札幌の1年前の出来事の整理

まず12/2付北海道新聞より抜粋します。

 市などによると、女性は昨年十一月十五日午後十時半ごろ、北区の自宅で腹痛を覚え、妊娠二十七週で一三〇〇グラムの男児を出産。119番通報で男児は救急車で運ばれた。

出生が22:30頃である事がわかります。

救急隊が未熟児の状態を確認した直後から消防局指令情報センター(中央区)が電話で受け入れ先病院を探した。

最初から消防局指令情報センターが探していた事がわかります。探していたのは未熟児と当然その母親もであり、当初は二人セットで受け入れてくれるところを探していたと思われます。ここまでの起こったことは、

  1. 自宅にて分娩
  2. 119番通報
  3. 救急隊が未熟児分娩を確認し消防局指令情報センターに連絡
  4. 消防局指令情報センターが搬送先探しを行うと決定
時間は22:30ですから、普通に考えて家族はおられたと考えられます。腹痛の時点もしくは分娩直後には119番通報が為されたと考えるのが妥当ですが、

女性のかかりつけの医院は重篤な患者を受け入れる施設が整っていなかったため

これは家族がまずかかるつけ医に連絡した可能性を考えます。そうなると腹痛から分娩までの時間は比較的短かったと考えるべきですから、家族がこの緊急事態に対して、

    かかりつけ医に電話相談 → 119番通報
これがまず行なわれたと考えられます。そうなると救急隊が到着し、消防局指令情報センターと連絡を取り、搬送先を探し始めるまでに10分程度は要したと推測されます。つまり22:40頃から搬送先探しがスタートしたのではないかと推測されます。ここで7つの病院が受け入れを出来なかったのですが、どういう順番で要請されたのかの情報が乏しいところがあります。記事情報では、

三番目に依頼を受けた市立札幌病院

市立札幌病院が三番目である事はわかるのですが、そうなると市立札幌病院はかなり素早い対応を見せている事になります。

市立札幌病院救命救急センターの医師がドクターカーで駆けつけて二十八分後にこの救急車に同乗し、車内で応急処置にあたった

この「28分後」の解釈が問題です。いつから28分後の情報が乏しいからです。妙に細かい数字ですから、救急隊が到着してから28分後と考えるのが妥当かと思われます。市立札幌病院に要請してから28分後の可能性も残りますが、搬送先探しは救急隊でなく消防局指令情報センターが行なっていますから、救急隊の記録に到着後28分後に到着したと記録されていたと考えます。時刻にすれば午後11時を少し過ぎた23:05〜23:10が妥当かと推測されます。

ここで救命救急センターの医師がどの程度の装備で駆けつけたかは分かりませんし、この医師が新生児の治療にどれぐらいの知識と経験があるかも不明ですが、可能性として搬送用クベースによる保温とバッグによる補助呼吸は行なわれた可能性はあります。つまり応急処置としては精一杯の事が行なわれていた可能性です。これ以上の処置はNICUに入らないと難しいところがあります。

それと到着を23:10としてもかなり早い印象です。搬送先探しが10:40頃からではないかと推測していますが、市立札幌病院は三番目です。どんなに早くとも市立札幌病院に連絡があったのは10:50以降と考えられますから、連絡を受けて10分程度で到着した事になります。結果として分娩してから約40分以内に医師による応急処置が行なわれていますが、市立札幌病院としては受け入れられない事を除けばできるだけの応急措置をしたと考えます。よく言われる「廊下に寝かせても」程度はできているとしても良いかと思われます。

最終的にNICUのない手稲区内の病院が受け入れたが、病院着は翌日午前零時八分。

この手稲区内の病院とは手稲渓仁会病院の事であり、当時の二次輪番当番病院を引き受けていた病院です。ここで「NICU」が無いとなっていますが、NICUとは認定基準の通った病床を指します。それ以外でもNICUに近い治療を行なえる施設を持っているところはあり、医療者はこれを準NICUと呼んだり、セミNICUと呼んだりします。正規のNICUより能力は基本的に劣りますが、勤務医師の能力によってはNICUに近い事があります。もちろん手稲渓仁会病院がそうであったかどうかの情報を持ちませんが、最終的に受け入れたからにはそうであった可能性はあると考えています。

とりあえず12/2付北海道新聞から拾える情報はこれぐらいかと思います。次に12/3付朝日新聞からです。

7カ所目の要請先だった道立子ども総合医療・療育センター

道立子ども医療センターが7番目であった事が確認できます。3番目が市立札幌病院、7番目が道立子ども医療センターであるとすると朝日記事にある搬送が受け入れられない理由にある一覧の病院は、要請順である可能性が高くなります。理由とともに引用してみます。

要請順 病院名 理由
1 北大病院 この日、NICUは設備の消毒のため、休止状態だった
2 札幌医大附属病院 当日は満床だったので断った可能性が強い。急患を受け入れなかった場合には、要請を受けた記録はつけていない
3 市立札幌病院 当日満床で、当直医はほかの患者の処置で多忙だった
4 KKR札幌医療センター 記録が残っていない
5 天使病院 記録はないが、満床だったと思う。満床以外の理由では断らない
6 札幌徳洲会病院 記録がなく詳しくは分からないが、NICUのない当院に依頼しても無理
7 道立子ども医療センター 要請を受けたが満床で、「調整のうえ、あとから連絡したい」と告げた。断ってはいない


この7つの病院なんですが、市立札幌病院(総合周産期センター)、北海道大学病院札幌医科大学附属病院、道立総合子ども・療育センターは産科救急の三次救急病院です。また天使病院、KKR札幌医療センターは二次救急輪番病院です。ところが札幌徳洲会病院はこれに含まれていません。出生場所が札幌市内と言うだけで特定されていないのと、手稲渓仁会病院も含む7つの病院の地理関係がわからないので何とも言えない所ですが、消防局指令情報センターの最初に選んだ3ヶ所である、
    北大病院、札幌医大病院、市立札幌病院
これは未熟児の重症度を考慮したと考えられ理解できます。この未熟児は三次救急に運ぶ価値はあると考えておかしくありません。ただもう一つの三次救急病院である道立子ども医療センターに要請する前に3つの病院に依頼しています。
    KKR札幌医療センター、天使病院、札幌徳洲会病院
このうちKKR札幌医療センター、天使病院は当時の二次輪番救急病院に含まれるため、当夜の当番病院でなかったかと考えます。三次病院が受け入れ不能だったので次善として二次にあたったと考えるのですが、ここで天使病院はNICUもある病院なのでまだ良いとして、KKR札幌医療センターは、

毎晩産科医がいるわけではないし、そもそも急患は妊娠34週以降に限っている

救急能力がかなり弱体化しているのと、その旨を救急に通知しているはずだの主張です。札幌徳洲会病院に至っては二次輪番病院でない上に、

NICUのない当院に依頼しても無理

誠にごもっともな主張です。なぜに搬送に適さないと考えられるKKR札幌医療センターと札幌徳洲会病院を、道立子ども医療センターより優先して要請したかが分かり難いところです。やはり地理的な条件なのでしょうか、土地勘が無いのでこれ以上はわかりません。ここでちょっと注目されるのは7番目の道立子ども医療センターの回答です。朝日記事を引用すると、

NICUは満床だったが「調整をしてみるので、後で連絡したい」と回答。だが市消防局は「それなら渓仁会に連絡する」とだけ答え電話を切ったという。同センターは「断ったという意識はない。最大限の努力はするつもりだった」と困惑する。

この朝日記事に関連する続報が12/6付北海道新聞にあります。

未熟児死亡 道立子ども医療センター マニュアルを守らず

 札幌の未熟児が七病院に受け入れを断られ、新生児集中治療室(NICU)がない病院への搬送後に死亡した問題で、道は五日の道議会予算特別委員会で、空きベッドがあった道立子ども総合医療・療育センター(札幌市手稲区)が救急搬送の依頼に対し、マニュアルに沿った対応を取らなかったため、受け入れ判断が遅れたことを明らかにした。

 道によると、センターに札幌市消防局が搬送依頼してきたのは昨年十一月十五日午後十一時半。電話を受けた当直医は受け入れが判断できるNICUの担当医に転送しようとしたが、うまくいかず、かけ直しを依頼し、同十一時五十分に再び搬送依頼が来るまでセンターから連絡しなかった。救急から電話を受けた担当医が受け入れ可能か確認作業を始めたが、その間に他の病院へ搬送が決まった。

 同センターの救急対応マニュアルでは、当直医と専門医が密接に連携し、対応する決まり。当時、同センターのNICUには空きが一床あり、道は「初期対応の不手際や医師の連携が不十分で、結果的に要請に応じられなかった」(道立病院管理局)と対応のまずさを認めた。

 共産党の花岡ユリ子氏(小樽市)の質問に答えた。

これによると道立子ども医療センターへの連絡は23:30だった事が確認できます。連絡は2度あり2回目は23:50であった事もわかります。ここまでの時刻関係をまとめてみると

時刻 経過
22:30 自宅にて出生
22:40 この頃から消防局指令情報センターが搬送先探しを始めたと考えられる
22:55 おそらくこの時間までに北大病院、札幌医大病院、市立札幌病院への搬送要請は終了していると考えられる
23:05 市立札幌病院救命救急医師が到着したと推測
23:30 道立子ども医療センターに1回目の搬送依頼
23:50 道立子ども医療センターに2回目の搬送依頼
00:08 手稲渓仁会病院到着


おそらくですが23:00より以前に北大病院、札幌医大病院、市立札幌病院の搬送が受け入れが不能である事を確認した消防局指令情報センターは搬送先探しとして23:30までの間にKKR札幌医療センター、天使病院、札幌徳洲会病院と受け入れ打診を行う事になります。このうちKKR札幌医療センターと札幌徳洲会病院は結果として無駄足であったと考えてもよいと思われます。

ようやくと言う感じで7つ目の道立子ども医療センターに要請したのが23:30です。道新記事は不可解な点を伝えています。記事情報をどこまで信用するかになるのですが、消防局指令情報センターは2回の電話を道立子ども医療センターに行なっています。1回目の電話の様子は、

電話を受けた当直医は受け入れが判断できるNICUの担当医に転送しようとしたが、うまくいかず、かけ直しを依頼

どういう状況であるかを考えてみると、まず道立子ども医療センターの救急からの入院要請の連絡ルートは、

こうであったと考えられます。同じ入院依頼でもNICUの場合は、通常NICU当直医に全権が委ねられます。病院当直医が勝手に判断するという事はありえません。またこの日の病院当直医がどの診療科であるかも不明です。子ども医療センターの当直であっても小児科医以外が担当する事はありえると考えます。つまり病院当直医のNICUへの入院要請に対するお仕事はNICU当直医につなぐだけであったと考えます。

ところが「転送しようとしたが、うまくいかず」です。この転送の意味が電話機の転送操作の失敗か、NICU当直医が電話に出られない状態であったのかは記事情報では不明です。ただ

当時、同センターのNICUには空きが一床あり

1床しか空きがなければNICU当直医が処置手を取られて多忙であった可能性は十分にあります。道立子ども医療センターの院内医師の呼び出しがポケベルシステムなのかPHSかはわかりませんが、ひょっとするとNICUに電話を入れて「電話に出れない」との返答ももらったのかもしれません。この辺は憶測ですが、とにかく電話はつながらず、問題の「かけ直し」を消防局指令情報センターの頼む事になります。

ここも記事情報だけですが消防局指令情報センターは「かけ直し」を承諾しています。消防局指令情報センターが承諾した点を考えると病院当直医が消防局指令情報センターに伝えたニュアンスは、

    NICU当直医は多忙で電話に出れないので、しばらくしてもう一度かけ直して欲しい
こうでは無かったかと推測されます。NICU当直医に連絡がつかない事には搬送要請の可否は病院当直医ではどうしようもないので、いくらマニュアルで、

同センターの救急対応マニュアルでは、当直医と専門医が密接に連携し、対応する決まり

こうあるとしても、NICU緊急入院の場合はNICU当直医が判断するのですから、「密接な連携」とは速やかに電話を取り次ぐのが病院当直医の仕事のすべてかと考えます。すべてなんですが、23:30から20分後の23:50までの間に病院当直医がNICU当直医に連絡を行なったかどうかは問題になるとは考えられます。行なったかどうかも記事には情報はありません。可能性として、

  1. 次回の消防局指令情報センターからの電話を待っていた
  2. NICU当直医との連絡はつけ、搬送要請があった事は伝えた
通常ならNICU当直医に連絡はつけたかと思っています。ただ病院当直医はどれほどの情報を消防局指令情報センターから得ていたかは問題です。ここも憶測に憶測を重ねる事になりますが、この情報が抜けていた可能性を考えます。札幌はいざしらず、未熟児が自宅分娩されるなんて事はレアケースですし、病院当直医もそれを聞いていても重要と思わず伝えなかったか、消防局指令情報センターも病院当直医に伝えなかった可能性はあると考えています。NICU当直医は搬送を受けるつもりであったのは、朝日記事からも道新記事からも窺えますが、

救急から電話を受けた担当医が受け入れ可能か確認作業を始めたが

これは23:50の電話で感染症扱いである情報を確認したので、それを受けての確認調整作業であったと考えます。NICUは1床ありましたが、感染症扱いとなると単純に受け入れるわけにはいかず、ベッド配置の調整まで必要になるからです。

ただ消防局指令情報センターは23:30の電話で事実上「受け入れ不能」と考えたらしく、これもおそらくになりますが、20分の間に手稲渓仁会病院にも搬送を依頼したのだと考えています。23:30の最初の電話と23:50の2回目の電話の間に20分も間隔があったのは手稲渓仁会病院への搬送依頼の電話をしていたからだと考えます。

その間に他の病院へ搬送が決まった

この「その間」の解釈も微妙なんですが、手稲渓仁会病院も搬送要請を受けても即答できず、確認調整作業を行なっていたかと考えるのが妥当です。そして受け入れOKの連絡が道立子ども医療センターの確認調整作業より早く終了したのでは無いかと考えます。早くOKをもらった方に搬送した事自体は問題ないとは思いますが、消防局指令情報センターは未熟児の搬送先としてNICUの無い病院で良しとした判断にやや微妙なものを感じます。

一刻も早い搬送が重要な事はもちろんですが、一刻を争うギリギリの判断でNICUのある三次救急の道立子ども医療センターの返事をもう少しだけ待つの選択はなかったかとも考えます。アラ捜しみたいな事で申し訳ないのですが、道立子ども医療センターに搬送依頼をする前に、搬送先としては適格性に欠けると考えられるKKR札幌医療センターや札幌徳洲会病院に無駄な時間を潰していた事を考えると、結果としてやや不手際の感があります。

もちろん不手際と言ってもあくまでも結果としてであり、未熟児の状態を心配しながら必死で搬送先を探していたのですから、少々の不手際は起こっても仕方がないと思います。とくに最初の3病院に続けて搬送できず、気が動転して焦りが出たのもやや不手際の原因かとも考えられますが、人間の運用するシステムですから、この程度は許容範囲にするべきとも思っています。結果としての完璧を100%行なえるわけがないからです。

ちなみにですが、この事件が産科・周産期救急に含まれるのか、小児救急に分類されるのかの判断がよく分からないのですが、救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査の結果についてには北海道の産科・周産期救急で紹介回数が8回は産科・周産期救急で、

問合せ回数 1 2 3 4 5 6 7 8 9 15
総数は1008 881 81 24 13 2 4 0 1 1 1


紹介回数が8回以上のものは1008件中で3件です。ただ12/5付北海道新聞には北海道庁のまとめたデータとして、

札幌市内では昨年十一月、未熟児が七病院に受け入れを断られ、収容先の病院で死亡した。新生児対象の調査はないが、この例を含む十五歳未満の子どもの救急搬送は一万二千六十五件で、受け入れが断られた例は九百十五件あった。

こうありますから小児救急に含まれる可能性もあります。

1 2 3 4 5 6 7 8 11 合計
9166 695 156 44 13 3 2 1 1 10081


小児救急なら1万81件中で2件です。こういう事態は産科・周産期救急で年間3件、小児救急で年間2件ですから、消防局指令情報センターに焦りが出たのもうなづける様な気がします。蛇足ですが道新記事の小児救急数との相違については12/6のエントリーを御参照ください。