食べものによる窒息に対する119番通報の責任時間

10/5付読売新聞より、

 岡山県井原市内の高齢者の通所介護施設で、通所者の男性(当時79歳)がアメ玉を誤飲して死亡したのは施設側の過失が原因として、遺族3人が施設を運営する同市の社会福祉法人「新生寿会」に対して、計2000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が4日、地裁福山支部であった。吉波佳希裁判官は、「救急車の要請が遅れた」と施設側の過失を認定し、計1000万円の支払いを命じた。

 判決によると、男性は2010年1月、同会が運営する通所介護施設内で、ほかの通所者からもらったアメをのどに詰まらせた。男性がせき込むのに気付いた施設の職員らが背中をたたくなどしたが、アメ玉を取り除けなかった。施設からの119番で駆け付けた救急隊員がアメ玉を取り除いて病院に搬送したが、男性の意識は戻らず、急性呼吸不全で死亡した。

 吉波裁判官は、救急車を呼ぶのが少なくとも10分間遅れたとし、「遅れは男性の生命に重大な影響を及ぼしたものと推認できる」と指摘。「安全に配慮する義務に違反した」と同会の責任を認めた。

 原告側の弁護人は「判決を踏まえ、今後の対応を相談して考えたい」とし、新生寿会側は「判決を見てから今後の対応を検討したい」としている。

記事情報がこれだけなので、とりあえず、ここから考えてみます。事件が起こったのは通所介護施設となっていますから、いわゆるデイケアデイサービス施設と考えて良さそうです。窒息の原因は他の通所者からもらったアメ玉を誤飲誤嚥して窒息がおこり、不幸にも亡くなられたと言う事のようです。謹んで亡くなられた79歳の男性の御冥福をお祈りします。

男性が誤飲による窒息を起した時の施設側の対応は、

    男性がせき込むのに気付いた施設の職員らが背中をたたくなどした
普通はまずそうするでしょう。ただそれでは窒息状態が解除できなかったので、
    施設からの119番で駆け付けた救急隊員がアメ玉を取り除いて病院に搬送
救急隊員が試みた時にはアメ玉は取れたようです。これは救急隊員ならハイムリック法なりを確実に出来たと言うのもあるでしょうし、ものがアメ玉ですから、施設職員が試みた時より溶けて小さくなっていた可能性も考えられます。

さてこういう経過で亡くなられた訳ですが、民事訴訟になっています。2000万円の賠償請求に対し1000万円を認めていますから、ぶぶ漬け訴訟とは言い難いと思います。安全配慮義務違反を認定しているのですが理由は、

  • 救急車を呼ぶのが少なくとも10分間遅れた
  • 遅れは男性の生命に重大な影響を及ぼしたものと推認できる

問題は時間関係です。裁判所の事実認定は10分の短縮の余地を認めているわけです。もう少し言えば、10分が短縮され救急隊が駆けつければ救命できる高度の蓋然性を認めたことになります。では実際に窒息起こしてから何分で119番通報を行い、何分で救急隊が駆けつけたは知りたい情報です。

訴訟は結果からの事実と安全配慮義務違反を認定しますが、とくに高齢者を預かる介護施設ではいつ食べものによる窒息が起こるかなんて予期はできませんし、起こる頻度も少ないとは決して言えません。もちろん窒息の結果が死亡なり重大な後遺症に至るのか、無事取れて「苦しかった」程度に終るのかも、窒息発生時点では予測不可能です。

現実問題としては、施設職員がまず除去に努める事になりますが、「取れそうにないから119番通報を」と判断するまで何分ぐらいなのか、それこそJBM的に関心があるかと思います。もちろんケース・バイ・ケースはその時の状態であるにしろ、こういう報道がなされれば気にならない訳はないと思います。



残念ながら読売情報にはこれがなく、甚だ遺憾ながらタブにあります。10/5付記事魚拓)からです。

訴状によると、男性(当時79歳)は10年1月26日午後1時15分〜20分ごろ、同施設内であめ玉を誤飲して苦しんでいるのを職員が発見。人工呼吸や心臓マッサージを施し、同30分に救急車を要請。男性はその10分後に到着した救急車で搬送されたが、翌日夕、急性呼吸不全で死亡した。

この部分ですが、非常に残念な事に「判決文」の内容ではありません。なぜか原告側の「訴状」の主張になっています。それでもそのまま判決でも事実認定されたと仮定してタイムテーブルを組んで見ます。

時刻 訴状の主張 おそらく裁判所の認定
午後1時15〜20分頃 施設職員が窒息状態の男性を発見 男性がアメ玉を詰まらせて窒息状態になる
人工呼吸や心臓マッサージを施す 背中を叩くなどアメ玉除去を行う
午後1時30分 施設職員が119番通報 施設職員が119番通報
午後1時40分 救急隊員がアメ玉除去 救急隊員がアメ玉除去


原告の訴状と裁判所の事実認定が違うと推測したのは、タブ記事の

原告が主張する事故発見の遅れや処置方法の誤りは認めず、賠償を減額した。

原告の主張はこれも「おそらく」ですが、

  1. 午後1時15〜20分時点は施設職員が発見した時刻であり、実際の窒息時刻はもっと前であった。
  2. 発生時刻に気付かなかったために、施設職員は窒息である事に気付かず、心マッサージ・人工呼吸などで119番通報がさらに遅れた。
これらの主張は判決では事実認定されておらず、賠償額が半減される理由となっています。さてですが、問題の10分の解釈になります。ここもタイムテーブルを作ってみます。

時間 認定された事実 時間 裁判所の救命ストーリー
0分 窒息発生 0分 窒息発生
除去処置 除去処置
10〜15分 119番通報 0〜5分 119番通報
20〜25分 救急隊異物除去 10〜15分 救急隊異物除去


これで見ると「0〜5分」の間に119番通報を行えば施設職員の処置は安全配慮義務に反しなかった事になります。もっとも窒息時刻は原告側訴状の施設職員による発見時刻であり、裁判所が認定した時刻は記事からは実は不明です。裁判所が窒息発生と事実認定した時刻と言うのは、この判決を教訓とするなら重要なポイントです。

119番通報時刻は消防署の記録に残っていると考えられるので間違いないはずです。そうなると施設職員が119番通報までかかった時間は、訴状タイムでは10〜15分しかありません。10〜15分のうちの「10分」ですから、5分も幅があると誤差が大きすぎるんじゃないかと思います。とはいえ窒息発生時刻は混乱の中の記憶ですから、事実認定として特定しきれない事もありえます。

これ以上の情報が無いので判断は難しいのですが、裁判所の認定した「10分」は10分からなのか、15分からなのかで考え方は変わってきます。もちろん訴状タイムと別の時刻を事実認定した可能性は排除しきれないのですが、判決文がないので現在ある情報で考えざるを得ません。

推測に推測を重ねると、訴状タイムの「午後1時15〜20分」は施設側の主張する発生時刻であるとは考えられます。原告側は現場にいたとは思えませんから、時刻は現場にいた施設側の主張に傾かざるを得なくなります。だから原告側は「午後1時15〜20分」はあくまでも発見時刻であり、発生時刻はさらに遡るの主張を行ったと考える事はできます。

記事情報では「発見が遅れた」は事実認定されていませんから、裁判所は訴状タイムの発見時刻を発生時刻に認定したと考えるのが妥当ぐらいには思われます。そうなると5分の誤差が確実に残ります。残った上での「10分」をどう解釈するかになります。読売記事の、

    吉波裁判官は、救急車を呼ぶのが少なくとも10分間遅れたとし
これが正しいとすれば、10〜15分と考えられる119番通報までの時刻の短い方の「10分」を「少なくとも」に取ったと考えられます。つまり「10分」が意味するものは、こう裁判所判断を下した可能性がかなり高いと考えられる事になります。

現実としては、複数の職員がいれば背中を叩くなり、心得があればハイムリック法などで異物除去に当たる一方で、他の職員が大至急で119番通報を行っていれば1000万円の賠償は生じなかった事になります。もしその場に居合わせた職員が一人であれば、背中を叩くとか、ハイムリック法などでとりあえずの異物除去を試みるより先に、まず119番通報を行うのが安全配慮義務になります。


それともう一つ重要な点ですが、亡くなられた男性は同じ通所者の知人と考えられる男性からアメ玉をもらっています。これは「たぶん」ですが、もらった事もそれを食べる事も職員の許可を得ていないと考えます。子供じゃないんですから、普通はそうです。これは言い換えると通所者は施設にいる間の任意の時刻、つまりいつでも食べる可能性があると言う事です。それこそトイレで食べかける可能性すらあるわけです。

職員の窒息発見時刻も争点になった様子が窺われますが、これが遅れたと認定されれば「安全を配慮する義務」違反を認定され、さらに賠償額が増えた可能性もあるわけです。そうなると通所者が施設にいる間は、片時も職員は目を離してはならない義務がある事になります。窒息を起こすのは一瞬ですし、窒息から119番通報への責任時間は「即座」に限りなく近いからです。デイケアデイサービス施設は行ったことがないので良くわかりませんが、それぐらいは常識なんでしょうか。

常識かもしれませんが、そこまでの管理は病院ですら難しいものですから、介護施設は本当に大変だと思います。


それにしてもタブはなぜに判決文の事実認定時刻を掲載せず、わざわざ訴状の原告側主張時刻を掲載したのでしょう。常識的に考えて不思議な体裁ですが、理由を考えようにも「タブだから」で止まってしまいます。あえて言えば判決文の事実認定時刻では、編集権行使の上で都合が悪かったぐらいだとさせて頂きます。