ステラ賞

10/3のエントリーにrijin様から

pain & sufferの訴訟はとっても手軽で医学的立証はほとんど不要なので、アメリカの弁護士の間で大人気です。原告側主張ほぼ即立証です。懲罰的賠償もあるので、請求額は100万ドルでも不思議はありません。

このコメントにある「pain & suffer」の意味が分かるようで分からなかったのでググっていたのですが、なかなかそのものズバリが見つからず、その代わりに「ステラ賞」なるものの記事がありました。これが「pain & suffer」にどれぐらい近いものなのかわかりませんが、関係なくても興味深いので取り上げてみます。

まずステラ賞とはなんぞやですが、ステラとは人の名前です。どういう人の名前かと言えば日本でも有名なマクドナルド・コーヒー事件に起因しています。Wikipediaからの引用ですが、事件の一部始終は、

1992年2月、ニューメキシコ州アルバカーキマクドナルドで、Stella=Liebeck(ステラ=リーベック・当時79歳)とその孫がドライブ・スルーでテイクアウト用の朝食を購入した。リーベック婦人はその後、マクドナルドの駐車場で停車しているときにコーヒーを膝の間に挟み、ミルクとシュガーを入れるためにコーヒーの蓋を開けようとした。そのとき、誤ってカップが傾いてしまい、コーヒーがすべて婦人の膝にこぼれた。

コーヒーはリーベック婦人が着用していた服に染み込み、婦人はコーヒーの熱さに叫び声をあげた。運転していた孫は、最初はただコーヒーをこぼしただけと思っていたが、徐々にただ事ではないことに気付き、服を脱がせるなどの処置をして近くの病院へ向かった。直近の病院は満杯であったが、その次の病院は空いていたため婦人は収容され、第三度の火傷であると診察された。

読んでお分かりの様にこの事件の原告がステラさんですから、この名前にちなんだ賞と言う事になります。マクドナルド・コーヒー事件も色々と真相はあるようなんですが、これは有名ですし興味がある方はお調べください。とにかく訴訟社会のアメリカであってもトンデモと感じられる訴訟ぐらいに理解すれば宜しいかと思います。

さすがにステラ賞受賞の栄誉に輝く訴訟は必ずしも勝てるわけでは無いようですが、2006年版で原告が勝ったものをべらのBarfout!様の米国おバカ訴訟〜2006年度ステラ賞発表から引用して見ます。確実に原告が勝訴しているのは4位と5位のもので、まず5位は、

#5: マーシー・メックラー  
ショッピングセンターで買い物を終え外へ出たメックラーさんは突然そばの木や植え込みに棲み着いていたリスに襲われた。訴状によると、自分の足に攻撃してきたリスを追い払おうと格闘したメックラーさんは転倒し大怪我を負ったとのこと。判決は店側の過失を認め「店のすぐ外にリスがすんでいる(襲ってくる危険性ある)」という忠告をしていなかったとして5万ドルの賠償を命じた。

#5: Marcy Meckler. While shopping at a mall, Meckler stepped outside and was "attacked" by a squirrel that lived among the trees and bushes. And "while frantically attempting to escape from the squirrel and detach it from her leg, [Meckler] fell and suffered severe injuries," her resulting lawsuit says. That's the mall's fault, the lawsuit claims, demanding in excess of $50,000, based on the mall's "failure to warn" her that squirrels live outside.

ショッピングセンターの植木に棲んでいたリスに襲われて5万ドルです。それにしてもアメリカではリスも人間を襲うのですね、怖い怖い。続いて4位です。

#4:  ロンとクリスティー・シモンズ夫妻 
夫妻の4歳の息子のジャスティンは認可保育施設の不注意により草刈り機の事故で死亡した。そしてその原因は明らかに保育施設の怠慢にあった。施設側は訴えられてしかるべき立場ではあったが、シモンズ夫妻は保育施設が10万ドルの保険にしか加入していないことを知り訴訟をとりやめた。事故を起こした芝刈り機は16年前に購入したものであったが、芝刈り機が製造された時点において

  1. 安全装置の開発がなされていなかった 
  2. いかなる安全機構も装置の必然性について一切指摘していなかった
として代わりに、芝刈り機メーカーを訴えた。夫妻は陪審員を味方につけ、200万ドルを勝ち取った。

#4: Ron and Kristie Simmons. The couple's 4-year-old son, Justin, was killed in a tragic lawnmower accident in a licensed daycare facility, and the death was clearly the result of negligence by the daycare providers. The providers were clearly deserving of being sued, yet when the Simmons's discovered the daycare only had $100,000 in insurance, they dropped the case against them and instead sued the manufacturer of the 16-year-old lawn mower because the mower didn't have a safety device that 1) had not been invented at the time of the mower's manufacture, and 2) no safety agency had even suggested needed to be invented. A sympathetic jury still awarded the family $2 million.

本家アメリカに較べると訴える相手がまともなのでスケールダウンしますが、なんか日本でも似たような話を聞いた事があります。

「周知不足でCO死」 苫小牧の遺族がトヨトミを提訴(03/26 07:36 北海道新聞

 苫小牧市のアパートで二〇〇六年十二月、七人が一酸化炭素(CO)中毒死した事故で、遺族二人が二十五日、COの発生源とみられる灯油温風機を製造した「トヨトミ」(名古屋)を相手取り、総額約八千万円の損害賠償を求める訴えを札幌地裁に起こした。

 訴えたのは、事故で長女=当時(5つ)=を失った苫小牧市の女性(25)と、三女=同(25)=を失った日高管内の女性(58)。

 訴えによると、この事故では、同社が「トヨストーブ」の商品名で製造した「LCR−3」型が使用中に不完全燃焼し、CO中毒を引き起こした。

 遺族側は、この機種では同様の事故が相次いでいたにもかかわらず、「トヨトミが行った危険性の周知は、チラシ配布や新聞広告などだけで不十分だった」と、同社に周知義務違反があったと主張。

 さらに、今回の事故当時、総販売台数の約9%が未回収・未交換だったとして、回収義務違反があったとしている。

 原告代理人の市川守弘弁護士によると、この事故では廃棄物だった温風機を拾って使用していた可能性が高い。

 遺族は「今後、同様の事故が起きないように、トヨトミには問題の機種をすべて回収してほしい」とコメントを出した。トヨトミは「訴状を見ていないのでコメントできない」としている。

ここで

    この事故では廃棄物だった温風機を拾って使用していた可能性が高い
こうなっていますが追跡記事で、

ヒーターは廃棄物=業過致死傷の立件困難に−苫小牧7人CO中毒死

 北海道苫小牧市のアパートで7人が一酸化炭素(CO)中毒死した事故で、室内で不完全燃焼を起こした石油ファンヒーターは正規に購入されたものではなく、死亡した女性の親せきが拾ってきた廃棄物だったことが12日、道警苫小牧署の調べで分かった。
 メーカーがヒーターの自主回収をしていたこともあり、道警が業務上過失致死傷容疑でメーカーの刑事責任を問うのは困難とみられる。

日本のこの事件もステラ賞の候補ぐらいに挙げられるんじゃないでしょうか。かなり良い線行っている様な気がします。もし勝訴するような事があれば番外編でノミネートされてもおかしくありません。

ちなみに1位なんですが、これは結局訴訟を取り下げたようですが、まだ日本はここまでは進行していないように思います。

2006年度優勝者:アラン・ヘッカード

 オレゴンポートランドに住むヘッカードは、バスケットボールのスター選手であるマイケルジョーダンより3インチ(≒8センチ)も背がひくく、体重も25ポンド(≒11.5キロ)軽く、8歳以上年上であるにもかかわらず、ジョーダンと似ているため頻繁に間違われることがあると言い張っていた。それにより、ジョーダンに対し「名誉毀損と永久的な(心的)外傷」を負ったとして5200万ドル、「精神的苦痛に対する懲罰的損害賠償」として3億6400万ドルの訴えを起こした。さらに彼は同額の訴えをナイキ社の共同創業者であるフィル・ナイトに対し起こし、総額8億3200万ドルを要求した。しかしながら、彼はナイキ社の代理人との話し合いでこのまま訴訟を続けた場合逆に訴えるなど強硬な措置に打って出ると聞かされ、すぐに訴えを取り下げてしまった。

And the winner of the 2006 True Stella Award: Allen Ray Heckard. Even though Heckard is 3 inches shorter, 25 pounds lighter, and 8 years older than former basketball star Michael Jordan, the Portland, Oregon, man says he looks a lot like Jordan, and is often confused for him -- and thus he deserves $52 million "for defamation and permanent injury" -- plus $364 million in "punitive damage for emotional pain and suffering", plus the SAME amount from Nike co-founder Phil Knight, for a grand total of $832 million. He dropped the suit after Nike's lawyers chatted with him, where they presumably explained how they'd counter-sue if he pressed on.

どう言えばいのでしょうか、あえて言うなら「ソックリさん迷惑訴訟」でしょうか。日本ではちょっと類似例が思いつき難いのですが、話題の事件があったときに、たまたま同性同名であったときに迷惑を蒙る時があります。さすがにこれを訴えた人は日本では知りませんが、それに近いような感じですが、それ以上の感触です。さすがに優勝するにはこれぐらいのスケールが必要なようです。

2007年度の1位も知りたいと思いますので、これは日本語記事がありましたので引用しておきます。

ズボンなくされた裁判官、クリーニング店に66億円賠償請求

【6月13日 AFP】クリーニング店にズボンをなくされたとして裁判官が店を相手取り5400万ドル(約66億円)の損害賠償を求めた訴訟で12日、審理が開かれた。裁判所関係者が明らかにした。

 訴えを起したロイ・ピアソン(Roy Pearson)さんは、ワシントンD.C.(Washington D.C.)の裁判官。韓国系移民チャンさん一家が経営するクリーニング店「Custom Cleaners」に青と赤のストライプが入ったグレーのズボンを出したところ、同店がズボンを紛失。店の看板にある「満足保証」との文言に欺かれたと主張している。

 米テレビ局ABCのニュースによると、ピアソンさんは同店がコロンビア地区消費者保護法(District of Columbia consumer protection laws)に違反するとして、5400万ドル(約66億円)の損害賠償を求めた。この請求額は、同店が「満足保証」の看板を掲げていた日数に、1日1500ドル(約18万円)を掛けて算出した。

 ピアソンさんは、チャン夫妻とその息子を別々に提訴。消費者保護法違反に加え、心理的ダメージへの賠償と訴訟費用も併せて請求している。なお、訴訟手続きはピアソンさん自身が行った。

 チャン夫妻はABCニュースのインタービューで、年収の2倍の弁護士費用を払ったと述べた。

 ABCの報道によれば、ピアソンさんは訴状で、チャン一家の店でズボンをなくされたのはこれが2度目だと記している。

 裁判所の広報がAFPに語ったところでは、ピアソンさんはチャン一家のクリーニング店の顧客を含む、地元住民を証人として出廷させた。ワシントン・ポスト(Washington Post)紙の法廷ブログ記者の記事によれば、このうち89歳の退役軍人は、以前同じクリーニング店でズボンを台無しにされたと証言した。ピアソンさんは証言台に立ち、自身のつらい離婚経験や金銭トラブルについて、涙ながらに語ったという。

 弁護側のクリストファー・マニング(Christopher Manning)弁護士は、「アメリカ人の裁判好きもここまできたか」と述べたと、ブログは伝えている。審理は13日に結審の見込み。(c)AFP

裁判官が訴訟の原告になってもなんら悪いことは無いのですが、裁判官の判断として「当然勝てる」と判断したから訴訟を起したとも考えられます。アメリカの民事訴訟は原告が希望すれば陪審制になるそうですから、それも含めて「勝算は十分」としているとも思われます。何か薄ら寒い話です。日本でもそんな時代がもうすぐ来るのでしょうか。

しかしここまでくると「ステラ賞」をステラ氏がなぜ訴えないのか非常に不思議です。



これはあくまでも一説ですが、陪審制になると原告がかなり有利になるとされています。アメリカの格差社会は日本とは比べものになりませんから、陪審員の多数派は必然的に「持たざる者」になり、持たざる者は「持てる者」に強い反感を抱いています。そのため法律理論より素朴な感情論がしばしば反映され驚くような判決が下されるとしています。

日本は訴訟制度がアメリカと異なりますから一概に同じとは言えませんが、被害を受けた者であると言うだけで非常に強い立場に置かれることは類似しています。判決前いや訴訟を起した時点から被害を受けた者にベッタリのマスコミ報道がテンコモリ行われ、たとえ訴訟に負けても一種別格の立場にあるかのように扱われます。

被害を受けた者への同情は誰だってありますし、そういう人々への配慮が必要なのはよく分かりますが、度が過ぎるとどうかと感じる事があります。被害を受けた者、またはそれに近しい人が訴訟に負けて憤慨するのは理解できます。またそれ以外の人々もある程度特別扱いするのも事情によっては必要なことかもしれません。しかし特別扱いをする事を他者にいつまでも賛美強制するのは場合によってはどうかと感じる事があります。

何事も「過ぎたるは及ばざるが如し」の諺どおり、適度な線で収める大人の知恵も必要と考えていますが、なんでもアメリカの後を追う日本ですから、そんな事を考えたりする事自体が非常識なのかもしれません。この世の中住みやすくなっているのでしょうか、それとも住みにくくなっているのでしょうか。追いかけているアメリカが必ずしも住みやすいとは思わないのですけどね。