地獄の釜の蓋はいつでも開く

まず8/5付け読売新聞より、

療養病床の削減緩和、医療費削減効果は1800億円少なく

 長期入院患者が利用する医療機関の療養病床について、厚生労働省が当初の削減幅を緩和した結果、医療費と介護費の削減効果が、当初見込んだ計約3000億円から計約1200億円に圧縮されることが4日、明らかになった。

 厚労省は5日の自民党社会保障制度調査会医療委員会で推計結果を提示する。

 推計によると、削減幅緩和により、医療費の削減効果は当初の約4000億円から約200億円に減る一方、介護費は当初の約1000億円増から約1000億円減となり、削減効果は差し引き約1200億円となった。

 政府は06年6月に成立した医療制度改革関連法で、療養病床の削減を打ち出し、約35万床ある療養病床(回復期リハビリ病棟を除く)について、2012年度末に約18万床まで削減する方針だった。しかし、厚労省は先月、削減幅を4万床緩和して約22万床を残すことを決めていた。

記事の内容は

  1. 現在35万床の療養病床を18万床まで削減する予定であったのが22万床に緩和された。
  2. そのため医療費削減効果が3000億円から1200億円になった。
こんな感じなんです。ただ詳しいデータが分からないのでアレですが、理解がチト難しい推計が書かれています。
    削減幅緩和により、医療費の削減効果は当初の約4000億円から約200億円に減る
療養病床の削減は2006年度から進められており、現在の療養病床数は7/22付のしんぶん赤旗によれば、

現状(四十四都道府県の合計で三十三万一千五十四床)

端数までやけに詳しいので信用できるかと思います。そうなれば、

  • 33万床→18万床なら約4000億円の医療費削減効果
  • 33万床→22万床なら約200億円の医療費削減効果
もう少し分かりやすく書き直せば、
  • 15万床削減すれば約4000億円の医療費削減
  • 11万床削減なら約200億円の医療費削減
これってこうとも言い換えられます。
    11万床までは約200億円の医療費削減効果しかないが、残り4万床で約3800億円の医療費削減が現れる。
療養病床削減による医療費削減効果は、削減した入院治療費が介護保険施設の入院費や在宅療養費に置き換えられるもので、おおよそ比例するものと通常は考えるのですが、どうも対数比例する性質があるように考えられます。どんな推計計算になっているか摩訶不思議です。この4万床の差で3800億円も差が現れる原因の傍証になりそうなのが8/5付けAsahi.com記事です。

75歳以上の入院基本料、報酬減額を凍結 厚労省方針2008年8月5日

 75歳以上の脳卒中認知症患者の入院期間が90日を超えた場合、病院に支払う診療報酬を大幅減額する措置について、厚生労働省は、実施予定の10月を前に事実上凍結する方針を固めた。医師の裁量を大幅に認め、90日を超えてもそれ以前と同額を受け取れるようにする。

 野党や医療現場からの「診療報酬が引き下げられると病院は収入減で採算がとれなくなり、患者の無理な追い出しにつながりかねない」という批判を受けて方針転換した。5日に開く高齢者医療に関する与党会合で提案し、了承される見通しだ。

 一般患者向けベッドの1日あたりの診療報酬である「入院基本料」は1万5550円(看護師の配置が手厚い場合)だが、75歳以上の高齢者が90日を超えて入院する場合は9280円に減額される。08年度の診療報酬改定で、これまで対象外とされていた脳卒中の後遺症と認知症の患者も、新たに減額することになった。「急性期の治療を終えて容体が安定した患者は、費用の安い療養病床や介護保険の施設に移ることが適当」との理由からだ。

 だが、厚労省は療養病床の削減計画を続けており、それに代わる老人保健施設などの受け皿整備も進んでいない。このため、与党内からも「入院基本料の減額は慎重に行うべきだ」との声が出ていた。

 厚労省は近く医療機関向けに通知を出し、(1)患者のさらなる回復が望めると医師が判断した(2)適切な受け皿が見つからない――といった時などには、入院期間が90日を超えても従来通りの入院基本料が支払われるよう運用を見直す方針だ。(中村靖三郎)

これは後期高齢者医療制度で「天引き問題」なんかより遥かに憂慮していた、入院患者追い出し制度の事です。入院日数が90日を越えると入院基本料が、

    1万5550円 → 9280円
これは病床によって差があるのですが、おおよそ4割削減になります。患者にとっては安くなって嬉しいでしょうが、病院側にすればたまったものではありません。入院患者がたちまち不良債権となり、ただでも苦しい経営を圧迫します。厚労省の説明は、

急性期の治療を終えて容体が安定した患者は、費用の安い療養病床や介護保険の施設に移ることが適当

毎度毎度の事ながら、人為的な強制ディスカウント価格を設定して病院側のクビを締め上げ、病院が患者を無理やり追い出さざるを得ないようにしています。「療養病床」や「介護保険の施設」に移るのが「適当」と言われても、探し出すのは病院であり、嫌がる家族を説得するのもすべて病院です。つまり医療従事者が悪者になり、これをあからさまに企画した厚労省は「これまでと変らない充実した医療の提供」と嘯くわけです。

それでも「療養病床」や「介護保険の施設」の受け皿が豊富にあればまだしもです。

厚労省は療養病床の削減計画を続けており、それに代わる老人保健施設などの受け皿整備も進んでいない

療養病床はガリガリ削っています。削減数が幾分緩和されたとは言え現在よりさらに10万床以上削減します。さらに言えば介護保健施設の建設には鉄の枷が嵌められており、作りたくとも作れない状態となっています。地域ごとに病床の数が厳密に定められ、その枠内の認可を受けない限り作る事は出来ません。厚労省は療養病床の削減分を老健や特養に転換すると言っていましたが、この転換分も規制範囲内でしか認めていません。認可枠として削減する療養病床を積み増しした訳ではないからです。受け皿整備は進んでいないのではなく、進めていない、もしくは相対的に削減中と言っても良いかもしれません。

問題は受け皿だけではありません。患者の数も間違い無く増えていきます。これからドンドン増えるのは高齢者人口の増加と完璧に比例します。しかし療養病床は削減し、老健や特養は微増程度に抑制しています。誰が考えても患者は溢れますが、溢れた分は在宅にと言うのが厚労省のあからさまな構想です。先ほど「相対的な削減」と評したのはこの点であり、構想ではなくこれは明言し断行されつつあります。

最初の方に書いた厚労省の医療費削減推計の11万床削減で200億円が15万床削減で4000億円になるカラクリは、ここにあると思われます。療養病床削減計画は2006年度から始まり、2012年度に完了するとしています。ここで療養病床が11万床削減ならば、かなりの部分が介護保険施設に吸収されてしまい、療養病床と介護保険施設の差額では200億円ぐらいしか削減効果が現れないのではないかと考えます。今回取り消された4万床分は在宅医療に純粋に流れる分となり、療養病床と在宅医療の差額で3800億円の削減効果がでる仕組みです。

患者の施設医療の行き場を医療政策により塞いでしまえば、物理的・算数的に在宅に患者が流れて行きます。医療効率から言えば、点在する在宅患者を診療するより、施設でまとめて診療したほうが移動時間だけでも遥かに効率的なのですが、効率の悪い在宅医療に移し、さらに経済効果があがるように在宅医療費を押さえ込みます。在宅医療費を押さえ込めば押さえ込むほど医療費削減効果は上がるという仕組みです。

今回の後期高齢者医療費の入院報酬削減凍結の狙いは、

これである事は言うまでもありませんが、もう一つは現実に患者が病院から追い出されれば行き場がない現状を強く反映しているかと考えます。行き場があるのなら、もう少し違う選挙対策が取られたのではないかと思われます。つまり厚労省の計画通り、在宅に患者を強制的に流し込む体制(受け皿は在宅医療を含めて後回し)が完成しつつあり、その効果と言うか激痛を総選挙が終わるまで後回しにしたと受け取っています。どうも厚労省の計算より早く出来上がりつつあると見ても良いとも思われます。

この事は厚労省の計算通りのことであり、予想外とか計算外の事ではありません。年間死亡者は現在はおよそ100万人ですが、20年後には170万人になるとされています。この170万人になるは厚労省の予想です。現在100万人のうち80万人は施設で死亡しています。施設規模は今後20年間で微増程度と考えられ、年間死亡者170万人時代となっても供給能力は100万人分程度と考えられます。そうなると70万人分、およそ現在の3.5倍の在宅死亡が発生します。

また死亡者が1.7倍になれば入院が必要な患者もまた1.7倍になって何の不思議もありません。そうなると、これを考慮すると施設が100万人分の供給能力を維持できるか不安です。在宅死亡者は70万人程度で済まず、100万人規模になってもさして過激な予想とは言えない様な気がします。さらに1.7倍に膨れ上がった入院必要患者ですが、施設の供給能力からして現在の入院基準での入院は不可能になるかと考ええられます。溢れた分はすべて在宅です。

在宅医療には介護サービスがあると言っても、厚労省は介護サービスの削減に既に血眼になっています。在宅介護の主役はあくまでも家族であり、介護サービスはあくまでも補助的なものであると位置付けられています。ではでは、家族の「誰が」になりますが、これは皆様の御家庭を見回してもらえればと思います。それだけしか戦力は存在しません。よほどの資産でもない限り、高級老人ホームやケアハウスの援軍は頼む事は出来ません。

介護地獄家庭が数百万単位で人為的に誕生する時代はもう始まっています。今年の10月に予定されていた「地獄の釜開き」は総選挙対策のために少し延期されたようですが、もう確実に準備が終わり実態は先行しています。地獄の釜の中は煮えたぎりつつあり、抑えてもやがて蓋を吹っ飛ばす状態になっています。これだけ書いても実感がある人は少ないでしょうけどね。