スーパーセンター

まずは11/29付時事通信より、

無条件受け入れのスーパーセンター=周産期医療見直しで都協議会が提言へ

 救急搬送された妊婦が8病院に受け入れを拒否されて死亡した問題を受け、妊婦の搬送体制のあり方を検討している「東京都周産期医療協議会」(会長・岡井崇昭和大教授)は28日、緊急手術などが必要な妊婦について無条件に受け入れる「スーパー総合周産期母子医療センター」の設置を提言する方針を決めた。救急隊などが受け入れ医療機関を探す手間を一切省くという発想で、スーパーセンターにはこれまで以上に医師や設備などを集約する。

凄いですね、なんてたって「スーパー」ですからビックリさせられます。「東京都周産期医療協議会」の11/28付の公式資料が無いので記事情報に頼りますが、要点は二つのようで、

  1. 救急隊などが受け入れ医療機関を探す手間を一切省くという発想
  2. スーパーセンターにはこれまで以上に医師や設備などを集約する
こういう二つの要点を実現する事により、
    緊急手術などが必要な妊婦について無条件に受け入れる
なるほどなんですが、このスーパーセンターの前に東京ルールが宣言されていました。東京ルールの骨子は、
  1. 救急隊による搬送先の病院探しが難航した場合、12地域のセンターが地域内の受け入れ病院を探したり、自ら受け入れたりする。
  2. 患者を救急車内で待たせる時間を少なくするため、最終的な搬送先以外の病院で患者を応急処置した後、転送する取り組みも始める。
東京ルールは救急医療全般についてのものだと理解していますが、スーパーセンター構想は妊婦救急ではこれをさらに推し進め、絶対に搬送を断らないスーパーセンターを作るという事のようです。墨東の件を踏まえているわけですから、搬送される妊婦は産科領域だけではなく、脳出血などの他の重篤な合併症があったとしても絶対に断らない砦と言うか要塞みたいな構想です。

もちろん現状の戦力のままで看板だけ書き換えても実質が伴いませんから

    これまで以上に医師や設備などを集約する
産科医だけでも新たな戦力増強は東京といえども困難ですし、最低限必要な新生児科医、麻酔科医も払底していますから、集約すなわち既存の総合周産期センターを幾つか潰して合併させ、戦力強化を図ろうとしているのが分かります。また医師を集めても設備が無ければ対応できませんから、集約された病院の増床増設、それでも間に合わなければ新設の必要もあります。

もう少し情報が欲しいのですが、ここで非常に不本意ですがタブロイド紙である11/29付毎日新聞から引用します。

救急妊婦:すべて受け入れ 都内数施設「スーパー周産期」に

 東京都周産期医療協議会(会長・岡井崇昭和大医学部教授)は28日、ハイリスクの妊婦に対応する都内の総合周産期母子医療センター9カ所のうち、3〜4カ所を救急性の高い妊婦についてはすべて受け入れる「スーパー総合周産期母子医療センター」(仮称)として位置づける方針を決めた。

 都内で9〜10月、脳出血の症状を訴えた妊婦を総合周産期母子医療センターが受け入れられなかった事態が相次いだことを受けての対応。「スーパー総合」は妊婦の救命が必要な場合、ベッドの空きがなくてもとりあえず緊急入院として受け入れる。軽症の妊婦は対象としない。

 ただこの日公表された都の調査では、都内の総合周産期母子医療センターの昨年度の母体搬送に対する受け入れ率は26〜51%にとどまっており、受け入れられなかった理由の大半が「NICU(新生児集中治療室)が満床であったため」だった。

 現状の体制のまま「スーパー総合」をスタートさせても、どれだけ機能するかは未知数で、協議会の会長代理を務める楠田聡・東京女子医大母子総合医療センター教授は「あくまでも緊急避難的な対応。最終解決策はNICUを増やすことだ」と指摘した。【江畑佳明】

ここには「これまで以上に医師や設備などを集約する」の具体的内容として、

都内の総合周産期母子医療センター9カ所のうち、3〜4カ所を救急性の高い妊婦についてはすべて受け入れる「スーパー総合周産期母子医療センター」(仮称)として位置づける

アレレレ、集約すなわち数を減らして戦力を集中するではなく、数はそのままで「3〜4ヶ所」を指定するだけの方針のようです。残りの「スーパー」でない総合周産期センターも温存するとすれば、どこから集約する「医師」や「設備」を捻出するのでしょうか。考えられるのは集約して潰すのは総合周産期センターではなく、地域周産期センターかもしれません。現状の戦力は医療機関数を維持したままで、医師の数の増強は不可能だからです。いや、ひょっとして東京以外の県の総合周産期なり地域周産期を集約のために取り潰すのかもしれません。

ここで提言しているのは「東京都周産期医療協議会」ですから、考えると言うか見なければならない範囲は東京だけで、他の県の事情まで考慮に入れる必要はありません。ただ東京周辺の県の医療は、おそらく「東京都周産期医療協議会」に参加している大学病院の派遣を受けているところが多いとも考えられますから、東京のスーパーセンターのために医師を集約されたら困った事態が展開するかもしれません。

もう一つ興味深いのは、時事通信記事で「緊急手術などが必要な妊婦について無条件に受け入れる」の具体的内容ですが、

ベッドの空きがなくてもとりあえず緊急入院として受け入れる

時事通信記事を読んだ段階では「無条件に受け入れる」事ができる規模と人員のスーパーセンターを作るのかと考えていましたが、どうもそうとは言えず、「問答無用で押し込める」病院にするのが当座の目標のようです。

「ベッドが無い」は医療において物理的な意味と機能的な意味があります。物理的な意味とは文字通りベッドすなわち病床が無いことを意味します。病床が無いも、もう少し細かい見方があって、緊急手術を行なわなければならないような妊婦であれば、一般病床すなわち普通の病室のベッドでは対応できない事があり、その場合には一般病床に空きがあっても、NICUが満床の時にも「ベッドが無い」は使われます。ついでに言うと、さらに分娩が伴えばNICUが必要なこともあり、ここも満床ならば「ベッドが無い」になります。さらに言えば物理的に「ベッドが無い」時にはマンパワーも目一杯である事が通常です。

機能的に「ベッドが無い」は物理的にベッドすなわち空き病床があったとしても、マンパワーが他の入院治療中の患者に費やされて対応できない状態の事を指します。入院する目的は、病院のベッドに寝るのが目的ではなく、医師以下医療スタッフの治療を受けるのが目的です。機能的に「ベッドが無い」状態で患者を受け入れても真の目的である治療を受けられない事になります。ここで、もし新たに受け入れた患者にマンパワーを投入したら、他の重症患者の治療は疎かになることになります。根性論では医師も医療スタッフも分身の術は使えないからです。

物理的でも機能的でも「ベッドが無い」状態で受け入れるとはそういう状態になりますから、医療者なら「ベッドが無い」状態では患者を受け入れません。ところが毎日記事ではそれでも「受け入れる」のがスーパーセンターの役割だとしています。記事情報ですから説明不足になっている事があるとは思いますが、「ベッドが無い」状態で受け入れた後はどうするのだろうと思ってしまいます。やっぱり根性論で対処する方針なのでしょうか。


ところでどれほどの産科・周産期救急が発生しているかになります。平成20年3月11日に発表された総務省救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査の結果についてに参考となるデータが掲載されています。東京では4354件の産科・周産期傷病搬送数が発生しています。このうち病院間転送が2100件です。時事通信記事では「救急隊などが受け入れ医療機関を探す手間を一切省くという発想」で作られるそうですから、救急隊が搬送先を探す時も、病院間転送でも「手間を一切省く」に該当するかと考えられます。

4354件のうち除外されるとされる「軽症の妊婦」はどの程度の割合でしょうか。実態に詳しく無いのでなんとも言えないのですが、産科・周産期救急では軽症のものはさほど多くない様な気がします。また東京周辺の埼玉、神奈川、千葉、茨城などの首都圏の産科事情も全国屈指で悪いほうですから、「軽症の妊婦」と他県からの流入分を差し引きすれば4000件ぐらいはあったとしても過大とは言えない様な気がします。

「探す手間を一切省く」ですから、この言葉を額面通りに受け取れば、これらの妊婦及び周産期救急のかなりの部分がスーパーセンターに押し寄せる可能性があります。スーパーセンターあたり約1000件ですから、1日当たり3件程度になります。1日3件といえば少なそうですが、こういうものはムラがあり、1日10件の日もあればゼロの日もあります。もちろんと言うか、多分と言うかですが、スーパーセンターも救急受け入れ専門という事は無く、日常業務もこれまで通りに行うと考えられますから、負担は軽く無さそうな気がします。


まあ記事情報ですから、東京都周産期医療協議会の構想の真意を記者が理解できていないかもしれませんから、この程度にしておきます。