消防庁データ余話

消防庁発表の救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査の結果についての延長戦をもう1回やります。書く前はもう少し違う結論に持っていくつもりでしたが、出来上がったものは不作で単なる余話ですからそのつもりでお読みください。

この調査では救急搬送を4つに分類しています。

  • 重症救急(重症以上傷病者)
  • 産科救急(産科・周産期傷病者)
  • 小児救急(小児傷病者)
  • 救命救急(救命救急センター等搬送傷病者)
このうち重症救急については定義が決まっているそうで、僻地外科医さまから、

これは全国的に統一した基準がありまして初診時で

    軽症:入院を要さない程度
    中等症:2週間以内の入院を要する程度
    重症:2週間を超える入院を要する程度
    死亡
の4段階になってます。

ちょっと勉強になりました。今日は既に読んだ重症救急や産科救急ではなく救命救急(救命救急センター等搬送傷病者)データを見たいと思います。この救命救急なんですが分類の定義として、

このうち、本調査の対象となる搬送人員は次のとおりです。

  1. 重症以上傷病者搬送人員 530,671 人
  2. 産科・周産期傷病者搬送人員 46,978 人
  3. 小児傷病者搬送人員 386,221 人
  4. 救命救急センター等搬送人員 157,880 人
1、2、3 の重複を除いた調査対象の搬送人員は953,119 人となります。(4 の救命救急センター等搬送人員と1、2、3 の搬送人員の重複部分は区分できないため、合算していません。)

救命救急には重症救急、産科救急、小児科救急の重複分も含まれると考えてよいようです。そのうえで救命救急センターの定義なんですが、

救命救急センター等とは、救命救急センター、地域で救命救急センターに準じて取り扱われる施設(大学病院救急部など)をいいます。

さらに調査件数の対象ですが、

救命救急センター等搬送人員157,880人から転院搬送人員23,838人を除いた、134,042人について調査

上記から救急要請によって患家ないし現場から直に救命救急センターに搬送された調査であり、これに転院分は含まないという事が分かります。また救命救急センターに直と言っても二次救急が受け入れ不能により受け入れた分も含まれると考えて良さそうです。

まとめると

  1. 調査対象は134042人
  2. 転院搬送を含めない
  3. とにかく救命救急センターに直入されたもの
こういう案件が救命救急での調査の対象である事が分かります。なぜここまでクドクド念を押すかといえば都道府県の搬送件数のムラが極端すぎるからです。産科救急で大阪の件数が多いとか、重症救急でこれも大阪の件数が異常に少ないもありましたが、救命救急についてはそういうレベルではないのです。縦長の表で見にくいかも知れませんが、

都道府県 搬送件数 集計不能本部 消防本部数
北海道 3694 37 68
青森 0 14 14
岩手 0 12 12
宮城 2151 9 12
秋田 0 13 13
山形 0 15 15
福島 544 9 12
茨城 137 22 26
栃木 0 13 13
群馬 0 11 11
埼玉 2610 21 36
千葉 991 29 33
東京 23165 0 6
神奈川 22701 4 26
新潟 13481 5 19
富山 128 12 13
石川 0 11 11
福井 0 9 9
山梨 585 2 10
長野 39 12 14
岐阜 300 20 22
静岡 17676 5 27
愛知 6796 23 37
三重 0 15 15
滋賀 0 8 8
京都 0 15 15
大阪 7242 1 33
兵庫 221 23 30
奈良 783 2 13
和歌山 0 17 17
鳥取 0 3 3
島根 453 3 9
岡山 0 14 14
広島 2585 6 14
山口 579 7 13
徳島 0 12 12
香川 0 8 8
愛媛 1204 1 14
高知 0 15 15
福岡 2876 10 26
佐賀 0 7 7
長崎 62 6 10
熊本 0 13 13
大分 0 14 14
宮崎 0 9 9
鹿児島 59 15 19
沖縄 0 18 18
全国 111062 550 804


あまりにも空白県が多いことがお分かりでしょうか、その数実に22府県になります。理由は単純で集計不能の消防本部が府県下全部であるところです。半端な数ではなくて、全消防本部804のうち550ヶ所が集計不能となっています。他の集計と較べてみると、
  • 重症救急:74
  • 産科救急:64
  • 小児救急:71
  • 救命救急:550
救命救急集計の集計不能本部数の数が突出したものであり、全体の約70%が集計不能となっています。もっとも集計不能本部数ほど全体の集計の漏れは少なくて、

分類 調査対象数 調査人数 調査率
重症救急 411625 387983 94.3%
産科救急 24173 23494 97.2%
小児救急 354046 335325 94.7%
救命救急 134042 111062 82.3%


調査率は他の分類の救急調査より10%強ほど低いに留まります。これは全体の傾向を把握するには使えるデータにはなるでしょうが、都道府県毎の解析に用いたりするのには適さないと考えられます。

ですから消防庁の調査で救命救急センターの受入率として結論付けている、

 救命救急センター等搬送事案を他の事案と明確に区分している280本部における、救命救急センター等の救急患者受入率(照会数に対する受入数の割合)を分析したところ、首都圏、近畿圏等の大都市周辺部において、受入率が低い傾向が見られました。

これは正しそうな見解と言えなくもありませんが、データ解析としてはやや疑問符が付けたくなります。首都圏を関東1都6県に山梨を加えたものとし、近畿圏を近畿2府4県とすれば、


首都圏
都道府県 集計本部 本部数 調査率
茨城 4 26 15.4%
栃木 0 13 0.0%
群馬 0 11 0.0%
埼玉 15 36 41.7%
千葉 4 33 12.1%
東京 6 6 100%
神奈川 22 26 92.3%
山梨 8 10 80.0%
全体 59 161 36.6%

近畿圏
都道府県 集計本部 本部数 調査率
滋賀 0 8 0.0%
京都 0 15 0.0%
大阪 32 33 97.0%
兵庫 7 30 23.3%
奈良 11 13 84.6%
和歌山 0 17 0.0%
全体 50 116 43.1%


首都圏、近畿圏とは言え栃木、群馬、滋賀、京都、和歌山が調査報告ゼロの県です。調査率と調査本部数の数は比例しないとは言え、埼玉は半分以下、茨城、千葉、兵庫はさらに低率です。たしかに首都圏の要である東京、神奈川、近畿圏の要の大阪が入っているので無理に言えないことはありませんが、少しまとめ方として大雑把に思えてしまいます。さらに比較している首都圏、近畿圏以外の33道県のうち15県が調査報告ゼロですから「そうらしい」と言いたい気持ちはわかりますがやや強引な結論に感じます。

もっとも私の検証も強引でデータを検証する前はもう少し違う結論に誘導できるかと思っていたのですが、結局は重箱の隅をほじくるだけで明らかに不作です。時間をかけて調べたので悔しいから一応書きましたが出来栄えとしては余話としています。



データを読んで感じた事は、皆様もコメントに寄せられた通り「救急医療は頑張っている」です。医療全体がそうなんですが、救急医療にも逆風が吹き荒れています。救急医療体制は救急需要の増加に反比例するように弱体化しているのに、ここまでの成績を残しているのは驚異的です。とくに弱体化が著しいとされる地方で頑張っているのはもっと称賛されても良いと思います。

地方と首都圏、近畿圏のような大都市圏と違うところは何でしょうか。前提として設備人員とも地方のほうが劣ります。医療の足腰の衰え方も地方のほうが顕著です。それでも成績は地方のほうが優秀です。理由としては救急医療体制の弱体化が中途半端に良い方に作用しているためと感じています。救急を応需できる中小の医療機関が減少した結果、活動している病院が限定され、救急搬送はほぼ一直線に限られた生存病院に直行するためでは無いかと考えています。

国策からすると集約化の結果と自画自賛されそうですが、必ずしも手放しで喜ぶほどの成果ではないと思います。地方医療における集約化は計画的なものではなく、自然衰退の一過程に過ぎないと考えています。集約化されたとされる残存病院の内情は様々でしょうが、医師の間で常識化された集約化の算数があります。

    1+1<1.5
これは二つの病院が合併しても戦力が2倍になるわけではなく、1.5倍だったり下手すると1.0で変わらない、最悪1.0以下になることです。2倍にならない理由は様々ありますが、一番わかり安いのは医師が集約によって零れ落ちる事です。集約化されても患者の数は変わりません。とくに救急患者の数は変わりません。医師の数が増えてラクになるはずの分を帳消しするほど負担がかかります。

それでも集約化されて最後の拠点病院の性格を明らかにされた病院で働く医師は「後がない」の使命感で懸命に持ち場を死守しています。その結果がデータに現れていると私は思います。この状態は見た目上の成績とは裏腹に非常に危ういものです。最後の拠点病院が倒れれば広範囲の地域の救急体制が文字通り崩壊消滅します。のぢぎく県の但馬地方がまさにその状態で、サテライト病院の戦力を可能な限り削減し基幹病院に戦力を集中していますが、既にサテライトから搾り出される戦力は限界に達する一方で、基幹病院からの出血はダラダラと止まる事はありません。

最後の拠点病院が落城する時、地方の医療の新たな崩壊のステージに突入しますが、確実にカウントダウンは進んでいます。

大都市部は事情がやや異なります。地方に較べれば戦力自体はまだ余力があります。ただ医師の意識は地方に較べると格段に高いところがあります。防衛医療の浸透はすでに不可逆点を越え、自分の能力、医療機関の能力をドライに割り切る傾向が著明になっています。これは医師自らがそう変わったというより、医療訴訟からのJBM、日々の患者からのクレームに変えさせられた面が多大にあります。情報社会ですし、医師は内部の人間ですからそういう情報は少し意識すればふんだんに入手できます。

そういう情勢の中で地方のように最終拠点病院の形成が困難になってきていると考えています。そういうところに志願せずとも地方と違い働き口は幾らでもあり、無理やり作っても医師が集まりません。病院も救急医療は基本的に赤字ですし、無理に運営すれば医師に逃げられますから、現在のしがらみで行なっている以上の整備には及び腰で当然でしょう。

救急だけではありませんが、医療危機は破滅の縁からもう踏み出しています。次の一歩の着地点はもう地面でなく、断崖の向こうになっていると言うことです。それでもその歩みを止めるものはいません。止めるどころか後ろから強力に押し続けています。押している者には断崖の縁は見えていませんが、押されている医師には見えています。

やはり医療が断崖から転落し砕け散るまで誰も気がつかないのでしょうか。一部に気がついた者も出てきましたが、押し続けるものを食い止めるには余りにも微弱です。本当にしんどい時代です。