産経基準

3/4付産経新聞より

【風】医師 警察官より多いのに…

 救急医療を取り上げた風もそろそろ大詰め。全体を通じて、多くの医療関係者から寄せられた共通する声は、「医師不足」だった。まずは大阪府内の大学病院に勤務する看護師から。

 《医師は一日中、外来診察、手術、病棟勤務をした後に当直をし、また翌日には同じ勤務です。夜中に患者対応があると、本当につらそうです》

 大阪府南部の救命救急センターの医師は、センターの医師の定数などが約30年前の想定に基づいて決められており、現状にそぐわないとした上で、こう訴える。

 《仕事量がここ10年で大幅に増加しており、現在の医師数では正直全く対応できません。労働基準法を順守して医師を完全2交代や3交代制にするなら、現在の2倍程度は必要です》

 日本の医師数は平成18年の厚生労働省の調べで約26万3000人。全体の医師数は増加傾向にはあるが、先進国で比較すると圧倒的に少ない。OECD経済協力開発機構)に加盟している国の人口1000人あたりの医師の数は平均3・1人。日本は2人だ。平均に達するまで、10年かかるとされている。

 とはいえ、その数は日本中の警察官(約25万5000人)よりも多いという意外なデータもある。つまり、医師の配置のバランスが悪いのだ。特に特定の診療科の減少が際立っている。

 大阪府内の40代の医師は《今の医療界では、若い医師ほど絶望しています。新人はつらい科は避けて楽な仕事を目指します。卒業して産科・小児科・外科・内科を目指す人は激減しています》とし、《業界内では、今のペースでは10年以内には外科を目指す研修医は日本全国でゼロになるといわれています》。

 この医師の言うとおり、厚生労働省の調べでも外科の勤務医は平成10年あたりから連続して減少傾向にある。医師はメールをこう続ける。

 《現状が続けば本当に医師のなり手はなくなります。僕も仕事への熱意は下がるばかりで、できれば早く引退したいと思っているくらいです》

 《将来、日本の医師は眼科医や皮膚科ばかりになり、日本では救急医療が受けられなくなります》(信)

物事を比較するときに物指しを持ちいる事があります。「○○に較べて」式の表現方法です。この手法自体はポピュラーで使用する事自体は何の問題もありませんが、通常は類似で関連性のある対象を用います。分かりやすいものなら、官営と民営で同じ業務を行なった時とか、国内と海外で同じ物品の比較などです。そういうものなら、比較の物指しや基準として感覚的に分かりやすく、「そういうものか」と読者を納得させやすくなります。

分かりやすいものだけではなく、時に捻った対象を物指しに持ちいる事があります。「○○は日本では△△みたいなもので」式の比較方法です。この場合はある程度の解説が必要です。物指しとして用いるのが正しいかどうかの判断材料を読者に提示し、まず納得させてから物指しに用いなければならないからです。

今回産経新聞が用いた物指しは警察官の数です。用い方を見てみると、

とはいえ、その数は日本中の警察官(約25万5000人)よりも多いという意外なデータもある。

物指しで計られたのは医師の数なんですが、前後を読んでも警察官の数が医師の数の物指しとして使う理由の解説が見当たりません。そもそもどういう根拠で警察官の数が医師の数との比較の物指しに用いられるか分かりませんが、産経新聞は自明の事として用いられている事が分かります。産経新聞など一部の方を除いて、医師数と警察官数が連動する法則があるとは世間の常識と考えている方は非常に少ないのではないかと思います。

それでも産経新聞はなんの解説もなく警察官数による物指しをごく平然と用いています。タイトルにも

    医師 警察官より多いのに…
ここまでの確信をもって書くからには、産経新聞の常識として日本で一番人員が多くかつ余剰である職種が警察官であるとしているかと思います。つまり産経新聞の職種による人数の評価は、
    あれだけ人が余りまくっている警察官より人数が多いとは
これが説明不要の基準として誰に話しても、記事の比喩に用いても間違いないとされていると考えます。その産経基準に従えば医師の数は「余剰」である事になり、

つまり、医師の配置のバランスが悪いのだ。特に特定の診療科の減少が際立っている。

医師の数としてはあの警察官の数より上回っているのに「不足感」が生じるとは「極端な偏在」があるはずだの結論になります。御丁寧に偏在場所まで書いてくれており、

将来、日本の医師は眼科医や皮膚科ばかりになり、日本では救急医療が受けられなくなります

産経基準が正しいという前提に基づけばある程度正しい解析にはなります。


しかし産経基準の対象は医師だけとは思えず、他の職種にも適用されるかと考えます。警察官数と医師数が連動する法則がこの世には無く、また警察官数と医師数がなぜ連動するかの解説が無い以上、警察官数による産経基準はすべての職種に一般化され適用されると考えるのが当然です。

医療職は医師だけではありません。たとえば厚生労働省の平成16年度統計では、

どちらも産経基準を大幅に超過しており「適正化」のためには半減以上の削減が必要になります。医師数に警察官数の産経基準が適用されるのなら、看護師に適用されない理由はどこにもないと考えて当然です。そうなると今後産経は「看護師過剰、大幅削減論」を展開しなければなりません。そのうちするのでしょうか。

もちろん医療職にだけに適用されると限りません。文部科学省の平成16年度統計の教員数では、

  • 小学校:38万7098人
  • 中学校:24万1985人
  • 高等学校:25万5803人
中学校教員は辛うじて産経基準を下回りますが、小学校は明らかに過剰です。これは次の産経新聞の教育政策へのキャンペイン方針が「小学校の教員を減らせ」となる事を示唆しています。

記者個人が脳内妄想で警察官数を基準とするヘンチクリンな文章を紡ぎだすのは防止しきれないとしても、それをチェックする機構が社内に無いとは驚きます。報道機関は表現とか言葉の端々に慎重さが必要とされます。なぜならそれが商売だからです。言葉の使い方に自信があるからこそNIE(Newspaper in Education)なる運動を行なっているかと考えますが、こんなトンデモ用法がまかり通る産経新聞はNIE運動から除名すべしです。参加資格が欠けているのは明らかであり、こういう根拠不明の話を子供の教育に持ち込むのは害悪そのものだからです。

新聞界の自浄作用が働くか注目したいと思います。