AEDも訴訟に

去年の3/7付の長崎除細動事件のエントリーの「しがないサラリーマン」様からコメントです。

近々、AEDが職場に設置されることになったため講習会が開かれます。
もしも私がAEDのそばに立っていて倒れられた方がいる場合、適切な処置が行えなければ訴えられるって事になるやもの内容です。
講習を受けた→措置可能→措置失敗・不適切→過失発生→訴訟発生あるいは逮捕?!

これに対して今の日本の法制では必ずしも無条件で免責とならないだろうの論議が行なわれました。さすがに訴訟となっても負けることはないだろうが、訴訟につき合わされるという、長く憂鬱な時間を費やす可能性は排除しきれないという結論になっています。これが去年の3月時点の仮想のお話です。

日々是よろずER診療のAED訴訟がついに発生! から1/9付信濃毎日新聞です。

胸に打球、救命措置遅れ後遺症と県を提訴

 2005年に下伊那農業高校(飯田市)1年の野球部員男子=当時(15)=が練習試合で胸に打球を受け、「心臓振とう」を起こして今も後遺症があるのは引率教員の救命処置が遅れたためとして、男子とその両親が8日までに、県を相手に慰謝料など総額約1650万円の損害賠償を求める訴えを地裁飯田支部に起こした。

 訴状によると、05年6月に名古屋市内の高校で行った練習試合で、守備についた男子は打球を胸部中央やや右寄りに受け、倒れた。脈を打っていなかったため下伊那農高の生徒が心臓マッサージをし、その後に到着した救急隊員が除細動を実施、心拍が戻った。この心臓振とうの後遺症で現在、介助がなければ日常生活を送ることができない体の状態としている。

 原告側は、野球では球が当たることやそれによる心臓振とうは予測できたのに、引率教員は自動体外式除細動器(AED)を持ち運ばず、救命処置が遅れたと主張。代理人は「胸に打球を受けて倒れた場合、心臓振とうとみて、引率者が人工呼吸や心臓マッサージなどをすべきだったのにこれをせず、安全配慮義務を怠った」としている。

 被告側は「対応を検討している」(県教委高校教育課)としている。下伊那農高の上沼衛校長は「訴状を見ていないのでコメントできない」と話している。

事件は、

  1. 高校の野球部が練習試合をしていた
  2. 守備についた男子は打球を胸部中央やや右寄りに受けた
  3. 男子は「心臓振盪」を起した倒れ、心臓マッサージを受けた
  4. さらに救急隊員が駆けつけ除細動を行なった
  5. 男子は不幸にも後遺症が残った
不幸な事故だと思います。しかし治療経過をみると不完全であったかもしれませんが、被害者は直ちに心臓マッサージを受け、引き続き救急隊員の蘇生処置を受けています。どれほどで救急隊員が駆けつけたかは記事にはありませんが、冷静に見ると現場で出来ることの手は尽くされていると思います。高校の練習試合の真っ最中に起こった突発事故ですから、これ以上に何が出来るか思いつかないほどです。

訴訟になったからには理由があるのですが、これも記事によると、

  1. 野球では打球による心臓振盪の発生は予見できたはずだ
  2. 予見できたからAEDを常に持ち運ばなければならなかった
  3. 引率者が人工呼吸や心臓マッサージをしなかった
この3点に注意責任義務はあるとして1650万円の賠償請求訴訟を起しています。

心臓マッサージは記事によれば早期から行なわれたように感じます。ここで引率者ではなく高校生が心臓マッサージを行なった経緯がわかりません。あくまでも想像ですが、被害者は内野手の可能性が高そうに思いますから、隣のポジションの選手が駆けつけて心臓マッサージを始めたのではないかと思います。

これは憶測の上に憶測を重ねる事になりますが、こういう時には気が動転して、なかなか適切な処置が思い浮かばないものです。心臓マッサージも言葉としては知っていても、実際にどうするかは常識でも無いと考えます。これが高校生に出来たというのは、比較的近い時期に救命講座みたいなものが行なわれていた可能性を考えます。だから駆けつけて、脈を取り、心臓マッサージを行なえたのではないかと思います。

引率者と心臓マッサージを実際に行なった高校生とでどちらが手技に熟達していたかは不明です。救急車が駆けつけるまでに時間はあったでしょうから、引率者は高校生の手技が不適切で無いと判断していたかと考えられます。引率者とて心臓マッサージの実経験なんてあるかどうかも怪しいからです。もっとも突発事態に茫然としていた可能性も否定は出来ませんが、そこまでは記事からは読み取れません。

AEDについての原告の主張では、野球をするに当り常にAEDを携行することを主張しています。AEDは各地に配備されつつありますが、全国の高校の津々浦々に漏れなく配備されているのでしょうか。原告はAEDの不携行を問題にしていますが、記事を読む限り遠征先の高校にはAEDが無かった可能性が考えられます。あれば同じ高校のグラウンドですから、持ってこれるわけで、その点を問題としていない事から「無かった」可能性があります。

もっとも対戦相手が野球名門校で、学校とは離れた場所に専用グラウンドを持っていた可能性もありますが、下伊那農業高校の実力は知りませんが、名前からしてそこまでの野球名門校と練習試合を行なったかどうかは不明です。

ちょっと話は前後しましたが、高校にAEDがあったとしても通常1個ではないかと思います。もし野球部が練習試合にAEDを携行すれば校内にはAEDがなくなります。心臓振盪は野球部だけに起こる特殊な病気ではなく、他のスポーツでも起こります。スポーツでなくとも心停止を来たすような突発的な心臓疾患は誰かに起こる可能性があります。野球部がAEDを携行して遠征し、留守の校内でAEDが必要な突発事態が起こればこれも問題かと思います。

そもそもAEDの配備はある程度「ダメモト」の考え方があると考えています。突発事態があり、そこにAEDがあり、さらに使える人間がいた時に、従来は致死的状態に至っていたのを助けられる可能性を増やすためです。それが常に可能性を考えて携行するのが義務となれば、話は変わります。

このあたりの現在のAEDの社会常識はよく分かりません。私の知らないうちにAEDはどこでも常備され、それが使われないことが義務違反と化しているのでしょうか。ましてやあっても使えなかったレベルではなく、携行していなかったレベルでも責任を問える常識に既に変質したのでしょうか。

AEDの常識がそこまで変質しているのなら、遠征校を受け入れたホストの高校の体制もまた問われなければならなくなります。この事件でAEDが救急隊到着まで使われなかったのはホスト校に無かった事が考えられます。あれば取ってきてAEDを使えるからです。さらに言えば、試合前の確認で双方の野球部の責任者がAEDの所在を確認していなかった事も責任問題となります。

この訴訟は提訴されたばかりで、判決はどうなるかは先の話ですが、こういう記事の常で、原告側が勝てば続報記事が書かれる可能性はありますが、負ければ黙殺です。つまりAED不携行は訴訟になる可能性だけを世間に広くアナウンスして終わります。本当に嫌な記事です。