札幌夏の陣

7/23付け北海道新聞より、

札幌の産科重症救急 医会、輪番制9月撤退 市と決裂

 札幌市は二十二日、札幌市産婦人科医会(遠藤一行会長)が重症者を診る二次救急の輪番制から撤退するのを容認する方針を固めた。同医会は救急医療の負担軽減を求めていたが、市は財政上の理由から対応策で折り合えないと判断した。医会は九月末で撤退することが確実となった。医会は二次救急と組織的にかかわらなくなるが「個別の病院で対応する」としている。

 撤退により、重症者が重篤な患者を診る三次医療機関に集中する事態が懸念されるため、市は十月から夜間急病センターに看護師や助産師をオペレーターとして配置。札幌市内各病院の空きベッド数を確認し、その情報に基づき救急隊が病院を探す。また、市は三次救急を現行の四病院から七病院に増やす考えだ。

 医会は市の求めに応じて、九病院が輪番制を担ってきたが、夜間は軽症者を扱う「一次救急」も兼務している。当番日の患者は計年間約八百人に上るとみられる。二〇〇四年から市に対し「市夜間急病センターに産婦人科医を置き、一次救急患者を引き受けてほしい」と要望。昨年八月に二次救急撤退を申し入れた。

 今年三月には市と医会、市民団体のメンバーらで対策協議会を立ち上げて協議。市は六月末に「ニーズを調べ、必要性が認められれば来年度から同センターに医師を配置する」との改善策を示したが、医会側は「医師を必ず配置する確約がなければ応じられない」と難色を示し、十七日の臨時理事会で受け入れ拒否を決定した。

 市保健所の館石宗隆所長は「センターに医師を常駐させる体制には少なくとも年四千万円以上かかる。財政が厳しい折に多くの市民に説明できない」と強調。オペレーター制度は年二千万円程度の費用を見込んでいる。

 一方、医会の遠藤会長は「産婦人科医が減少し続ける中、自分たちの病院の患者を守るのに全力を尽くさなければならない状況。ただ、市から重症者の受け入れ要請があれば個別に病院で対応する」としている。

ついにここまで来ました。まず復習ですが、事の起こりは1年前です。産科救急の負担に耐えかねた札幌市産婦人科医会が市に申し入れをします。内容は産婦人科医会要望書が残されています。

  1. 第3次医療機関の絶対的確保


      NICU等への搬送が必要なケースでも満床で断られる事あり。これを避けるため収容可能な医療機関を責任持って確保。


  2. 救急当番日に搬送される妊産婦さんでは不払い例が問題。


      救急当番を依頼する以上、その医療機関に対し、応分の費用(分娩料)の補填。


  3. 産婦人科救急担当医療機関への助成金の増額。


  4. 1次救急を、別に独立させて札幌市の救急センター内の一室に設置(内診台、経腟超音波装置、顕微鏡など)し、産婦人科医が後退で勤務する体制を要望する。


      予算化されなければ、本会としては平成20年4月以降、1次救急にも2次救急にも参加が不可能である。

1.〜3.がH19.6.20の要望で、4.がH19.8.末の要望となっています。この要望書が提出されたのが札幌市救急医療体制検証委員会ですが、札幌市はこれをまず一蹴しています。一蹴すれば今年の4月で医会は救急撤退のはずなんですが、3月の時点で札幌市側から「泣き」が入り、札幌市産婦人科救急医療対策協議会なるものを立ち上げ、救急撤退まで6ヶ月の猶予を作って協議するになっています。

経過を見ればお分かりのように医会側は去年の時点で最後通告を行なっています。最後通告とは文字通り「受け入れるか、否か」を問うものです。実は今年3月時点では最後通告と言うものの半分ぐらいブラフでないかの観測もありましたが、医会は本気である事が分かります。医会側の本気さは協議会の議事録を見れば良く分かります。札幌市側がいかなる提案をしようとも最後通告の一線、とくに救急センター内に一次救急を分離する件については譲る気配さえ見せていません。

しかし札幌市側はあくまでも「ブラフ」と見ていたようで、提案は仰々しく書かれていますが、結局のところ現状維持以上の事は何もしないで押しきろうとの魂胆がアリアリと分かります。交渉が決裂した第5回の議事録が掲載されていないのが残念ですが、第4回まででもその流れはある程度よく分かります。札幌市側はまず協議会に望む姿勢として小田原評定化を目指しています。協議項目を連発し、協議が延長を重ね、ズルズルと引き延ばしていき、とりあえず10月時点では結論が出ないのを狙ったかと考えられます。

札幌市としては秋まで協議会を引き延ばせば、今度は予算化が間に合わないの遁辞を重ね、その上で来年3月まで協議を持ち越しすのが最低限の目標だったと私は見ます。来年3月まで引き延ばしたら何かが変るかどうかは別として、そうやっているうちに医会側を切り崩して現状維持でウヤムヤにしていく算段とも考えられます。第1回からその徴候は見られ、事務局発言として、

 まず、第1回が本日ということで、3月28日でございますが、次第に沿って御説明を差し上げたところでございます。以降、今のところの予定では、大体月1回のペースで進めたいと考えております。そして、一つのめどといたしましては、ことしの8月くらいまでに、中間報告ということで取りまとめしていただきたいと考えております。ここの部分につきましては、産科医会からも御要望ありましたとおり、まず初期の体制について具体的な対策が十分講じられなければ、4月以降については継続が難しいというお話もいただいてございますので、ここまでに具体的な対策についてぜひ御検討いただいて、結論を見出していただければと考えているところでございます。

 ただ、8月の中間報告の前までに、もう少し前の段階で、大体3回、4回くらいでしょうか、6月までの中で具体的な課題の整理をいたしまして、それで、次回のあたりからは、先ほども少しお話もありましたけれども、できれば具体的にどういう対策をとればいいのかということも御提案いただきながら、その出てきた対策等について、3回、4回の中で御協議いただきまして、7月くらいまでには、その中からどの対策のどういう組み合わせが一番効果的なのかということについて、おおむねの方向性を出していただければと考えております。その段階で、皆さんの合意として大体方向を出していただければ、その部分につきましては8月の中間報告ということで、札幌市に御報告いただくような手順で考えていきたいと思っております。

ゆっくり中間報告を出して、そのうえでさらに協議を重ねるとなればラクラクと10月期限は越えていきます。第2回でも協議会の方向性を迷走させようと会議の方向性の拡散をひたすら図っています。ところが医会側の態度は強硬で札幌市側の誘導には頑として乗りません。やむなく第3回で札幌市側は具体的提案を出さざるを得なくなります。産婦人科一次救急体制の整備に関する事業試案として出されたものは、

  1. 事業試案1


      夜間急病センターに新たに産婦人科を設置し、産婦人科系の一次救急患者を受け入れ、必要な処置または傷病程度に応じて二次、三次救急医療機関へ転送する


  2. 事業試案2


      三次医療機関産婦人科の夜間救急外来を設置し、産婦人科系の一次救急患者を受け入れ、必要な処置または傷病程度に応じて院内で三次治療を行うか、二次、三次救急医療機関に転送する


  3. 事業試案3


      有床診療所等で構成する輪番体制を新たに整備し、産婦人科系の一次救急患者を受け入れ、必要な処置または傷病程度に応じて二次、三次救急医療機関へ転送する


  4. 事業試案4


      年間を通じて、一次及び二次救急患者の両方に対応する複数の医療機関を定点として確保し、必要な処置または傷病程度に応じて三次救急医療機関に転送する

このうち事業試案1が医会の要望に一番近いもので、事業試案3とか4になると現状維持と変らない代物です。事業試案2は折衷案みたいなものですが、現実として候補に上がっている札幌市立病院に一次救急を丸投げするものである事を指摘され医会側から葬り去られています。医会側は事業試案1しか関心を示さなかったのですが、札幌市側はあくまでも4試案対等の物として議決に持ち込もうとする考えがアリアリとわかる議事録です。

第4回では4試案の検討が行なわれていますが、医会側の発言に絶望感を感じます。

 今それが問題になって、こういうことになったのですね。二次に何でも搬送するから、搬送された病院がかなわないということで、もうとってもやっていけないということで、今回こういう会が立ち上げられたわけですね。だから、それは完全に否定されないとだめですね。どこかでふるい分けして、それで、本当に必要な二次の患者はそこへ送ると。そうすると、受けた方も、それなら、これは当然我々がやりますと、喜んで受けてくれるのですけれども、そうでない患者もひっくるめて送られてくるので、とてもやっていられませんというのが、今回こういう対策委員会をつくった、そもそもの原因なのですよね。だから、今までどおりやるのだったら、何もこういうことは必要ないわけです。

 そして、必要なのは、とにかく救急車で搬送される救急隊がすべてを判断するというのは、これはちょっと今の時代、これはそぐわないのではないかと。やはり医師が診て、あるいは医師に近い看護師が診て、これはどうである、こうであるということで、二次へ送るというのが正しいので、もし何か、これは軽症ですよなんて適当なことを考えて送って、重症だったというときになると、これは責任を負わされますので、そこを一次の医者が責任持って担当すると。これは急病センターだけでいいですよというのと、それから、これはさらに三次に送らなければならないとか、二次に送らなければならないというようなことを、だからその辺、ちょっとワンクッション置きますけれども、でも、そういうふうにしないと、救急隊の方も大変でないでしょうか、私はそう思いますけれども。

 そういう判断は救急隊がすべきでなくて、やはりドクターなり、だれかがすべきですから、そういうときには急病センターに運んでくるわけですよ、要請されたのだから、とりあえずはそこに。その途中でいろいろやりとりしながら、もちろん相談してもいいですけれども、とにかく運んでくるわけです。ここに来て、これは、当番の医者が診て、これは次の病院に行けとか、三次に行けとかというふうな指示を受けて初めてそうなって、その前の段階で、救急車の中で判断するというのは、これはちょっと認められないと思うのですね。あくまでも搬送するだけで、急病センターでその判断は仰ぐと。そういうふうな形にすれば何も問題ないと思います。

 我々としましては、やはりこういう三次をちゃんとする、そうすると、そういう患者さんは全部三次に送るということがちょっと、これは考えられないです。それで、やはり二次があって、一次があって、そういう流れの中で、当然三次はちゃんと充実しておいていただけると、非常に二次の先生も一次の先生も産婦人科医療にタッチしやすい。今これがちゃんとしていないものですから、二次を請け負っても途中で投げ出す。あるいは一次はもちろんできないということになりまして、とてもではないけれども、やっていけないと言って、みんな引退していっているのが現実なのです。それで我々は、それでは、そういうセンターをつくっておいて、そこのコントロールのもとに、二次に送る、あるいは三次に送るということをしていただきたい。産科と婦人科を分けるというのは、我々専門科の産婦人科医としては、これは余り考えないですね。やはり産科と婦人科とは一緒ですから、産科は別、婦人科は別というふうにはできないと思うのです。私はできないと思います。

 産婦人科医会としましては、そういう情報オペレーターがいて、そしてその横にドクターがいて、それで、その2人でもって機能的に働くと非常にスムーズに行きますよね。オペレーターだけで頑張っても、その患者さんは一体どういう患者さんかわからないということもありますので、そういうのをとにかくどこか1カ所つくっておきますと、非常に利用しやすいです。

 例えば急病センターだったら、何かあったら急病センター、そこに問い合わせれば、今ここの病院しかあいていないけれどもということになりますと、今やっている別な病院でもすぐ利用できますよね、担当の当番病院でなくても。当番病院でないところでも、未熟児が急に産まれることもあるわけです。そうした場合に、今、現実にどうやっているかというと、そこのドクターが一々病院を探して電話をかけまくるわけです。全部、どこにかけてもいっぱいであるというふうな結果で、大変な苦労をしているのが現実なのです。ひどいときになると、旭川まで搬送したというのを聞いたことありますけれども、そういうことを札幌市が、札幌市のレベルでは、そういうことは絶対起こらないように、やはりそういう情報機能を持ったものと、それから、そういうものを仕分けするドクターがいる場所が絶対必要だということで、急病センターにぜひ置いてくださいというふうに医会としては主張している。

これらは遠藤一行札幌産婦人科医会長の発言です。最後通告は既に行なっており譲る気などサラサラない事を繰り返し発言しているのが分かります。そして結論は交渉決裂、10月撤退です。札幌市側のオペレーター案には見向きもしなかったと言ってよいでしょう。見向きもしなかったは言い過ぎかもしれませんが、置いてもらったら便利だが、あくまでもそれは産科医を配置した上のものだと明言しています。


最後に補足なんですが、

    市は三次救急を現行の四病院から七病院に増やす考えだ。
えらくアッサリ記事には書いてありますが、どうやって三次救急を3つも増やすかのマジックのタネが必要です。まず現在の三次救急4病院ですが、もう一つ、二次救急9病院です。
  • 札幌厚生病院
  • NTT東日本札幌病院
  • 田畑病院
  • 札幌マタニティ・ウイメンズホスピタル
  • 天使病院
  • 札幌東豊病院
  • 北海道社会保険病院
  • KKR札幌医療センター
  • 手稲渓仁会病院
このうちNTT東日本札幌病院、天使病院、北海道社会保険病院、手稲渓仁会病院の4病院が地域周産期母子医療センターに指定されており、このうち手稲渓仁会病院を除く3病院を三次救急にかさ上げするプランです。各病院の内情は複雑なようですが、計画通り進むと札幌市の産科救急は、
  • 一次救急壊滅(つうか現状のまま)
  • 二次救急6病院(輪番制は消滅)
  • 三次救急7病院
三次救急を増やす案については、ただでも手薄な二次救急病院が6病院になっては輪番自体が崩壊するとの医会側の主張がありましたが、札幌市側は「二次救急参加病院を増やす」という禅問答みたいな答弁を繰り返していました。

個人的な感想ですが、医会側は最後通告を出してはいましたが、産科救急を維持するのに熱意は持っていました。一次救急分離案さえ呑んでくれればその体制の維持に最大限の協力を行なうと繰り返し主張しています。ところが去年に引き続き今年も札幌市側はこれを蹴飛ばした事になります。蹴飛ばされた痛みは、蹴飛ばされた者しか分かりません。今後に札幌市側が悲鳴を上げて医会に泣きついても、今回の最後通告と同内容で医会の協力を得られるかどうかは不明です。

今なら医会側で産科をやめた医師でも協力を取り付けるのは不可能では無い様子ですが、改めてとなると医会も一次救急を維持するだけの産科医の提供は難しくなると推測します。北海道の冬は言うまでも無く厳しいものですが、今年の産科救急の冬は一段と厳しいものが予想されます。