消防士の仮眠時間

6/4付け中日新聞より、

消防士の仮眠は労働時間? 職員有志、提訴も辞さず

 深夜の勤務時間中に設けられている仮眠時間は、割増賃金が支払われる労働時間かどうかをめぐり、三重県四日市市の消防職員と市が対立。「仮眠は休憩」とする市に、ほぼ全職員の有志280人でつくる市消防職員協議会は4日、全職員に呼びかけて大がかりな勉強会を開く。職員の意識を高めるためで、全国初となる消防職員による賃金支払い請求訴訟も辞さない。

 協議会によると、四日市市の消防職員の勤務は昼夜の2部交代制。夜勤は市消防本部や各署などで午後5時から翌日の午前8時30分まで拘束される。

 仮眠は午後10−翌午前5時の7時間のうちの4時間半が認められており、仮眠中に出動した場合には、時間外労働の割増賃金が支払われる。

 労働基準法は、午後10−翌午前5時に働いた場合、深夜勤務として割増賃金を支払うよう定めている。市では従来、慣例でこの7時間のうち、5時間分に割増賃金が支払われてきた。

 しかし、昨年4月から、市は4時間半の仮眠時間を休憩として差し引き、2時間半分だけを、割増賃金の対象とすることに変更。同協議会が非公式に見直しを求めたが、市は応じなかった。このため、月収35万円の職員で約1万円の減収になった。

 市消防本部総務課は「5時間分を支払ってきたこれまでの扱いが特異だっただけ。仮眠時間を休憩と扱うのは全く問題ないと考える」としている。

 協議会は「仮眠中でも出動に備え緊張を強いられている。金の問題ではなく、市民の安全を守る消防職員の労働態勢を考える機会にしたい」と話す。4日は弁護士を招いて勤務に合わせて2回、全職員に、なぜ賃金が払われないか、などを説明する。今後、仮眠時間分の賃金支払いを市公平委員会に請求。認められなければ提訴する。

消防庁、認めない見解

 消防職員の仮眠時間を、総務省消防庁は「出動の可能性があっても労働時間とはいえない」(消防救急課)としており、四日市市は、この見解にのっとっている。各地の消防も同じで、名古屋市は、1100円の夜間業務手当はつくが、6時間の仮眠時間は労働時間と認められていない。

 岐阜市も6時間の仮眠時間があるが、休憩時間。仮眠時間を差し引いた深夜勤務時間分に「夜間特殊業務手当」が、仮眠中の出動には時間外勤務の割増賃金が支払われる。

 ある岐阜市消防職員は「仮眠時間は休憩時間なのかと疑問に思っている職員は多いと思うが、疑問を外に向けて発信するのは難しい」と話す。

 横浜市では2006年7月、消防職員が休憩時間は実質的に労働時間として、市人事委員会に超過勤務手当の支払いを求めたが、認められなかった。

 愛知県警では、交番勤務の休憩・休息時間は事実上休めないとして、警察官が超過勤務手当を求めた訴訟があったが、1998年に名古屋地裁が請求を棄却した。

 民間では、宿直勤務中のビル管理者の仮眠時間を労働時間と認めた判決が2002年に最高裁で出ている。

 「実際に作業をしていなくても、会社の指揮命令下にある限り、労働から解放されていない」が理由だった。

 この裁判を担当した森井利和弁護士は、四日市市の消防職員の主張について「実態にもよるが、常に出動に備えなければならない休憩時間を、労働時間と位置づけるのは当然」と話している。

三重県四日市市の消防署のお話です。ここの消防署の勤務シフトは、

  1. 昼夜二部制
  2. 日勤:AM8:30〜PM5:00

    夜勤:PM5:00〜AM8:30
  3. 仮眠時間はPM10:00〜AM5:00のうち4時間30分
基本はこういう体制のようです。問題になっているのは夜勤のお手当で従来は、

慣例でこの7時間のうち、5時間分に割増賃金が支払われてきた。

仮眠可能時間は7時間ですから、そのうち5時間分に深夜勤務として割増賃金が払われていたようです。ところが4月から見直しが行われ、

4時間半の仮眠時間を休憩として差し引き、2時間半分だけを、割増賃金の対象とすることに変更

記事からはちょっと分かり難いのですが、問題の仮眠可能時間に実際に出動したら割増賃金はつくと考えて良さそうで、問題になっているのは何事も無く一晩過ぎた時の割増賃金と考えられそうです。そう解釈している個所ですが、

仮眠中に出動した場合には、時間外労働の割増賃金が支払われる

私の解釈に誤りがあれば訂正ください。少し書き方がラフなのでそう考えて話を進めます。つまり一晩平和に過ごした時の割増賃金の加算方法についての問題です。ちょっと表にして整理してみます。

勤務体制 仮眠設定時間 仮眠可能時間 割増賃金時間
従来 7.0時間 4.5時間 5.0時間
新体制 7.0時間 4.5時間 2.5時間


この休憩時間に対する見解とか他の自治体の経緯ですが、
  1. 総務省消防庁は仮眠時間は「出動の可能性があっても労働時間とはいえない」(消防救急課)
  2. 岐阜市は仮眠時間を差し引いた深夜勤務時間分に「夜間特殊業務手当」が、仮眠中の出動には時間外勤務の割増賃金が支払われる。
  3. 横浜市は消防職員が休憩時間は実質的に労働時間として、市人事委員会に超過勤務手当の支払いを求めたが、認められなかった。
  4. 愛知県警では、交番勤務の休憩・休息時間は事実上休めないとして、警察官が超過勤務手当を求めた訴訟があったが、1998年に名古屋地裁が請求を棄却した。
あれまあ四日市市の消防署員には厳しい事例がずらりと並んでいます。これだけ読むと無駄な抵抗のようにも思えますが、四日市市が仮眠時間を休憩時間としているのが気になります。ここから鬼門の法律論になりますが、休憩時間は労働基準法に定めがあり、

第34条

 使用者は、労働時間が6時間を超える場合においては少くとも45分、8時間を超える場合においては少くとも1時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない。

  1. 前項の休憩時間は、一斉に与えなければならない。ただし、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定があるときは、この限りでない。
  2. 使用者は、第1項の休憩時間を自由に利用させなければならない。

時間については「少なくとも」ですから、今回の場合1時間以上なら何時間でも設定はOKになります。「一斉に」は勤務の性質上無理でしょうから、「この限りでない」協定が書面で結ばれていると考えられます。問題は3項で

    使用者は、第1項の休憩時間を自由に利用させなければならない。
労働基準法上では休憩時間に業務を命じる事は出来ない事になっています。業務を命じる事が出来ないから労働時間から除外される事になり、労働時間で無いから割増賃金は不要となります。休憩時間と設定したからには、割増賃金が発生しない代わりに消防署員はコンビニに出かけようが、深夜のファミレスに夜食を食べに行こうが「自由に利用」できることになります。そうであってこそ休憩時間になります。

しかしそんな事はもちろんできません。火事なんていつ何時起こるかわかりませんから、消防署員は勤務中は敷地から一歩も出ないとされています。現場到着に1分どころか1秒を争うのが消防ですから、出歩くなんてもってのほかです。記事でも当然のように実際に仮眠時間中に勤務があれば割増賃金を支払うとしています。

ところが仮眠時間を休憩時間であると定義してしまうと、火事が起こっても仮眠中の消防隊員に出動命令を下せなくなります。もし出動してもらうとしたら、休憩時間中の消防隊員に「お願い」して自発的に休憩時間を返上して働いて貰わなければなりません。当然ですが「眠いから嫌だ」と拒否されればそれ以上は何も出来ません。実際はそんな事は絶対ありえませんが、労働基準法上はそうなります。厳密に解釈すると仮眠中に起こす事も「自由に利用」に抵触するおそれさえあります。

ではでは実際には業務は無くとも、いつでも業務できるように待機している時間をどう定義するかですが、「手待ち時間」という考え方があります。もっと適切な通達もあるはずですが、

■昭和22年9月13日 基発17号
 休憩時間とは単に作業に従事しない手待時間を含まず労働者が権利として労働から離れることを保障されている時間の意であつて,その他の拘束時間は労働時間として取扱うこと。

■昭和23年4月7日,基収1196号
 昼休み中の来客当番 (昭和63年3月14日,基発150号)(平成11年3月31日,基発168号)
問 工場の事務所において,昼食休憩時間(12時〜13時)に来客当番をさせているが,この時間は労働時間となるか。
答 休憩時間に来客当番として待機させていれば,それは労働時間である。
なお,この場合は休憩時間を他に与えなければならないこととなるが,その際は法第34条第2項ただし書による労使協定を締結しなければならない。

来客当番でも労働時間ですから、消防隊員の仮眠時間も手待ち時間に含まれると考えられます。ここでもう一つ労働基準法の条文があります。

第41条

 この章、第6章及び第6章の2で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。

  1. 別表第1第6号(林業を除く。)又は第7号に掲げる事業に従事する者
  2. 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
  3. 監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの

これだけ読むと41条3号に該当しそうな気もしますが、社労士事務所HRMオフィスに解説があり、

監視業務の対象は、「常態として身体又は精神的緊張の少ない業務」。たとえば、次のようなものは該当しません。

 1)交通関係の監視,誘導を行う駐車場の監視など精神的緊張の高い業務
 2)プラント等における計器類を常態として監視する業務
 3)危険又は有害な場所における業務

消防士は誰が考えても「危険又は有害な場所における業務」に該当するかと考えます。ここで強引に「消防士は安全な業務だ」と主張しても、

※ただし、深夜業の規制は適用除外にならないので注意が必要です。

41条3項の適用も無理そうです。もちろんの事ですが、そんな事は百も承知なので消防隊員の弁護を引き受けた森井利和弁護士は、

四日市市の消防職員の主張について「実態にもよるが、常に出動に備えなければならない休憩時間を、労働時間と位置づけるのは当然」と話している。

まともにやれば負けるはずがないと考えているように思います。愛知県警の件がなぜ負けたのか気になるところですが、四日市市の消防隊員の主張は訴訟になれば強そうな気がします。現在のところ訴訟も辞さずで交渉中のようですが、訴訟にもつれこみ、四日市市が負けようものならどうなるか。従来は慣行で7時間中5時間の割増賃金でしたが、逆に7時間全部に適用されるかと考えます。もちろん四日市市だけではなく、こういう事は全国に波及しますから、日本中の消防署が一律そうなります。四日市市が2時間30分をケチった代償は大きいかもしれません。

ここで蛇足の余談ですが、訴訟になって四日市市側がもし勝つとしたら、仮眠時間はどういう位置付けになるのでしょうか。定義としては、

    深夜にいつでも業務命令を下せる勤務時間でない拘束時間
こういう労働の在り方を正当化しなければなりませんが、私が知る限りの労働法制では非常に難しい定義です。難しいのですが現実にそれをやっている職種があります。言うまでも無く医師の当直です。医師の当直は、
  1. 正規の勤務時間に含まれない
  2. 正規の勤務時間で無いから手当は1/3以下
  3. 現実には夜勤と同様の勤務
  4. 当直中に勤務になってもまず割増手当は出ない(出すと言うだけで労働改善としてビッグニュースになる)
四日市市が主張を通すには仮眠時間を「当直」に変えれば無理やり理屈は通ります。いや仮眠時間だけではなく仮眠の設定時間である7時間を全部「当直」に変えれば強弁は可能です。ただ難点は集団当直になるのと、深夜業務の割増賃金の代わりに当直料の支払が生じます。そうなれば当直料が発生する分だけ本給から削らないと四日市市の消防予算が増えるかもしれません。

どうなるか分かりませんが、労働基準法はそれを労働者が活用しない限り誰も保護してくれない法律ですから、四日市市の消防隊員の健闘を期待したいと思います。