心筋炎訴訟再び?

7/20付長崎新聞より、

「誤診で中1死亡」両親が県病院企業団を長崎地裁に提訴

 上五島病院で昨年9月、中学1年の女子生徒=当時(14)=が感染性腸炎と診断され治療を受けた後、死亡したのは誤診が原因として、両親が病院を運営する県病院企業団に約9千万円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が19日、長崎地裁(井田宏裁判長)で開かれた。企業団は請求棄却を求めた。

 訴状によると、女子生徒は頭痛や高熱など体調不良を訴え昨年9月13日早朝に上五島病院で受診。医師は感染性腸炎と診断し治療したが、3日後に死亡した。死因は急性心筋炎に伴う多臓器不全とみられ、誤診・不適切な治療で死に至ったとしている。

 井田裁判長は原告に対し次回弁論までに▽死因は急性心筋炎だったのか▽その根拠−などを示すよう求めた。企業団本部総務部は「代理人に任せておりコメントできない」とした。

亡くなられた14歳の女子中学生の御冥福を謹んでお祈りします。心筋炎訴訟といえば、新宮心筋炎訴訟が有名ですが、前に取り上げた事があるのでリンクしておきます。

新宮心筋炎訴訟については過去ログを参考にして欲しいのですが、二審判決の要点は、新宮市民病院に受診入院する前に18日間の感冒様の前駆症状があり、この時に既に劇症型ではない予後良好の急性心筋炎に罹患していたにもかかわらず、新宮市民病院の担当医はこれを「誤診」し、脱水補正のための補液を「漫然」と行ったがために死亡したと裁判所は判断しております。

二審判決文(大阪高裁 平成14年(ネ)第1550号損害賠償請求控訴事件 )の一部を引用しておくと、

地域の基幹病院の医師としては,C医院やB病院での感冒や気管支炎等の診断と治療で改善し得ない何らかの見逃された疾病罹患の可能性を含め広い範囲で診察,診断を行うべき注意義務を負うというべきである。

新宮の場合は5歳女児であったので、劇症型の救命に必要なPCPS、IABP、ペースメーカーが陸の孤島とも言える新宮で不可能の意見もありましたが、そもそも予後良好の急性心筋炎であり、そんな装置を使わずとも本来救命できたはずだの判決です。



さて今回はどうかです。舞台は上五島病院となっています。どれぐらいの病院かと言えば、

診療科は、内科、外科、整形外科、泌尿器科、小児科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、皮膚科、精神科、神経内科リハビリテーション科、放射線科、麻酔科の計14科で、病床数は186床(一般病床132床、療養型病床50床、感染病床4床)です。

14歳の女子中学生の心筋炎ですから、関係するのはまず小児科、さらには心筋炎症状が悪化した時には内科の応援もあったかもしれません。小児科医は2名のようですが、診療科の紹介を読む限り普通の小児科のようです。そりゃそうで、こんなところで特殊外来を展開しても意義に乏しいでしょう。それでも、

特別外来としては、長崎大学/本村秀樹先生の応援を得て『小児心臓外来』を年3回、長崎医療センター/田中茂樹先生の応援を得て『小児神経外来』を年2回開催しています。

何回か見直しましたが、小児心臓外来が年に3回、小児神経外来が年に2回のようです。これだけの情報の判断するのは危険かもしれませんが、常勤の小児科医は循環器をとくに専門としていないぐらいはしても良さそうです。内科は常勤医5名、非常勤医3名の体制ですが、これも診療科紹介の入院のところを引用しておくと、

 内科入院患者数は1日平均65人(55〜70人)位です。肺炎、腸炎、肝炎、心臓病、脳血管障害など疾患は様々ですが、他院と異なるのは肝疾患患者が多いことでしょう。肝疾患患者とは、ウイルス性慢性肝炎または肝硬変、そして肝癌です。10人程度の入院があります。

 消化器内視鏡に関しては、食道静脈瘤結紮術、食道・胃粘膜切除術、アルゴンプラズマ凝固療法、大腸ポリペクトミー、大腸粘膜切除術など幅広く行っています。中でも早期胃癌に関しては、一括切除率を向上させるため、2003年5月よりヒアルロン酸局注、針状メスを用いたcutting EMR(EMRSH)を導入しました。

 そのほか気管支鏡検査、CTガイド下肺生検、一時的心臓ペースメーカー挿入、心房細動の電気的除細動も行っています。

循環器も一部で行っているようですが、ここも積極的には手がけていないぐらいに解釈します。ただ「一時的ペースメーカー」と言うのが、カテによる挿入を意味しているとすれば、内科医の中に循環器の経験がある程度深い者がいる可能性はあります。病院の紹介としてあえて付け加えるなら、新宮も陸の孤島とされますが、上五島は完全に離島です。


患者情報が極めて乏しいのですが、

    訴状によると、女子生徒は頭痛や高熱など体調不良を訴え昨年9月13日早朝に上五島病院で受診。医師は感染性腸炎と診断し治療したが、3日後に死亡した。
心筋炎の診断として激症型かそうでないかは生死を分けます。参考までに新宮の二審判決文を引用しておきますと、

  • 急性心筋炎は,通常は,急性期を乗り切れば生命予後は比較的良く,完全治癒例も少なくなく,そのため,早期診断,早期治療が重要であるとされている
  • 前駆症状から発症までの期間は半日から3日であって急激な経過をたどり,そのような場合には予後が極めて悪く,救命の可能性は低いとされる。前記の劇症型と言われるものは多くはこの場合を指すが(甲16),逆に,前駆症状から発症まで3日以上ある場合には,少なくともこのような場合には該当しない。

受診してから死亡するまでは3日ですが、受診するまでにどれだけの前駆症状があったかどうかがJBM的には重要という事になります。記事以外の前駆症状が無いのであれば、発症から「半日から3日であって急激な経過をたどり」の劇症型になりますし、それ以前にダラダラと感冒症状があれば、裁判所の事実認定によっては予後良好の急性心筋炎になる可能性も有ります。

ここについては情報が無いのでこれ以上判断できません。参考までに心筋炎の裁判所が認定した診断基準をあげておきます。

  1. 胸痛,動悸,呼吸困難及びチアノーゼなどの心症状に加え,発熱,咳及び倦怠感等のかぜ様症状や悪心,嘔吐,腹痛及び下痢等の消化器症状等が前駆症状又は主症状として合併することが少なくない,
  2. 身体所見に頻脈,徐脈,聴診で心音減弱,奔馬調律(第3,4音),心膜摩擦音,収縮期雑音などを認めることがある,
  3. 心電図は通常何らかの異常所見を示す,
  4. 血清中の心筋逸脱酵素のCPK,LDH1・2型,GOTの上昇,CRP陽性,赤沈促進白血球増加などを認めることが多い,
  5. 胸部X線像で心拡大を認めることが多い,
  6. エコー図で左心機能低下や心膜液貯留を認めることがある,
  7. 2.ないし6.の所見は短時間に変動することが多い

記事情報に照らし合わせると、

    悪心,嘔吐,腹痛及び下痢等の消化器症状等が前駆症状又は主症状として合併することが少なくない
記事には消化器症状の記載が無いのですが、頭痛や高熱だけで感染性腸炎と診断するはずもなく、記事情報と言うか訴状にはないが症状としてあったと解釈するのが妥当でしょう。

これだけの症状で心筋炎と診断できれば神ですが、診察した小児科医はやはり感染性腸炎と診断しています。その後にどうしたかは気になるのですが、とくに記事情報に記載が無いので推測になります。どうも入院はしていないように考えて良さそうです。通常はそうで、14歳の女子中学生ですから内服投与で帰宅させるか、余程倦怠感が強いようなら点滴を外来で行う程度かと考えます。

実は点滴を行ったかどうかは、採血検査を行ったかどうかにつながるのですが、これも記事情報ではハッキリしません。また新宮でポイントになった「眼瞼浮腫」の有無も不明です。少なくとも心電図を取ったり、心エコーを行ったりはなかったとしても良さそうです。

仮に入院でなかったとすれば、3日後の死亡は、自宅ないし容態急変で病院に救急搬送された後と考えます。そうなると原告側の主張としてありえるのは、

  1. 初診時に予後良好のはずの急性心筋炎と診断できずに入院させなかったために悪化・死亡した
  2. 劇症型であったにも関らず、診断が下せず、救命できる病院への搬送の機会を逃した
これぐらい考えられます。ただこの訴訟では、新宮と異なりそもそも心筋炎かどうかも争点となっているようで、
    井田裁判長は原告に対し次回弁論までに▽死因は急性心筋炎だったのか▽その根拠−などを示すよう求めた。
被告である病院側は死因として心筋炎を認めていないようです。情報として初診前の情報はもちろんですが、初診から死亡までの3日間の様子も気になりますが、これだけしか情報がありませんから、今日はこの程度にさせて頂き、情報が集まるのを今後に期待したいと思います。


あえて大胆推理しておきます

ここから書くのは推理であって真相ではありません。そこだけ御留意願って、記事の

    訴状によると、女子生徒は頭痛や高熱など体調不良を訴え昨年9月13日早朝に上五島病院で受診。医師は感染性腸炎と診断し治療したが、3日後に死亡した。
ここは入院はないと推理します。記事と言う物は文字数の制限がありますが、入院と言う文字を入れても、
    訴状によると、女子生徒は頭痛や高熱など体調不良を訴え昨年9月13日早朝に上五島病院で受診。医師は感染性腸炎として入院させたが、3日後に死亡した。
文字数は同じですから、入院の文字を省略する必要性が無いからです。さらに「3日後」までの状況は自宅治療であったと推理します。症状が快方に向っていたか、横這いなのか、悪化を示していたのかは不明ですが、再診を必要とする状態でなかったと考えます。

あくまでも推理ですが、3日後の死亡は急変であったと考えます。14歳の女子中学生ですから、自宅療養中も自分の部屋で寝ていたと考えてよいでしょうから、両親なりが気が付いた時には「既に」みたいな状態です。そういう状態で発見されてどうなったかですが、記事は「死亡した」と簡潔に書かれています。「既に」であっても医療機関に運ばれると思いますから、やはり最初に受診した上五島病院に救急搬送されたとしても良いかと思います。

ここは上五島の医療状況がよくわからないので、上五島病院以外の医療機関に搬送された可能性も排除できませんが、都市部と違い、そうそう選択枝が多いとは思えませんから、推理として上五島病院ととりあえずしておきます。自宅で死亡確認の可能性もわずかに残りますが、14歳の女子中学生ですから、やはり搬送は行われたと考えたいところです。


ですから上五島病院に到着した時点ではCPAどころかDOAではなかったかと推理します。それこそ死亡確認ぐらいしか手の施し様がない状態です。そうなるとそこで検査治療は終了します。初診時も診察と投薬だけであった可能性が低くないですから、後に残る客観的な検査データ等は極めて少ない状態と推理します。遺族は当然の事として死因を医師に尋ねる事になります。

聞かれた方も困るのですが、たぶん「急性心不全」ぐらいしか言い様がないと考えます。死亡診断書にもそう書かれている可能性があると思っています。しかし遺族はその説明に納得せず、「なぜに急性心不全が起こったか」についてさらに問い質したと推理します。そういう問答の中に「急性心筋炎」の言葉が出てきたと推理します。あくまでも推測候補の一つとしてです。


遺族はこの言葉に反応したように推理します。急性心筋炎の診断と言うか、症状は極めて微妙であり、受け取り様によってはどうとでも解釈できます。ここをテコに弁護士に訴訟の相談を持ち込んだと考えます。ここも客観的なデータは乏しく、初診後の症状の経過も家族しか知らないのですから、訴訟を維持するには材料が苦しそうに外野は思います。

ぶっちゃけて言うと、それぐらいの材料で訴訟を弁護士は請け負うかです。代理人となった弁護士の訴状の内容の乏しさは、記事にある通り、

    井田裁判長は原告に対し次回弁論までに▽死因は急性心筋炎だったのか▽その根拠−などを示すよう求めた。
正直なところ遺族がそう考えているというより、そう感じているだけの内容以上のものが無いとして良さそうです。後は医療訴訟の現状になってしまうのですが、医療訴訟ウォッチャーである峰村健司様の傍聴談を読むと「ありえる」ようです。峰村健司様の医療裁判傍聴記の勉強不足で大丈夫なの? の裁判長と原告代理人のやり取りの一説です。

裁判長:

    原告の主張は、なにが過失ということでしょうか?
原告代理人
    十分な検査を行わずに診察して誤診した。適切な医療行為を受ける機会を奪われた。乳癌なのに葉状腫瘍と誤診された。切り取ったのは不適切な医療行為だと。葉状腫瘍の施術としても間違っていた。癌じゃないと喜んでいたら実は癌だったと。

さらに、

裁判長:

    今年の最判ありましたよね、2月25日の。
原告代理人
    まだちょっと調べてませんで…
裁判長:
    医療行為の不適切だけを主張する場合には、土俵に上がること自体に、著しい過失があることが必要になると思うんですけど。
原告代理人
    そのへんを次回までに主張を明確にして…

もうちょっと適切な例もあったのですが、探し出せないので峰村健司様に時間があれば御紹介頂くとして、この程度の現状把握でも請け負う弁護士は確実に存在する証拠になりますから、訴訟になる可能性はあり得るということです。あえて可能性をさらに付け加えると、記事情報には「原告側代理人」の記述がありませんから、本人訴訟(つうか代理人無しの訴訟)も完全否定できないぐらいを付け加えておきます。


最後のところは完全に推理ですから、そこのところは宜しく御了解お願いします。