ引用します。

 象徴的なのは来年度が改定年に当たる診療報酬の引き上げを早々と公約に盛ったことだ。医師不足地域格差の是正を理由とするが、診療報酬は税金と保険料という公的負担が主財源である。ならば、優遇される開業医の報酬を大胆に削って配分を見直すのが先だ。日本医師会などの反対でそれが打ち出せない。

 医療分野の硬直性は成長をも阻害する。本格的な高齢化社会の到来で医療需要は黙っていても急増する。しかし、これを環境と並ぶ成長産業に育てるためには保健診療に自由診療を併用する混合診療の解禁が肝心なのだが、それがない。こうした規制改革は公的負担も軽減するのに、である。

ここの部分の主張を簡潔にまとめると、

  1. 診療報酬引き上げは反対であり、開業医の報酬を削って勤務医に回せ
  2. 混合診療を推進する
この2点としても良いかと思います。ここで財政制度等審議会 財政制度分科会及び財政構造改革部会合同会議が平成21年6月3回に出した平成22年度予算編成の基本的考え方についてがあります。そこの「高齢化の下での社会保障制度とその財源」の一部を引用します。

これまで当審議会で繰り返し指摘してきたとおり、医療・介護等のサービスコストの抑制、世代間の公平の確保(負担能力に応じた公平な負担の実現等)や、自助と公助の役割分担(公的分野が関わるべき内容・範囲の重点化)等の視点から、制度全般にわたり、給付の重点化・効率化を図ることが重要である。

ここに書かれているのは、

  1. 医療費抑制:医療・介護等のサービスコストの抑制
  2. 混合診療導入:自助と公助の役割分担(公的分野が関わるべき内容・範囲の重点化)
財政制度等審議会 財政制度分科会臨時委員として審議会の決定を鮮やかに代弁しておられます。開業医の診療報酬削減については、

医師不足の解消に向け、「経済財政改革の基本方針2008」(平成20年6月27日閣議決定)や、昨年11月の建議における指摘も踏まえ、

  • 診療報酬の配分の在り方、
  • 医師の適正な配置、
  • 医療従事者間の役割分担の見直し、
といった医療政策における本質的な課題に対し、早急に取り組む必要がある。

まず「診療報酬配分の在り方」として問題提議し、

勤務医が厳しい勤務状況に置かれている中で、平均年収(約1,415万円)が、開業医の概ね半分程度であることなども、その要因と考えられる

勤務医の平均年収が「1415万円」もあるのかも疑問なのですが、開業医はなんとその2倍もあるそうです。そうなると開業医の平均年収は2800万円ぐらいになります。どこの開業医だの話は後でするとして、

病院勤務医の負担軽減に確実につながるよう、診療所(開業医)に偏っている現状を見直し、病院に対する診療報酬を手厚くすること

こういう結論が導かれています。根拠に基づいた実に良く出来た主張です。

もう何回かやりましたが、開業医の平均月収なるもの公式の根拠をもう一度示しておきます。これの根拠になるのが公式には一つだけで第15回医療経済実態調査になります。この調査での全体の平均収支差は198万7477円になっていますか、約200万円としてよいでしょう。もっとも平均は様々に母数を変えて算出されてましたから、約230万なんてのもあった様な気がします。

    収支差 ≠ 収入
これは経営の事を少しでも御存知の方はよく知ってられると思いますが、230万円説を取れば2800万円弱になり勤務医の2倍になるとは言えます。しかし開業医と勤務医は年齢層が違います。医師会の平均年齢はほぼ60歳ですから、勤務医で言えば部長や院長などの幹部クラスになります。一方で勤務医はペーペーまで含んだ平均ではないでしょうか。

対象の比較の為には調査集団のバイアスを小さくする必要があります。たとえば新聞記者の平均収入を論じる時に、財政制度審議会に名を連ねる新聞社委員の平均収入で論じられたら岩崎氏は怒ると思いますが、それぐらい荒っぽい事をやっていると言う事です。

さらに統計を分析するときの基本と言うか基礎ですが、サンプルの分布を確認することです。マスコミが大好きな「平均」を使うときには、正規分布しているというのが前提です。これも岩崎氏と新人記者9人で平均収入を計算したらわかる事です。10人の平均を出したら、平均以上の記者は岩崎氏1人です。これが正しい実態と言われたら、新人記者9人が怒ります。

この分布も医療経済実態調査にあります。

このグラフのもう少し具体的な説明をすれば、
  1. 平均収支差の200万円以下の診療所が658件、約65%ある。
  2. 平均収支差の半分のである100万円以下の診療所が454件、約43%ある。
  3. 平均収支差の1/4である50万円以下の診療所が283件、約27%ある。
  4. 赤字診療所が136件、約13%ある。
もう少し言い換えれば、平均以上が約1/3、収支差50万円以下が1/3で、50万円以下のうち半分が赤字です。100万円以下が4割以上ですから、平均収支差200万円と言われても多くの診療所経営者は「どこの世界のお話」になります。これは平均収支差200万円で考えていますが、これが230万円になれば7割が平均以下の計算になります。今日はサンプルのバイアスについては触れません。

こんな状態で開業医の診療報酬削減をやれば、平均収支差50万円以下の約27%の診療所が吹き飛びます。実際のところで言えば平均収支差100万円以下ところも危ないところもありますから、1/3ぐらいは診療所が消滅すると考えてもおかしくありません。「収支差 ≠ 収入」ではありませんからね。財政制度審議会の結論しか代弁されていない岩崎氏ですが、岩崎氏の主張する「優遇」されている開業医の経営実態は公式御用調査でもこんなものです。

財政制度審議会は神の統計である「平均」しか採用しませんが、実態調査では平均でない手法で収支差を分析している統計もあります。中央値で持って解析しているものです。これでの平均収支差は132万1060円となり、この金額なら多くの開業医は実感を持って見ることができます。概算ですが、これなら勤務医の給与に相当する額が100万円弱程度になり、「そんなものだろう」と言う事は可能です。


それと「収支差 ≠ 収入」を具体的に説明した図表があります。

図表は日医総研が示したものであり、右側の吹き出し財務省の反論です。反論部分を書き写せば、
  1. 税金


      病院勤務医の給料月額も税引き前であり、比較上、税金を差し引く必要はないのではないか。


  2. 借金返済


      借金返済(元本)は借入金の見合いであり、借入金を収支に入れない以上、借金返済も収支に入れないのが当然。


  3. 退職金相当部分


    • 従業員の退職金については、前年実績の1/12を既に費用として計上している。
    • 開業医は、他の自営業者同様、定年がなく、退職金相当は可処分所得の中での選択枝の問題。


  4. 設備投資・積立金


      仮に設備等について現存物の価値以上の改善を行うとしても、将来的には減価償却費として費用計上される事に留意。
日医総研の主張は勤務医の収入と開業医の収支差を同列に論じるなと言うものです。言うまでも無く勤務医は従業員であり、開業医は経営者です。こういう立場が違う人間の収入をあえて比較するのなら、単純な収入ではなく可処分所得で比較するべきだと言う事です。税金一つにしても年収による変動が激しい上に、税制上云々と言われても開業資金の返済は絶対に支払わなければなりません。

退職金積み立てもそうで、いくら医師に定年がないと言っても、体力気力の限界はやがて来ますし、優秀な従業員が長期勤務してくれたら、退職時には相当額の退職金の支払いが必要になります。財務省が認めないというのは複雑な税法上の解釈でしょうが、実態として比較するのなら「手取り」にしないと比較にすらならないという事です。


ついでですから、財政制度審議会にはこうも書かれています。

こうした中、我が国の財政においては赤字が多額に上っており、現在の社会保障給付のために必要な税負担を現世代が負担する税財源で賄い切れていない。

財政赤字は医療費を大盤振る舞いしたからとは思えません。医療と財政赤字を直接リンクして考える発想法は毎度の事ですが、ツケをひたすら医療に押し付けてきたのが現在の医療崩壊の主要原因の一つです。では「増える、増える」と言われる医療費ですが、どれぐらい増えるかを財務省財政新制度審議会でプレゼンしています。

これは「増える」と直感された方も多いとは思いますが、財務省のプレゼンは「金額ベース」です。金額の負担感は収入によって変わります。現在の国民所得が将来も全く同じであれば、財務省のプレゼンは正しくなりますが、国民所得も増大します。負担感を表すには、「金額ベース」でなく「国民所得」ベースで表す方がより実態を反映しているかと考えます。図表を「国民所得ベース」に書き換えるとどうなるかですが、
もちろん高齢者人口の増加により医療費は増えますが、これは不可避な社会現象であり、それも織り込んで考えれば「これぐらいは必要かもしれない」のプレゼンに変わるのがわかって頂けるかと思います。



岩崎氏が財政制度等審議会 財政制度分科会臨時委員の職務として、スポークスマンの役割を忠実に果たされているのは既に周知の事実です。今となっては憤慨する気にもならないのですが、産経新聞とは言え、ここまでスポークスマンである事が産経社員として許されるのかに少々疑問を抱く時があります。ここまで執拗に繰り返し財政制度等審議会スポークスマン業務を行なっても、健筆が続くのですから、当然のように産経新聞社もスポークスマンである事に誇りをもたれていると考えた方が良いかもしれません。

産経新聞社のHPに新聞倫理綱領・記者指針てなものが掲げられています。一部抜粋してみます。

 国民の「知る権利」は民主主義社会をささえる普遍の原理である。この権利は、言論・表現の自由のもと、高い倫理意識を備え、あらゆる権力から独立したメディアが存在して初めて保障される。新聞はそれにもっともふさわしい担い手であり続けたい。

なるほど

    あらゆる権力から独立
これを目指しているわけですが、あくまでも「あり続けたい」ですから、努力目標と言うか希望項目ぐらいに解釈すれば良いようです。

新聞は公正な言論のために独立を確保する。あらゆる勢力からの干渉を排するとともに、利用されないよう自戒しなければならない。他方、新聞は、自らと異なる意見であっても、正確・公正で責任ある言論には、すすんで紙面を提供する。

ふ〜ん、

    あらゆる勢力からの干渉を排するとともに、利用されないよう自戒
日本語は難しいですね。「干渉」や「利用される」は良くないとしても、自らが積極的に加担するのは無問題と解釈しなければならないようです。

記事が客観的な事実なのか、あるいは記者個人の意見または推論・批評・期待なのか明確に読者に分からせる書き方をするよう心掛けねばならない。

岩崎氏の論説は、普通の国語力で読むと岩崎氏個人の「意見または推論・批評・期待」に読めてしまいますが、財政制度審議会の意見とは別物なんでしょうか。きっと別物と解釈するんでしょう。「明確に読者に分からせる書き方」で財政制度審議会の意見と書いていませんからね。おそらく審議会では居眠りしていて「何も」聞いてなかったというところでしょうし、配布資料もすべてお忘れになっていたとかも十分ありえます。

いつもながら楽しい人物です。ネタ枯れ時期には本当に有り難い人物ですが、もうちょっと論説レベルが上ってくれると嬉しいところです。