なんとかに編集権

他のネタを準備中だったのですが、土壇場でボツにせざるを得なくなった関係で、昨日の話の延長戦です。とは言うものの、訴訟の内容自体の推理や分析は基本的にやりません。やってみたいのは同じ判決を伝えた2つの記事の比較です。これも「今さら」みたいで面白くも無いのですが、埋め草として我慢してください。

ソースは昨日も取り上げた、

2つの記事は構成も良く似ていますので比較対照しながら読み直してみます。

読売 タブ

岡山県井原市内の高齢者の通所介護施設で、通所者の男性(当時79歳)がアメ玉を誤飲して死亡したのは施設側の過失が原因として、遺族3人が施設を運営する同市の社会福祉法人「新生寿会」に対して、計2000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が4日、地裁福山支部であった。吉波佳希裁判官は、「救急車の要請が遅れた」と施設側の過失を認定し、計1000万円の支払いを命じた。


井原市介護施設「西部いこいの里」に通所していた高齢男性があめをのどに詰まらせて死亡した事故で、遺族が運営元の社会福祉法人新生寿会(同市)に総額2000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が4日、広島地裁福山支部であり、吉波佳希裁判官は、被告に1000万円の支払いを命じた。



ここはもっと長めの記事ならリードとされるところに該当すると考えられます。記事の概略を短切に伝えているところです。どちらも同じような構成ですが、あえて言えば読売の方が詳細に伝えています。もっとも、後に続く部分との兼ね合いもあり、また記事には字数制限が厳しくあるので、読売の方が詳しいからと言って、それだけで優れているとは必ずしも言えません。

読売 タブ
判決によると、男性は2010年1月、同会が運営する通所介護施設内で、ほかの通所者からもらったアメをのどに詰まらせた。男性がせき込むのに気付いた施設の職員らが背中をたたくなどしたが、アメ玉を取り除けなかった。施設からの119番で駆け付けた救急隊員がアメ玉を取り除いて病院に搬送したが、男性の意識は戻らず、急性呼吸不全で死亡した。
訴状によると、男性(当時79歳)は10年1月26日午後1時15分〜20分ごろ、同施設内であめ玉を誤飲して苦しんでいるのを職員が発見。人工呼吸や心臓マッサージを施し、同30分に救急車を要請。男性はその10分後に到着した救急車で搬送されたが、翌日夕、急性呼吸不全で死亡した。


ここは冒頭部で概略を説明した後に、さらに詳しく内容を述べている部分にあたるかと思います。ここで両記事の編集権の違いが明瞭に現れています。赤字にして見ましたが、事件の事実の引用するソースとして、

読売 判決によると
タブ 訴状によると


訴状とは説明するまでも無いと思いますが、原告側が訴訟を起すときに裁判所にまず提出するものぐらいの理解で良いでしょう。被告側にこれこれの過失とか責任が生じるはずだから賠償せよみたいな内容です。訴訟記事で訴状が引用される事が多いのは訴えた時の記事です。

医療訴訟でもテンプレ的になっており、訴状にある被告の悪事を書き並べて訴訟になっている式の記事です。ま、訴えた時にはマスコミとしても引用できる情報がこれぐらいしか無いので、これを引用せざるを得ないのはあるかもしれません。そういう時点で記事にする事自体がどうかの問題も時にありますが、それは今日は置いておきます。

民事訴訟ではおおよそですが、訴状に対する是非が争われます。実態はもっと複雑だったりしますが、訴状に書かれている事が裁判所が認めるか認めないかが訴訟の一つの側面です。それでもって、どれぐらい認められたかが判決になると言う事です。刑事であっても基本的には同じかと思います。

両記事は判決を伝えているわけですから、記事としての一次ソースは判決文になります。判決こそが今回で伝えたいニュースであり、訴状はソースとして古い情報になります。


もちろん重要判決で長めの記事になれば、訴状つまり原告の訴えがどれ程であり、判決でどの部分が認められ、どの部分が認められなかったかの比較対照が行なわれる事もあります。しかし今回の記事内容はテンプレ系ベタ記事に近く、タブが引用した訴状ソースも、比較対象に用いたのではなく事件の事実説明の代用と見なされます。

訴訟で争点になったのは、死亡した男性が窒息を起こしてから、119番通報が行われるまでの時間関係であるのは判ります。他にも争点はあったようですが、判決ではそこに重点が置かれているというか、そこでの事実認定による安全配慮義務違反からの賠償命令が出ています。

訴状の時刻関係は原告側が想定したものです。これ自体は訴訟で当然行なわれる作業ですが、判決記事としては判決でどこいう風に認められているかがニュースとしては一番重要なポイントのはずです。訴状の時刻関係、事実関係がどれほど認められたのか、そうでないのかはタブ記事ではまったく不明です。

読売 タブ
吉波裁判官は、救急車を呼ぶのが少なくとも10分間遅れたとし、「遅れは男性の生命に重大な影響を及ぼしたものと推認できる」と指摘。「安全に配慮する義務に違反した」と同会の責任を認めた。


原告側の弁護人は「判決を踏まえ、今後の対応を相談して考えたい」とし、新生寿会側は「判決を見てから今後の対応を検討したい」としている。
判決は、施設側が救急車を呼ぶまでに10分以上を要した点について「少なくとも10分の遅れが(男性の)生命に重大な影響を及ぼしたと推認できる」と指摘。搬送要請が遅れた点で、通所者への安全配慮義務に違反があると認めた。原告が主張する事故発見の遅れや処置方法の誤りは認めず、賠償を減額した。

同法人は「判決文を精査して今後の対応を検討する」とコメントした。


読売の内容はテンプレで粛々とまとめていますが、タブの方には、
    原告が主張する事故発見の遅れや処置方法の誤りは認めず
裁判所が安全配慮義務違反として認めなかった部分がある事を記事にしても良いのですが、「事故発見の遅れや処置方法の誤りは認めず」となっているのは、その上の訴状タイムや事実関係に疑念が生じる結果をもたらします。

あくまでも好意的に取って、訴状の時刻関係が裁判所で事実認定されていたと考えたくとも、重大な争点であったであろう「事故発見の遅れ」「処置方法の誤り」が認められえいないわけですから、なにがしらかの裁判所判断での相違があったんじゃないかの疑念が残るわけです。


なぜに判決記事であるのに、事実関係にわざわざ訴状を持ち出したのかどうしても理解に苦しみます。判決で事実認定された時刻・事実を伝えれば良いではないかの素直な疑問です。そういう意味では読売も「10分の遅れ」を記事で強く伝えながら、どういう時間関係での「10分」であるかをまったく伝えていないのもゲンナリしています。

ま、判決と言う明快なソースがある情報でも、編集権の行使で、なんの事やらミカンやらになるのは今や常識ですが、もっと違うタイプの報道機関が求められていくのは、この世の流れのように強く感じています。