名古屋宣言だ!

cobonzu様からのコメントです。

** ** さん

 名古屋に住まう産婦人科医です。報道による問題が実際に起きている実例を報告させていただきます。

 昨年の奈良死産報道以来、「妊婦のたらい回し」報道に名古屋市は神経をとがらせ、市消防局の方針として「2医療機関に断られたら、即座に県周産期センターに移送」と方針を決めてしまいました。県周産期医療センターは昨夏の時点で、「歩いてこられる状態の妊婦は、たとえどれほど問題があっても受け入れ不能」という状態になっていたにもかかわらず、です。「救急車で来る妊婦を必ず受け入れる」という方針のために、そうなっていたのです。そこへさらにこのような方針を決定されれば、さらに負担が過重になることは目に見えています。

 このままでは我々一次医療機関の頼みの綱、県周産期センターが瓦解してしまいます。これが「たらい回し」と批難する報道が産んだ現状なのです。

http://www1.ntv.co.jp/action/theme/02/より

福島宣言、姫路宣言に続いて名古屋宣言が出ているようです。この名古屋宣言にはプレ宣言が昨年の夏にあり、

    県周産期医療センターは救急車で来る妊婦を必ず受け入れる
福島宣言の産科限定版というか、県周産期センター限定版と考えれば良いようです。救急搬送される妊婦にとっては良い事かもしれませんが、代償無しに実現するはずもなく、
    歩いてこられる状態の妊婦は、たとえどれほど問題があっても受け入れ不能
プレ宣言によって県周産期センターの機能はここまでまず低下しています。大きな損失かと思いますし、誰が考えても歩いてきたが重症であった妊婦はどうするんだと考えるところです。しかし「必ず受け入れる」ためにはここまでの代償を支払う必要が生じたわけです。

そして名古屋宣言です。

どこまで信用できるかですが、cobonzu様のコメントはあえて名前が伏せ字にしてあります。すなわち実名でこれを書き込んであるのですから、ネタでない可能性が高いと考えられます。マジの悲鳴と考えて良いでしょう。マスコミソースはと探しているとちゃんとありました。

駄犬日誌様への僻地の産科医様のコメント10/18付中日新聞(魚拓)として、

名古屋市、妊婦の救急搬送に新方式 「たらい回し」防止図る
2007年10月18日 07時40分

 名古屋市消防局は、妊婦の救急搬送で受け入れ病院を探す時間を短縮するため、現場に近い病院から順に連絡していく現行の方式を改め、2カ所程度の医療機関に断られた段階で、名古屋第一赤十字病院(中村区)など24時間受け入れ可能な医療機関へ搬送する方法に変更する。近く消防署の救急係長を集め、変更を徹底させる。

 救急車が出動する際には、現場近くにある10カ所の医療機関の連絡先を記した指令書が救急隊員に手渡されることになっている。現場に到着し、かかりつけの医師がいないと確認されれば、近い順に連絡を取っている。

 昨年度、出動から産科の病院搬送までの平均所要時間は31分、現場から病院までの平均距離は約3キロだった。

 しかし奈良県などで妊婦の搬送が問題になり、市内でも2005年7月に流産のおそれがあった名東区の20代の妊婦を搬送した際「病床が満員」「医師が多忙」などの理由で5カ所の医療機関に受け入れを断られ、15キロ先の名古屋第一赤十字病院に収容するまで1時間24分かかった。06年6月に北区で30代の妊婦が交通事故に遭った際も産科へ搬送するのに3カ所の医療機関に断られて1時間かかったことから検討を重ねていた。

記事によると県周産期センターだけではなく、名古屋第一赤十字病院も含まれているようです。文面からは他にもありそうですから、いわゆる産科三次救急病院すべてが指定されていると考えたほうが良さそうです。こういうのは大概一律指定ですからね。

これも僻地の産科医先生のコメントからなんですが、この名古屋宣言に対しての名古屋大第一赤十字病院の医師会員への通知と考えられる文章があります。

愛知県産婦人科医会会員様  平成19年10月11日
                   名古屋第一赤十字病院産婦人科
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1192183480/248

暫定的な分娩数制限について

拝啓

 平素は母体搬送、ハイリスク妊婦の紹介など、医療連携について何かとご高配を賜りありがとうございます。

 さて、当院産婦人科の母体搬送を含む分娩数は増加の一途で、病床は稼働率 100%と逼迫し、医療の質と安全を保つのが困難な状況となり、既にご案内した通り、本年7月より暫定的に分娩数制限(母体搬送分を除き月間70を上限とします)を開始させていただきました。

 諸先生には里帰り分娩の紹介などにて、大変ご迷惑をおかけしていますが、 何卒ご理解を賜りたく宜しくお願い致します。

 また、分娩予約数が月間70を超えた場合には、24時間以内に入院を要するような緊急性のある紹介患者さんを除いて、紹介いただいた緊急性の低い子宮内胎児発育遅延や合併症妊婦などのハイリスク妊婦さんも分娩数制限の対象となりますので、紹介の際にはどうぞご留意のほどをお願い致します。

記事が10/18、名古屋第一日赤病院の通知が10/11です。この辺りが微妙なんですが、名古屋第一日赤が名古屋宣言を踏まえてこの通知を出したのか、名古屋宣言を知らずに出したのかなんとも言えません。1週間前なので知っていた可能性は高いと思うのですが、この通知には、

  • 7月より暫定的に分娩数制限(母体搬送分を除き月間70を上限とします)
  • 緊急性の低い子宮内胎児発育遅延や合併症妊婦などのハイリスク妊婦さんも分娩数制限の対象
この表現がcobonzu様のコメントにあった
    歩いてこられる状態の妊婦は、たとえどれほど問題があっても受け入れ不能
これに該当するのか、名古屋第一日赤と県周産期センターで事情が違うのかは情報不足です。一つだけ言えるのは、プレ宣言の時点で危険水域まで逼迫している事だけは分かります。

日付からするとこの状態の後に名古屋宣言が出されている事になります。名古屋宣言は読んでの通り、どんな産科救急でも2件断られたら、重症度に全く関係なく三次救急に問答無用で搬送されます。そうなると逼迫の度合いはますます激しくなりますから、考えられる次の事態は、

    救急搬送以外の妊婦は、たとえどれほど問題があっても受け入れ不能
この程度は誰でも予想が付きます。もっともこの程度の軽傷ですめば勿怪の幸いです。この程度なら救急車さえ使えばいつでも三次救急病院に入院できます。患者側にとってはさして問題はありません。問題は搬送数の増加により応需不能となった県周産期センターでは時間の問題で間違い無くトラブルが生じることです。トラブルが生じてバッシングの嵐が起こればどうなるか、これはバッシングが無くとも起こるかもしれません。最終的に名古屋市民、愛知県民が支払う代償は産科三次救急の瓦解喪失です。名古屋宣言により妊婦の救急搬送は上限が3ヶ所までの「たらい回し」に出来ますが、これで産科三次救急が瓦解すれば3ヶ所どころではすまなくなります。そうなれば名古屋宣言はどうなるのでしょう。


それにしても思うのですが、救急問題はなんとなく部屋のかたづけに似ているような気がします。生活していると部屋には新たな物品が流入します。これを散らからないように整理するには、押入れや引き出しに整理していきます。もちろん同時に不用品を廃棄したり譲渡したりする流出作業も行います。

流入量=流出量」なら部屋はかたづくのですが、「流入量>流出量」となれば収納スペースが段々無くなっていきます。ましてや収納スペースを減らしたりすれば尚更になります。収納スペースが乏しくなれば、それまではこの物品はここに収納すると決めていても入らず、仕方が無いので似たようなところに収納しようとあちこちを探し回らなければならなくなります。

現在の救急問題では「流入量増加+収納スペース低下」が同時に起こって、収納スペースが飽和状態になっていると考えられます。そこで考えられた対策が二つです。

  1. 国レベル


      収納名人(コーディネーター)を雇って神業整理を期待する


  2. 自治体レベル


      力持ち(強制命令)に頼んで、力づくで押し込んでもらう
どちらが効果的かは甲乙付け難いのですが、b.案の「力づく」ではそのうち引き出しなりが壊れて使い物にならなくなり、入っていた物品が部屋に散乱する事になります。それに較べてa.案では暴力的な作業は行なわれませんから、いかに神に近い収納技術を持っていても「もうこれ以上は無理」として、引き出しは壊れません。もっとも収納名人をもってしても収納しきれない物品は部屋に山積する事になります。引き出しが壊れない分だけa.案の方が優れているとは考えられそうです。

ここで根本問題を考えれば、収納スペースを現状のままで収納する事ではなく、収納スペースを広げる事が解答である事は誰でも気が付くと思います。もうひとつの解決法である、流入物品を減らしたり、不用品の廃棄や譲渡が、医療であるが故にすぐには困難であるからです。しかし物品が溢れているのに国の根本政策は収納スペースは余っているから減らそうなのです。

上記で「力づく」対策は自治体レベルとしましたが、国もまた「力づく」対策に魅力を感じ始めているようです。国の認識は「絶対、余裕があるはずだ」ですから、押し込めばブラックホールのように無尽蔵に収納できるはずだと決めています。国の命令となれば自治体レベルの命令より遥に強力な力で「押し込む」事になります。力が強い分だけ無理やり出来るスペースは大きいかもしれませんが、物理的な限界は必ず来ます。

その時には引き出しが壊れる程度の被害ではなく、押入れの壁をぶち壊し、部屋ごと破壊する結果を招きます。そうなってしまうと医師を始めとする現場の医療関係者は悲鳴を発信しています。これは救急分野だけに限られた問題ではありません。しかし残念ながら悲鳴は全く届かず、「力づく」対策はますます強化されようとしています。

今年中にもどうなってしまうのか、結果はあまりにも明白だとしか思えません。